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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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佐理と二木

「どうしたんだ、今日は寄らないんじゃなかったのか?」

 窓辺に人影が見えたことが気になって、部室を覗いた二木は、茜色の光が差し込む窓際に佐理が佇んでいるのを見て声を掛けた。

「二木か」

佐理は彼のほうをチラリと見て言った。

「二木か、とはご挨拶だな、そんなとこで独りで何してる?」

「別に何も……お前こそ今頃何しに来たんだ?」

 どこか虚ろな目をした佐理が、気だるそうに逆に聞き返す。

「ちょっと忘れ物をな……帰らないのか? もう正門が閉まる時間だぞ」 

「ああ、もう帰るよ……二木……」

「なんだ?」

「ちょっと……付き合ってくれないか……?」

 佐理は少し躊躇いがちにそう言って視線を落とした。

「どうしたぁ? また悪い虫でも起きそうなのか?」

「ああ」

「分かった、付き合ってやる。とにかく出ようぜ」

 二木がそう言ったので、二人は連れ立って校舎を後にした。

校門を出る頃にはもう、燃えるように輝きを増した太陽が西の空を真っ赤に染めあげていた。

 しばらく黙って歩いていた二木が、表情の無い佐理の横顔を見て口を開いた。

「しかし、お前も本当に変わったヤツだな……?」

「ああ、そうだな……ときどき無性に残酷な気分になる。……どうしてこんな気持ちになるのか、自分でもよく分からない。なのに……どうしょうもない衝動に駆られて……独りでいると怖いんだ……」

 二木は、佐理の夕陽にける輪郭を、改めてじっと見た。

 少し深い彫りと長いまつ毛が形造る、その美しい顔には不釣り合いな影と、歩くたびに揺れる繊細で柔らかな髪が、彼の無機質で彫刻のような容貌をいっそう引き立たせている。

 佐理が何かの衝動に駆られている時は、決まってこんな顔をしていることを彼はよく承知していた。

「俺じゃなくても星河がいるだろ?」 

 二木が無愛想ななかに少しの冷やかしを込めたように言った。

「お前じゃないと駄目なんだ……希恭じゃ俺を抑えられない。それどころか、あいつは……却って俺の衝動を掻き立てるだけだ、あいつの顔を見てたら俺はきっと……」

「きっと?」

 二木が言いよどむ佐理の言葉を促す。

「きっとあいつを滅茶苦茶にしてしまう……」

 さっきまで無表情だった佐理の顔が、希恭の名前を口にした途端、苦しげに歪んだ。

「可愛さ余ってというヤツか……そんなに星河が憎いのか?」

「…………」

 その問いに返事は返ってこなかった。

「まぁ、何にせよ……やっぱりお前は異常だよ」

「分かってる、分かってるけど……自分じゃどうしようもない……」

「自覚してるとこが怖い」

 二木は眉尻を下げて苦笑すると、佐理の顔を見直った。

彼の顔はまた無表情に戻っている。

「お前と居ると少し落ち着くよ」

「どうしてだ?ツーカーの仲とはいかないぞ」

 二木は「フッ」と笑い、俯き加減に視線だけをチラッと佐理のほうへ向けた。

「お前なら……俺を止められる」

「防波堤というわけか?勝手なやつだな」

二木は少しだけ呆れたように言う。

「すまない……」

佐理は視線を落としてポツリと一言だけ吐き出すと、黙り込んだ。

「まぁ良い、よしみ()()()

二木はそう言って笑った。


 それから二人はまた暫くの間、言葉を交わすことなく歩き続けた。

 佐理のマンションへ向かう坂道に差し掛かった時のことだった。

「時間いいなら寄っていかないか?」

佐理は立ち止まると、唐突に二木を見据えて問いかけた。

 彼はいたって普通に見えたが、その声音には不安定な心の機微が見え隠れしている。

「男二人で何しようってんだ?色気の無いこった。まぁいいか、気の済むまで付き合ってやるよ」

 二木はそう言うと、佐理と一緒にゆるい坂を上り、その先にあるマンションへ入って行った。


「変わってないな……」

 二木はリビングのソファーに腰をおろすと、まるで生活感の無い、モデルルームのように整った部屋をぐるりと見回した。

彼が佐理のところを訪れたのは久し振りのことだった。

佐理は少しだけ口角を上げ、軽く頷く。

「ああそうだ、ビールでも呑むか?」

 彼は荷物を置いて続きになったキッチンへ移ると、何でもないことのように平然と問いかけた。

「おいおい、これでも俺は一応高校生だぞ」

 二木が態と呆れたように肩を竦めてみせると、佐理は悪戯っぽく笑ってもう一度聞き直した。

「じゃあ、コーヒーにするか?」

「もしかして、お前……いつも呑んでるのか?」

反対に、二木も冗談めかしに尋ねる。

「まさか、優等生の俺がそんな事するわけないだろ」

そう言って佐理はニヤリと笑った。

しかし、直ぐにふっとその笑みを消すと、

「それに……薬が飲めなくなるからな……」

視線を落として静かに呟いた。

「薬……? どこか悪いのか?」

「まあな……」

彼は言葉を濁すと、コーヒーを二つ淹れてからリビングへ戻って、二木の隣に並んで座った。


「今日、教頭に呼ばれた」

 佐理はコーヒーを一口飲むと、静かに話しを切り出した。

「珍しい事もあるもんだ、お前が教頭に呼ばれるなんてな……で、行ったのか?」

 二木は意外そうな顔をして尋ねる。

教頭から直々に呼び出されるのは、何か問題を起こした時くらいのものだ。

佐理がそんなヘマをやらかすとは到底思えないが、いずれにせよ、良い話ではなさそうだ。

「いや、明日行くことになってる……創立記念のことで話しがあるそうだ」

「創立記念? なんだ、そんな事か」

 いつもクールな佐理の「失態」をどこか少し期待していた二木は幾分か拍子抜けしたようだ。

「何だと思う?」

 佐理はまた無表情な顔に戻っていた。

「さあな、俺に分かるわけないだろ」

 興味が無いのか、二木はどうでも良いといった口調だ。

「教頭は……ビジルのこと知ってるな……」

「どうしてそう思う?」

確信しているような佐理を見て、二木が疑問を投げかける。

「創立記念の事なら普通、生徒会長を呼ぶだろ? なのに俺を呼ぶということは、ビジルのことを知っているからだ。知ってて……何か目論んでる……」

 その言葉に、二木は直ぐに納得した。

言われてみれば頷けることだ。

「お前はどうするつもりなんだ?」

「一応、話は聞いてみる。それによってはビジルを公認させる」

「出来るのか?」 

「要は駆け引きだな……あのタヌキ相手にどう立ち回るか……」

 佐理は自分自身に言っているかのように、口許に手を添えて目を伏せた。

「タヌキ……?」

「ああ、()()() な」

「それならお前だって負けちゃいないだろうに」

 二木は思わず苦笑してしまった。

佐理も彼の言葉に「フッ」と笑う。

「俺はただ、自分のやりたいようにやってるだけだ……」

「どうやら少しは収まったようだな」

 佐理の様子を見て、二木は話題を変えた。

佐理が彼のほうへ視線を流すと、

「悪い虫だよ」

彼は笑みを浮かべて言った。

「ああ、そうみたいだな」

 佐理がそう答えた時、突然電話のベルが鳴り始めた。

彼はサイドテーブルに置いてある子機に手を伸ばし、ボタンを押した。

「はい、篠宮です」

佐理は落ち着いた声で対応する。

『もしもしお兄ちゃん?僕、大地だよ』

「ああ、どうしたんだ?」

 そう言った佐理の顔が急にパッと明るくなった。

心持ち、声のトーンまで柔らかくなったその様子に、二木は思わず彼の横顔に見入ってしまった。

『今日、お兄ちゃんち行ったんだよ。でもお兄ちゃん居なくて……』

「そっか、ゴメンな……今日、帰り遅かったんだ」

『なんか用事だったの?』

「うん、ちょっとな……」

 佐理は相手の顔を思い浮かべているのか、信じられないほど優しく微笑むように話しかけている。

『ねぇ、明日行ってもいい?』

「いいよ、多分、明日は早く帰るから」

 佐理が多分と言ったにも関わらず、“帰る”と断定したのは、この電話の相手のために一瞬でそう決めたのだと気づいて、二木は興味をそそられた。

『ほんとに?約束だよ!!』

「ああ、約束だ」

『じゃあ、お母さんに言っとくから、また僕んちで一緒にご飯食べようよ?』

「そうだな……そうしようか……」

『やった!!じゃ明日ね、きっとだよ!?』

「ああ、分かってる。……じゃあ明日な」

 佐理が名残惜しそうに子機を戻して二木のほうを向くと、彼は組んだ脚の膝の上に頬杖をついてニヤニヤしながら佐理を見ていた。

「何だ?」

「いや、お前のそんな顔……久し振りに見たよ」

「顔?……俺の顔がどうかしたのか?」

二木の表情に、佐理は自分の少し浮かれた気分をごまかすように、ぶっきらぼうに聞いた。

「ああ、嬉しそうに笑って……お前にそんな顔をさせるヤツがまだいたとはな。……誰なんだ、女か?」

「女とは限らないだろ」

 佐理はとぼけるように答えたが、明らかに先程とは違っている。

「違うのか?」

「想像に任せるよ」

「その分じゃ、すっかり収まったようだな」

 ニヤリと笑った佐理を見て二木はそう言って立ち上がった。

「ああ、そうらしい」

「じゃ、俺は帰るぞ、お前と一緒に居たって面白くも何ともないからな」

佐理の返事を聞いた彼は、冗談まじりにそう言うと、ドアのほうへ歩いて行く。

「悪かったな、付き合わけて。……お陰で落ち着いた」

 佐理は玄関まで二木を送って出て、靴を履く彼の背中に声をかけた。

「礼なら電話の主にでも言うんだな」

 二木は振り向きもせず、それだけ言うと足早に帰って行った。









    









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