馴れ初め
「星河君って、そんなに篠宮君と仲が良いの?」
雛子が冷やかすように訊いた。
「え、ああ……まぁね……」
希恭は言葉を濁した。
「ねぇねぇ、それでどうして星河君と付き合うようになったの?馴れ初め聞かせて」
雛子は興味津々の体で、急かすように綾に尋ねた。
「それが、何だか知らないけどあの日、綾は相当急いでて、脇目も振らずに走って来てちょうど校門を出た俺とぶつかったんだ、それで綾は吹っ飛ぶわ鞄の中身はぶちまけるわで、大わらわだったよ。綾を起こして鞄の中身を拾い集めてたら、その中に俺宛の手紙が有って……綾は慌てて取り返そうとしたけど、俺が無理やり貰って帰った」
綾ではなく、希恭が先にニコニコしながら答えた。
「凄い偶然ね」
雛子が感嘆したように少し高い声で言った。
「偶然じゃ無いのよ……」
今度は綾が静かに言った。
「え、そうなの?」
「その手紙……ずっと鞄に入れたままだったの、一ヶ月くらい入れてたかな……」
「一ヶ月も!? だけど、そもそもどうして手紙を出そうと思ったの?」
雛子は幾分落ち着いたのか綾に向って優しく問い掛けた。
「恭と付き合い始める二ヶ月くらい前だったかな……?ふとした時に恭が笑い掛けてくれたような気がしたの」
綾の話に雛子は真剣な面持ちで頷く。
「初めは気のせいだと思ってた……でもそれが気のせいじゃ無いって分かったら今度は他の誰かに笑い掛けてるんだと思った、でも恭は私が一人の時も笑い掛けてくれて……」
綾はポツリポツリと話していく。
「私は周りを見回して自分しか居ないって気付いた時思い切って自分を指差してみたの、そしたら恭がまたニッコリ笑って頷いてくれた……あの時は本当に嬉しかったな……」
綾は軽く笑うとテーブルに試練を落とした。
その綾を見て希恭も優しく微笑む。
「それから恭は顔を合わす度に笑ってくれて……だからダメでもいいから自分の気持を伝えようって……そう思ったの」
「それでその手紙を書いたのね?」
雛子が静かに問い掛けた。
綾は面映ゆ気に頷くとまた話し始める。
「でも、いざ渡すとなったらやっぱり勇気が無くて……今日こそ渡そう、今日こそは絶対って思いながら……鞄の中に入れたまま一ヶ月くらい過ぎた頃に恭とバッタリ……恭ったら『俺宛の手紙なんだから俺が貰うのが自然だろ?』って強引に持ってっちゃった」
「それで?」
雛子が再び急かす。
「次の日、恭が手紙をくれたの」
「何て書いてあったの?」
雛子は目を輝かせて益々興味津々だ。
「恭は『ここで開けてみて』って、直接手渡してくれて……開けてみたら白いメッセージカードに一行だけ……」
「何て?」
雛子は身を乗り出すようにして訊いた。
「“君の笑顔を独占したい”って……嬉しくて恭の顔見上げたら『俺と付き合ってくれる?』って、恭のほうから言ってくれたの」
「あ〜もう!バラすなよ……」
希恭は顔を赤らめて照れたようにソッポを向く。
「ど〜して?ステキじゃない、私もそんな事言ってくれる人いないかなぁ……羨ましい……」
雛子はため息混じりに頬杖をつく。
「雛ちゃん……」
希恭が突然真面目な顔つきで静かに呼び掛けた。
「え、何?」
彼の顔を見て雛子も真顔になる。
「君が本当に佐理の事を思ってくれる人なら、俺……応援するよ……」
希恭は雛子の目を見て静かに言った。
「あ……ありがとう。初めて会った人にそんな事言って貰えるなんて……嬉しい」
雛子は嬉しそうに俯いてしんみりと言った。
「私……綾ちゃんが言うような一目惚れとは少し違うと思うけど、ほんの少しの間一緒に居て話をしただけなのに何だかとても気になって……篠宮君の中に孤独を感じたから……何か放っておけない気がして……」
希恭は雛子の言葉が嬉しかった。
佐理の心の奥にある孤独感を彼女は短時間で感じ取ったのだ。
佐理の孤独な心を理解してくれるかもしれない人がここに居る……。
雛子のような人が佐理の側に居てくれたら、佐理の心も癒されるかもしれない……。
希恭はそんな事を思い始めていた。
「あの人はダメだよ」
それまで希恭達の話を黙って聞いてきた充が突然口を開いた。
「余計な事かもしれないけど、あの人は止めといたほうが良いですよ……」
横手に座っている雛子の顔を真剣な眼差しで見詰めながら、また充が言った。
「え……何故?」
雛子はさらりと尋ねた。
「雛子さんはあの人がどういう人か知らないから……」
「少しは知ってるつもりだけど?」
雛子はまたもやサラリと言ってのけた。
彼女はさっきのはしゃいだ様子とは違い、少し大人びた雰囲気をうかがわせる。
「だったら尚の事考え直したほうが良いですよ、あの人普通じゃ無い」
充はグラスの中の氷をストローで搔き回しながら不機嫌な顔付きで言った。
「充、言い過ぎだぞ、佐理はお前が思ってるような奴じゃ無い」
希恭が充を窘めるように言った。
「恭兄は何も知らないんだッ!騙されてるんだよ、あの人は……他人の気持を引っ掻き回して楽しんでるような人なんだ、それなのにどうして何時もそうやってあの人を庇うのッ!?」
充の言葉に綾はハッとした。
昼間の事を思い出して、充の言わんとすることが分かるような気がしたのだ。
「確かに佐理は変わってるように見えるかもしれないけど……根は優しい奴だよ……それは俺が一番よく知ってる」
希恭は静かに答えた。
「恭兄は何も分かってないッ!! 恭兄が知ってるのはあの人の上辺だけなんだ、どうして分からないのッ!? 僕はあの人のせいで人間不信になりそうなのに……」
充は声を荒げ、なかなか伝わらない気持を歯噛みするような思いで希恭に訴える。
「充……?今日のお前変だぞ、佐理と何か有ったのか?」
「別に……僕、先に帰るよ、あの人の事……聞いてるだけで不愉快なんだ」
充はそう言って席を立つと、自分の分の代金をテーブルの上に残して店を出て行ったのだった。




