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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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佐理の本性

 5時限目の授業が行なわれている校内は水を打ったように静まり返っていて、充はその静けさに却ってハッとして顔を上げた。

そして慌てて佐理から離れると頬に残る涙の跡を掌で拭った。。

 目の前に優しい眼差しをした佐理の顔があった。

「気が済んだか?」

佐理が静かに尋ねた。

「あ……はぃ……あの、すみません……授業始まっちゃって……」

自分の醜態を思い出した充は恥ずかしくなって思わず目を逸らせた。

「別に謝らなくていい。一時間くらい抜けたってどうってこと無い俺は優等生だからな」

充に気を遣わせないためなのか、佐理は少しおどけるように笑って言った。

「それより気が済んだのなら付いて来い」

 彼は充にそう言うと、何処かへ向って歩き始めた。

充が急いで佐理の後に続くと、彼はチラッと後ろを見て

「前隠しとけよ」

と注意を促した。

 充は慌てて上着の前を深く合わせ、シャツを隠して歩く。

充をなるべく人目に晒さないための配慮からか、佐理は実験室や準備室等の有る中校舎を選んで通った。

彼の思惑通り中校舎での授業は無かった。

お陰で充は誰の目にも触れること無く目的の場所へ辿り着いたが、佐理に連れられて来たのはビジルの部室だった。

 佐理はポケットから鍵を取り出してドアを開けた。

「入れ」

彼は中へ入ると照明を点けてから充を促した。

充が躊躇しているのを見ると

「心配するな、今は誰も居ない。早く入れ」 

ともう一度促した。

 充が中へ入ってドアを閉めると、佐理は部屋の中央に下がっている暗幕を引き開けて奥へ入って行った。

窓から明るい日差しが差し込む部屋の中は、以前充が呼ばれて訪れた時とは少し印象が違って見えた。

 部屋の奥は応接室のようになっていて、壁際にはキャビネットやロッカーなどが並んでいた。

佐理はその内の一つを開けると、何やらゴソゴソとやり始めた。

「充、ちょっとこっち来い」

 呼ばれるまま充が佐理の側に行くと、佐理は顔だけを充の方へ向けて

「サイズは?」 

と、唐突に尋ねた。

「え……?」 

充がキョトンとしていると

「カッターのサイズだよ、襟周りいくつだ?」

佐理がもう一度尋ねた。

「えっと……あの、多分38だったと……」

充が答えると、佐理は袋に入ったサラのシャツを棚から取り出して彼に手渡した。

「これに着替えろ」

「え、これ……」

充は渡されたシャツを手にしたまま戸惑っている。

「何してる、早く着替えろよ、このままずっとその破れたシャツでいるつもりか?」

佐理はロッカーを閉めると充の方へ向き直って言った。

「でも、これは……?」

「ここには大抵の物は揃ってる。課題の事で何か有った時のためにな、課題についてのトラブルはビジルが全てフォローする、だから別に遠慮することは無い」

「じゃあ……お言葉に甘えて使わせて頂きます」 

 充はそう答えると、上着とカッターを脱いで新しいシャツに着替え始めた。

 充がカッターのボタンを上まで止めた時、佐理がポケットから充のネクタイを然りげ無く取り出して差し出した。

充はそれを躊躇いがちに受け取ってネクタイを締めた。

彼は佐理がこれほど細やかに他人に気を遣う人間だとは思ってもいなかったのでゆっくりとした動作になってしまったのだ。

 佐理は充が脱いだシャツを軽く畳んでゴミ箱に入れると、上着を脱いでソファーの背に掛けてから腰を下ろした。

「充」

「はい。あ……上着……汚してしまって、すみません……」

 充は自分の涙で佐理の上着を汚してしまった事に今頃気付いて頭を下げた。

「気にしなくて良い、それよりどうしてあいつ等に課題の事言わなかったんだ?」

立ったままの充に佐理がそう言った。

「え?だって、課題の事は誰にも言っちゃいけないんじゃ……」

充は意外な質問に戸惑った。

「バカだな、あの課題はもう終了してるんだぞ、部外者以外なら言っても良いんだよ、自分が……自分の身が危ない時くらい言えよ……分かったか?」

佐理の声は柔らかかった。

「はい、分かりました。あの……篠宮先輩、今日は有難う御座いました」

 充は佐理に対してとても素直な気持ちで礼を言うことが出来た。

ところが佐理は

「勘違いするな、俺はお前のためにやってるんじゃない!」

と冷たく充を突き放したのだった。

「え……」

これにはさすがに充も少しムッとしてしまった。

「お前に何か有れば希恭が心配するだろ!」

 佐理の口調がキツくなって、充はハッとした。

(じゃ……これは全部恭兄のために……?)

充はそう思って少しホッとしたが、佐理の次の言葉を聞いてその思いも何処かへ吹き飛んでしまうのだった。

「俺は希恭に借りを作りたく無いんだ、でなきゃお前の事なんてどうでもいい!」

「そんな……」

 充は拳を握り締めた。

自分を否定されたようでショックだった。

「分かりました、よく憶えておきます……とにかく今日は有難う御座いました。じゃあこれで失礼します」

 充はそう言って頭を下げると、上着を手にビジルの部室を飛び出していた。

怒りと悲しみで体が震えた。

(あれが全部上辺だけの見せかけだったなんて……信じられない……どうしてあの人はそんな事が出来るんだ……)

 充は再び零れ落ちそうになる涙をぐっと堪えながら、これが佐理の本性なのだと認識したのだった。

 充の後ろ姿を見送った佐理はソファーに転がって天井を見上げたままじっと時を過ごした。

ビジルの部室に閉じこもり、6時限目の授業にも出なかった。

 放課後になってようやく彼はキャビネットの引き出しから取り出した便箋にサラサラと何かを書き付けると、それを封筒に収めて部屋を出た。

それから近くを歩いていた生徒の一人を呼び止めた。

「しっ……篠宮先輩」

「ちょっと頼まれてくれないか、これを教頭に渡して欲しいんだ、多分校長室に居ると思うから」

 その生徒は佐理の顔を見て一瞬たじろいだが、ビジルに関係が無いと分かると安心したように封筒を受け取って立ち去って行った。

 佐理は暫くそれを見送っていたが、やがて再びビジルの部室に戻って行った。


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