屈辱
「何するんですかッ!!」
四人の三年生に屋内プールへ連れ込まれた充は、いきなり壁に押しつけられて怒ったように強い口調で言った。
正義感が強いのは希恭の影響だろうか。
「なかなか威勢が良いじゃないか、上級生に向ってそんな口の利き方して良いと思ってるのか?」
四人の内の一人、佐々木という生徒が言葉尻を強めながら充の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
紫苑学園には古い伝統が数多く残っていて、いまだに上級生と下級生の上下関係がハッキリしていたが、充はこの理不尽な出来事に怒りを覚えて佐々木を真っ向から睨みつけた。
「なんだその目は」
佐々木は充を四人の中央へ引き出して手を離すと、今度は彼の肩を小突きながら言った。
「何するんですかッ!!僕はこんな事される覚えは有りません!!」
充は声を張り上げた。
「それはこれから分からせてやるよ」
今度は後ろで声がして充は直ぐ様振り返った。
「お前、星河と出来てるんだろ?」
次に横に居た木下という生徒がねちっこい視線を投げ掛けながら、如何にも“分かってるぞ”という口振りで言った。
「誰がそんな事、変な事言わないで下さい!!」
充は木下の方を向いてキッパリと言った。
「じゃあ、あの写真は何なんだよ!?」
そう言われて詰め寄られた充は一瞬たじろいだ。
その一瞬の隙を突いて佐々木が空かさず充の脚を掬い上げるように払って仰向けにひっくり返した。
「うぐあっ!!痛ぅ゙……」
充は倒れた拍子に腰と肘を強かに打ち付けて悶絶している。
佐々木はその充の上に馬乗りなって
「何も言わないって事は認めるんだな?」
と言いながらまた充の胸ぐらを掴んだ。
「違うッ!!」
充は思わず自分の上着を掴んでいる佐々木の両腕を握って答えた。
「何が違うんだ、え?言ってみろよ」
「それは……」
あれはビジルの課題だと充は言いたかったが、ルールの事を思うと何も言えずに歯噛みした。
「ほら見ろ、やっぱり出来てるんだ、そうなんだろ?」
四人ともニヤニヤといやらしい目付きで充を見下ろしている。
「違うッ!!あれはそんなんじゃない!!」
充はジタバタともがきながら叫んだ。
「押さえろよ!」
佐々木が軽く叫ぶと、両脇に立っていた二人が充の腕を引き剥がして床に押さえ付けた。
「離せっ、何するんだッ!!」
充は力一杯抵抗したが、何せ男三人に押さえ込まれているのでどうにもならなかった。
「今から俺達が確かめてやるよ」
佐々木は馬乗りになったままで充のネクタイを引き抜くと、後ろへ差し出して
「これで脚を縛れ」
と残りの一人に言った。
後ろに居た山田がそれを受け取って充の脚を縛った。
「さぁてと、保健の時間だ!」
佐々木はそう言うと、充の上着のボタンを外してカッターシャツの前を引きちぎるように開けた。。
ボタンの幾つかが何処かへ飛んでいつた。
それからアンダーシャツをたくし上げ、彼の体をさらけ出した。
「へぇ~チビのくせに意外と良い体してるじゃないか、で、星河はここもちゃんと可愛がってくれてるのか?」
佐々木はそう言いながら、充の乳首を指で摘み上げた。
「痛いっ!!やめ……」
恥ずかしさと痛みで充は思わず顔を歪める。
「こっちの感度は良さそうだ、それじゃ下の方はどうかな?」
佐々木はニヤリと笑うと、体を少しずらして充のベルトを外し始めた。
「何する気だ!!止めろッ!!離せッ!!」
充は再度抵抗を試みたが無駄だった。
「止めろッ!!離せッ離せよ畜生おおおぉーッ!!」
どうにもならない歯痒さにもがきながら、充は声を限りに叫んだ。
「いくら叫んだって誰も来やしないぜ」
上に乗っている佐々木がニヤニヤしながらそう言った時だった。
「お前達そこで何してる!?」
後で少し低い、それでいてハッキリと良く通る声がした。
誰も来る筈が無いと高を括っていた四人は、予期せぬ事に驚いて一斉に後ろを振り返った。
「篠宮……」
佐々木が困惑したように言った。
「篠宮……先輩……?」
充は漠然と呟いた。
「そこで何してる?」
佐理はゆっくり歩み寄りながらもう一度言った。
「いや、あの、その……」
四人が当惑して何も答えられないでいると
「さっき確か写真がどうとか言ってたな?」
佐理がまた静かに問い質した。
「いや、別に……」
佐々木は慌てて立ち上がると、脇へ避けた。
「惚けるな、確かに聞こえた。写真というのはあの写真の事か?」
佐理の口調は静かだが、鋭い視線は向け目なく四人に注がれている。
「あ、ああ……」
佐々木があやふやに答えた。
「お前達、何をしているか分かってるんだろうな?あの写真はビジルの課題だったんだぞ、彼は単に課題を遂行したまでだ」
佐理は充の足元に跪くと、彼の脚に縛り付けられたネクタイを解きながら言った。
「課題……そんな……」
「少し考えれば分かる事だ、課題について何か言い分が有るならビジルを通すのが筋だろ?勝手にこんな真似をしてタダで済むと思ってるのか?」
ネクタイを解き終えた佐理が立ち上がって物憂げな口調で言った。
「それからもう一つ……彼は僕が目を掛けている事も承知の上なんだろうな?だとしたら……これはもう充分懲罰に値するな……」
「そんな……俺達知らなかったんだ、だってそうだろ?課題の事なんてビジル以外本人しか知らないんだし……それに篠宮がこいつのこと」
「彼だッ!!」
佐理は佐々木の言葉を遮るようにきつく言った。
「その、彼の事気に掛けてるなんて全然知らなかったし……」
「知らなかった?まぁ良いだろう……今回だけは見逃してやる。けど次にこんな勝手な真似をしたら……その時は分かってるだろうな?」
「分かった、分かったから……」
佐々木達は早く佐理から解放されたくてしょうがないようだ。
「分かったならサッサと教室へ戻って大人しくしてろ」
佐理がそう言った途端、四人は慌てて逃げるようにバタバタと駆け出して屋内プールから出て行った。
「起きろ」
床に転がったままの充を見下ろして佐理が静かに言った。
充はゆっくり上体を起こすとハッと気付いて慌ててシャツの前を合わせて俯いた。
「家での忠告は無駄だったようだな」
「え……?」
充は顔を顰めたまま佐理を見上げた。
「俺がただの遊びであんな事をしたと思ってたのか?言った筈だぞ、気を付けろって……なのに、どうしてのこのこアイツらに付いて来たんだ、こうなる事くらい予想出来なかったのか?」
そうは言ったが、四人の三年生に付いて来るように言われれば、一年の充が断り切れないことは分かっている。
「立て」
何故か佐理はとても優しかった。
彼は充の手を取って立ち上がらせると軽く埃を払ってやった。
「服直せよ」
佐理に言われて、充はボタンの無いシャツの前を合わせて裾をズボンの中に押し込むとベルトを締め直した。
「偶々俺が見掛けたから良いようなものの、そうじゃなかったらどうなってたか分かってるのか?」
諭すようにそう問い掛けた佐理に、充は何も答えられなかった。
その問い掛けに何とも言い難い屈辱感と歯痒いほどの悔しさが込み上げてきて言葉が出てこなかった。
俯いた充の肩が時々しゃくるように震えて、嗚咽していることを示していた。
「充……」
佐理は腕を伸ばして充の頭に掌を回すと、そのまま自分の胸に引き寄せた。
「うっくっ……ぅぅぅ……ふくっ……ぅぁぁ……」
充は佐理の胸にもたれ掛かったまま声を殺して泣き続けた。
男としてのプライドを傷つけられた悔しさは佐理の時の比ではなく、それが後から後から涙を溢れさせた。
そのままゆっくりと時間は過ぎていったが、充が気の済むまで泣いた頃にはもうとっくに昼休みは終わっていたのだった。




