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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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佐理の本命

「星河君!」

 校門の前で呼び止められた希恭は、声のした方へ振り向いた。

門を潜ろうとしていた充もそれに気付いて立ち止まる。

 声の主は紫苑のマドンナ小鳥遊たかなしエリカで、〔カツカツ〕と気取るように軽い靴音を立てながら希恭の前に歩み寄って来た。

「小鳥遊……さん?」 

 希恭はちょっと意外だった。

エリカは気位が高く、自分から男子生徒に声を掛けることなど滅多に無い事だからだ。 

「御機嫌よう。星河君、篠宮君とお友達でしょ?」

エリカが微笑みながら唐突に尋ねた。

「おはよう。そうだけど……何?」

「悪いけどコレ、篠宮君に渡して下さらない?」

 彼女は抱えていた鞄の陰から白地に花柄の封筒を出して示すと、希恭に差し出した。

「渡せば良いんだね?」

「ええ、午前中に。それから渡したら直ぐ読むように伝えて頂戴」

「午前中だね?分かった、ちゃんと伝えておくから」

希恭はそう答えてエリカから封筒を受け取った。

「じゃ、お願いね」

エリカは『用はそれだけ』と言うように、またあの〔カツカツ〕と気取った靴音をさせながら、きちんと切り揃えられた絹のように艶のあるサラサラとした長い髪をなびかせて女子部の方へ戻って行った。

 希恭が預かった封筒をポケットに収めて歩き出すと、充が側に寄って来て尋ねる。

「綺麗な子だね、誰?」

「充、知らないのか?我が紫苑のマドンナ、三年の小鳥遊エリカ」

「マドンナ?どうりで綺麗なわけだ、モテるんだろうなぁ……?」

「ああ、結構イカれてる奴は多いんじゃないかな?俺はああいう気取ったタイプは苦手だけど……」

希恭は苦笑して言った。

「分かってる、綾さんみたいな可愛いタイプが好きだって言いたいんでしょ?全く、やってらんないよ」 

「お前も早く彼女つくれよ」

希恭は掌で充の頭を軽くポンとして笑った。

「そう簡単にはいかないよ……誰か紹介してよ」

「情け無い奴だなぁ、彼女くらい自分で探せ」

「ハイハイ、努力します」

「『はい』は一回。じゃあな、あ、今日一緒に帰るだろ?門のとこで待ってろよ」 

 希恭はそう言うと、軽く手を挙げながら充と別れて北校舎の玄関へ入って行った。


 希恭は教室へ入ると、窓枠に腰掛けて外を見ている佐理の姿を認めて声を掛けた。

「佐理」

佐理は黙ったまま希恭の方へ顔を向けた。

「これ……」

 希恭はエリカから預かった封筒を彼の前に差し出した。

封筒に視線を落とした佐理はそれを手に取ると、また希恭の方へ訝しげな視線を戻した。

「預かったんだ、直ぐに読んで欲しいって言ってた」 

 そう言われた佐理は希恭の目の前で封筒の中身を取り出して一通り目を通すと、便箋と封筒を重ねてビリビリと破り始めた。

希恭が驚いていると、佐理は細かくなった紙切れを窓の外へ差し出した掌から風に舞わせるように少しずつ散らしながら

「くだらない」

と呟いた。


 昼休みに入ると佐理はゆっくりと立ち上がり、教室を出て行った。

希恭は何となくピンとくるものがあって、そっと佐理の跡を尾けることにした。

 佐理は通用口から校舎を出て、渡り廊下を通って体育館脇の倉庫の陰に姿を消した。

希恭は悪いとは思いながらも、足音を忍ばせて倉庫へ近付いて行った。

 希恭が倉庫の手前まで来た時、エリカの声がして彼は思わず倉庫の壁にピッタリと張り付いて聞き耳を立てた。

「以前から貴方に好意を持っていたの、だから最後の学園祭にお誘いしようと思って。篠宮君なら私に相応しいと思うわ、貴方だってそう思うでしょ?」

 エリカは気取った口調で佐理に言った。

 毎年紫苑の学園祭にはダンスパーティーが催されるのだが、そこに意中の人を誘うのが恒例になっていた。

彼女はその事を言っているのだ。

「君の口ぶりだとまるで僕が承知する事を前提にしてるみたいだね? 悪いけど……僕には好きな人がいるからその誘いは受けられない」

「そんな……でも篠宮君は誰とも付き合ってないんでしょ?」

「誰とも付き合って無いよ、でも……好きな人はいる、だから君とは付き合えない。他に用が無いならこれで失礼するよ」

「待って!!誰なの!?」

 エリカは立ち去ろうとする佐理を引き止めて詰問するように尋ねた。

「君には関係無い」

「有るわ!!誰なのか聞きたいわ、貴方が断る以上そのくらいの権利有るでしょ?でないと納得出来ないわ!!」

エリカはヒステリックに語気を強める。

「小椋……小椋綾だ……」 

 佐理が静かに答えた。

(そんな……!そんな事って……)

希恭は佐理が口にした名前を聞いて愕然とした。

「だって小椋さんは星河君と付き合ってるのよ、貴方星河君とお友達なんでしょ?お友達の彼女を好きになるなんて……」

希恭は自分の耳を疑ったが、エリカの言葉で聞き間違いではないことを認識せざるを得なかった。

「好きになるのは自由だ……」

「え……?」 

「人を好きになるのに条件が有るのか?事情なんて考えるのか?そんなもの……関係無いだろ!?」

 佐理は俯くように顔を背けた。

「でもやっぱりそんなの良くないわ」

エリカはそれが当然の事のように言ってのけた。

「好きなものは好きなんだッ!!仕方無いだろッ!!」

佐理は顔を上げると珍しく語気を強めた。

それから急に顔を歪めて静かに後を続けた。

「好きになったら……他のものは何も見えなくなって……あいつしか見えなくて……気付いたら……あいつの事しか考えてない。 何時だってあいつの事で頭がいっぱいで……あいつのためなら死んでも良いって……そんな事ばかり考えてる……だから僕は……人を好きになるってそういうものだろ?」

 佐理の口調はいかにも切なげで、陰で聞いていた希恭は複雑な思いに胸が締め付けられた。

「…………」

「君は僕のために命を懸けられる?懸けられないだろ?そんな半端な気持ちで好きだなんて簡単に言わないでもらいたいな」

 何も答えないエリカに、佐理は半ば嘲るような口調で言った。

「そう、よ〜くわかったわ、精々片思いしてなさいよ、何時までもそうやってね!!」

 プライドを傷つけられたエリカは吐き捨てるようにそう言うと、バタバタと走り去って行った。

彼女の後姿を見送る佐理の顔には、何故か苦し気な笑みが浮かんでいた。


 希恭は呆然と立ち尽くしていた。

まさか佐理がそれ程までに綾のことを想っていたとは、今の今まで気付かなかったからだ。

そして、そのまま持て余した感情を抱え、その場でどうすることも出来なくなってしまった。

 校舎へ戻ろうとして倉庫の陰から出て来た佐理は、そこに希恭が立っているのを見て、別段慌てる様子も無く

「立ち聞きか?あまり良い趣味とは言えないな」

皮肉るように言いながら通り過ぎようとした。

「佐理、本当なのか……?」

 希恭は思わず佐理の肩口に手を掛けて引き止めた。

「本当に綾のこと……好きなのか……?」

希恭は確かめるように、それでいて躊躇いがちに尋ねた。

 佐理は彼の手をゆっくりと握ってそっと肩から外すと、彼の方へ向き直った。

「本当だ……って言ったらどうする?」

佐理は希恭の反応を探るようにじっと見詰めている。

だがその眼に敵意は感じられない。

「あぁ……」

希恭は声にならない声を発して苦し気に眉を顰めた。

佐理はそんな希恭の様子を見て「フッ」と笑った。

「そんな顔をするということは、それだけ俺のことを気に掛けてくれてるって事かな?嬉しいよ。 でも……そんなに心配することはない、あれは口実だ」

「口実……?」

「ああ、小鳥遊のようなタイプはハッキリ言わないと納得しないからな、断る為の口実だ、他に名前が浮かばなかったもんだからつい……ね、悪かったよ」

 佐理はそう言うものの、さっきの切な気で真剣な口調を思い出すと、希恭はすんなりと納得することは出来なかった。

佐理はそんな希恭の思いを察したのか、彼の頬に手を添えて

「本当だ。本当に小椋のことは何とも思ってない、だから安心しろ」

希恭の瞳をじっと見詰めながら宥めるように優しく言ったのだった。

「佐理……」

佐理は微笑みながら軽く頷いて見せて

「さ、戻ろう

と希恭を促した。」

 彼は校舎へ戻ろうと体育館の先へ視線を移した。

すると、急に何か思い出したかのように

「希恭、ちょっと頼まれてくれないか?」

と言った。

それから希恭をいざなうように連れ添って歩きながら

「急な用を思い出したんだ、放課後創立記念の事で教頭に呼ばれてるからビジルには寄らないって、今から二木に伝えて欲しいんだ」

と伝言を頼んだ。

「分かった、伝えとく」

 希恭はビジルと関わりたくなかったが、佐理の頼みを断ることは出来なかった。

「じゃあ頼むよ」

 佐理は通用口まで来ると、希恭を見送るように軽く手を挙げて言った。

そして彼が階段を上り始めたのを見届けた佐理は急いで引き返すと、体育館の向こうに有る屋内プールへと向ったのだった。


 教室に戻って来たエリカは、綾の姿を見るとツカツカと側に寄って来て静かな声で話し掛けた。

「小椋さん、あなたって意外とやり手なのね」

「え、何の事?」

綾は言われたことの意味が分からず聞き返した。

「星河君と付き合っていながら他の男子の気を引くなんて随分じゃない?」

エリカは皮肉タップリな口調で言った。

「何よその言い方!!」

隣で聞いていた睦美が思わず反発して言った。

「他の男子って……それどういう事?」

綾は睦美の腕に軽く手を添えてから尋ねた。

「とぼける気?篠宮君の事よ」

「篠宮君?篠宮君がどうかしたの?」

綾は本当に訳が分からないという顔をしている。

「篠宮君、あなたにとってもご執心のようよ」

そんな彼女の顔を覗き込むようにエリカが言った。

「え……そんな筈無いわ……それきっと何かの間違いよ……」

「間違いなんかじゃ無いわ、ちゃんと本人の口から聞いたんだもの、小椋綾が好きだって、その上あなたのためなら死んでも良いとさえ言ったのよ!!」

「嘘よ……そんなこと……」

 綾はエリカの言ったことに唖然としてしまった。

「そんなにとぼけなくても良いわよ、あの二人を射止めるなんてそうそう出来ることじゃ無いもの、自慢しても良いくらいだわ、もっとも……篠宮君が自分の彼女に横恋慕してると知ったら星河君はどう思うかしらね?あの様子じゃ知られるのも時間の問題でしょうけど……その時が見物みものだわ」

「小鳥遊さん……」

 綾は突然の事に何がどうなっているのか分からなくて戸惑っていた。

(そんなの嘘よ……嘘に決まってる……だって篠宮君は……)

彼女は何時かの佐理のことを思い出してエリカの言ったことを打ち消そうとした。

しかし考えてみればエリカが嘘を吐く必要など何処にも無いのだ。

(あれは私の思い違いだったの……?いったいどうなってるの……)

 希恭とお互いの気持ちを確かめ合ったばかりだというのに、佐理の存在がまた少しずつ綾の心に暗い影を落とし始めるのだった。


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