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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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チョコレート戦争

 佐理は入って来た雛子の方をチラッと見たが、直ぐに手にしていた薬箱をテーブルの上に置いてソファーに座ると、ハンカチを外し始めた。

「あ、私が」

 雛子が横に来てハンカチを解き始める。

キツ目に縛っていたので少し手間取ったが、それでも着実に結び目を解いていった。

「シャツ脱いで」

彼女がテーブルにハンカチを置きながら言った。

「今!?」

「包帯を巻くから先に脱いどいたほうが良いわ、それに血が付いてるから早く洗わないと」

佐理はそう言われて仕方なくシャツを脱いだ。

 着痩せするたちなのか、服を着ている時に受ける感じほど華奢では無かった。

それでも細身である事に変わりは無い。

 雛子はそのシャツを受け取ってハンカチの上に置いてから薬箱を開けた。

「えっと消毒液はっと……あ、コレだ」

彼女は独り言を言いながら消毒液を取り出してテーブルに置いた。

「何か拭く物は無い?」

「そこの引き出しにタオルが入ってる」

佐理がそう言って造り付けの家具を指差した。

 雛子は教えられた所からタオルを取り出して、勝手にキッチンへ入ってそれを濡らして戻って来た。

それから佐理の手に付いた血を綺麗に拭き取ってしまうと、消毒液を染ませたガーゼで傷口を丁寧に消毒した。

さすがに傷に沁みるのか、佐理が少しだけ眉間に皺を寄せる。

それが終わると、今度は傷薬を取り出して傷口に塗ってから包帯を巻いていく。

「随分手付きが良いんだな……?」

雛子の手付きをじっと見ていた佐理が問い掛けるように言った。

「何時も手伝ってるから慣れてるのよ。ハイ、これで良いわ」

雛子は巻き終わった包帯の端を留め付けながら言った。

「ピアノ……弾けるかな……」 

 佐理は包帯が巻かれた腕を見詰めて呟いた。

「ピアノ弾くの?」

「創立記念が近いから練習しとかないと……暫く弾いてなかったから腕がなまってる……」

佐理がまた独り言のように言った。

「そっか、紫苑は創立記念に学園祭やるんだっけ?でも一週間くらいは止めといたほうが良いかもね……」

「一週間か……」

「洗濯機どこ?」

「いいよ、自分でやるから」

「そうはいかないわ、何処に有るの?」 

「キッチンの向こうの家事室」

佐理はため息混じりに答えた。

 雛子はテーブルの上に重ねておいたシャツやハンカチを抱えるとサッサと奥へ姿を消したが、直ぐに大声で佐理を呼ぶ声がした。

「篠宮君、ちょっと来て!!」

「ん?」

 佐理は何だろうと思いながらも、家事室へ向かった。

中を覗いてみると、雛子が洗濯機の前で何やら思案している。

「どうしたんだ?」

 ドアの所から佐理が声を掛けると、雛子はニッと苦笑いしながら

「コレどうやればいいの?」

と洗濯機を指差して言った。

「え!?分からないのか?」

佐理が拍子抜けしたように尋ねた。

「だってこれ、何かボタンがいっぱいでどれがどれだか分からなくて……」

「今どき洗濯機も使えないなんて……そんなの小学生でも分かるよ……」

「悪かったわね、小学生以下で!!」

雛子はムスッとして言った。

 佐理は仕方無いなぁとでも言うようにちょっと呆れ顔で洗濯機の所へやって来ると、雛子の後ろから体越しに手を伸ばしてスイッチを押し始めた。

「量が少ないから節水でと……」

「ぁ……」

 雛子は殆ど聞こえないほどの小さな声を上げた。

ボタンを押す佐理の横顔が余りにも近過ぎて今にも頬がくっつきそうになる。

おまけに彼はまだ上半身裸のままなのだ。

佐理はなんの気無しにやっているのだろうが、雛子のほうは身動きも出来ないほど意識してしまって、胸がドキドキしている。

「お知らせブザーオンでと、いいよ、これで終わるまで放っとけばいい」

「そ、そう……」

 雛子は慌てて取り繕うように笑った。

佐理はそんな雛子の様子を気にもせずサッサと家事室を出て自分の部屋に入ってしまった。。

「は〜っ……」

 雛子は大きな溜め息を一つ吐くと、自分もリビングへ戻って行った。

テーブルの上に出しっぱなしになっていた薬箱を片付けていると、ドアが開いて新しいシャツを着た佐理が戻って来た。

彼はそのままキッチンへ入ってコーヒーを二つ淹れてからリビングに持って来てテーブルに置いた。

それから雛子が片付けた薬箱を元の場所にしまうと、ソファーに座って名画総監を組んだ脚に乗せて開きながらコーヒーを一口啜った。

 雛子が手持ち無沙汰に立っていると

「座ってコーヒーでも飲めば?」

佐理が無愛想に言った。

「あ、ええ有難う……」

彼女はまだ少し緊張を残したまま、コーヒーカップの前に座った。

佐理はコーヒーをブラックで飲んでいたが、雛子の方には砂糖とミルクがちゃんと用意されていた。

 雛子はそれらをコーヒーに入れて添えられたスプーンでかき混ぜた。

「じゃあ、頂きます」

スプーンをソーサーに戻して雛子が言った。

「どうぞ」

 佐理は雛子にお構いなく本に目を通しながら素っ気なく答えた。

彼女はコーヒーを口に運んだが、何となく気不味い空気を感じてしまった。

(篠宮君みたいな人がどうしてあんなに自己肯定感が低いんだろ……?手首の傷痕と関係有るのかな……)

雛子はさっき佐理が服を脱いだ時見えた傷痕を思い出していた。

この辺りでは有名なほど恵まれた容姿を持ち、おまけに名門校に通っているのだから、普通なら自己肯定感が高くても良いはずだ。

しかし彼にはそれが全くと言っていいほど感じられないのだ。

雛子にはそれが不思議で仕方なかった。

そしてこの人のことをもっと知りたいと、佐理の顔を見ながら思ったのだった。

(本当に綺麗な顔してる……評判なのも無理ないな……あ〜あ、それにしても、何もする事が無いって結構つらい)

 雛子は溜め息が出そうになる。

「あの……調べたい事が有るって言ってたけど、映画の事?」

彼女は居心地の悪さにとうとう我慢出来なくなって、つい話し掛けてしまった。

「チョコレート戦争」

佐理はやはり素っ気なく答えた。

「チョコレート戦争?それバレンタインか何かの映画?」

チョコレートと聞いた彼女は、真っ先にバレンタインのことが頭に浮かんで少し可笑しくなった。

「いや……」

「う〜ん聞いたこと無いなぁ……その映画の何を調べるの?」

 佐理は彼女の問いには答えず、本を閉じてテーブルの上に置いた。

「あ……どうしたの?」

雛子は遠慮がちに尋ねた。

他人ひとが居ると気が散る」

「あ……邪魔しちゃったかな……ご免なさい……」

彼女は少しションボリしている。

「別にいいよ、急ぐ訳じゃないから、それよりコーヒー冷めないうちに飲めば?」

「えっ、ええ……」

 雛子がカップに手を伸ばそうとした時、キッチンの奥からブザーの音が聞こえてきた。

「あ、終わったみたい」

雛子が立ち上がろうとすると

「いいよ、僕がやるから」

佐理がスッと立ち上がった。

「私がやるわよ」

雛子はそう言ったが佐理は

「乾燥機に入れるだけだから」

と答えて家事室へ行ってしまった。

「ふぅ〜」

彼女は大きな息を吐いてから、思い出したようにまたコーヒーを口に運んだ。

 佐理は直ぐに戻って来た。

彼を目で追う雛子の向かいに座って脚と腕を組むと、ソファーの背にもたれて目を閉じ、そのまま身動ぎもしなくなった。

 この時、佐理は雛子に尋ねられたことで先日の学校での出来事を思い出していた。

紫苑では来客と出会った場合、3m以上手前から脇へ避けて会釈をしたまま来客が通り過ぎるのを待たなければならない習わしになっている。

 先日、彼は廊下で来客と出会す事があり、習わし通りに脇へ避けて頭を下げ、客人が通り過ぎるのを待っていた。

しかしその客人は佐理の前まで来ると立ち止まって声を掛けてきたのだ。

「君、ビジルのメンバーなのかい?」

「え……?」

 佐理は思わず顔を上げて客人を見た。

その人物は三十前後といったところだろうか、まだ青年と言えるほどの若い容貌をしていた。

「だってホラ?……その襟章、朱色ってことは参謀だったかな?」

客人は佐理の胸元を指差して言った。

佐理が怪訝な面持ちでいると

「心配しなくても僕はここのOBだから」

と言って笑った。そして

「それにしても未だにビジルが続いてるとはねェ……」

と意外なことを言ったのだった。

「それはどういう意味でしょうか?」

 佐理が無表情になって尋ねた。

するとその客人は

「君、ビジルがどうして出来たか知ってるかい?」

と逆に聞き返してきた。

「いいえ」

佐理は不機嫌に短く答えた。

それはビジルに対する嫌悪の現れだった。

「ビジルはね、単なる気紛れ……遊びで作られたんだ」

「遊び……?」

それを聞いた佐理の表情が険しくなった。

「そう。その当時の理事長のバカ息子がね、偶々深夜に放送されたある映画を観て、それをヒントに遊び半分で作ったのが始まり。そうそう、機会があれば一度観てみるといい、The Chocolate War(チョコレート戦争)っていう映画だから、それがビジルの原点だ。じゃあ」

客人はそう言ってニッコリ笑うと去っていった。

 そして佐理は暫くその場で動くことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていたのだった。



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