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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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存在価値

 希恭と綾がお互いの気持ちを確かめ合っていたその頃、佐理は街外れに有る河原に寝転んで瞑想に耽っていた。

 そこへボールが一つ転がってきて、佐理の体に当たって止まった。

「ん?」

彼はそれを弄って指に触れた物を拾い上げ、目の前に翳した。

(歯形……?)

 ボールに付いた無数のキズが何かの歯形である事を佐理は直ぐに理解した。

「投げて、早くッ!!」

 離れた所で女性の声がした。

「え?」

 佐理が起き上がって声のした方へ顔を向けると、いつの間に来たのか敵意を剥き出しにした薄茶色の大きな犬が目の前で唸り声を上げた。

「マックス!!駄目ッ!!」

 彼女が大声でそう叫んだ時にはもう、マックスと呼ばれた犬の歯は佐理の腕に食い込んでいた。

 幸いな事に彼女の声が歯止めになったのか、牙が完全に食い込む事は免れたようだ。

「うッ……」

 佐理は小さく呻いたが、逃げようとはしなかった。

犬は逃げるものを追う習性が有ることを知っていたし、佐理にはその必要性も無かったからだ。

「マックス離しなさいっ!!」

 この犬の飼い主、沢村雛子が勢い良く駆け寄って来て命令した。

 その犬は佐理の手を離すと

「クーンクーン」

と鼻を鳴らしてかしこまった。

「スティ!!」

 彼女はそう言っておいてから、佐理の横へしゃがんだ。

「ご免なさい、この子そのボールが自分のだって分かってるから、知らない人に取られたと思って怒っちゃったのよ」

「それで……」

佐理は自分が手にしたボールを眺めて呟いた。

「大変!!血が出てる、ああ服に血が……本当にご免なさい……」

 雛子は佐理の服の袖を捲くり上げると、自分のハンカチを取り出して傷口を縛りながら

「あなたハンカチ持ってる?」

と尋ねた。

佐理がポケットからハンカチを取り出して差し出すと、彼女はそれを残りの傷口に縛り付けた。

「グレートデンか、デカいな……」

 佐理はマックスにちょっとした羨望の眼差しを送る。

「犬は好き?」

佐理の様子に、彼女が問い掛けた。

「別に好きな訳でも無いけど、犬種くらいは分かるよ。君の犬?」

「ええ、マックスっていうの。これでもまだ八ヶ月なのよ」

「どうりで未だ歯が鋭い訳だ。でも女の子にグレートデンはちょっと荷が重過ぎるんじゃないかな……?」

「そんな事無いわ、ちゃんと調教してるもの」

彼女は少し憤慨したように言った。

「それでコレか……?」 

佐理は右腕をちょっと上げて見せた。

「あ……その、ご免なさい……」

雛子が急にしおらしくなる。

「いいよ別に、僕もぼんやりしてたから、ほらボール返すよ、悪かったな、お前のだって知らなかったんだ」

 佐理はそう言って、持ったままだったボールをマックスの口に咥えさせた。

「あなた怖くないの?マックスくらいになると人を噛み殺すくらい“あっ”という間なのよ」

彼女はちょっと驚いたように言った。

「恐怖心というものは経験と想像の産物に過ぎない。噛まれたら痛いとか、死ぬかもしれないとか、大半は想像から成るものだけど、要するに……その根源は全て生への執着に起因する。その点について言えば、僕には恐怖心というものは無いよ」

「それって、あなたに生への執着が無いってこと?」

「そう。ただ早いか遅いかというだけの事でいずれは皆死ぬんだから、どうして生に執着する必要がある?だから今ここでこの犬が僕を噛み殺したとしても、僕は一向に構わないよ」

「あなたはそれで良くてもこっちは大迷惑よ!マックスのした事は私の責任だし、そんな事になったらマックスだってただでは済まなくなるわ!」

彼女は少し興奮気味だ。

「それは人間のエゴだろ?犬にとってはただの成り行きで咎められる筋合いじゃない筈だ」

「世間ではそんな理屈通用しないの!」

 佐理はそれには答えず、スッと立ち上がった。

「え?あ、なに?どうするの?」

「帰るんだよ」

彼はそう答えて、分厚い本を拾い上げた。

「そんなに分厚い本、その手じゃキツイわよ、かして、送って行くから」

「別にいいよ」

「駄目よ、責任があるもの」  

彼女は佐理から本を引ったくるように取り上げた。

「じゃあ勝手にすればいい……」 

 佐理は少し呆れたように言って歩き始めた。

「マックスおいで」 

 彼女はマックスを呼んでボールを受け取ると、リードに繋いで佐理の後を追って来た。   

「この辺じゃ見掛けない顔ね?」

「こっちの方にはあまり来ないから……今日は偶々その本が有るって聞いて、知り合いを訪ねただけだし……」

 雛子は自分が抱えている本に視線を落とした。

「名画総監?映画好きなの?」

「別に、ちょっと調べたい事が有るだけ」

「ふ〜ん。あ、そうだ!名前まだ聞いてなかった、私、南原校の沢村雛子さわむらひなこよろしくね。あなたは?」

「紫苑の篠宮佐理」

佐理は無愛想に答えた。

「あなたがあの篠宮君……?どうりで……」

「僕のこと知ってるの?僕は君のこと知らないけど?」

「この辺の学校じゃ紫苑の篠宮君っていったら有名だもんもう一人の人とね、相方さんとかいう……」

「……」

「その傷ちょっと心配だから病院でちゃんと診て貰ってね、治療費はウチが持つから」

 佐理が黙り込んでしまったので雛子は話題を変えた。

「コレくらい大したこと無い」

「でも万一ってことも有るから……予防接種はしてるけど、やっぱりちゃんと手当てしとかないと」

「別に死んだって構わないって言っただろ、だから余計な心配はしなくていい」 

 佐理は雛子にそう言ってから、また

「でもどうせ死ぬとしたら……もっとうんと残酷な死に方のほうが良いな……そしたら……」

と独り言のように呟いた。

「あなたの、篠宮君の話しを聞いてると、何だが死にたがってるように聞こえる……自殺願望でも有るの?」

雛子は眉間に僅かな皺を寄せた。

「いや、ただ……自分の存在価値を認められないだけ」

「存在価値の無い人なんて居ないわよ」 

「そうかな……人間の存在価値はどれだけ他人ひとに必要とされるかで決まるんじゃないかな?」

「それは……そう……かもね……」

雛子は口籠る。

「だったら……僕の存在価値は皆無に近い……」

「そんな事無いわよ、親や兄弟や、友達だっているじゃない、その人達はきっとあなたを必要としている筈よ!」

雛子は少しムキになって言った。

「残念ながら……僕には親も兄弟もいないに等しい。友達に至っては……」

 佐理はそこで言葉を切った。

希恭はまだ自分を必要としてくれているだろうか? あの時のように今でも自分を必要だと言ってくれるだろうか? ふとそんな事を考え、それを渇望してしまう。

「悲しいこと言うのね、たとえ今はそうでもこれから先、あなたを必要とする人がきっと何処かに居る筈よ、だからその人と巡り合う時のためにももっと自分を大切にしなくちゃ……そうは思わないの?」

「クスッ」

 ムキになって話す雛子を見ていると、佐理は急におかしくなって思わず笑ってしまった。

「え、何?急に笑ったりして失礼よ!」

雛子は少し憤慨して言った。

「ごめん……君、恭に似てる……」

「え、誰?」

唐突なことを言われて雛子はポカンとしている。

「星河希恭。何にでも一生懸命で……直ぐムキになる、正義感が強くてお節介……よく似てる」

 目を細めて遠くを見る佐理の表情が柔らかくなった。

「その人って彼女?」

「フッ……希恭は男だよ、君の言うところの相方ってヤツ」

佐理は含み笑いをして言った。

「じゃあ私は男みたいってこと?」

彼女は少し不服そうだ。

「そういう意味じゃ無くて……」

「そう?でも良かった……」

感情がストレートに顔に結び付くような雛子の表情は豊かだ。

「何が?」

「彼女だったらちょっとガッカリだなと思って」

「君……変わってるね」

「篠宮君ほどじゃないと思うけど……?」

雛子はちょっと心外なようだ。

「初めて会った人間に言いたい事言って……物怖じしない……」

「物怖じなんてしてたら動物達と付き合ってられないのよ」

「動物?」

「あ、家、動物病院なの、父が獣医で……」

「ああ、それで……ところで君、何時まで付いてくる気?」

「篠宮君の家まで」

 彼女はアッサリと言ってのけた。

「そんなに気を遣わなくてもいいよ」

「だから責任が有るって言ったでしょ」 

「……」

「傷、痛むの?」

雛子は急に黙り込んだ佐理を労るように尋ねた。

「いや……」

「じゃあどうして急に黙っちゃうの?心配するじゃない」

「どうして君が心配する必要が有るんだ?」

「だってそんなの当然でしょ?」

「何故?」

「何故って……マックスのせいで怪我したんだし、そうじゃなくても怪我した人が居たら心配するのは当たり前じゃない、篠宮君は怪我した人を見ても心配しないの?」

「しないよ。君はどうしてそんなに他人ひとの事まで心配するんだ?」

「どうしてって……性分なんだから仕方ないでしょ」

「生憎、僕はそういう性分は持ち合わせていないんだ」

「あなたってやっぱり変わってる、私なんかよりずっと変わってるわ」

「そうかもしれないな、あ、ここでいいよ、このマンションだから」

「そうはいかないわ、ちゃんと最後まで責任持ちます」

 雛子はそう言ったが、佐理は彼女に構わずマンションに入るとエレベーターに乗り込んだ。

雛子も後ろからピッタリと付いて来てマックスと一緒にエレベーターに乗り込んで佐理の横へ並んだ。

 10階に着いてエレベーターを降りた佐理は家のドアを開けた。

後で雛子が尋ねる。

「お邪魔してもいい?」

「良いのかな?家は誰も居ないから僕と二人っ切りだよ、男と二人っ切りになったらどういう事になるかくらい分かるだろ?」

「あら、大丈夫よ、イザとなったらマックスが居るもの」

彼女は愉しげに答えた。

見縊みくびられたもんだ、じゃ好きにすればいい……」

 佐理は呆れ気味に言うと、玄関のドアを開けたまま中へ入って行った。

 雛子はマックスを中へ入れてドアを閉めた。

「マックス、ここで待っててね」

彼女がそう言うと、マックスはちょこんと座っておとなしくしている。

それを見ると雛子は佐理の後を辿るようにリビングのドアを開けて

「お邪魔しま〜す」

と言いながら中へ入って行った。


















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