1-7 魔力災害と冒険者
「魔力災害?」
「そうなのよー。近くの村に被害が出てね。あ、タカラくん動かないで」
「いだぁ!」
「もう!ノアったら何して遊んだらこんな傷つけるのよ!」
「えへへ。大丈夫だよ。タカラくんは傷の治り早いし。」
「まぁ確かに。昨日の傷なんてもう治ってるものねぇ。若いっていいわ。」
若いだけで片付けてくれるのか?とタカラは内心焦った。魔法訓練していて気づいたことがあった。それは魔力が日に日に増えていることと、異常に傷の治りが早い。ノアに聞くと転生者は傷の治りが早いらしい。加護を受けた影響なのか、それは定かではないが、先日ギギに追いかけられ引っ掻かれた肩の傷も、翌日には裂けた皮膚は塞がっていて赤く腫れた水脹れのようになっていた。
本当ならその異常な回復能力に警戒してもおかしくないのにスキルのせいか自分が否定されることはなかった。ありがたいことだけどなんだか少し気持ち悪い気がした。
少し大袈裟に巻かれた膝の包帯を、ノアのお母さんは優しく撫でながら最近の噂について口にする。
魔力災害とは不定期に訪れる自然現象のようなものらしい。人間や魔物から溢れて出た魔力などが空に上がり、時々小規模の爆発を起こすもの。
爆発自体は空で起こるため、そこまで大きな被害は無いが、爆発した魔力に魔物が影響を受け、突如暴れたり、さらには強化個体がでることもあるらしい。
「貴方達も気をつけなさいよ?この辺ももしかしたら災害が起きるかもしれないんだから。」
「はーい」
気の抜けた返事が二つ聞こえて、母親は本当に解っているのかと訝しげに口を尖らせる。気づかない二人はまた外に出る準備をして、薬品の匂いを纏ったまま慌ただしく木造の扉を開けた。
いつもの洞窟から少し離れたところに小さな湖がある。水は青く澄んでいて、小魚が優雅に泳いでいる。他の村人も来ていたのか、2箇所ほど網かごが置かれていて、少し前までに人が作業していた形跡が見える。
持たされていたサンドウィッチを食べ終わると、先日から教わっていた付与魔法についてノアは説明を始めた。
「タカラ君は魔力が高いから、戦士より魔法使い向きだと言ったね。君は複雑そうにしていたけど……」
「どうせなら勇者っぽくなりたかったな……」
「ここは別に魔王とか魔族と敵対している世界じゃないからね…なんなら人間の王は魔族の姫と結婚して関係は良好だし」
「うん…いいことだよね。平和が一番だよ。」
タカラは擦り傷だらけの両手を見つめた。初めてこの世界に来てから少しだけ逞しくなったような気がしたけど、なんだか少し頼りない気もしてくる。
人間と魔族の関係は良好、と言ってもそこは元いた世界とは程遠いもので、最初聞いた時は何一つしっくり来なかった。
ノアの説明によると種族が違うだけで基本意志があり対話できる時点で同じ生物だということ、いわば形が違う異邦人のようなものらしい。
まぁそれでも人間と対して知能も変わらないせいなのか、魔族・人間共にお互いの差別意識はあるようだ。人間は貧弱だとか魔族は獣だとか。こういう心無い差別はどこの世界にもあるんだなとタカラは痛感する。
せめて自分は平等で優しく相手を尊敬していこう、そう静かに汚れた自分の手を見つめて思った。
どうやら勇者、というか戦士のセンスがないのは確かなようで、初めての実戦以来魔法を中心に特訓している。最低限の近接戦は特訓しつつ、魔力の成長は伸び代があるみたいだからメインで学ぶのは中距離・遠距離で使える魔法。今日は付与魔法、強化魔法を取り入れてみるというスケジュールになっていた。
「付与魔法か、仲間とかにバフをかけるやつだよね」
「そうそう。もちろん自分自身にもかけられるけど、今後冒険者ギルドに行って仲間を作るのであれば相手に付与できる肉体強化や攻撃力強化を覚えた方が、仲間としてメリットを感じてもらえるよ。タカラ君は人より魔力成長が高いからきっと役に立てるよ!」
「そうだと嬉しいなぁ」
ほろりと解けた笑顔が溢れる。素直で表情豊かなタカラは好感恩恵のスキルを持ってるし、中性的で幼げな顔つきをしている。本人は至ってウブで世間知らず、そして純粋で好奇心が旺盛だ。こりゃきっと色んな意味で大変な思いをするだろうなとノアは思った。
向かいあう二人は準備が整ったようで、タカラは両手をノアの前へと広げる。
暖かい太陽の光が木の葉から漏れ、二人の体に所々模様を付けていた。静かな湖は風が靡く音と水が穏やかに揺れる囁きが心地よく二人の耳に流れ込み、集中するには絶好のタイミング。
「身体強化、超硬化!」
詠唱は不要と言われていたが、あることで多少強化されるのであればとりあえず使ってみようとタカラは決めていた。
想像力が全て、とは言い過ぎかもしれないけどより詳細に想像がつければその力は魔力に乗るということだ。
何より自分は異世界からやってきて、詠唱無しで魔法を打つ感覚なんてないも同然。しばらくは状況が許す限り詠唱魔法をするとノアと話し合ったのだった。
詠唱が終わると同時にノアの体は淡い青の光に包まれる。小さなガラスがぶつかったような音がして小さな少年の身体には無数の光の球がくるくると回る。眩しさから目を細めた二人は徐々に光に慣れ、今も淡く発光している身体を観察した。
「ど、どう?痛くない?」
「ふふ。付与魔法が痛いなんて、もしかしてデバフのつもりだった?」
「え!違うよ!ちゃんと強化したつもりだよ?!初めてだから痛くしたらどうしようって…」
「ううん、上出来だよ。やっぱり魔法の適性が高いね。しっかりちゃんと強化されてる。」
不安そうに眉を下げたタカラを気にせず、ノアは辺りを見回した。長閑な湖の風景があるだけで、望んでいたものが辺りには無さそうだなと落胆した。ポケットに小さな手を突っ込むと小型ナイフを取り出す。刃を腕へと食い込ませると、少し離れたところにいたタカラは慌てて駆け寄った。
「わー!ノア何するの!?」
「効果を確かめてみよう」
タカラの制止を無視し、ぐっと力を少し入れてみた。男性とは思えない小さな悲鳴をあげる青年に見せつけるように大きな素振りでナイフを引いた。すると、ナイフが置かれた二の腕の皮膚はぐにゃっと柔らかそうに凹んだ。鋭い刃物に触れられている感覚でもなく、まるで人のなだらかな指先が置かれているように鋭利さのかけらもない感触。
「へ?わ、守られてるの?」
「そうだね、肉体の物理的な攻撃を軽減しているみたいだ。ただこれは手で押してるからであって、魔法やもっと強い力だとそれに応じて強力な付与魔法をかけなきゃいけないね。」
「俺はまだ弱い魔法しか使えないからね…鍛えていかないと。」
再び手を前にかざし、いくつか詠唱をする。
速度上昇、魔力回復(小)、攻撃力増加、筋力増加、属性強化、自然治癒力増加……
思いつく限り片っ端から言葉に発して魔力を小さな少年へ注ぐ。何度も淡い光に包まれた身体は調子良く動き回り、身近にある小さな木や水面に向かってエアカッターを繰り出したり地面を飛び回っては樹々へと渡り歩く。
心地よさそうに風を受け止め、湖心にある小さな陸地に降り立った。
お互い目を合わせて、順調に進む特訓に笑みを浮かべたところ、ノアははっとし、自分達がやってきた方向へ目を向けた。
それは見覚えのない、灰色のレザー生地をベストにした女性。鋭い目つきをしていて、四肢は程よく鍛え上げられている。栗色の髪は一括りに高く後ろに纏めていて、薄く小さな唇は浅い呼吸を繰り返していた。動きやすさを重視した黒い引き締まったズボンと腰には彼女の下半身ほど長い剣がぶら下がっている。そして、目を引いたのは首元にぶら下がった銀色のバッジ、鷲と剣が交差した紋章。
「冒険者組合の人がなぜここへ?」
「へ?冒険者?」
冒険者と呼ばれた彼女は、息を整えながら早足で青年へ長い足を進めた。ズンズンと音が聞こえてくるような、威圧感のある風貌にタカラは身動ぐも、気がつかないうちにノアはタカラの元へと戻っていた。
「君たち!良く無事で!」
「へ?」
「ここ周辺に暴走した魔物が隠れたと聞いてな。急いで見回りに来たんだ。村人からここに人が向かったと聞いて迎えに来た。急で申し訳ないが一旦村まで送らせてもらおう。」
威圧感はともかく、礼儀正しいその姿勢にホッとする。だがすぐに話された内容がタカラの頭に入り込み、前のめりになってしまう。
「魔物って、もしかして魔力災害の?」
「そうだ。中型モンスターだから冒険者組合に依頼が入ったんだ。さぁ出くわす前に急ごう。」
腕を引かれて抵抗する間も無くタカラとノアは女性に誘導される。
調子が乗ってきたところでのハプニングに両者は残念そうにしたが、中型モンスターとの実戦なんて早いかなとタカラは唸っているが、ノアはそう思っていなかった。
優しく吹いた風の方向へノアは振り返る。湖の奥には鬱蒼とした伸び切った林道があり、伸び切った枝や葉っぱのせいで陽の光が入らず怪しげな雰囲気を醸し出す。後ろを振り向いているノアにタカラは気づいて声をかけようとすると、ノアは小さな唇を僅かに動かし、聞き取れない言葉を囁いたように見えた。
「ノア?」
ウォーン……
「え?!」
「嘘、近くにいるの?!」
狼の遠吠えのような声がした。高く、寂しげに聞こえてきたはずなのに背中に汗が流れる気味悪さを感じる。
カツカツと硬い何かが石とぶつかる音がした。
爽やかな風が吹いているのに、空は青く気候も穏やかなのに、重い空気が三人を包み込む。
グルルル……
低い唸りが耳に届き、声のする方向へ振り向くと、真っ黒の巨体が視界を独占した。
紛れもない敵意に身が震える、出会ったことのない恐怖にタカラは息を呑むことすら忘れた。




