3-2 古びた屋敷
依頼主よりもらった封筒には、屋敷までの地図が同封されている。
馬車を乗り継ぎ、小さな湖を横目に見ながら目印になるものを見つけていく。
迷わないよう、通った場所を鉛筆で地図に書き込んでいった。
途中、小型の魔物と出くわしたものの、大きな危険はない。辺りは静かで、日当たりもいい。
野花はそんな優しい日差しを嬉しそうに浴び、蝶は機嫌よく舞っている。無害そうな獣も日光浴を楽しんでいて、まるで絵本のような世界だった。
本当に討伐に向かっているのか不思議なくらいだ。
背後にいる騒がしい二人を除けば、ピクニックでもしたいほどだった。
「魔鳥はうまく血抜きすれば食える。特にモモなんて脂がのってていい」
「内臓の方が好みだなぁ。抜いた血にお酒と唐辛子、香辛料を加えて煮込むのがおいしいよ」
「獣らしい好みだな。想像するだけで吐き気がする」
「あ! それ差別だよ!! 獣人を敵に回したね!!」
「弱い子猫のくせに権利を語るのか」
「ねぇ!? だからウノーさんに叱られるんだよ!? そういうとこ!!」
「ウノーは今関係ないだろ!!」
やんややんや。道中ずっとこんな調子だ。
仲良くなったのか、相性が悪いのか。
夢に見た冒険仲間って、こういうものなのか?
いちいち喧嘩腰のネージュに突っかかるアンジェは、俺に向けたことのない怒号をよく口にするようになった。
見たことのない表情に笑いつつも、時々二人を収めなければならない役割を背負うことになった。
「二人ともー、その辺にー。すぐお腹すいちゃうから、体力は温存しといて」
「だってネージュが!」
「貧弱なお前らと一緒にするな」
「ねぇねぇ、俺たちは仲間だよね? 引っ張り合ってない??」
どうせ諫めたところで、また始まってしまう口喧嘩だ。
さっさと目的地に着いた方が無難だと思い、今もやり合う二人を置いて、再び地図に視線を落とした。
しばらく森を進み、道が獣道のように細くなってきたところで、地面に車輪の跡を見つけた。
顔を上げると、木々の向こうに屋敷の一部であろう屋根の先が見える。
ここまでは使用人の馬車が来られたようだ。
少し進むと、立派な屋敷が姿を現した。
――とはいえ、長く放置されていたせいか古びていて、あちこちが今にも崩れそうな佇まいだった。
「数年前に起きた大きな魔力災害に魔物が当てられ、ここら周辺に出現していたようだな。今はあまりいないようだが、昔は近づくこともできず、屋敷からも人が出ていったんだろう」
やっとまともなことが言えるほど冷静になったネージュは、そう言って玄関周辺を探るように見回していた。
これだけ大きな屋敷なら、魔物の住処になっていてもおかしくはない。
人の手が入らず、光も届かない屋敷は絶好の巣だ。
植物の葉が窓を覆い、外から中を確認することもできない。
ネージュ同様、周囲の匂いを嗅いでいたアンジェは難しい顔をしながらドアノブに手をかけた。
「確かに魔物の匂いがするけど、なんか薬品っぽいような……漢方のような香りが……」
「依頼主の祖父は、国所属の財務職だったはずだ。なにか商品の商いをしていたわけでもないようだが……」
アンジェは扉を握り、静かに開けていく。
中を覗ける程度の隙間を作ると、ネージュと一緒に様子を窺った。
「もしもーし。誰かいませんかぁ」
「アホが。魔物が住んでんのに言葉が通じるわけないだろう」
「うっ。それもそうだった」
案の定、返事はない。
すぐ近くに気配もないようだ。
固い木の軋む音を立てながら、扉をさらに開いていく。
本来であれば、立派な広間が広がっていたのだろう。
客を迎えるはずだった玄関には土埃と剥がれ落ちた壁紙が散乱し、薄暗い。堂々としていたであろう階段も崩れ、正面からまともに上ることすら難しそうだ。
左右には廊下が続いているが、窓から差し込む光はわずかだった。
「ぼろぼろだ」
「人の手が入らなかったからな。魔獣も住んでりゃこうなる」
「とりあえず一階を見て回ろうか? なにか見つかるかも」
「猫、匂いは?」
「うーん、近いんだけど、薬のような香りが邪魔する」
「ちょっと強化魔法かけてみようか」
短杖をかざし、アンジェに能力を高める魔法を付与する。
すんすんと辺りを嗅いでいたアンジェが、途端に眉間へ皺を寄せ、口元を押さえた。
「うぅっ、これ、ちょっと……」
「あ? なんだよ」
「鼻の奥について、まとわりつく匂い……喉が痺れるようにピリピリするよ」
「あぁ、もしかしたら毒を持ってる魔獣かもな」
「まずいね」
アンジェに軽い回復魔法をかけ、不快感を和らげる。そのあと毒耐性を付与し、右の廊下から進むことにした。
一つ目の部屋は、使用人の物置兼作業部屋のようだった。
テーブルだったと思われる木片が転がり、棚に残された瓶は割れ、中から漏れた油が床に染みついている。
見た限り、めぼしいものはない。
別の部屋へ向かおうとしたとき、床に黄ばんだ羽が落ちていることに気づいた。
「羽毛……?」
珍しくもないものだ。
それなのに、なぜか気にかかった。
アンジェとネージュが次の扉を開こうとする。
その瞬間。
長らく閉ざされていた部屋の中から、けたたましい金切り声が響いた。
勢いよく扉が開き、何かが二人の顔めがけて飛び出してくる。
二人は怯むことなく身をかわした。
アンジェは床を蹴って一歩退き、ネージュは顔を逸らすのとほぼ同時に剣を抜く。
銀色の軌跡が、下から上へ走った。
ぼとり、と何かが床へ落ちる。
黒く薄い羽根を持った、蝙蝠のような生き物だった。
大きな牙と豚のような鼻。あるべき場所に目はなく、真っ二つになった身体からどろりと黒い液体が漏れ出している。
直後、開いた扉から不快な風とともに数匹が飛び出してきた。
羽を忙しなく動かし、匂いと気配を辿って俺たちへ向かってくる。
「シャドウバットだ。毒はないが牙があるからな」
「これじゃない~! 違う匂い~!」
獣人のアンジェに惹かれているのか、ほとんどのシャドウバットがアンジェへ牙を剥き出しにして襲いかかる。
アンジェは広く長い廊下を駆け、突然足を止めて引き返した。
一瞬、行き先を見失ったようにシャドウバットの群れが止まる。それでもすぐにアンジェを見つけ、再びその背中を追った。
アンジェは飛び上がり、左右の壁を交互に蹴りながら群れを誘導していく。
そしてまた急激に方向を変え、今度は俺に向かって走ってきた。
アンジェが俺の横を通り過ぎる。
――今だ。
短杖をかざし、魔力を流し込む。
杖の先から渦巻く強い風が放たれた。
シャドウバットの群れは風圧に負け、抵抗することもできず次々と渦へ巻き込まれていく。
右手の杖をかざしたまま、左手で空気をゆっくりと握りつぶす。
その動きに合わせるように、渦巻く風が収縮していく。
ぎゅっと圧縮されたシャドウバットは、跡形もなく散り散りに砕けた。
「ふう。びっくりした」
「ありがとう、タカラ!」
「連携が取れていて結構。教育者のおかげだな」
「ネージュの方が動きが速いからね……」
「ネージュの方が怖いから」
猫のように目を細めてそう呟いたアンジェの顔面を、ネージュは無言で鷲掴みにした。
そのままずるずると引きずっていく。
アンジェは低い声で威嚇しているが、ネージュにはまるで届かない。
二人はそのまま、シャドウバットが飛び出してきた部屋へと入っていった。




