2-15 3人目
夜中だというのに、街はまだ賑わいを見せていた。
村を囲んでいた穏やかな景色はすっかり遠ざかり、馬車の窓から見えるのは、人と明かりに満ちた活気のある街並みだ。
馬車を降りた俺たちは、それぞれ荷物を持ってギルドへ入った。
ネージュは後ろを振り返りもせず、一人で早足に進んでいく。俺とアンジェは置いていかれないよう、その背中を慌てて追った。
受付にいた女性がネージュに気づき、笑顔で手を上げる。
「ネージュ、おかえりなさいです! 今回は珍しく、ちゃんと若い子を連れて帰ってくれたんですね」
「珍しく?」
「ちゃんと?」
「やかましい。ウノーんとこへ連れてけ」
引っかかる言葉はいくつもあったが、尋ねる暇を与えてもらえないまま、受付の奥へ案内された。
広い部屋を通り抜けた先に、一枚の扉がある。
受付の女性が扉を叩くと、中から返事が聞こえた。俺たちだけを残し、彼女は受付へ戻っていく。
部屋へ入ると、ウノーが一人、机いっぱいに広げた資料と睨み合っていた。
人の気配に気づいて顔を上げると、いつもの優しげな笑みを浮かべる。
「おかえり、みんな。無事で何よりだ」
その言葉へ応えようと、アンジェと一緒に前へ出る。
しかし次の瞬間、後ろ襟を勢いよく引っ張られ、喉が締まった。
「ぐぇっ!」
「ぎゃっ、タカラー!」
こんな扱いをしてくる人間には、一人しか心当たりがない。
「おい、ウノー。こいつは何なんだ」
「タカラだよ。説明したでしょう?」
「説明が足りてねぇんだよ」
「何のことかな」
「こいつ、森でまた魔力を暴走させかけたぞ。それも、あり得ねぇ濃度の魔力を垂れ流して。」
ネージュが俺を吊るしたまま、ぎろりと睨みつけてくる。
反論する術はない。
一度注意を受けたにもかかわらず、この有様だ。温厚なウノーも、さすがに愛想を尽かすかもしれない。
息を殺し、その表情を窺う。
「ウノーさん! 今回は私がやられちゃって、それで、タカラは私を助けようとして……!」
「アンジェ、タカラ。二人とも落ち着いて。報告書にはざっと目を通したから、状況は理解しているよ」
「偶然だったから仕方ねぇで片づけるなよ。こんな危なっかしいもんを外へ放り出す前に、まともに訓練しとけ」
「確かに。今回はネージュの言うとおりかもしれない」
「……お前が素直に認めるとは珍しいな」
ウノーが立ち上がり、扉の前へ移動する。
片手を鍵へかざすと、金属同士が噛み合う音がした。続けて指を軽く振れば、薄暗かった部屋のランプへ次々と火が灯る。
夕日のような淡い光が、部屋の中を静かに照らした。
「アンジェ。今回のことで、君に聞きたいことがある」
「え? 私に?」
「今までタカラと過ごしてきて、どうだった?」
「どうして急に……?」
アンジェが訝しげに目を細める。
助けを求めるように、ちらりと俺を見た。
俺には、ウノーが何を確かめようとしているのか、なんとなく分かってしまった。
口元が震える。
続く言葉を聞くのが怖い。
それでも、これまでに起きたことを振り返れば、ウノーやネージュが同じ結論に至るのは当然なのかもしれない。
「タカラは、私の大事な仲間だよ」
アンジェは迷いを振り払うように、力強く答えた。
「一緒にいて楽しいし、すごく頼りになる。タカラの魔法は優しいし、いつだって私を守ってくれた。二人とも、まだ弱いかもしれない。でも、二人でいれば絶対にもっと強くなれるよ!」
真っすぐな言葉に、鼻の奥がつんと痛んだ。
「それでも、タカラは二度も魔力を暴走させかけている。危険だとは思わないか?」
「……危険だよ。でも、これからは私がちゃんと――」
「途中で意識を失ったやつが、何をちゃんとするんだ」
ネージュの容赦のない言葉に、アンジェが唇を噛む。
「前向きなのは勝手だが、行きすぎりゃ現実が見えなくなる。今回もそうだったんじゃねぇのか」
「あれは……」
「お前らはもう冒険者だ。新人だから仕方ねぇなんて言い訳は、魔物にも敵にも通じねぇぞ」
「分かってるよ……。そんなこと、分かってるんだよ……」
部屋へ重苦しい沈黙が落ちる。
アンジェも、二人が何を言おうとしているのか察したのだろう。
大きな目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。頬を伝った雫が床へ落ち、木目の中へ染み込んでいった。
「タカラは、私の初めての仲間なの!」
アンジェが叫ぶ。
「置いてなんていかない! これから絶対に強くなるんだもん! そうだよね、タカラ!?」
「アンジェ……」
全身の毛を逆立たせ、両手を強く握り締めている。
俺は、ためらうことなく頷いた。
「うん。一緒に強くなろう」
アンジェは腕で涙を拭い、再びウノーさんを見据える。
「私たちが危なかったのは事実だし、タカラの魔力が危険なのも分かった。でも、私はタカラとのパーティーを解散しない!」
強い眼差しを受け、ウノーとネージュが顔を見合わせる。
「二人じゃ弱すぎる。それぞれ別のパーティーへ組み込んだほうがいいんじゃねぇか」
「うちでは、基本的に現役のパーティーが新人を選ぶスカウト制だ。実績のない新人二人を、それぞれ都合よく引き取ってくれるところは少ないよ」
「それより問題なのは、あの小僧の魔力だ。どうなってんだ」
「それについても説明するよ。アンジェ」
「は、はい……」
「タカラとのパーティーを解散するつもりはないんだね?」
「う、うん! 絶対にしない!」
「分かった」
「おい、ウノー。何を考えてやがる」
満足そうに頷いたウノーは、訝しむネージュを無視し、両手を胸の前へ構えた。
左右の小指を絡めるように結ぶ。
その瞬間、両手の間へ円形の魔法陣が浮かび上がった。
淡い光が部屋を走り、アンジェとネージュの手の甲へ印を刻む。
数秒後、光は消え、手の甲に浮かんでいた印も跡形なく消え去った。
「えっ? 何、今の?」
「おい、ウノー! 何で守秘契約を結んだ!」
「守秘契約?」
戸惑う俺たちに、ウノーは「長い話になるから」と、部屋に置かれたソファを勧めた。
全員が腰を下ろしたところで、俺が書いた報告書をテーブルの中央へ置く。
「守秘契約がどういうものかは、二人とも分かるね?」
「は、はい。契約した秘密を誰かに話そうとすると、魔法で止められる……んですよね」
「そうだ。無理に口外しようとすれば、契約違反として術者へ伝わる。内容によっては処罰の対象にもなる」
「それは知ってる。何で私にまでかけたのかって聞いてんだ」
「俺には、かかってないみたいですけど……」
「これから話すのは、タカラ自身に関する秘密だからだ。アンジェとネージュには、他言しないでもらいたい」
ウノーは、俺たちの顔を順番に見回した。
「それと、二人に頼みたいことがある」
ギルドでは現在、表に出さず進めている調査があるという。
魔法使いや、生まれつき高い魔力を持つ者が、正体不明の組織に狙われる事件についてだ。
「これまで大きく表沙汰にならなかったのは、魔力の高い者ほど戦闘能力にも優れている傾向があるからだ。襲撃を退けた例が多く、実際に攫われた者はそれほど多くない」
「失敗続きのドアホな誘拐犯ってことか?」
「それなら、これほど警戒する必要はないよ」
ウノーが、テーブルの上で両手を組む。
「彼らは、まだ才能が開花していない若者や子供まで狙っている。今は力がなくても、将来高い魔力を持つと見込まれた者を選んでいるんだ」
「育つ前の魔法使いを集めてるってことか」
「その可能性が高い。目的はまだ分かっていないけれど、動きは明らかに組織的だ。ギルドは今回の事件にも、彼らが関わっていると見ている」
ウノーが報告書へ手を置いた。
「これを読んで、私も確信した。彼らはタカラの魔力に気づいた」
「こんなガキ一人の魔力が高かったところで、使い物になるかは別だろ。暴走して勝手に吹き飛ばれたら、連中にとっても何の役にも立たねぇ」
「そこが、二人に守秘契約を結んだ理由だよ」
アンジェとネージュが顔を見合わせる。
ウノーは、確認するように俺を見た。
俺が頷くと、一呼吸置いて言葉を続ける。
「タカラは、希少スキル――『魔力成長』を持っている」
「は?」
「えっ? タカラ、そうなの?」
「う、うん。そうみたい。自分でも、まだよく分かってないんだけど……」
ネージュが額を押さえ、深々と息を吐いた。
また大きなため息だ。
「何でそんなもん持ってるやつが、ギルドで駆け出し冒険者なんぞやってんだよ」
「本人が望んだからだ。国へ報告する義務のあるスキルでもない」
「だとしても、もっとましな場所へ放り込めるだろ。魔法研究所なり、騎士団なり」
「言っただろう。本人の意思が最優先だ。それに、ネージュも他人の生き方へとやかく言える立場ではないだろ?」
「……ちっ」
ウノーが目を細め、釘を刺すように告げる。
ネージュは不機嫌そうに口を曲げたものの、言い返そうとはしなかった。
「おそらく、組織の人間はタカラのスキルか、成長し続ける魔力に気づいたんだ。だから、あの場で殺さず、自分たちの側へ取り込もうとした。そう考えれば、報告書にある不可解な行動にも説明がつく」
あの男の不気味な態度。
何度も俺の様子を窺い、最後には「また会おう」と言い残した理由。
そんな背景があったとは知らなかったが、説明されると納得できてしまう。
今回は、ネージュが現れたことで相手の思惑を阻止できた。
けれど、それも運がよかっただけだ。
「今後、タカラが再び狙われる可能性は高い。当然、一緒にいるアンジェにも危険が及ぶ。だから私は、二人を離したほうがいいのではないかと考えた」
「嫌だよ! タカラは私が守る! それに、あいつには仕返ししないと!」
「最後のは感心しないが、まあ、そう言うだろうとは思った」
ウノーが小さく笑う。
「そこで思いついたんだ。ネージュ、お前だ」
「あ?」
やる気に満ちたアンジェとは対照的に、ネージュは冷めた目をウノーさんへ向けた。
「タカラ。申し訳ないが、おそらく君はまた狙われる」
ウノーが真剣な表情で俺を見る。
「この組織の正体を突き止め、壊滅させるためにも、君には彼らを誘い出す囮になってほしい」
「囮……」
「すぐに接触してくるとは限らない。こちらの警戒が薄れたころ、再び姿を現す可能性もある。彼らに関する情報は、まだあまりにも少ないんだ」
囮になれ。
その言葉が、胸の中へ重く沈んだ。
「これまでどおり冒険者として過ごしながら、この件の調査にも協力してほしい。もちろん、強制はしない。危険が伴うことだから、断っても構わない」
すぐには答えられなかった。
俺一人なら、まだいい。
でも、隣にはアンジェがいる。
俺のために、また彼女を危険へ巻き込んでしまっていいのだろうか。
言葉を失っていると、ウノーは安心させるように微笑んだ。
「そのために、今日からネージュが君たちのパーティーへ加わる」
「え?」
「はい?」
「あ?」
俺とアンジェ、そして本人の声が、見事に重なった。
「しばらくの間、ギルドから派遣する護衛兼監視役だ」
「……聞いてねぇぞ、ウノー」
「今、伝えたからね」
「ふざけんな!!」




