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アンブロシアの種  作者: でれ
第1章
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3/22

1-2 目覚めと少年

くすくす、あはは。

笑い声が聞こえる。不思議と目の前は真っ白で何もわからない。感覚もない。死後の世界ってこうも何もないの?

 死んだらなにもわからなくなると思ってたけど淡い意識はあるし、うっすら話し声と笑い声が聞こえる。身体を動かそうと思っても感覚がないものでなにもわからない。意識を集中させて耳を澄ましても、そもそも耳の感覚って何?新しい疑問が生まれるだけだった。

 

どうしたものかと悩んでいると今度は湿った香りがする。おお、嗅覚!と喜んでいるのも束の間、あらゆる感覚が押し寄せて身体に痛みを感じる。

 生暖かい背中、ざらつく手、皮膚に走る気温の暖かさ、髪を撫でる優しい風。真っ白な世界から真っ黒の世界になったと思ったら瞼を刺激する光。


「うっ……」


 四肢に力を入れて重たい瞼を開いた。

 目の前には太陽の光を遮る沢山の枝、力強いゴツゴツした幹に沢山の若々しい緑の葉。

 少し痛む背中を起こすと辺りは緑いっぱいで所々に小さな花。見たことない花に目を奪われると強い風が身体を煽り、花びらが青い空へと舞い上がる。

 

遠くを見ると柵に囲われた牛が何匹かいて、ゆったりした動きで地面の葉を貪っている。

回らない頭で辺りを観察した。夢の世界かと思ったがどうやら現実なようで、身体と目の痛みがそう教えてくれた。


「何がどうなっているんだ?」

 自分の身体を触ると、筋肉痛と太陽の光にやられた目以外どこも痛くない。腕に刺さっていた針の跡もないし、呼吸をつなぐ機械もない。

着ている服も見覚えがないものだ。何せ入院生活が長い為、外出する服装なんて1着あるかどうかも怪しいし。着心地はまぁまぁいい。半袖の白いシャツに、茶色の半ズボン。アクセサリーなんて持ってないはずなのに首には深い朱色の、少しざらついた種のような小さな石。

 

状況を整理しよう。俺は病室で死んだはず。

長い闘病生活だった。今でも薬の匂いと針の感覚を覚えている。それなのに身体はピンピンしてるし外にいるし感覚も全部ある。こんなに身体が軽いことなんて味わった事ないくらいで生まれて初めての体験だ。そう思うとちょっと悲しくなってきたけど嬉しさと混乱が混じっている。

 眩しい太陽の光が肌を刺す、立ちくらみがして湿った地面に座り込んだ。

 

「やぁ。お目覚めかい?」

「ん?え、君は…」


 おはよう、と少年の高い声が頭上から聞こえた。

目を向けると太い木の枝に少年が座ってこちらを見下ろしている。5、6歳くらいだろうか、丸い頭に小さな身体。至ってどこにでもいる少年だが異様な姿していた。目が、真っ白だ。一瞬身じろいだが、病院にいた頃そんな子もいた気がする。でもこの少年は違う。目が発光している様にも見えるし、なによりその視線はしっかり俺を捉えている。


「えっと、」

「今君は戸惑っているね。そりゃあ突然知らないところにいるんだ。身体も動いている。不思議だろ?タカラくん」

「俺の名前…なんで知ってるの?」

「君のことはなんでも知っているさ。」


 少年は得意げに笑って、身体を起こした。太い幹に手を伸ばしたが、もぞもぞ動いていて一向に降りてこない。俺と自分の身体を交互に見てにっこり笑う。

「タカラくん、飛び降りるから受け止めてくれよ」

「へ?わ!ちょっと!!」


 待てという前に少年はなんの躊躇いもなく跳ねた。思ったよりも自分の反射神経は良いみたいで、飛び降りた小さな身体は勢いよく俺の腕の中へと収まった。強い反動のはずなのに易々と受け止められた腕に感動を覚えつつ少年をそっと地面へ降ろした。


「こら!駄目でしょう急に飛び降りたら!」

「ないすきゃっちってやつだな。よいよい。」

「聞いてる??」

「聞いてるとも!どうも人間の体は弱いからな。受け止めてくれて助かったよ」

「人間の体って……当たり前だろ。」


 少年は愉快そうに笑った。不思議な雰囲気を纏ってその光っているような眼差しで俺を見る。


「君はなんで俺のこと知ってるの?」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。私は案内人だ。君の最初の一歩を導く名を受けて生まれたんだよ。」

「へ?生まれた?」

「そう。生まれた。」

「どう見ても6歳位だけど」

「人間の身体を借りてるんだ!幼子の方が警戒しないだろう?」

「ちょ、さっきから人間人間って…君も人間でしょう?流行りの冗談かなにかなの?」

「あぁ、そうか。先に説明すべきだね。」


 6歳にしては大人びたその物腰、それなのに言っていることを何ひとつ理解してあげられなくてもどかしい気分になる。ただそれ以上にこの少年は俺を知っていて、口ぶりを考えると俺の置かれたこの状況も解っている?

 少年は俺の手を握り、大きな木を背にしてゆっくりと歩き出した。

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