1-1 終わりからの始まり
貴方は私たちの宝物。
死に間際だろうか。その言葉が頭を反芻する。
身体全体に鈍痛が這いずり回り、呼吸すら機械任せで、この胸に伸びてる線さえぶち抜いてしまえば俺はきっとあっけなく死ぬだろうな。
短い人生というべきか。この真っ白で機械しかない部屋で過ごす時間が長過ぎて、最早さっさと違う光景もみたいものだ。死が新しい景色を見せてくれるならそれも悪くはない。
部屋全体が消毒液のような香りが充満していて、唯一の楽しみは本とテレビだ。ベッド横の棚の上には何度も読み込まれてくたびれたいくつかの本達。
来週発売予定の本もあるのに、それまで自分の身体が持つかもわからない状態。
隣の病室にいる鈴木さんから借りた映画も5本あるのに、まだ2本しか観れていない。せっかく語り合える仲間が出来たって喜んでたのになんたか申し訳なくなってきた。
人の最期ってこんなものなのか。家族も友人もいなくて。そばにいてくれるのは長い間尽くしてくれた医師と看護師。穏やかな表情を浮かべた先生はペンとバインダーを手に持って機械の数値を見つめる。手が動いていないことはわかっている。きっと彼も察している。時折虚になっている俺の目を見ては痛み止め聞いてますか?と確認する。
看護師のみきちゃんは俺の腕から丁寧に点滴の針を抜けとった。新人だった頃とは大違いだね。何度も俺の腕をダメにして先輩ナースから怒られていたね。仕事が辛くて大変で、泣き腫らした目でよく俺の元に来ていたの覚えてるよ。
みきちゃんは泣き虫だけど強くなった。だって今も泣きそうなのにずっと笑顔で語りかけてくれている。最近入ってきたちびっ子の患者のわがままが大変だと言っていたから、間に入って宥めることもできなくなってしまう。でもみきちゃんは強いから、優しくて面倒見がいいからきっと大丈夫だよ。
感謝を伝えたいのにもう喋る気力すら無くなってしまった。徐々に遠のく周りの雑音が俺の感覚が死んでいくように聞こえなくなっていく。
貴方は私たちの宝物。
記憶にない家族が小さい頃の俺にそう言っていたようだ。せめて顔だけでも思い出せれば思い残すことが少なくて済むのに。
視界が真っ暗。手の先からぼんやりと感触が消える。さようなら俺の狭い世界。
今度生まれ変われるのなら丈夫で強い身体を手に入れて、テレビと本で見た楽しい冒険ができますように。
機械音が鳴り響く。誰かが俺の名前を呼んだ気がしたけど、もう誰だかわからなくなっちゃった。




