2-7 仕事とはそういうもの
「杖を探しているってことは、魔法使いだな。それなら、こっちだ」
男性について店の奥へ進むと、木製の台に短い杖が何本も並べられていた。
壁には人の背丈ほどある長杖や、先端に魔法石を取りつけたものまで飾られている。素材も形も様々で、この中から自分に合う一本を選ぶだけでも骨が折れそうだった。
思わずため息をつくと、男性がこちらを振り返る。
「なんだ。どんな杖が欲しいか、まだ決めてないのか」
「そのとおりです」
またもや言い当てられてしまった。
もしかすると、俺は自分で思っている以上に分かりやすい人間なのかもしれない。アンジェをはじめ、周囲の人たちにも考えていることをよく見抜かれる。
気を遣わせていることには情けなさを感じるが、それ以上に、優しく接してもらえることが嬉しかった。
「初心者なので、自分に何が合うのか分からなくて。本当は剣や拳で戦いたかったんですけど……」
「格好いいから?」
「くぅ……そのとおりです」
男性は片方の眉を上げ、得意げに笑った。
店内を見回したあと、指先で俺を呼ぶ。近づくと、棚の奥から一本の短杖を取り出し、目の前へ掲げた。
「それなら、こいつはどうだ」
「これは?」
「変形術式が組み込まれた短杖だ。流した魔力と使い手の想像に応じて、剣や槍、弓といった形へ変わる」
「そんなことができるんですか?」
「形だけならな。ただし、使いこなせるかは別の話だ」
男性は短杖を軽く振りながら、説明を続ける。
「変形させるたびに魔力を使うし、普通の杖より制御も難しい。形を保つ間も、僅かずつ魔力を持っていかれる。それに、剣へ変えたところで剣術まで身につくわけじゃない」
「つまり、武器として使うには別に訓練が必要なんですね」
「そういうことだ。魔力が少ない者や、遠距離魔法だけで戦う者には向いていない。だから初心者向けとは言い難いんだが……あんたは、武器にも興味があるんだろう?」
胸の内を正確に見抜かれ、思わず短杖を見つめる。
剣や槍へ形を変えられるなら、近づかれた際に身を守ることもできる。魔法の媒介として使いながら、少しずつ近接戦闘を学ぶことも可能かもしれない。
問題は、変形に必要な魔力量だ。
自分は魔力が多いほうだから――と言いかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。
ウノーから、魔力について不用意に話さないよう注意されたばかりだ。
「試してみるか?」
「いいんですか?」
「店の中で振り回さないと約束できるならな。想像はできるだけ明確にしろ。曖昧だと、形も強度も不安定になる」
「分かりました」
短杖を受け取る。
見た目より軽く、両手でも片手でも扱えそうだ。黒みを帯びた木製の本体は、両端を銀色の金具で補強され、片側には赤い宝石が埋め込まれている。
両手で握り、目を閉じた。
身体の中を流れる魔力を、ゆっくりと短杖へ注いでいく。
僅かな熱が手のひらへ伝わり、それと同時に、魔力を吸い取られる感覚がした。
「剣……」
頭へ浮かんだのは、ヘルハウンドから助けてくれたときにウノーが使っていた剣だ。
無駄のない形をした、細身の銀色の刃。
柄には手に馴染みそうな黒い革が巻かれ、丁寧に手入れされた刃先は光を鋭く反射していた。
耳鳴りに似た高い音が、手元から漏れ出す。
手にしていた短杖が淡い光に包まれ、両端から形を伸ばしていく。
重さが変化したのを感じて目を開けると、記憶の中にあったものとよく似た剣が、両手に収まっていた。
「わぁ……本当に剣になった」
刃は僅かに光を帯びている。細部まで完全に同じというわけではないが、初めて作ったものとは思えないほど形が整っていた。
「……本当に初心者か、あんた?」
「えっ。はい、そのはずです」
「初めてで、ここまで安定した形を作れるなら上出来だ。魔力を流す感覚が、この杖と相性いいのかもしれないな」
「そうなんですか?」
「ああ。試しに魔力を止めてみろ」
言われたとおり、短杖へ流していた魔力を止める。
剣の輪郭が光の粒へ変わり、瞬く間に元の短杖へ戻った。急に軽くなった手元を見て、思わず息を漏らす。
「すごい……」
「とはいえ、さっきも言ったように、剣へ変えられることと剣を扱えることは別だ。下手に振れば、自分を傷つけるぞ」
「はい。使うなら、きちんと訓練します」
「その心構えなら問題ないだろう。魔法の媒介にもなるし、近づかれたときの牽制にも使える。あとは使い手の工夫次第だ」
男性は短杖を眺めながら、困ったように顎を撫でた。
「正直、魔法使いは遠距離攻撃を得意とする者が多い。わざわざ魔力を使って近接武器へ変えるこの杖は、なかなか買い手がつかなくてな」
「売れてなかったんですか?」
「物は悪くないんだが、使い手を選びすぎる。倉庫の肥やしにするより、気に入った奴に使ってもらったほうがいい」
「俺、これにします!」
「決断が早いな」
「すごく気に入りました」
「よし。ようやく買い手が見つかった記念に、少し安くしてやろう」
「ありがとうございます!」
思いがけない提案に、自然と笑顔が浮かんだ。
短杖のほかに、腰へ下げる専用の留め具と、手入れに使う布を購入する。扱い方と注意点をもう一度教えてもらい、代金を支払って店を出た。
外へ出ると、アンジェが道端で何かを食べながら待っていた。
「おかえりー」
「何か食べてる……」
「よく考えたら、私、そんなに武器いらなかった!」
「だからって、買い物の途中でおやつを買いに行ったの?」
「待ってる間にお腹が空いたんだもん」
アンジェの手には、湯気を立てる肉の串焼きが握られていた。
確かに、彼女には鋭い爪と高い身体能力がある。結局、補助用の短剣と、爪を傷めずに戦える籠手だけを買ったらしい。
「買い物も済んだし、いったん宿へ戻って荷物を整理しようか」
「うん。あ、これ食べる?」
「一口だけもらおうかな」
差し出された串焼きへかじりつく。香辛料の利いた肉の濃厚な味が口いっぱいに広がった。
朝から肉を食べすぎて腹が重いはずなのに、不思議ともう一口欲しくなる。
「それで、その棒を買ったの?」
「棒じゃなくて、魔法の短杖です」
「これが?」
アンジェは露骨に疑わしそうな目で短杖を見つめた。
手渡すと、表面を指でなぞり、上下をひっくり返す。最後には匂いまで嗅いだが、魔力を流していない短杖が反応するはずもない。
納得できなかったのか、アンジェはそれを無造作に俺の鞄へ放り込んだ。
「こらっ。買ったばかりなんだから、もっと丁寧に扱ってよ」
「本当に騙されてない?」
「その場で使えるか試したから大丈夫です」
「ふーん?」
「剣にも変わったんだから」
「じゃあ、あとで見せて!」
「安全な場所でね」
睨んでみたものの、アンジェはまったく気にする様子もなく、新しい籠手の感触を確かめていた。
宿へ戻り、部屋のテーブルで購入品を整理する。
回復ポーションと魔力回復ポーションを衝撃から守る袋へ移し、取り出しやすい位置を確認していると、アンジェの耳がぴくりと跳ねた。
彼女が扉へ顔を向けた直後、室内にノックの音が響く。
扉を開けると、ウノーが片手を上げて立っていた。
「二人とも、少しいいか?」
ウノーは廊下へ出るよう、顎で示した。
アンジェと顔を見合わせ、そのあとについていく。
階段を下り、宿の受付に近いテーブルへ腰を下ろした。
テーブルの上には一枚の地図が広げられている。首都から東にある場所が、目立つよう大きな丸で囲まれていた。
「二人に、ギルドから正式な依頼を頼みたい。体調はどうだ?」
「大丈夫です!」
「私も平気!」
俺たちの返事を聞き、ウノーは頷いた。
「頼みたいのは、書状と遺品の配達。それから、現地での聞き取りだ」
地図へ指を置きながら、ウノーが説明する。
首都から東へ半日ほど進んだ場所に、小さな村があるという。
主な産業はポーション作りと革製品の加工だ。規模は小さいものの、作られる品の品質は高く、首都の店にも継続して卸しているらしい。
「二人が発見した男性は、おそらくこの村の住人だ。所持品と村の出入りの記録から、身元の候補が絞られた」
「その人の家族に、遺品を届けるんですか?」
「正確には、村長へギルドの書状と遺品を届けてもらう。正式な身元の確認と遺族への知らせは、村長の立ち会いのもとで行う決まりだ」
「俺たちだけで伝えるわけではないんですね」
「ああ。だが、発見した状況について、遺族から直接尋ねられる可能性はある。そのときは、二人が見た事実だけを話してほしい」
ウノーの指が、地図に描かれた村を軽く叩く。
「もう一つ、村で最近変わったことがなかったか聞いてきてほしい。行方不明になった者はいないか、見慣れない人物や魔物を見た者はいないか。インプと従属契約を結んだ何者かが関わっているなら、手掛かりが残っているかもしれない」
「調査もするんですね」
「危険な場所へ踏み込む必要はない。村長や住民から話を聞き、内容を書き留めて戻るだけだ。戦闘を目的とした依頼ではない」
アンジェは眉間に皺を寄せ、地図を見つめている。
楽しい仕事でないことは確かだ。
それでも、ウノーの説明に疑問はなかった。
俺たちが遺体を見つけた。だからこそ、発見した状況を村へ伝えられるのも俺たちだ。
荷物を届け、人の話を聞く。新人冒険者でも果たせる役割だ。
もしかすると、戦う力だけでなく、精神的に仕事をやり遂げられるかも試されているのかもしれない。
「やります」
俺の返事を聞き、アンジェが一瞬だけ口元を歪めた。
それでも何も言わず、ウノーを見て頷く。
「私も行く」
「任せた。詳しい聞き取りの項目は、地図や書状と一緒に渡しておく。東行きの乗合馬車は、明日の朝一番に出る。それまでに準備を済ませてくれ」
「待ってください。知らせを届けるなら、今からでも出発したほうが――」
「タカラ、夜は魔物や盗賊が出る」
アンジェが静かな声で遮った。
「ここから東の村までは少し遠いよ。急ぎたいのは分かるけど、夜に出るのは危ない」
「馬車でも半日はかかる。朝に首都を出れば、夕方前には着けるだろう。それが最も早く、安全な方法だ」
「でも……」
「タカラ。以前、私が教えたことを覚えているな?」
「……はい」
自分の命を優先すること。
結果が変わらないのなら、己の身を危険にさらしてまで急いではならない。
亡くなった男性を待っている家族がいるかもしれない。そう思うと、一晩を待つことさえひどく残酷に感じた。
しかし、夜道を進んで俺たちまで戻らなければ、知らせも遺品も届かない。
「感情を持つなとは言わない。だが、抱え込みすぎるな。冒険者を続けられなくなるぞ」
「はい……すみません」
ウノーは目を細め、俺の肩へそっと手を置いた。
厳しい言葉の中にある気遣いを無駄にしないよう、小さく頷く。
「今日はきちんと休め。明日の朝、馬車乗り場にギルドの者を待たせておく」
「分かりました」
「任せて、ウノーさん」
書状や遺品は明朝受け取ることになり、俺たちは地図と依頼書だけを預かった。
簡単な確認を終え、それぞれ席を立つ。
依頼書を鞄へ収め、部屋へ戻る。
アンジェも今夜は珍しく自室へ戻り、久しぶりに一人きりの時間が訪れた。
窓の外には、夕暮れに染まった橙色の空が広がっている。
見慣れ始めたはずの景色なのに、今日はどこか寂しく感じられた。
胸の奥へ溜まった重苦しさを吐き出すように、何度か深呼吸を繰り返す。
二度目の依頼が、人の死を知らせる仕事になるとは思ってもいなかった。
ベッドの上には、読みかけの魔法書が置かれている。
それでも、今夜はページを開く気になれない。
俺は窓辺に立ったまま、光を失っていく空をしばらく見つめていた。




