2-6 買い物
朝から張り切って肉を食べたせいで、腹が重い。
丈夫な身体を作るために必要な苦しみだと言い聞かせながら、朝から賑わう街を見渡した。
最初に向かったのは、宿屋からほど近い薬屋だ。店へ入り、店主にギルドカードを提示してから、棚に並んだ商品を見て回る。
冒険者不足への対策として、国は新人冒険者の装備や消耗品の購入を支援している。ギルドと提携している店でカードを見せれば、FランクやEランクの冒険者は、決められた数量まで薬や防具、魔道具を割引価格で購入できるらしい。
ランクが上がり、自力で稼げるようになるにつれて割引率は下がり、最終的には通常価格へ戻る仕組みだ。
転売を防ぐため購入数や購入間隔に制限はあるものの、駆け出しの俺たちにはありがたい制度だった。
今回の報酬と合わせれば、薬だけでなく防具や魔道具も一通り揃えられそうだ。
「回復ポーションは、三本くらいでいいかな?」
「うん。それと、魔力回復ポーションも一本欲しい」
「魔力回復のほうは高いけど、大丈夫?」
棚に記された値段を確認する。割引を使えば手が届くものの、通常の回復ポーションと比べて倍近い値段だった。
赤い液体が入った回復ポーションを三本、編み籠へ入れる。続いて、隣に並んでいる青い魔力回復ポーションを一本手に取った。
「少し高くても、予備として持っておきたい。魔力が尽きたとき、戦うためじゃなく逃げるために使うよ」
「それなら必要だね。じゃあ、薬はこれでおしまい?」
「うん。買いすぎても荷物になるからね」
アンジェは頷くと、編み籠を持って店主のもとへ向かった。
代金を支払い、割れないよう一本ずつ布に包んで鞄へ収める。中身が動かないことを確かめてから、薬屋を出た。
次に向かうのは、以前ギルドで教えてもらった防具屋だ。
今の俺たちは、普段着へ簡単な革当てを加えただけの軽装に近い。戦いを続けるなら、早いうちに装備を整えたほうがいいだろう。
どのようなものを買うべきかアンジェと話しながら通りを進むと、ほどなく目当ての店へ辿り着いた。
木造の温かみある建物で、大きな窓の向こうには胸当てや籠手、何本もの剣が飾られている。
ギルド公認の店だけあって、店内の商品は種類ごとに整然と並べられていた。高級品を扱う店ではないものの、中級の冒険者も利用する品質で、価格も比較的良心的らしい。
「いらっしゃい。見ない顔だね。新人さんかい?」
「こんにちは。はい、先日登録したばかりです」
奥の暖簾をくぐり、穏やかそうな女性が姿を現した。
身につけた革製のエプロンには、いくつもの焦げ跡や傷が残っている。暖簾の向こうからは、金属を叩く甲高い音が規則正しく聞こえてきた。
女性は俺たちの装備をひと目見て、小さく頷いた。
「ここは防具屋だけど、隣の武器屋と中でつながってる。防具を見終わったら、そこの扉から向こうへ行くといいよ。支払いの前に、ギルドカードを見せるのも忘れないように」
「分かりました」
「それから、そこの獣人のお嬢さん」
「うぇ?」
突然指をさされたアンジェは、手に取っていたブーツを落としかけた。
女性はアンジェの頭から足元まで、品定めするように視線を動かす。一歩近づかれたアンジェは、戦っているときからは想像もできないほど肩を縮め、両耳を真横へ倒した。
「手に持っているブーツは、あんたの戦い方には合わないよ。近接で戦う獣人なら、向こうの棚にあるものを選びな。脚力が強いから、靴底に厚みがあって、足首の動きを邪魔しないものがいい」
言われてアンジェの足元を見る。
今履いている靴は踵がひどく擦り減り、革にも何か所か縫い直した跡があった。
「ありがとう! 見てくる!」
予想外の助言に、倒れていた耳が勢いよく立ち上がる。アンジェは足早に教えられた棚へ向かった。
女性はその背中を見送ると、今度は俺へ目を向けた。
「あんたは……」
「は、はい」
「近接で戦う身体じゃないね。魔法使いかい?」
女性が頬へ手を添え、考えるように首を傾げた。
悲しいことに、その見立ては正しい。どう見ても、この身体は近接戦闘向きではない。
力なく笑いながら店内を見回す。
「魔法使い向けで、初心者でも扱いやすい防具を探しています」
「それなら、こっちだ」
女性について店の奥へ進むと、革や軽い金属を組み合わせた防具が並ぶ棚へ辿り着いた。
外から見たときは小さな店に思えたが、形も色も異なる防具が隙間なく並び、予想以上に種類が多い。
どれを選べばよいのか分からず、とりあえず近くの胸当てへ手を伸ばす。すると女性は、俺の体格を確かめながら数着の装備を選び、空いているテーブルへ並べた。
最初に目を引いたのは、黒い長袖の上着と、深い赤色の革で作られた胸当てだった。
胸当ては複数のベルトで固定する構造になっており、身体に合わせて締め具合を変えられる。腕を守る革製の籠手は肘の上まで伸びているが、見た目に反して柔らかく、腕を曲げても動きを妨げない。指先が出る作りなので、道具や魔法の媒介も扱いやすそうだ。
下は動きやすそうな淡いクリーム色のズボンで、腰のベルトにはポーションや短剣、小物を下げられる金具がついている。
濃い茶色のブーツは膝下までを守り、膝当てには控えめな模様が刻まれた金属板が使われていた。
シンプルだが、いかにも冒険者らしい格好だ。
ひと目で気に入ったものの、一つだけ疑問が残る。
「あの、すごく格好いいんですけど……あまり魔法使いらしくない気がします」
「腕の立つ魔法使いなら、ローブや軽装でもいいさ。敵を近づける前に魔法で対処できるからね。でも、あんたはまだ初心者だろう?」
「はい……」
「魔法の発動が間に合わなかったり、集中を乱されたりして、近距離まで入り込まれる可能性がある。自分の身を守れるようになるまでは、これくらい着ておいたほうがいい」
女性は、ローブの並ぶ別の棚へ目を向けた。
「もっと魔法使いらしい見た目がいいなら、あっちにもあるけど」
「いいえ。自信はないので、こちらが大正解です」
慌てて女性を制止し、テーブルへ並べられた装備を改めて見つめた。
格好よくて、動きやすそうだ。
ずっと憧れていた冒険者らしい装備を前に、胸が高鳴る。
自分に似合うかは不安だが、これを着て歩いてみたい。
「試着してみるかい?」
「はい、ぜひ!」
「ふふ。そう言うと思ったよ。あっちの部屋を使いな」
考えていることを見透かされたようで、少し恥ずかしい。
言われたとおり試着室へ入り、早速装備へ着替えた。
「……うん。驚くくらい、ちょうどいい」
鏡に映る自分が、これまでよりも立派な冒険者に見えた。
胸当てや籠手のおかげで身体の頼りなさが隠れ、少しだけ逞しく見える。腕や脚を動かしてみても窮屈さはなく、想像していたよりずっと軽かった。
照れながら試着室を出ると、女性は満足そうに何度か頷いた。
「やっぱり似合うね。少し立ってごらん」
促されるまま姿勢を正す。
女性は胸当てを留めるベルトの長さを調整し、金具の位置や腕の可動域を一つずつ確かめていく。最後に肩の埃を軽く払ったところで、背後から名前を呼ばれた。
「タカラ!」
振り返ると、俺と似た色合いの防具に身を包んだアンジェが立っていた。
獣人の身体に合わせて作られた革の胸当てと、少しゆとりのあるズボン。尻尾の動きを妨げないよう、腰の後ろには大きな切れ込みが入っている。
ブーツは俺のものより短く、足首を自由に動かせる形だ。靴底には厚みがあるものの、走ったり跳んだりする邪魔にはならなそうだった。
「おお、似合ってるね」
「タカラもね! 私、これにする!」
「俺も、これにしようかな」
「二人ともよく似合っているよ。次は武器だろう? 隣も見ていくといい」
防具の代金を支払い、購入した装備はそのまま身につけていくことにした。
女性に礼を言い、教えられた扉を開ける。
差し込んできた強い光に目を刺激され、思わず片手をかざした。窓から入った陽光が、店内に並ぶ剣へ反射しているのだと気づくまで、少し時間がかかった。
最初に目へ飛び込んできたのは、壁に飾られた大きな斧やハンマーだった。
短い弓から、俺の身長ほどもある大剣。棚やテーブルには、短剣をはじめとした小型の武器や、用途の分からない道具が並んでいる。
どれも扱ったことのないものばかりだ。
武器の持つ物々しい雰囲気に、僅かな緊張で指先が震えた。
「すごい。こんなにあるんだね……」
「私は籠手と短剣が欲しい!」
「決めるのが早いな……」
「前から欲しかったんだもん!」
アンジェは迷うことなく、目当ての棚へ向かっていった。
俺も一人で店内を見て回る。
魔法の媒介が欲しいとは思っている。しかし、どのようなものが自分に合うのか分からない。
短い杖か、長い杖か。あるいは、いざというときに身を守れる短剣か。
何が使いやすいのかすら分からないまま、並んだ品々へ視線を巡らせる。
ふと、細身の杖が並ぶ一角を見つけた。
「杖……」
「杖をお探しかな?」
「わっ!」
耳元で突然低い声が聞こえ、驚いて前へ倒れかけた。
慌てて振り返ると、日に焼けた肌の大柄な男性が、面白そうに笑っている。
男性は「悪い、悪い」と言いながら俺の腕をつかみ、軽々と身体を引き起こした。
「驚かせて悪かった。あまりにも不慣れな様子で、ひよこみたいだったもんでな」
「えぇ……そんなに頼りなく見えました?」
「見えたな」
「即答……」
情けなさに肩を落とすと、男性はまた愉快そうに笑った。




