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アンブロシアの種  作者: でれ
第2章
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19/23

2-3 望まない発見

 採取依頼、4日目。

 薬の材料になりうる薬草や木の実を集め終わり、最後にきのこを取るため森の中にある洞窟へと進んだ。

 途中探索魔法を小範囲で使用し、鍛錬を重ねていた。コントロールにも慣れが出てきて、少しずつ範囲を広げて使える様になってきた。


「アンジェ!」

「あいよ!」


 地響きが鳴る緑の中、脚力上昇の付与を自身にかける。目一杯脚に力を込めて、身体の2倍ほどの高さにある木の枝へ飛び乗る。追いかけてきた猪のような魔獣が、突然俺を見失ったせいか勢いよく茂みに突進し、匂いを辿る仕草をする。身を潜めていたアンジェが素早く飛びかかり、唸り声ひとつした後に魔獣は力無く地面へ伏せていく。


「ふぅ。ありがとう、アンジェ。」

「いーえ!早速素材もらっちゃおう!」


 数日森の中で過ごしていると、当然の様に魔獣は現れる。最初こそ怖くて逃げ回っていたが、アンジェの俊敏さと己の魔法なら低級程度難なく倒せる様になった。鍛錬を重ねればその動きと弱点も分かる様になり、素材集めも兼ねて、見つけ次第討伐する作戦を立てた。


 流石のアンジェでも素材を剥ぐとなると爪ではなく器用にナイフを操り、さくさくと分解していく。素材を洗浄、消毒を行い、ポーチへと格納。あれだけ小さかったポーチが今でははち切れそうな程膨らんでいる。手をアンジェの前にかざし、洗浄魔法を唱える。


「穢れよ散れ、クリーンヒル」


 泡の形した光がアンジェを纏い、魔物特有の匂いと汚れが溶けていく。この冒険の中で一番使った魔法はこの洗浄魔法と言っても過言ではない。


「ふぅ、さっぱりした。ありがとね」

「こちらこそだよ。」

「にしても戦闘にも慣れてきたね。素材もいっぱい集まってきたし、帰ったらEランクくらいには上がらないかなぁ。」

「ほんとだよぉ。なって欲しいけど、何個か受けないと駄目でしょ。」

「だよねー。レア素材や中級魔獣位やらないとだめかな。」


 素材として使えない部分を炎魔法で燃やし、燃えかすになったところで水魔法をかける。小さな水球を2つ作って、アンジェと自分で口に含んだ。


「荷物もいっぱいだし、あとはきのこだね。何個かだけ取って帰ろうか。」

「そうだね!この魔獣は洞窟を棲家にしてるから、もしかしたらこの辺かも。」

「明日には帰れると良いな。探してみよう。」


 辺りにある痕跡を追いかけ、森を進む。時折鼻を動かすアンジェに道を任せ、周囲を警戒する。薬草や素材を持ち歩いているおかげで、自分たちの匂いは周りを誤魔化せた。運の良いことに特に魔物とは出くわすことなく洞窟の入り口を見つける。


「あ、あったね。流石アンジェ。入ろうか」

「待ってタカラ」


 腕を引っ張られ、振り向くとアンジェは眉間に皺を寄せていた。鼻を何度も動かし、辺りを見渡す。


「どうしたの?」

「かすかに腐敗した匂いがする……」

「え、魔獣の?」

 不思議な匂いではないはずだ。ここは魔獣も住む森。獣の死体や骨があってもおかしくはないはず。道中でも見かけたし、そこまで怪しむ理由ではないのに、アンジェは目は吊り上がり揺れていた。


「魔獣……なのかな。あまり嗅いだことない。」


 得体の知れない何かに動揺する。一歩下がってもう一度周囲を確認した。風は穏やかで虫の鳴く声がする。今までの道とはあまり変わり映えは無かったが、獣人であるアンジェが立ち尽くし頭を捻る。


「アンジェが危険だと思うなら進むのやめよう。別の洞窟を探すのも良いし、ここで切り上げても良い。今の俺たちには知らないことが多いから、帰ってから調べてまた来ることもできるよ。」

「……タカラ、魔力はどれくらい残ってる?」

「……」


 丸い目が鋭さを持って問いかけてきた。力量を図るとすれば。


「能力上昇の付与を一通り。それと小さな攻撃魔法なら数発程度。大きい攻撃魔法は3発で焼き切れる可能性がある。」

「万が一の時に逃げ切れそうかな……」

「どうしたの?」

「もしもこの先進んだら、勝てない相手なら、付与魔法全部私にかけて。タカラを抱えて逃げる。走ってる間にタカラはなんでも良いから足止めの魔法を。」

「わかった。進むんだね?」


 洞窟を見据えるとアンジェは苦しそうに目を細める。


「この匂いはもしかすると人間かもしれない。その可能性が出た以上、確認せずには下がれない……」


 生ぬるい汗が背中を伝う。人が倒れている可能性、または……。

 少しの沈黙から、2人で目を合わせる。茂みを掻き分け、洞窟へと進む。初めての気持ち悪さがある緊張感が胸を覆い、静かに歩く。耳を立たせたアンジェは先頭に立ち、俺はいつでも魔法が打てる様に意識を集中させた。暗闇へ進むとなんとも言えない匂いが微かにする。鼻が敏感なアンジェはぴくりと眉を動かし浅く呼吸する。視野が暗くなる前に小さな光魔法を浮かばせた。淡い光が周囲を照らし、湿った地面の上に反射した。出口の光が無くなった頃、本来の目的であるきのこが苔むした石にあるのを見つけ、アンジェに合図を送る。頷いたのを確認し、自身のポケットにあるナイフで切り取る。作業は1人で行う。万が一の際にすぐ動ける様にアンジェは俺の背後に立ち、警戒を続けた。


 洞窟は不気味なほど静かだった。進むにつれ生き物の気配が無く、事前に調べていた情報とは異なる。小型の魔物の巣として、縄張りとしてもおかしくないこの洞窟は何もいない。想定していた量の収穫もすぐに終わり、手間取る予定だったはずもすんなり終わった。

 最後のきのこをポーチへと格納してアンジェへ振り返る。アンジェは鼻を忙しく動かし、地面に手を置く。


「入り口から何かの足跡がある。濡れていて、魔獣か動物か人かは区別できないけど……意図的にぐちゃぐちゃにした、こともあり得る。ここまで魔獣の足跡すら読めないなんて滅多にない……」



 アンジェにそう言われ、地面を改めて見直す。地面は湿っていて、洞窟の壁から滲み出た水が所々溜まっていた。巣窟といっても良いほど絶好なこの場所に見覚えのある足跡がない。それらしきものを見かけても、何かが混在した跡があり、水も邪魔をしてなにも読めない。不思議なほどに痕跡が隠されていて、得体の知れない何かが確実にあったのか。今もあるものか。満たされたポーチを手にしながら、ここからどうやって無事に帰るか頭を巡らせる。本来なら身に危険を感じる場合、撤収するが決まりだが、困っている人が居るのならば引き返せない。助けられる可能性があるのであれば。

 採取から探索へ気持ちが切り替わる。人の気配を探ってアンジェと奥へ進む。

 洞窟は小規模の様で、さほど入り組んではいなかった。分かれ道も突き当たりになればすぐに引き返せるほど簡単で、拍子抜けするほど狭かった。迷わない様に壁に印を付けつつ探索を進める。1時間ほど経った頃、アンジェがぴたりと止まる。突き当たりかと思い、顔を上げるとアンジェはしゃがむ。


「アンジェ?」

「タカラ、これ…」


 指が示す方向を確認する。そこには汚れた薄い革でできた靴が転がっていた。そこまで古いものでは無く、最近まで人に履かれていた様な靴。品質は高くはない、やや粗末な作りだが、それでも確かに使い古された様な痕跡があった。泥に濡れたその靴を少し近い距離でアンジェは匂いを辿ろうとしている。


「人が居るかも知れない。アンジェ、何かわかる?」

「微かに近くに感じるかも。警戒して進もう!」


 アンジェが立ち上がった瞬間、羽音がした。暗闇の中乾いた風を切る音だ。鳥類の気配なんて今まで無かった。自分たち以外の奇妙な存在に、嫌な汗が伝う。宙を浮いている光の玉を大きくさせ、一歩、二歩と進む。羽の音はどんどん近くなり、アンジェは両手を大きく広げた。アンジェの背後から強化魔法を付与し、最後に腕力強化の付与を掛けたところで音の正体が光の前へと存在を表す。


「こ、こいつは、」

「タカラ、下がってて」


 焦げた茶色に赤を混ぜた様な肌色。小さな翼は忙しなく羽ばたいていて不愉快な風を送り込んでくる。鈍色の瞳の中に滲み出る赤がこちらを見据えていた。大きなつるりとした額から角が生えていて、大きく口を開けたその生き物は、歯が鋭く、所々折れていて酷く汚れていた。

 目を引くその生き物、明らかに敵対を持っていて、甲高い声を喉から絞り出していた。体格は小さく、爪は鋭いものの腕は身体とは見合わない細長さをしていて、不気味さから魔物と違った恐怖を覚える。これはそもそも生き物か。魔物なのか。区別が付かず戸惑うもやる事は変わらない。


「初めて見たけど、これは、インプだ。」

「知ってるの?」

「村にいた時、たまたま来ていた魔法使いが戦った事あるの。」


 アンジェが言うにはインプは低級悪魔の様だ。爪先や尻尾からは強い毒を持ち、獲物を麻痺させてから毒で殺す。普通の魔物とは違って多少の魔力、知恵があるとも言われている。インプから目を離さずに説明を受けていると、ゆらり尻尾が揺れる。槍の穂先のように鋭い、先端から赤黒い液体が滲み出ていた。冷たい空気が両者の間に揺れる。

 先制に出たのは翼を持った悪魔だった。狙いはアンジェの頭。小さな身体は素早く空気を切り、自在に動く尻尾が迷う事なくアンジェの右目を狙う。獣人の反射神経には敵うことなく避けられ、付与された身体は軽々と背後へ周り拳を突きつける。小さな悪魔は簡単に飛ばされ、狭い洞窟の壁に打ち付けられたが、瞬時に身体を立て直した。アンジェに手をかざし、念の為魔法耐性を掛ける。その時、片足の力が抜ける。


「っぐ、」

「タカラ!?」

「大丈夫、まだいける。」


 魔力が吸い取られる付与。魔法耐性は今までかけた事はなかった。思いの外魔力量を使うみたいで、体力と共に削がれていく。なんとか持ち直して、落ち着いて前を見据える。インプは何かを感じ取り、視線をこちらに向けた。攻撃に出ることなく、こちら見つめる。読めない行動に眉を顰めると、視線を遮る様にアンジェの背中が視界を埋めた。


「なにかまずい気がする。」

 

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