2-2 休憩と悩み
支給された袋を1つ、薬草で一杯にすることができた1日目。すっかり暗くなった空は光を森へ届けることもなく、光魔法で安全そうな場所を探す。
基礎魔法は本当に便利で、魔力さえ枯渇していなければ長期の依頼も受けられるのではないかと可能性を感じる。
暗闇を歩いてしばらく、アンジェが足を止めた。光の玉がアンジェの元へ引き寄せられ、その周囲を緩やかに浮かぶ。
「ここらへんなら魔物の匂い薄いし、大きな木が集まってるから、足場悪くて来ないと思う」
「通りで細い道が続くなと思ったらそういう事ね。」
歩いてる途中、やたらと細く入り組んだ道を進んでいた理由はそれだった。野宿できそうな場所を見つけて、日の準備、寝袋を設置する。アンジェは魔物が嫌うと言われているハーブの束に火をつけ、周囲をぐるりと回る。ぱちぱちと小さな音を立てて、火は次第に小さくなり消えた。燃えカスを用意した焚き火に軽く投げて、火のそばに座ると鞄からパンを取り出した。
「奮発したチーズ!乗せてもいい!?」
「いいねぇ、やろやろ。」
ふわふわな手は意外にも器用に調理を始める。軽くて丈夫な木皿の上にパンを乗せて、スライスされたチーズを飾る。軽く火に炙り、蕩けたチーズは香ばしい香りを漂わせ、疲れた身体が本能的に喉を鳴らす。鞄から読みたかった魔法書を取り出し、一冊をアンジェへ渡す。行儀が悪い自覚はあったが、今は2人だけ。焼かれたパンを頬張り、2人同時に本を捲った。
「探知系魔法か……んー」
「どう?ありそう?」
「これっぽいな」
アンジェと本を覗き込む。探知魔法は、目的物、物質を理解した上で探す事。つまり見たことも触ったこともない物に関しては見つけるのが困難。空間に自身の魔力を無数の枝にし、探知するため、探す範囲によっては魔力を膨大に使う事になる。探知は術師本人の魔力により可能だが、魔道具を使うことが多いという。つまりは魔力が多ければ可能だが、一般的には困難ということ。そして探知の魔道具はそれなりに値段が高いということ。
「うーん、なるほど。物質を理解しているか。」
「試しにこの辺にあるこの薬草が見つかるかやってみない?」
いつの間にか食べ終わっていたアンジェが差し出したのは、さっきまで採取していた薬草。裏が赤い、独特な香りをした葉を受け取り、細部まで観察する。目に焼き付けたあとすぐそばにある茂みへ手をかざす。
指先へ向けて魔力を流す。範囲は半径5メートルを目安に周囲を自身の魔力を広げる意識をする。前にも味わった優しい温かさが身体から滲み出ていき、柔らかな風が頬を撫でる。稲妻の様な繊細な光が足元を伝い、地面を緩やかに這う。散りばめられた光をアンジェが目線で追いかけ、こちらを覗き込んだ。
「タカラ、大丈夫?」
「うん、まだ大丈夫……と思う」
「限界になる前にやめるんだよ」
「分かってる…ありがとう」
眉を下げて真面目な表情をしたアンジェに申し訳なさが滲んだ。初心者とはいえ対等な力量にはまだなれていない。一刻も早く、頼れる仲間になりたくて、思わず力を込めてしまう。
くらりと軽い目眩を感じたと同時に光が一箇所に集まる。漏れ出た声にアンジェが反応して、代わりに見に行くとしゃがみ込んだ。
すぐに立ち上がり、笑みを浮かべて手を挙げる。注いでる手を止めて、茂みの中にしゃがんでいるアンジェの元へ駆け寄ると、そこにはいくつかの薬草が生えていたのだ。
「すごいよ!ちゃんと見つけられたよ!」
「ほんとだね…」
「体調はどう?なんともない?」
「すこしふらつきそうだったかな。やっぱり魔力量をすごい使うみたい。調整できて良かったよ。」
幸い前よりも自身の限界がわかる様になり、多少調整の感覚も掴めてきた。ただ、使う魔法によって魔力量が変わってくる事がわかった今、迂闊にあれこれ手を出せない。今回の様な時間に余裕がある依頼ならば練習は出来そうだけど、仕事として受け持った以上、無茶な練習はできない。何かに襲われた時、戦闘力としているのはアンジェのみになってしまう。せめて仲間が増えればなぁと思いつつ、見つけた薬草をポーチへ入れて、焚き火へと戻る。
「仲間、増やしたいなぁ」
2枚目のパンを頬張ろうとしたアンジェが目を丸くしこちらを見る。
「なかま?」
「うん。俺は戦闘がまだまだだし、強化や付与なら出来るんだけど、万が一の時にやっぱりアンジェに任せるのはちょっとね……強くなれば良いんだろうけど、どうやら戦士としての能力は低いし、魔法使いとして経験も積まなきゃいけない。そうなると戦闘力になるには少し時間が必要かなって思ったんだよ」
「仲間かぁ。ギルドでのメンバーの増やし方って基本スカウトなんだよね。私たちFランクだとまだ声は掛けられないし、スカウトするのもされるのももうちょっと上にいかないと難しいんだよねぇ。タカラって魔力量多いから、それだけでも声は掛けられると思うけど、」
「それがバレるのはちょっと」
「避けたいところだね……」
聞いた話では魔力量が高い人は人気だが、同時に期待されて利用されてトラブルの原因になりやすい。ましてや自分は希少スキルの魔力成長持ち。アンジェには悪いが魔力量が高いってだけ伝えてあのスキルについては伏せている。
「でもさ!まだ2人して初めたてほやほやの冒険者だよ!無理しないで、ゆっくりやってくのも良いんじゃない?急ぐ必要もないよ。私はタカラのこと充分心強いよ。少しずつ依頼をこなして、真面目にコツコツやれば自然と仲間は増えるはずだよ!」
「ふふ。そうだね。ちょっとずつ頑張ろうか。」
人懐っこい笑みを浮かべて、最後のひと口を頬張ったアンジェを見て、落ち込んでいた感情が和らぐ。急ぐ必要もない、その通りであって、俺たちらしく無理をしないで頑張る。一旦目標が定まったところで気を取り直し本を捲る。
「探知魔法にも色々あるんだね。上級者だと人をも見つけられるらしいよ。」
「へぇ!でもそれってどうなの?その人のこと知らないと無理なんじゃない?」
「そうだね……特徴とか知っている必要があるみたいで、身内じゃない限り正確性は低くなるっぽい。特徴だけだと似た人とかもいるから、間違いが出そうだね。」
「人間だと魔力量もたくさん必要になるし、今のタカラには難しいんじゃないかな。」
「流石に人間はちょっと…薬草でも魔力持ってかれたし、人間レベルだとまた暴走するかもしれない。2人だけの今は、なるべく力を温存しつつ、調整とか新しい技とかの取得が望ましいね。」
探知魔法について書かれているページを指でなぞる。上部には“上級者向け”と書かれていて、ベテラン前提での指南が書かれている。しばらく先になりそうだと思いながら違う項目を探す。
食後に入れたハーブティーがすっかり温くなる頃、アンジェは半分になった目を擦っていた。
「アンジェ、先寝てて良いよ」
「うーん……でもぉ……」
「見張りは俺が最初にやるから、3時間後に起こすよ。」
「わかった…何かあったらすぐ起こしてね……」
目を閉じたままそばにあったブランケットに包まり、そのまま落ちていく。もこもこな芋虫が出来上がって口元が緩む。
見張りは数時間おきに交代でする事にし、緊急事態に備えて浅めな睡眠を繰り返す。幸い、疲労回復の付与魔法があるため、数日この無茶にも思える睡眠体制でもやっていけそうだ。
弱くなった焚き火の光では文字が追いかけられず、睡眠の邪魔にならない程度の光球を手に浮かべた。淡い光が文字を照らし、問題なく読み進められた。
魔法使いが杖を持って腕を上げている挿絵が目に入る。出発前に話していた杖を思い出し、どういうのが欲しいのか頭を巡らせる。
「短いタイプか長いのにするか。魔導書を使う人もいるし短剣もある。媒介出来れば本人の使いやすいものならなんでも良いのか…?どれにしても使ってみない事にはわからないし……うーん。」
オーソドックスに長いタイプの杖でもいいのかな。万が一の近接で距離を取って魔法を打ち込める様に。それなら剣がいいのかな。候補があり過ぎて自分に見合うものが見当もつかない。こういう時はウノーさん達に相談するべきか。
ふとゴロゴロと低い音がした。顔をあげると気持ちよさそうに寝ているもふもふ毛虫もとい、アンジェの顔がそこにあった。
猫科だからだろうか。リラックスモードで喉を鳴らしている様だ。人間に近いがやはり現実世界に無かった人外。起きている時はまじまじと観察できなかったが、今改めて見ると本当にファンタジー映画の様だ。映画と違い、そこには確かに揺れ動くヒゲに三角の形したピンクの鼻。時々チラつく牙は少しの恐怖を与え、元の世界に出会えば命の危険を感じてしまう。この世界では当然の様に実在し、湿気を含んだ毛並みはそよ風に吹かれ靡いていく。天真爛漫なアンジェの性格が全ての異質な感情を掻き消してくれて、徐々にこの世界での常識を擦り付けられていく。
今度勇気を出して肉球を触らせてもらおうかな。仲間とはいえ、失礼にならない様に機会を伺って聞いてみよう。
途切れた集中をまた、本へと戻す。新しい詠唱魔法はないかとページを掬った。




