2-1 出発
翌朝。すっかり体調も良くなり、アンジェと一緒に宿屋を出た。朝食に出されたパンを頬張り、忙しない様子でポーチを確認していた。すぐ近くのギルドへ入ると、見覚えのある男性がカウンターに寄りかかり、受付と話し込んでいた。彼は視線に気づくと手を上げて微笑んだ。
「アンジェ、タカラ。待っていたよ。」
「クォーツさん!おはようございます!」
「クォーツさんおはよー!」
「元気になって何よりだ。」
試験中とは異なり、至って穏やかな表情に不覚ながらもときめいてしまう。ギャップ萌えかぁ。よくわかってるなぁと感心している間に、室内の空き席へと誘導される。幾つか紙をアンジェと俺に差し出して、その中に小さなカードを見つけた。
いつの間にか撮られていた顔写真、そして名前、所属ギルド、ランクがシンプルに並んでいるカード。これがギルドの一員になった証だ。
「まずは2人とも、合格おめでとう。ハプニングもあったが、Fランクとしては妥当な力量。これからも鍛錬を重ね、油断することない様に上を目指してほしい。」
「あ、ありがとうございます。先日は助けてくれて。クォーツさんのおかげで無事回復しました。本当に助かりました。」
「ふふ。今時珍しい真面目な子だね。良いんだ、将来に期待しているから。」
クォーツさんの長い指がギルドカードを持ち上げると、それぞれの手に置かれた。公式な身分証ということもあって、上質で固めな紙で出来ている。アンジェと一緒になって、カードを空にかざして見てみる。逆光でよく見えなかったが、改めてこの世界の一員になれたことが胸を締め付けた。
「大切に、肌身離さずもっておくように。」
「「はい!」」
カードを胸元のポケットへと仕舞い込む。アンジェは嬉しそうに腰のポーチへと入れていて、ご機嫌そうに尻尾は揺れていた。
「タカラ!早速クエストボード見よう!あたし達でも受けられるクエストあると良いな!」
そう言って立ち上がると、急足で受付側にある掲示板へと向かっていく。アンジェに続いて立ち上がると、クォーツさんが手を優しく握った。
振り返ると、穏やかでありながらも真剣な眼差しに自身の顔が映り、立ち止まる。
「タカラ、もうウノーから聞いていると思うが」
「はい」
「魔力の暴走は命の危険が伴う。無理は禁物。ランク上げ、金稼ぎよりも君の魔力をコントロールができる様になるのが最優先事項だ。」
「はい…」
「急がないで。焦らないで。自分の力量を見極めて。命があることが一番の価値だということ忘れないで。」
祈る様にクォーツさんは俺の手を両手で包む。大切に扱われているその仕草に胸が熱くなり、空いた片手を添えた。
「わかりました。気遣ってくれてありがとうございます。依頼が終わるごとに、クォーツさん、皆さんに顔を見せに行くと約束します。」
「…ん。約束。しっかりやるんだよ。」
頭に手を置かれ、クォーツさんは笑って背中を押してくれた。なんだか照れ臭くなってしまって、振り返らずにアンジェの背中を追う。
兄弟、兄が居てくれたらこんな感じだろうか。この間から、居もしない存在の面影を辿っている気がする。頭を大袈裟に振り、寂しさを追い払った。
大きな木造の看板で物色するアンジェの隣に並ぶ。散りばめられたように、不規則に貼り付けられた紙達を眺める。不思議なことに文字は読め、困ることは無かった。
「あたし達のクラスでも色々あるね〜」
「んだね〜」
左右揺れるアンジェに合わせて身体を揺らす。不安もあるけど頼もしい相棒がいれば問題ない。
気を取り直して自分の能力と見合った依頼がないか模索をする。無難に小物魔物の討伐か、採取依頼あたりだろうか。指差しでなぞると、隣に知らない冒険者達がやってきて、同じ様に掲示板の依頼を漁る様に見ている。
4人のパーティーで、紙を指差しては熱心に意見交換している。いつか自分たちのパーティーも増えて、こうなるのだろうかと期待で頬が緩みそうになった。
「タカラ!最初はこれでどーう?」
高い声に意識を戻される。振り向くとアンジェは一つの紙を手にしていた。それを受け取り、2人で紙を覗き込む。
「採取の依頼…んーと、ポーション用の薬草とキノコの採取だね。森で薬草、洞窟でキノコ。低級の魔獣が出るから冒険者に依頼したいってことだね。」
「ただの回復ポーションならその辺の森か自分でも育てられるけど、依頼主のポーションはおそらく中級の暗視ポーションかな。」
「え?そんなことまでわかるの?」
「たまたま地元の村で、薬師がいたの!たまに採取の手伝いしてたからちょっとわかった。」
「頼もしいね。せっかくだからこれにしようか!」
「うん!低級魔獣なら、魔力制限の練習にもなるし。頑張ろう!」
アンジェの提案に乗り、受付へと向かった。簡単な説明を受け、受注を済ませる。準備を済ませるために一旦宿へ戻るが、大した荷物は無かった。
「低級の回復ポーションに、採取用ポーチ…あとはハサミとナイフかな。」
「キノコは胞子が出るかもしれないから瓶の方が安心だよ!」
「さすがアンジェだね。少し大きめのを持って行こうか。」
最低限のアイテムは試験合格記念にギルドから譲り受けた。何個かはお下がりだったけど、買うとなるとそれなりに金額もするし、まだお金もそこまで持ち合わせが無いため、有り難く頂戴した。
受けた依頼の納期は余裕があり、そしてできるだけ多く、という数量の希望があった。数と品質に応じて報酬が決まるため、数日野宿をする予定。
準備ができた俺たちは、街の外へと向かう。賑やかだった街中出てしばらく歩くと、緑と岩が視界に増えていき、次第に人たちの声から木々が風で軋む音に変わっていく。森への入り口は丈夫そうな石の塀で作られており、閉ざされた扉には青い石がはまっていた。
「これだよね、言ってた入り口の鍵。」
魔物の侵入を阻むため、少し昔に作られた防御壁。魔法が組み込まれていて、冒険者や様々な機関から許可を受けた者達にしか開けられない様になっている。受付で言われた通り、自身のギルドカードを石へとかざす。高い金属音がして、鈍い音をたてながら石の扉は開いた。
「「おぉー」」
2人してあんぐりと口を開けたまま、扉の向こう側へと進む。以前行った森よりも薄暗く、晴れているのに木々が鬱蒼としているせいで空からの光が所々としか届いていない。湿気があるのにどこか薄ら寒く、腰に巻いていた羽織に袖を通した。
アンジェはどうだろうかと目線を上げると、至っていつも通りで、むしろ快適そうにしていた。湿気のせいか、先ほどよりも毛がふんわり感を増していて、柔らかそうに風に揺れる。撫でたい気持ちを堪えて、深い緑の道を見渡した。
「薬草のアカウラ草は、明るい緑に、葉の裏が赤いみたい。なるべく綺麗な状態という依頼だから、見つけたらナイフで切っておこう」
「何度か見たことあるから、見つけたらタカラに見せるね」
「助かるよ。」
薬草の採取場所は、この森なら広い範囲で取れるみたいだ。魔物が出るから一般の市民は入れず、ギルドで依頼するのが通常らしい。
「あ!早速見つけた!」
そういうとアンジェはナイフを取り出すこともなく、爪で根本を綺麗に切ってみせた。器用な指先で摘み上げられた葉は力無く垂れていて、くるりと返せば裏が赤いことに気づく。
「なるほど、この葉っぱね。」
「他の植物に裏側が赤いものなんて滅多に無いから、すぐ見分けつくと思うよ」
「ふんふん。わかった、探してみるよ。」
お互いの姿が見える範囲内でという条件で、それぞれ手分けして探すことにした。素早く見つけていくその様子に感心するも、凡人な自分に焦りを感じて、気合を入れ直す。見つけてはナイフで切り、袋に詰める。単純な作業だが、慣れない運動に腰と目が疲れを感じる。
木漏れ日が光源となった薄暗い森にも慣れ、風の冷たさが気持ち良く感じる頃、また辺りを見渡す。少し先は腰辺りまでに生えている雑草の道があり、流石にそこまでは見切れないだろう。土の濡れた香りが不思議と心を落ち着かせ、採取の疲れもあってか身体の芯がほぐれるのを感じる。
とはいえ依頼をこなしたいのは当たり前。視界の隅にアンジェがいる事を確認する。順調に見つけている様だ。察知できる魔法があれば、と思案するも自分にそんな技術はまだない。幾つか呪文に役立ちそうな本は持ってきたものの、記載されている自信もない。
「読み直すとしたら夜かなぁ。」
「読み直す?何を?」
「うお、びっくりした。」
「ごめんごめん、振り返ったら立ち尽くして空見上げてるんだもん。何かあったかなって。」
「あぁ、ごめんね。探索とか察知の呪文あれば簡単かなと思って。」
「そういうことね。確かに便利だけど、便利すぎて魔力結構使うんじゃ?」
「……確かに。」
魔法を発動するには魔力がいる。簡単な攻撃魔法やバフはある程度力量を分かってきたけど、こういう技術面というのかな、そういった魔法はどうなんだろうか。手のひらの上にして、無詠唱で水を生成する。細かな光が集まり、それが小さな球体を生む。光が反射し、波打つ小さな水の玉をくるくるとアンジェの目の前で遊ばせる。
「これくらいなら流石に魔力の減少は感じないな。察知だと魔力の使い方がもっと複雑になりそうかな。」
「まだ数日あるし、もし本に書いてあるなら試してみようか?その為にも来てるんだし!」
「うん、そうだね。もうちょっとだけ頑張って夜本を見返そうか。」
「そうしよ!ところでこれ飲んでいーい?」
「ふふ。いいよ。はい!」
水の球体はご機嫌良く空中を跳ねる。アンジェを目掛けて落下すると、それに合わせてアンジェも宙を飛んだ。
ぱくりとアンジェは頬張ると、満足そうに笑い、再び採取に取り掛かった。




