1-15 起床と駆け出し
温もりの中で微睡んでいた。起きなくてはと何度も身体を起こそうとして、意識も集中させようとしたのに、誰かに身体を抱きしめられたかのような、抵抗できない優しい重力が目覚めを邪魔していた。どれくらい意識の中で彷徨っていたのかも分からない。
起きなきゃ。
瞼の上に暖かい光が差し込む。その感覚を合図に思考が鮮明に広がり、やっと身動ぎ一つできた。
「うっ……」
目を開けると、そこは見覚えのある部屋。机に転がっている水筒にお下がりの上着。
隣にはお盆の上にコップ一杯の水とタオル。水が視界に入ったせいか、喉が渇いている気がした。鈍くなった上半身を無理矢理起こし、コップを手にした。
「んっ、ごほっ!げほっ!」
乾燥でひりつく口に水を流し込んだせいか、緩やかに流れたはずの水に溺れてかけた。
喉の違和感を消そうと何度か咳を繰り返すと、ドアの外からどたどたと大きな足音が聞こえ、見上げた瞬間に勢いよく扉が開いた。
「タカラ!起きたの!?」
「アンジェ……」
現れたのは半泣きの少女で、驚いているこちらを気にせずにベッドへ飛び込んできた。突然の衝撃に身体が軋んだが、胸元にいる少女があまりにも泣きそうな目をしていたので、宥めるように頭を撫で回す。彼女は肌の温もりを確かめるように、顔を撫でる。もふもふの手は相変わらずきもちがよく、今回はちょっとひんやりしていた。
「丸一日寝ていたから心配だったんだよぅ!!よかったよー!!」
「げっ、そうなの!?なんだかよく覚えてない……魔法を打って、時間が来て、そのあとどうなったの……」
「ぐすっ…試験は取り敢えず合格なんだけど、ウノーさん達からタカラが目覚めたら話さなきゃいけないことあるって」
「話?」
首を傾げると、控えめなノック音が聞こえた。音に目を向けるとそこには1日ぶりのウノーさんが立っていた。
「タカラ、起きたんだな。突然アンジェがタカラが咳してる!って言って駆け上がるものだからびっくりしたよ。獣人は耳も良いんだな。」
「試験、終わったんですよね?」
「あぁ、終わったよ。無事…とは言えないけど、それでも時間内には2人とも立っていられたからね。」
無事とは言えない、が引っかかるが、とりあえず試験には合格したようだ。ほっとしてアンジェを見ると、何度か頷いて鼻をひくひく動かしていた。可愛い。
突きたい衝動を抑え、ウノーさんへ向き直る。
「それで、とりあえず合格ということですが、話は…?」
「ひとまず、お腹空いてるだろ?パン粥作ってあるから、顔でも洗って下へ降りようか。」
手を引かれて、ベッドから抜け出す。言われた通りに支度をする。
1日歩いていないだけなのにやけに体の怠さを感じた。鏡越しに見る自分の顔は、なんだかやつれている気がして、ただでさえ貧弱なこの身体にほんの少し哀れみを感じる。自分の事なのにね。
倒れる直前に見た光景を思い出してみた。所々があやふやで、未知な感覚に恐怖した記憶。最後に覚えていたのは自身の手が震えていて、指先が割れて燃える様に光が漏れていた事。
改めて指先を確認する。そこにはいつも通りの手のひらがあり、鍛錬のせいか少し乾燥していた。体調もお腹が空いて、少し怠い位で特に不調はない。何が起こったのか不安はあるものの、回復したことに変わりは無いので、濡れた顔を拭いて皆んなが待っている下へと向かった。
宿屋の居間へ着くと、甘い香りがした。テーブルには湯気が立っている器があり、ウノーさんがコップに水を注いでいる。近くからアンジェが駆け寄ってきて、木製のスプーンを手にしていた。
「タカラ、あったかいうちに食べちゃいな!」
「うん、ありがとう」
席について、まずは手渡された水を一口飲んだ。ウノーさんに礼を言うと、彼女は小さく笑って向かい側へと座る。アンジェはソワソワした様子で隣に座る。早速パン粥を頬張ると、優しい甘味と牛乳の温かさが舌と喉を伝い、胃袋と気持ちが落ち着く。
「美味しい、ありがとうございます」
「良かった。久しぶりに作ったから少し不安だったんだ。」
「え?ウノーさんが作ってくれたの?すごい」
「なに、大した事ないよ。」
ウノーさんは側にあったコップに口をつけると、ひと息をついた。
「食べながらで構わない。そのまま聞いてくれるか?」
物欲しそうにしていたアンジェにスプーンを差し出す。嬉しそうに一口食べたが、熱かったのかはふはふと慌てながら美味しそうに頬張っていた。
「まずは合格おめでとう。Fランクからスタートすることになる。タカラが回復したらギルドカードを受け取りに行く様に。その後正式に冒険者としてクエストを受けられる。」
「わぁ!やったね、タカラ!」
「良かった、どうなるかと思ったよ。」
アンジェと目を合わせ控えめなタッチを交わす。晴れて冒険者としての道が拓かれた。スタートの一歩をやっと進めた事で新しい世界へ入れる。今まで燻っていた好奇心が満たされる様に感じて、胸が高揚感で一杯になる。アンジェも同じ気持ちなのか、尻尾が大きく揺れていた。
「冒険に出る前に、忠告すべきことがある。まずタカラだ。」
「へ?」
「君が倒れた原因、新人の魔法使いによくある事なんだ。それは魔力の暴走。」
「魔力暴走……」
「魔力は有限だ。君は魔力が元々高いが、まだ扱いきれていない。器に対して魔力の回路と量が合っていない気がする。」
ウノーさんはコップ2つ、目の前へと寄せた。1つは俺の、もう1つはウノーさんのだ。
コップは半分くらい満たされていて、そこに片方を注ぐ。今にも溢れそうな水が並々に注がれ、少しでも動かせば溢れそうだ。
「君の器はこのコップ。魔力も本来なら溢れない程度の水の量。人や魔族によってはこの大きさと量はまちまちだが、比率は同じ。君の場合は常に溢れそうなほどある状態にある。先日の様に実践で分量を考えずに魔法を使うと、このコップ内にある魔力が枯渇する。枯渇すると身体が魔力を出さなきゃと焦り、必要以上に溢れ出す。魔力が高い魔法使いによくある現象なんだ。」
「そうなんだ…」
「うぅ…ごめんね、タカラ。私が頼りすぎちゃったから……」
「ううん、アンジェのせいじゃないよ。俺が自分の力をよくわかっていなかったんだ。高いからって手当たり次第出して良いわけじゃないのに。ちゃんと考えればわかる事だ。調子に乗っちゃった。」
悲しそうに耳を垂れ下げたアンジェの頭を撫でる。
「回路については、そうだな…この器から水を運ぶスプーンとしようか。身体から魔法を打ち出すのに回路を使って押し出すのだが、回路の、このスプーンに乗り切れない量を押し出そうとするとスプーンが焼き切れてしまう。今回の場合、手が焼けた様にひび割れていたのも、回路が切れかかっていたせいだ。」
膨張し行き場を迷った魔力は身体から出ようと勢い良く体内を回る。扱い方をしっかり勉強しないと命にも関わる。今回は応急処置ができたから良いものの、実際クエスト中に起きれば取り返しがつかなくなる可能性がある。改めて魔力の使い方を勉強する様にとウノーさんは念を押した。
浮かれた気持ちから不甲斐なさで胸中を塗り替える。そんな危ない目にあっていたなんて思いもしなかった。勉強不足で相棒に不安を掛けてしまった申し訳なさにきゅっと手を握る。手の甲に温かさを感じて、見上げると強い眼差しと視線が交差する。
「タカラ!大丈夫!これからは私が一緒!無理をさせないからね。また一緒に練習して頑張ろうよ!」
「そうだな、アンジェがしばらく目を光らせておけ。心配しなくとも大抵の魔法使いは、実践をこなしながらその扱いを取得する。逆に試験中に学べて良かったよ。これで限界値の感覚はわかっただろ?」
「そうそう!まずは下級魔物討伐、採取クエストを受けつつ、これから学んでいこうよ!私たちなら時間、いっぱいあるでしょ?」
「…ふふ、そうだね。ありがとう、アンジェ。ウノーさんも、助かりました。」
「私は大して何もしてないよ、それならすぐに対処してくれたクォーツに礼を言うと良い。」
「あ、そうだった!クォーツさん!」
勢い良く立ち上がると、コップが揺れ、少量の水が溢れる。
「急ぐな、あいつは今日いない。明日ギルドに帰るからその時にしろ。」
「そ、そうなんだ。」
「それに病み上がりだ。今日ゆっくり寝て、明日会いに行けば良い。」
ウノーさんの助言を素直に聞いて、改めて明日尋ねることにした。
食事を終えた後、ウノーさんは仕事へ戻ると言って宿から出て行った。片付けを済ませ、部屋へ戻ろうとしたらアンジェが本を読みに着いてきた。
さほど広くないベッドで2人して寝転びながら図書館で借りた本を読む。時折ページの上にふわふわした尻尾が降りてくるが、可愛いから何も言わない。
病院にいた時、仲良くなった小さな女の子を思い出した。暇だと言って時々俺の病室に来ては無遠慮に本や映画を見にくる。暇なのはお互い様でつい時間も忘れ2人して眠気が来るまで寄り添って過ごしていた。あの子はどうしてるだろうか、思い出すと置いていってしまった気持ちがぶり返してしまい、申し訳なさが込み上がる。
「タカラ?」
「ん?なに?」
「どうしたの?」
「……いや、ぼうとしてた。どうかした?」
「…ん、この本、制御について書いてあったからあげる。」
アンジェは感情に敏感な気がする。それでも俺が何も話さないことに追求はせず、見守ってくれた。寄り添ってくれるその姿勢に甘えつつ、手渡された本を受け取った。
「魔力制御か……」
さっきアンジェが飲み物を取りに行った隙に、ウノーさんが耳打ちしてくれたことを思い出す。
「タカラは魔力成長がある。もしかしたら今回の件が起こりやすいのかもしれない。それも踏まえて勉強しておく様に。」
魔力が成長する分、器となる身体、そして扱う技術を磨かなければならない。力ばかり溢れても仕方がない、早く足掛かりになるものを得ねば、また迷惑をかけるだろう。
本を捲ると、魔法使いの挿絵が目に映る。本を持ったもの、杖、剣を持った魔法使い。様々なものを手に持つ魔法使いがいて、文章に目を向けた。
「魔力を媒介する道具……媒介魔道具は魔力を調整するのに優れており、大抵の魔法使いは利用している……」
「おお、そうなんだね!調整もしてくれるなら、暴走の制御も助けてくれるんじゃないかな?」
身を乗り出し、覗き込むアンジェと一緒に文字を追う。
「大体は5000gから高いものは土地も買える値段…?!」
「高価なものはやっぱりあるけど、5000gあたりなら何回か依頼こなせば手が届くかも!冒険者駆け出し用のお店もあるし、明日ギルド行くついでに見に行こうよ!」
「うん、そうだね。今日は早めに寝て、明日に備えようか。」
「そうしよう!でもこの本読んでからでも良い?」
「いいよ。もうすこし読もうか。」
アンジェは嬉しそうに笑うとまた寝転んだ。読んでる本を見てみると、魔物の急所と素材について書かれてる本を読んでいた。
気になってページを覗くと喉を切り裂かれてる名前もわからない怪物の挿絵があり、アンジェは熱心に読み込んでいた。思わず自分の喉を押さえ、そっと距離を取る。いや、いいんだ。大事だよね、わかるわかる。いずれ自分も読まなきゃいけないから、今のうちに慣れたほうがいい。引かない寒気を誤魔化す為、手にした本に再度目を向けた。
微睡に支配される中、細い意識で隣を見る。気持ちよさそうに寝てるアンジェがそこに居て、部屋に戻らずそのまま落ちたんだなと理解した。起こす気力もなく、隣にある温かさに負けて俺は目を閉じた。




