1-14 試験と魔力暴走
三日間、アンジェと一緒に特訓をした。最初こそ怖かった魔物との実戦も、アンジェと俺の付与魔法があれば怖くなくなった。勿論戦う魔物はどれも彼女が退治したことあるものに限っていた為、効率よく森で経験を稼いだ。付与魔法のタイミング、攻撃魔法、簡単なものを中心に取り組んでいき、そして基本的な体術をも教わった。相手を素手で殴り倒せる術はないものの、攻撃の受け流しや避け方、拘束時の脱出などどれもいつか役に立つものばかり。自分にも強化魔法を掛ければわりと動ける事に気づいたので、今後は上手く活用できそうだ。
やれることはやった。後は本番でいかに活かせるかどうかだ。
天気は良好、空も澄んでいる。朝の日差しはそこまで暑くないはずなのに、緊張のせいで額に汗が滲む。
三日間世話になった森の近く、恐らくギルドが整えた土地で訓練場があり、小さな小屋が隣接していた。その側でアンジェと最後の打ち合わせをする。
「じゃあ、作戦通りに」
「おっけー!頑張ろうね!」
最後に気合を入れて、アンジェと拳を合わせる。ふんわりしてる拳が気持ち良くて触り続けたいところだけど、これからこの拳は使って貰うから楽しむのはまた後にしよう。
「タカラ、アンジェ」
「あ!ウノーさん」
「おはようございます、ウノーさん」
「あぁ、おはよう。」
ウノーさんと挨拶を交わすと背後から細身の男性が現れた。黒髪の短髪で凛々しい目つきをしていた。
「こいつは試験官のクォーツだ。今日のお前らの相手になる。」
「よろしく頼むよ。」
クォーツと呼ばれた男性は右手を差し出す。アンジェと俺はそれに応えて、数歩距離を取った。
「さて、始めようか。制限時間は10分。クォーツの攻撃を耐えたら合格。逆に戦闘不能になれば不合格だ。」
「「はい!」」
「僕の攻撃に耐えて見せてね。」
クォーツは腰にぶら下げてた短剣を抜き取る。姿勢を低く、短剣を前に翳す。透き通ったグレーの瞳が二人の姿を写し、次の行動を伺う。ウノーは片手を掲げた。それを合図にアンジェはタカラの前へ出て前方を睨む。
「では……始め!」
宣言と同時にアンジェとクォーツは力強く飛び出す。蹴り上げた地面には両者の足跡が砂埃を生み出して視界が霞む。タカラはアンジェへ向けて手のひらをかざし、いくつかの詠唱をつぶやく。
タカラが詠唱を始めた瞬間に、ウノーとクォーツは空気の流れが歪んだことを感じた。青空は高く澄んでいるはずなのに視界は赤黒く変色したような不気味な空気だった。
二人はその空気に見覚えがあった。
(まずいな、この空気はあれの前触れだ)
「クォーツ」
小さな声でウノーがつぶやくと、クォーツは唇を噛み締め頷いた。
そんな二人の様子を気づく事なく、アンジェは付与魔法が施された拳を振り上げる。空気を切る音にクォーツは気付き、短剣を盾のように掲げた。
「ウォール!!」
金属がぶつかるキレの良い音が辺りを響く中、タカラはぶつかり合った二人の様子を見つめる。クォーツは短剣を媒介に魔法を繰り出していた。短剣は青白い光の鱗を放っており、それがアンジェの大きな拳を遮っていた。
(止められたか…それなら筋力増加の付与を強化すれば、あれは割れてくれるかな…?)
作戦の一つとして、魔力が許す限りアンジェを強化することにした。万が一自分にターゲットが、浮いた場合には回避を優先にしアンジェにフォローをしてもらう。ただ狙いが俺に向く暇を与えないように、攻撃を仕掛けてもらう。
特訓したとはいえ、戦闘はまだ慣れない。対人となると益々自信はないから基本的な立ち回りはサポート役とさせてもらった。
ぶつかり合う二人を見つめながら再度詠唱をする。指先はまた、特訓中に浮かび上がった光のひび割れが出来たが、気にしていられない。スピードと筋力を強化させ、攻めの姿勢を崩さないように魔力を相棒へ注ぎ込む。短剣の作り出した壁を蹴り上げ、ガラスが割れるような音がした。空を回転し、羽のような軽やかさで着地したアンジェは、上半身を屈めて四肢を地面に構える。身体を震わせると手足はあの可愛らしいもふもふした姿から形を変え、立派な獣と四肢となり、ぎらりとした爪はしっかりと土に跡を残す。
強化されたことによって、獣人としての能力が向上している。本来なら自身で変態させるには数十秒掛かるところをたった数秒で成し遂げた。
「うーん、獣人は力強いから苦手なんだよな……」
付与の間隔が短いことにクォーツは気づいていた。息を潜めて見ているウノーもどうすべきか考えているようだ。だが二人はもう、一つの手段しか思い付いていない。むしろ、それしか方法は無いように思えたのだ。
勢いのあるアンジェの猛攻にクォーツは押され気味だった。それでも素人ならではの隙の多さを見抜き、大きく振りかぶった腕の下、脇腹目掛けて蹴りを入れた。
強化された身体を以てしても、アンジェの呼吸を一瞬止めるのに充分な一撃だった。
よろめいた獣人の隙間をついて、タカラへ向かうクォーツ。短剣を構えて突進するその姿に気後れするが急いで自身に付与をかける。右腕の短剣が弧を描いて胸元を切り裂こうとした。素早さを上昇させた身体は瞬時に反応して後ろへと後ずさる。
「アンジェ!」
「ごめん、タカラ!」
クォーツに背を向きアンジェの元へと駆け寄る。差し出された手を掴もうと腕を伸ばした。
「こらこら、敵に背中を向けてはならないよ。」
背後にいたクォーツはくるりと身体を反しタカラの背中に向けて短剣を投げ放つ。伸びた腕をアンジェは掴み、いとも簡単にタカラの身体は宙を浮いた。放たれた短剣は鉤爪によって勢い良く払われた。無惨に叩きつけられた短剣は、淡い光を帯びながら、糸を引くように持ち主へと戻る。
「そろそろ10分だ」
ウノーが呟くと、クォーツは再びアンジェとタカラへ向かって走り出す。
「(畳み掛けるか、時間がない……取り敢えず最大まで付与をして一撃重いのを……)」
クォーツはタカラへターゲットを絞り、付与の効果を遮断しようと短剣を振り上げる。だがアンジェがそれを許すはずもなくタカラの顔を獣の腕が掠めた。
すぐ顔の横でガキっと大きなぶつかり合う音がした。驚く暇もなく、タカラは2人の間から転がるように地面へ飛び出す。
アンジェの大きな手がクォーツの短剣を押さえ込んでいた。今がチャンス、時間も無い。
手を前にかざし意識を集中させる。ピリピリと焼けるような、感覚が指先へと走る。
「フレイム!!」
カッと光が視界を埋め、渦を巻いた炎の塊が出現した。その塊は周囲の空気を巻き込み、勢い良くクォーツ目掛けて突っ込んで行く。アンジェは自身の脚力を使い、瞬時に飛び下がる。
クォーツとウノーの顔に焦りが浮かぶ。それは打ち出された攻撃に対してに焦りではなかった。先程から発生している空気の歪みが色濃くなったのだ。起きてほしくなかった事態が、想像した通り起きたのだ。事前には避けられない、魔法使いが誰も通る道とわかっていてもそこには命の危険を伴う。ましてや魔力量が桁違いにあるその少年が今後どうなるかも分かったものじゃない。
「やっぱりか。」
クォーツは避ける素振りもなく、勢いがあるとはいえ避けられる余地のある攻撃だった。入門試験に挑む新人の力量なんて教官の立場からしたら高が知れる。それでも魔力量や立ち回り、体力、運動神経など測る必要があるのでこの試験は誰においても欠かせないものだ。攻撃を一身に受ける直前、クォーツは短剣を前へかざす。光が身体を包み、鱗模様を浮かばせた。炎の渦は数秒だけ止まり、その後は熱気と焦げた地面、それと無傷のクォーツだけを残して消えていった。
「終わりの時間だ!2人とも良くやった。」
無傷のクォーツに2人は驚きと動揺が隠せないが、合格の合図をウノーから聞くと、安堵が広がった。盛り上がった肉体がすっかり元通りになったアンジェは笑顔でタカラに駆け寄ると、その表情にぴたりと身体を止めた。
「タ、タカラ!」
タカラは顔を歪ませ、小刻みに震えていた。甲高い声に反応してアンジェを見遣るも、アンジェもまた畏怖の表情を描き、タカラの手首を掴む。
「この、この手はどうしたの!?」
「熱くて、痛い……なんで、」
指先から手のひらにかけて、赤い光のひび割れが広がっていた。焦げているような、焼けているようなそんな様子に2人は戸惑いを隠せない。
ちかちかと目の前が点滅し、海の底へ潜るような身体への圧力。呼吸がくるしいきがする。もがくような思いで荒い呼吸を繰り返すタカラに、アンジェはどうしたら良いか分からず、どこかに怪我でもあるのかと身体をまさぐった。クォーツは倒れかけたタカラの身体を受け止め、顎を上へと掴んだ。口を指で無理矢理こじ開け、その不快感にさらにタカラは眉間に深く皺を作る。小さな瓶に入った青色の液体を口内へ流し込み、漏れないよう強引に口を塞いだ。息苦しそうに身を捩らせたが、鉛の入った身体では抵抗も満足にできず、すぐに目の前がぼやけて、泣きそうな少女と女性が深刻な様子で自分を見つめていた。最後の記憶はそこで終わり、強い眠気だけが頭と身体を支配し、タカラは力無くクォーツの腕の中で意識を落とした。
辺りは朝のような静けさと爽やかな風へと戻っていた。試験の高揚感に囚われていたアンジェも、その変化に気づく。空気の重みが違う。魔力が弱い自分が気づけたのはそれくらいで、鈍いその能力は違和感だけを感じさせてくれた。
「アンジェ、あとで説明するから、タカラを宿屋まで連れて行くぞ。」
はっと我に帰ったアンジェは、すでに背中を向けて歩き出した2人の背中を急足で追いかけていった。
クォーツの腕の中でだらりと力無く溢れているタカラの腕を掴み、その温かさに少しだけ胸を撫で下ろした。




