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アンブロシアの種  作者: でれ
第1章
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14/21

1-13 基本と作戦

 森へ入り、しばらく進むと開けた場所へと辿り着いた。深い緑が周辺を生い茂り、聞いた事もない鳴き声があちらこちらへ聞こえる。

 アンジェと向かい合わせの状態で詠唱魔法の本を捲り、目星をつけていたページに目を通し、片手に魔力を意識させていつでも付与できる様に身体を構えた。


「じゃあ、作戦なんだけど」

「あい!」

「アンジェには前線で攻撃を仕掛けてもらう。俺は後ろで強化と防御を付与する。でも俺があまり動けないのはきっとすぐバレるから、アンジェにはある程度時間稼ぎつつ、何か強めの攻撃魔法を仕掛けようと思う。」

「わかった。とりあえず引きつける様にするよ。でも強めの攻撃魔法って何するの?」

「んーそうだな……」


 両手を突き上げて目を瞑る。魔力の流れを手に集中させて穏やかな微風を思い浮かび、そこへ周辺にあるであろう湿気を吸い込む。

 湧き上がる魔力が辺りの風と湿気を徐々に吸い込み、アンジェは目を薄くした。タカラの両手には風によって竜巻状に形状を変えた水の塊が浮かんでいて、水流を作り力強く唸っていた。


「ガストウェーブ!!」


 目を開き、数メートル離れた木に向かって両手を投げ打つ。水流の塊は勢いをつけて手が差す方向へ突き進んだ。水が風を切る音がして、その風に煽られたアンジェの尻尾が踊る。

 バキィッと大きな音が周りに響き、葉と木片が細かく宙を舞った。真っ二つに折れた可哀想な木はなんの罪もなくただ形を変えて地面へと叩き付けられた。


「わぁ!すごい!威力高い!」


 無邪気にはしゃぐアンジェの横でタカラは目を丸くした。正直ここまで威力が出るとは思わなかった。軽い眩暈がして、指先がチリチリと焦げるような熱い感覚がする。少し震える指先を見ると、地割れのようなヒビ割れが細かいオレンジ色に光り、徐々に消えていく。恐らく魔力をまだ上手くコントロールできていないせいだろうか。アンジェに呼ばれる頃にはヒビ割れが消え、いつもの手に戻る。


「これ結構すごいけど、だいぶ魔力使ったんじゃない?」

「うーん、そうみたい。少し眩暈する」

「じゃあ連発は無理だね。じゃあ、タカラが私に付与魔法をかけて、その後私が試験官を引きつけ、疲れさせたところでこの技を打ってもらうって言うのはどう?シンプルすぎるかな。」

「いや、俺もそれが良いと思うけど、アンジェがどれくらい動けるかわからないからなぁ。」

「そっかそっか。私の腕前が見たいんだね?!」


 好戦的な笑みを浮かべて、ニッカリと歯を見せたアンジェは、辺りを見渡す。予想もしていなかったその表情にぞくりと背筋が冷えた。獣人と言われてるだけあって笑顔から漏れた歯は鋭く、昼下がりの光が反射して、その性格には似合わない獣特有の獰猛さが一瞬垣間見られた。怒らせないようにしよう、静かにそう誓って、タカラは意気揚々と深い緑へ進む獣人の後を追った。


「アンジェ、どこまでいくの?」

「んー、低級の魔物いないかなぁって」

「え!?戦うの!?」

「そりゃぁ!パーティー組むならお互いの戦闘方法は把握しないと!タカラは魔法メインだし、私の動いてるところ見て付与魔法かけてみてよ!」

「え、あ、まぁ…これから冒険者になるもんね…修行しないと……」

「そーそー!早くS級になろうね!」

「志が高くて着いていけるかな……」


 S級はもはや英雄レベルじゃん……楽しく冒険したかっただけなのに相棒が英雄を目指してる。どうしよう、価値観の違い、目指す場所のすれ違いで解散になっちゃわないか心配になってきた。

 アンジェの後ろで唸っていると、彼女は急に立ち止まり、周りの匂いを嗅ぎ始める。小刻みに動く鼻が可愛くて思わず口から出てしまいそうになったが、鋭い目付きを見て唾を飲み込む。


「近くに魔物がいそう…匂いを追いかけるよ。」

「う、うん!」


 腰辺りまで生い茂る草を掻き分けゆっくりと匂いのする方向へ進む。やがて草の位置が低くなり、周りの風景は土と石が無造作に広がる地形へ変えた。


 すると目の前には黒い塊が蠢いているのが見えた。自分の身長くらい大きな塊。それは雨水が溜まった窪みを啜っており、さながら野生動物の行動だが、禍々しい空気を纏っていた。思わず後ずさると、足音に反応して巨体はこちらを振り返る。黒い眼はタカラたちを見据え、喉から低い唸り声を上げる。隆々とした毛むくじゃらの身体からは黒い塵を辺りに散らす。


「よし、ブラックベアだ。前にも戦ったことある」

「え!そうなの!なんで?!」

「首都に向かう途中、金策として軽く魔物狩りしてたの。素材売れるから。」

「まぁ…すごい頼もしい子ね…」


 こんな幼なげで可愛らしい猫ちゃんなのにやはり獣人だった。左右に揺れる縞模様の尻尾は今にも相手に飛びかかりそうな程機嫌良さそうにしている。

 ブラックベアと呼ばれたそれは、こちらに向かって大きな咆哮をした。四肢が地面を蹴り上げ、一直線に向かってくる。アンジェは姿勢を低くし、同様に四肢を俊敏に動かした。弾丸の速さで飛び出た体に向かって、慌てて手をかざす。


「超硬化!素早さ上昇!」


 自身の手から光が飛び出し、真っ直ぐ突き進んだ小さな身体を包み込んだ。光は身体に染み込むように馴染んで行き、アンジェは流れてくる魔力を素直に受け入れた。軽やかに俊敏に動く脚が、目の前に突き進もうとしているブラックベアの顔を目掛けて渾身に力を込めて右足を叩き込んだ。突然の衝撃に魔物は怯み、額から血を滲ませる。抗えない視界の揺れが魔物に隙を与え、アンジェは休む間も無く宙をひらり回転して再度地面を蹴り上げた。今度は両手を広げて小さな唸り声を上げる。迫り来る気配を察した魔物はすぐさま後ずさりをして振り翳された両手を回避、アンジェは空を切ったことに舌打ちを漏らし、いつの間にか現れた鋭利な爪が緩んだ土に大きな傷跡を作った。タカラは急に豹変した無邪気な少女が狩人になったことに動揺を隠せず、ぎゅっと口を噤む。


 爪と同様に彼女の口元も変わっていた。小さくてニコニコ笑っていた口からは獰猛を具現化したような尖った歯が覗き、目付きも爪に負けないくらいの鋭さを持ち合わせている。体格差で言うならこちらが圧倒的に不利なのに、魔物はその小柄な少女に怯えているように見える。その様子を眺めているだけで、あぁこっちが優勢なんだなと理解した。そもそも意気揚々と魔物を探し始めた時点でアンジェには自信があったのだ。


「アンジェ、俺いなくても試験受かるんじゃない?」

「なぁに!?」

「いやなんでもないです続けてください。」


 名前を呼ばれた獣少女は耳をパタパタさせてこちらを見たが、手を振ると視線をブラックベアへ戻した。

 渾身の蹴りが脳天に叩き込まれたんだ、軽傷ではないはず。俺ならミンチになっているよ。やはり魔物だけあって、打撃は与えてもそれだけではこと足りない。怒りの咆哮を合図にブラックベアは身体を震わせ、その太い両腕を振り回しながら突進する。大きい身体に強烈な腕力だが、ブラックベアの動きは至って単調で読みやすい。俊敏なアンジェなら特に心配することもないかと少し安心した。

 アンジェは振り回されたその腕を軽々と避けて見せた。魔物に理性があるかは謎だが、興奮状態の魔物はなんの計算もない動きでただただ腕を振り回す。

四つん這いになって魔物の様子を下から窺っているアンジェにブラックベアは覆い被さる形で襲ってきた。アンジェはそれを受け入れるように魔物の腹目掛けて両手を構える。不利に見えたその様子に、火球を出そうと手を構えたが、不敵に笑う表情が見え静かに腕を下ろした。


「オラァ!!!」

「ヒェッ……」


 想像もしたことないような声が聞こえて、その後は低い獣の鳴き声、そして生々しくも何かが裂ける音がした。血生臭い香りが鼻を刺激し、いつぶりかの吐き気が込み上げる。切り裂かれる瞬間、思わず目を瞑ってしまったため、次に目を開けた時には力なく突っ伏しているブラックベアと、いつの間にか二足歩行に戻ってるアンジェが立っていた。鼻をつまみ、恐る恐る近づく、アンジェは達成感に溢れた笑顔で振り向き、自慢気にブラックベアの腕を持ち上げた。


「どーよ!私にかかればこんなもんよ!」

「本当にすごいよ!早くて力も強かった。何より戦い方が慣れていて支援する暇もないよ。」

「えへへー。でもタカラが強化してくれたからいつもより早く倒せたし、傷一つすら受けてないよ!前ブラックベア相手した時は爪の切り傷と打撲もあったし。やっぱ魔法かかると違うんだねぇ。付与魔法初めて受けたけど、じんわりくすぐったいような感覚がしてさ。そのあと急に身体が軽くて、相手の攻撃も痛くなかったよ。」

「元のアンジェの力あってこそだよ。俺なんて動けないし……試験も1人で行っても受かるんじゃない?」

「もうー!そう言わないでよ!ていうかタカラも聞いたでしょ?冒険者になったら基本パーティー組むし、立ち回りや役目も求められるんだから!全く動けないのも困るけど、それは一緒に訓練しようね!」


 立派な冒険者の素質がありそうなアンジェの様子を見て自信を失いかけたけど、彼女は俺の両手を取り明るく笑いかけてくれた。

 あの戦いを何一つ彷彿させないその笑顔に複雑な感情が芽生えたが、慰めというより元気付けてくれるその様子が何より嬉しかった。確かにアンジェは身体能力に優れているが、俺がもっと魔法を覚えればさらに上を目指せる。


「うん!俺も特訓するよ!せめて相手の攻撃避けられるくらいには…」

「目標低ぅ……」

「と、とりあえず最初はね!それで、この倒したブラックベアはどうするの?」

「それはね、解体して売り飛ばすよ!」

「え」

 懐から取り出されたナイフ、止める間もなく、なんの躊躇いもなく刺されていく魔物。見慣れない光景にまた口元を押さえる。

「タカラ…冒険者になると魔物の解体も必要になってくるよ?!そんなに怯えてたら話にならないよ!?」

「うぅ……慣れるよう頑張るぅ…」

 呆れた様子で素早くバラバラにされる魔物を両手の隙間から覗く。攻撃が避けれる特訓より、何か良い解体の魔法が無いか探すべきか。

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