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アンブロシアの種  作者: でれ
第1章
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10/18

1-9話 別れと旅路

 名残惜しくも、慣れ親しんだ初めての居場所とお別れする時が来た。

 小さなカバン一つでいつでも旅立てる身がるさに苦笑いが出てしまったが、譲り受けた着替えに、水筒、村のお手伝いでも貰ったこの世界のお金。

 そして小さな案内人と一緒に作った簡単な首都周辺の地図。どれもきっと、そんなに価値のないものだろうけど自分にとって一番大事なもの。

 広場へ向かう前、ノアの両親が涙を浮かべ玄関で待っていてくれた。泣くつもり無いのに、とノアのお母さんは力強く抱きしめてくれた。

 お父さんはしっかりやれよとだけ言って笑顔で背中を優しく叩いてくれた。両親の温もりを知らない自分はむず痒さを感じたが、不思議と心地よい温度感だった。二人に手を振って歩き出そうとするが、一番大事な人が居ない事に戸惑ってしまい、歩く速度が落ちてしまう。

 ウノーさん達を待たせているのに、ノアとちゃんとお別れができないなんて良い旅立ちができない。もやもやした気持ちを胸に抱えたまま歩いていると、目の前に会いたかった人物が現れた。


「ノア!」

「おはよう。タカラくん」

「どこ行ってたんだよ、居なかったからびっくりしたよ。」

「両親と一緒にお別れは言えないからね。僕はもうすぐこの世界から居なくなるんだ。」

「え?どう言うこと……」


 ノアはタカラへ近づくと、大きさの違う手を握る。初めての行動にタカラは驚くも、黙ってノアを見下ろした。


「僕の役目は終1章9話別れと旅路わったんだ。出会った頃に言っただろ?案内人だって。」

「そ、それは解っていたけど消えるなんて!」


 役目が終わったノアは、少年の身体から抜けて神の元へ戻る。残された身体は元の持ち主、村人のノアへと返される。ずっと一緒に居られるとは思っていないけど今まで一緒に居てくれたノアが消えるなんて想像もしていなかった。

 人との別れなんて慣れていたはずなのに、何故だかノアだけは居なくならない、会いに行けば会えると安易に考えていた。小さな手を握り締めると弱い力が返ってくる。


「また会える?」

「どうだろう、きっと無理かもしれない」

「そっかぁ…」


 お互い目を合わせて小さく笑う。いつも感情が読めないノアの表情に少しばかりの悲しみを感じる。溢れ出そうな熱い何かを深呼吸と一緒に飲み込んで、精一杯誤魔化すように明るく笑った。


「きっと無理なんて言わないで!神の気紛れがあればチャンスもあるかも知れないでしょう?」

「うん、そうかも」

「だからさ、今はさよならして、俺はまたノアに会えるって信じてるよ」

「タカラくん」

「今までありがとうノア。俺のためにたくさん教えてくれて。俺のために生まれてきてくれて。また会おうね。」


 大袈裟に笑ったタカラに対してノアはぼうっとその笑顔を見つめた。この子は本当に優しくて純粋だ。だけど同時に感情を隠すのは下手だ。短い間彼の成長を最後まで身届けられなかったのは本当に残念な気がした。それでも新しい一歩を踏み出そうとしている青年に自身の悲しみを伝える気も起きず、青年同様に笑顔を作る。

「またねタカラくん。君の新しい人生は楽しくて幸せなものでありますように。」

 ノアはそういうと目を瞑り息を吐いた。するりと微風がタカラの頬を撫でて、涙を乾かした。

 握られた手と顔を見つめていると、大きな目が開かれ、緑色をした視線がタカラを不思議そうに見上げた。


「うん…?お兄ちゃん、だぁれ?」

「……ただの旅人だよ。道案内してくれてありがとう。」

「道案内?僕が?」

「そう、ノアが」

「そっか?じゃあ僕行くね!気をつけてねー」


 少年は手を振って、遠くへと駆けていく。絶対会えないなんてわからないじゃないか。ノアとはきっとどこかで会えるはず。

 悲しむのに時間は勿体無い。せっかく彼が知恵と勇気をくれたんだ。俺は前を向いて、今度は立派な冒険者になって再会しよう。



 眩しい太陽の光が石畳を照り返す。朝の爽やかな空気が身体を包み心地よい。別れは悲しいが、その後には必ず新しい出会いがある。辛いことばかりに気を取られては行けない。歪みそうになる顔を両手で叩き、気合を入れ直した。石畳を少し歩くと、馬車が一つ見えた。深いブラウンの毛並みをした馬が二頭荷台に繋がれ、大きな男、ドステの手から美味しそうにりんごを齧っていた。馬車の後ろに荷物を軽々と乗せている女性に声をかけると、気づいて手を振ってくれた。


「タカラ!おはよう。準備は良いか?」

「ウノーさんおはようございます。バッチリです!」

「おー元気があって良いこった。首都まで少し掛かるからな!元気は取っておけよ。」

「ドステさんも、おはようございます!」

「うーん…なんか堅苦しいんだよなお前は……」


 二人は顔を見合わせて苦笑いを溢す。心当たりのないタカラはなんのことか分からず、とりあえずヘラッと緩く笑う。


「タカラ、組合に入れば我々は先輩になるが上司であるわけではない。畏まる必要はないんだ。」

「普通で良いんだ、仲間だと思って接してくれよ。」

「そ、そうかな?慣れなくて……」

「徐々にでいいぞ。無理する必要はない。」

 

 和やかな雰囲気で三人は談笑しながら荷台の荷物を片付けていく。落ちないように最後の紐を結ぶと、ドステは馬の手綱を握り、後ろ席にはタカラとウノーは座る。朝ご飯だと言って村で調達してきたサンドウィッチを頬張る。馬車の揺れは想像よりかは落ち着いていて、タカラは鞄に閉まっていた水筒を取り出す。ノアのお母さんが入れてくれた温かいお茶を飲むと、ウノーに手渡す。ウノーは礼を言うとお茶を二口ほど飲み、タカラへと返した。

 首都についてギルドについてウノーとドステは簡単にタカラへ説明した。正直何を話しても目を輝かせて前のめりで聞いてくるその子犬のような様子に、二人はむず痒い優しい感情が芽生える。荒くれ者だらけで曲者が多い冒険者にこんな可愛い子が馴染めるのかと不安に思いつつも、まだ測り切れていないその魔力にもしかしたら逸材かもしれないと勘が教えてくれる。

 久しぶりに楽しい仕事だなとドステは笑いながら二人の話し声に耳を傾けていると、人間のものではない声がした。

 二人も気づいたのか、話と切り上げると目の前に狼の魔物が現れた。


「魔物2体か…ウノー行けるか?」

「その程度なら問題ないな。」

 

 ウノーは馬車から飛びりると剣を取り出した。そして少し思案してタカラに目配せをする。勘を働かせたタカラは同じように降りると手を前へかざす。


「よし。タカラ、今回も頼んでいいかな」

「はい!いや、う、うん!やってみるよ」

 

 ウノーが片足を一歩後ろへと下げる。姿勢を低くし体勢を整える。

 タカラは覚えている付与魔法を手に込め、思いつく限り目の前の戦士へ掛けていく。

 筋力増加、素早さ上昇、剛刃、超硬化。前回よりも落ち着いて、そして集中して魔力が込められた。

 魔力を感じ取ったウノーは不敵に笑うと、地面を踏み締め前方へ飛び出す。魔物は襲い掛かる隙も無くくるりと回転した戦士の剣を首に受けた。

 たった数秒のうちに二体の魔物の首が宙を舞い、鈍い音と共に地面へ叩き落とされる。ヘルハウンドと違い、生々しい獣の死体が転がっているとタカラは火球を二体へ撃ち込む。焦げた匂いが上り、炎の高い温度によって獣の死体は焦げて小さく消えていく。短い間に魔物をやっつけたウノーの実力を再度目の当たりにして、今度は恐怖のない純粋な憧れを彼女に向けた。


「すごいよウノーさん!早いよ!」

「なに、これもタカラのおかげだ」

 

 ウノーは気づいた事があった。それはタカラの付与魔法について、精度が上がっていること。魔力量も大幅に増えていた。流れ混んできた魔力の量が先日と違いすぎるのだ。この短期間にこれほどの魔力成長があるなんてかなり珍しく、一般的には魔力量は生まれつき一定量にしか成長しない。成長し切ったらもうそれ以上は望めないのが常識である。未経験故に今更成長を始めたのならこの成長量は有り得るものなのか。いや、それは違う。あまりにも幅が大きすぎる。

 スキル鑑定も魔力測量もしていないからなんとも言えないが、自分達はとんでもない拾い物をしたのだろうか。

 なんとも言えない違和感を拭えないウノーははしゃいでドステに語りかけているタカラを見つめたが、疑問だけが胸に残った。

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