5.美味しい朝食
体がフワフワする。なんだろう、これ……やわらかい。
やわらかさに目を開けると、私はフワフワの布団に包まれていた。それで、ようやく気が付いた。私、昨日から箱庭に来ていたということを。
ゴロンと寝返りを打つと、やわらかいマットが身体を受け止めてくれる。どこも痛くない、どこも埃っぽくない。素敵なベッドの上だ。
「ふふっ」
こんなに気持ちいいベッドで寝られて、凄く幸せだ。こういう幸せがいい。今日も明日もその次も、この幸せに包まれていたい。
「リマ、起きた?」
扉が開くとエルリカの声が聞こえた。
「あっ、エルリカ。おはよう」
「うん、おはよう。よく眠れた?」
「とてもぐっすりだったよ。こんなに気持ちのいい目覚めは初めて」
「そう、それは良かった。さぁ、朝になったら食事を取らなきゃ。キッチンルームに案内するよ」
キッチンルームなんていうのがあるんだ! まだ、この家のことは分からないけれど、色んな部屋があって凄い。
ベッドから出ると、エルリカに連れられて寝室を出る。階段を下りて、扉の前に来る。その扉が開かれると、そこは初めて見るキッチンルームだった。
「ようこそ、箱庭自慢のキッチンルームへ」
広い部屋に色んな物がある。棚、テーブル、椅子はもちろん。大きな箱や食器棚もある。見慣れない器具とかも沢山あって、見ているだけで楽しい。
「ここで調理して、食べるんだよ。さぁ、朝食を作ろう」
「えっ、でも……作ったことないよ」
「大丈夫。ずっとケンジに付き合っていた私が全部知っている。いう通りにすれば出来るよ。まずは普通を知ることから、だよ」
初めてでも大丈夫かな? 不安に思っていると、エルリカは大きな箱の前に来た。
「この箱には食材が詰まっている。それだけじゃない。容量無限、時間停止、冷蔵冷凍機能付きのケンジが作った特別な魔道具さ」
「うぅ、良く分からない……」
「はははっ、そうかもね。その内、この機能の良さが分かってくるよ。さて、材料を取り出そう」
大きな箱が開くと、中から材料が浮かんで出てきた。
「ベーコン、卵。レタス、トマト、玉ねぎ、キュウリ、ハムっと。いつものケンジの材料だけど、いい?」
「う、うん。どうしたらいいか分からないから、それでいい」
浮かんできた材料が調理台へと向かっていく。すると、別の場所から踏み台が浮かんできた。
「さぁ、踏み台に乗って。調理をしよう」
エルリカが調理台に上り、私も踏み台に上る。
「色々と調理器具が並んでいるけれど、今必要なのはこれ。まな板、包丁、スライサーだね。先にサラダを作ろう」
「うん、どうすればいい?」
すると、私の前に玉ねぎが転がってきた。エルリカのいう通りに玉ねぎの頭とお尻を切り、皮を剥く。それからスライサーで薄く玉ねぎを切った。
「じゃあ、玉ねぎを水でさらす。水がここから出てくるよ」
「あっ、シャワーの時と同じ蛇口!」
「そう、これも魔道具なんだ。地下水をくみ上げ、浄水して出てくるヤツ。さぁ、このボウルに入れて」
水って井戸から汲むものって思っていたけれど、そうじゃないらしい。私は言う通りにボウルに水を入れ、玉ねぎをさらした。
それから、キュウリとハムを切り、レタスを千切る。それらを皿に盛り付け、水を切った玉ねぎを乗せれば――。
「これで、完成?」
「最後にドレッシングだよ。どの味がいい? ゴマ、醤油、イタリアン……」
「えっと、分からないからおすすめはある?」
「そっか。初めてだったらイタリアンから入った方がいいよ」
そう言って、エルリカはサラダにドレッシングをかけてくれた。これで、サラダが完成って事だよね?
「じゃあ、棚からフライパンを取って。この油を引いて、火にかける」
「火? ここには竈がないけれど……」
「この魔道具のコンロがあるから大丈夫。スイッチ一つで火が着くよ」
……凄い。ここには高級品の魔道具がたくさんある。言われた通りにフライパンを置き、油を引いて、スイッチを押した。すると、火が出てきた。
「わぁ、凄い!」
「でしょー? じゃあ、ベーコンを置いて、その上に卵を割ってね」
フライパンにベーコンを置き、エルリカに卵の割り方を教えてもらって卵を落とした。すると、良い匂いが漂ってくる。いつもお店の前でしていた匂いと同じだ。
エルリカの合図で火を止め、それを皿に盛る。言われた通りに塩と胡椒をかけると、ベーコンエッグなるものが完成したみたいだ。
その時、ピーッという音が鳴った。
「うん、出来たみたい。昨日、セットしておいて良かったよ」
「何をしていたの?」
「ケンジが作った全自動製パン機で食パンを作っていたんだよ。ほら、あの箱を開けてごらん」
誰も何もしてないのにパンを作っていたの? 不思議に思いしつつも、言われた通りに箱のスイッチを押した。
すると、蓋が開いて中から香ばしいパンが現れた。
「わぁ! もしかして、焼きたてのパン!?」
「うん、そうだよ。凄いよね、材料を入れるだけで、パンが出来るんだから」
魔道具ってそんなに凄いものがあるの!? ……あのおじいさん、本当に凄い人だったんだ。
それからミトンをして、釜を取り上げる。まな板の上に出すと、湯気が出ている食パンが出てきた。この香ばしい匂い……凄く美味しそう。
皿に盛り付け、テーブルに並べる。すると、とても美味しそうな朝食が出来た。
「わぁ、夢みたい! こんなに美味しそうな朝食、初めてだよ!」
「喜んでもらえて良かったよ。これが、普通の朝食だよ。さぁ、食べて」
「うん! いただきます!」
手を合わせて、まずは食パンを手に取る。湯気の立つ食パンを両手で持つ。まだ温かくて、指先にじんわり熱が伝わってきた。
「わぁ……ふわふわ」
そっと左右に引っ張ると、柔らかなパンが簡単に割ける。中から白い湯気がふわりと広がり、小麦の甘い香りが鼻をくすぐった。
そのまま一口かじる。
「――っ!」
思わず目を見開いた。やわらかい。
外は少しだけ香ばしいのに、中は信じられないくらいふわふわだ。噛むたびに甘みが広がって、口の中が幸せでいっぱいになる。
「お、美味しい……!」
「焼きたてだからね。やっぱり出来立てが一番だよ」
こんなパン、初めて食べた。いつも見ていたパンはもっと固くて、冷たくて、パサパサだったのに。これは全然違う。まるで別の食べ物みたいだ。
「パンって、こんなに美味しかったんだ……」
感動しながらもう一口食べる。すると、エルリカが嬉しそうにしっぽを揺らした。
「じゃあ、次はベーコンエッグを食べてみようか。ナイフとフォークは分かる?」
「う、ううん……」
「大丈夫。教えるよ」
エルリカが不思議な力でフォークを浮かせ、ナイフでベーコンを切ってみせる。
「こうやって押さえて、切るんだよ」
「こ、こう?」
見よう見まねでやってみる。最初は少しぎこちなかったけれど、なんとかベーコンを切ることが出来た。
「上手上手!」
「えへへ……」
少し嬉しくなりながら、切ったベーコンエッグを口に運ぶ。
その瞬間――。
「っ!?」
体がびくっと震えた。なに、これ。
噛んだ瞬間、じゅわっと濃い味が口いっぱいに広がった。ベーコンの塩気と脂の旨味、それに卵のまろやかさが混ざり合って、とんでもなく美味しい。
「お、美味しいぃ……!」
思わず頬を押さえる。こんな味、知らない。
今まで食べてきた物と全然違う。ただお腹を満たすだけじゃない。食べるだけで幸せになる味だった。
「ふふっ、気に入ったみたいだね」
「うんっ! 凄いよこれ! お店の前でしてた匂いの正体ってこれだったんだ……!」
夢中になって食べ進める。ベーコンを噛むたびに旨味が溢れて、卵はふわっと優しい。
幸せって、こういうことなんだ。それから、今度はサラダに手を伸ばした。
「野菜って苦いんじゃないの?」
「まぁ、食べてみて」
フォークでレタスを刺し、恐る恐る口に入れる。シャキッ。
「わっ!?」
驚いて目を丸くした。みずみずしい。
噛むたびに水分が溢れて、シャキシャキとした食感が楽しい。玉ねぎは少し辛いけれど、ドレッシングの酸っぱさとよく合っていて美味しい。
「キュウリも冷たくて気持ちいい……」
「新鮮だからね」
野菜って、こんなに美味しいんだ。今まで食べたことがあるのは、しなびていたり、傷んでいたりするものばかりだった。こんな綺麗で新鮮な野菜なんて初めてだ。
気付けば、夢中で朝食を食べていた。食パンも、ベーコンエッグも、サラダも、全部美味しい。食べるたびに胸がぽかぽかして、自然と笑顔になってしまう。
「こんなに美味しい朝食が普通だなんて……信じられない」
「普通は凄かった?」
普通。その言葉を胸の中で繰り返す。
英雄じゃなくていい。救世主になんてならなくていい。
こんな風に、温かいご飯を食べて、安心出来る場所で眠って、誰かと笑い合える。私は、そんな普通が欲しかった。
「……やっぱり、普通が一番だよ」
そう呟くと、エルリカは優しく笑った。




