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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第一章

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5/12

5.美味しい朝食

 体がフワフワする。なんだろう、これ……やわらかい。


 やわらかさに目を開けると、私はフワフワの布団に包まれていた。それで、ようやく気が付いた。私、昨日から箱庭に来ていたということを。


 ゴロンと寝返りを打つと、やわらかいマットが身体を受け止めてくれる。どこも痛くない、どこも埃っぽくない。素敵なベッドの上だ。


「ふふっ」


 こんなに気持ちいいベッドで寝られて、凄く幸せだ。こういう幸せがいい。今日も明日もその次も、この幸せに包まれていたい。


「リマ、起きた?」


 扉が開くとエルリカの声が聞こえた。


「あっ、エルリカ。おはよう」


「うん、おはよう。よく眠れた?」


「とてもぐっすりだったよ。こんなに気持ちのいい目覚めは初めて」


「そう、それは良かった。さぁ、朝になったら食事を取らなきゃ。キッチンルームに案内するよ」


 キッチンルームなんていうのがあるんだ! まだ、この家のことは分からないけれど、色んな部屋があって凄い。


 ベッドから出ると、エルリカに連れられて寝室を出る。階段を下りて、扉の前に来る。その扉が開かれると、そこは初めて見るキッチンルームだった。


「ようこそ、箱庭自慢のキッチンルームへ」


 広い部屋に色んな物がある。棚、テーブル、椅子はもちろん。大きな箱や食器棚もある。見慣れない器具とかも沢山あって、見ているだけで楽しい。


「ここで調理して、食べるんだよ。さぁ、朝食を作ろう」


「えっ、でも……作ったことないよ」


「大丈夫。ずっとケンジに付き合っていた私が全部知っている。いう通りにすれば出来るよ。まずは普通を知ることから、だよ」


 初めてでも大丈夫かな? 不安に思っていると、エルリカは大きな箱の前に来た。


「この箱には食材が詰まっている。それだけじゃない。容量無限、時間停止、冷蔵冷凍機能付きのケンジが作った特別な魔道具さ」


「うぅ、良く分からない……」


「はははっ、そうかもね。その内、この機能の良さが分かってくるよ。さて、材料を取り出そう」


 大きな箱が開くと、中から材料が浮かんで出てきた。


「ベーコン、卵。レタス、トマト、玉ねぎ、キュウリ、ハムっと。いつものケンジの材料だけど、いい?」


「う、うん。どうしたらいいか分からないから、それでいい」


 浮かんできた材料が調理台へと向かっていく。すると、別の場所から踏み台が浮かんできた。


「さぁ、踏み台に乗って。調理をしよう」


 エルリカが調理台に上り、私も踏み台に上る。


「色々と調理器具が並んでいるけれど、今必要なのはこれ。まな板、包丁、スライサーだね。先にサラダを作ろう」


「うん、どうすればいい?」


 すると、私の前に玉ねぎが転がってきた。エルリカのいう通りに玉ねぎの頭とお尻を切り、皮を剥く。それからスライサーで薄く玉ねぎを切った。


「じゃあ、玉ねぎを水でさらす。水がここから出てくるよ」


「あっ、シャワーの時と同じ蛇口!」


「そう、これも魔道具なんだ。地下水をくみ上げ、浄水して出てくるヤツ。さぁ、このボウルに入れて」


 水って井戸から汲むものって思っていたけれど、そうじゃないらしい。私は言う通りにボウルに水を入れ、玉ねぎをさらした。


 それから、キュウリとハムを切り、レタスを千切る。それらを皿に盛り付け、水を切った玉ねぎを乗せれば――。


「これで、完成?」


「最後にドレッシングだよ。どの味がいい? ゴマ、醤油、イタリアン……」


「えっと、分からないからおすすめはある?」


「そっか。初めてだったらイタリアンから入った方がいいよ」


 そう言って、エルリカはサラダにドレッシングをかけてくれた。これで、サラダが完成って事だよね?


「じゃあ、棚からフライパンを取って。この油を引いて、火にかける」


「火? ここには竈がないけれど……」


「この魔道具のコンロがあるから大丈夫。スイッチ一つで火が着くよ」


 ……凄い。ここには高級品の魔道具がたくさんある。言われた通りにフライパンを置き、油を引いて、スイッチを押した。すると、火が出てきた。


「わぁ、凄い!」


「でしょー? じゃあ、ベーコンを置いて、その上に卵を割ってね」


 フライパンにベーコンを置き、エルリカに卵の割り方を教えてもらって卵を落とした。すると、良い匂いが漂ってくる。いつもお店の前でしていた匂いと同じだ。


 エルリカの合図で火を止め、それを皿に盛る。言われた通りに塩と胡椒をかけると、ベーコンエッグなるものが完成したみたいだ。


 その時、ピーッという音が鳴った。


「うん、出来たみたい。昨日、セットしておいて良かったよ」


「何をしていたの?」


「ケンジが作った全自動製パン機で食パンを作っていたんだよ。ほら、あの箱を開けてごらん」


 誰も何もしてないのにパンを作っていたの? 不思議に思いしつつも、言われた通りに箱のスイッチを押した。


 すると、蓋が開いて中から香ばしいパンが現れた。


「わぁ! もしかして、焼きたてのパン!?」


「うん、そうだよ。凄いよね、材料を入れるだけで、パンが出来るんだから」


 魔道具ってそんなに凄いものがあるの!? ……あのおじいさん、本当に凄い人だったんだ。


 それからミトンをして、釜を取り上げる。まな板の上に出すと、湯気が出ている食パンが出てきた。この香ばしい匂い……凄く美味しそう。


 皿に盛り付け、テーブルに並べる。すると、とても美味しそうな朝食が出来た。


「わぁ、夢みたい! こんなに美味しそうな朝食、初めてだよ!」


「喜んでもらえて良かったよ。これが、普通の朝食だよ。さぁ、食べて」


「うん! いただきます!」


 手を合わせて、まずは食パンを手に取る。湯気の立つ食パンを両手で持つ。まだ温かくて、指先にじんわり熱が伝わってきた。


「わぁ……ふわふわ」


 そっと左右に引っ張ると、柔らかなパンが簡単に割ける。中から白い湯気がふわりと広がり、小麦の甘い香りが鼻をくすぐった。


 そのまま一口かじる。


「――っ!」


 思わず目を見開いた。やわらかい。


 外は少しだけ香ばしいのに、中は信じられないくらいふわふわだ。噛むたびに甘みが広がって、口の中が幸せでいっぱいになる。


「お、美味しい……!」


「焼きたてだからね。やっぱり出来立てが一番だよ」


 こんなパン、初めて食べた。いつも見ていたパンはもっと固くて、冷たくて、パサパサだったのに。これは全然違う。まるで別の食べ物みたいだ。


「パンって、こんなに美味しかったんだ……」


 感動しながらもう一口食べる。すると、エルリカが嬉しそうにしっぽを揺らした。


「じゃあ、次はベーコンエッグを食べてみようか。ナイフとフォークは分かる?」


「う、ううん……」


「大丈夫。教えるよ」


 エルリカが不思議な力でフォークを浮かせ、ナイフでベーコンを切ってみせる。


「こうやって押さえて、切るんだよ」


「こ、こう?」


 見よう見まねでやってみる。最初は少しぎこちなかったけれど、なんとかベーコンを切ることが出来た。


「上手上手!」


「えへへ……」


 少し嬉しくなりながら、切ったベーコンエッグを口に運ぶ。


 その瞬間――。


「っ!?」


 体がびくっと震えた。なに、これ。


 噛んだ瞬間、じゅわっと濃い味が口いっぱいに広がった。ベーコンの塩気と脂の旨味、それに卵のまろやかさが混ざり合って、とんでもなく美味しい。


「お、美味しいぃ……!」


 思わず頬を押さえる。こんな味、知らない。


 今まで食べてきた物と全然違う。ただお腹を満たすだけじゃない。食べるだけで幸せになる味だった。


「ふふっ、気に入ったみたいだね」


「うんっ! 凄いよこれ! お店の前でしてた匂いの正体ってこれだったんだ……!」


 夢中になって食べ進める。ベーコンを噛むたびに旨味が溢れて、卵はふわっと優しい。


 幸せって、こういうことなんだ。それから、今度はサラダに手を伸ばした。


「野菜って苦いんじゃないの?」


「まぁ、食べてみて」


 フォークでレタスを刺し、恐る恐る口に入れる。シャキッ。


「わっ!?」


 驚いて目を丸くした。みずみずしい。


 噛むたびに水分が溢れて、シャキシャキとした食感が楽しい。玉ねぎは少し辛いけれど、ドレッシングの酸っぱさとよく合っていて美味しい。


「キュウリも冷たくて気持ちいい……」


「新鮮だからね」


 野菜って、こんなに美味しいんだ。今まで食べたことがあるのは、しなびていたり、傷んでいたりするものばかりだった。こんな綺麗で新鮮な野菜なんて初めてだ。


 気付けば、夢中で朝食を食べていた。食パンも、ベーコンエッグも、サラダも、全部美味しい。食べるたびに胸がぽかぽかして、自然と笑顔になってしまう。


「こんなに美味しい朝食が普通だなんて……信じられない」


「普通は凄かった?」


 普通。その言葉を胸の中で繰り返す。


 英雄じゃなくていい。救世主になんてならなくていい。


 こんな風に、温かいご飯を食べて、安心出来る場所で眠って、誰かと笑い合える。私は、そんな普通が欲しかった。


「……やっぱり、普通が一番だよ」


 そう呟くと、エルリカは優しく笑った。

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