4.箱庭(2)
「リマ! そろそろ上がらないと、のぼせちゃうよ」
「へ? のぼせるって何?」
「いいから、立って!」
ポカポカして気持ち良かったのに、もう出ちゃうの? 名残惜しい気持ちを抑えて、立ち上がる。浴槽から出ても、まだ体はポカポカだ。
「じゃあ、次は体を乾かすよ。私が魔法を使ってもいいけれど、リマに魔法を使ってもらおうか」
「魔法? 私……使えないよ?」
「ケンジから能力を授けられたでしょ? だったら、出来るはずだよ。ほら、目を閉じて意識して」
本当に出来るの? 不安に思いながら、目を閉じて集中する。すると、体の中心から何かを感じた。これ……おじいさんから受け取った何かだ。これが能力ってこと?
「体を乾かすっていうイメージでその力を使うんだよ」
「体を……乾かす……」
「そう、ゆっくりでいい。意識をずっとして、力を解放する」
体を乾かす、体を乾かす……あっ、もしかして、これ?
直感でその力を探り出すと、その力を解放した。すると、私の体から力が飛び出した。それは私の体を包み込み、濡れた髪や体を一瞬にして乾かした。
「凄い! これが、魔法?」
「うむうむ、上手に使えたみたいだね。じゃあ、出ようか」
私、魔法が使えるようになってる! これも、あのおじいさんのお陰? そう思うと、心が温かくなった。
そのまま浴室を出ると、籠には真っ白なシャツがかけられていた。
「ケンジのおさがりだけど、今はこれで我慢して」
「えっ? こんな綺麗な服を私が着てもいいの?」
「もちろん! だって、ここにあるものは全部リマの物になったんだから!」
なんだか、信じられない。本当に使っていいのかな? 私なんかが大丈夫?
そう思っていると、シャツが宙に浮かんで、私の頭にすっぽりとかぶされた。
「ほら、手を通して」
「う、うん……」
言われた通りに手を通す。すると、滑らかな生地がとても心地いい。これって、高級品なんじゃ……。
「じゃあ、次は寝室に案内するよ。もう、夜になったから寝ないといけないからね」
「し、寝室……。入ってもいいの?」
「もちろん! だって、この家全部、リマの物になったんだから!」
まだ、自分の物だっていう実感がない。不安に思いしつつも、脱衣所を出ていった。
エルリカの後を追い、階段を上る。二階に行くと、そこにも廊下が伸びていて、いくつかの扉があった。
その一つの扉の前に立つ。エルリカが不思議な力で扉を開けると、中には大きなベッド、机、ソファー、いくつもの棚が置かれてあった。
「さぁ、リマはここ。ベッドに座って」
「い、いいの?」
「遠慮しないで!」
エルリカのいう通りに恐る恐るベッドに腰かける。すると、ふわりとした感触がして気持ちがいい。
「今日はここで寝るよ」
「えっ……寝てもいいの?」
「もう……ここの物は全部リマの物って言ったでしょ? だから、遠慮しないで」
やっぱり、自分の物になった実感がない。そわそわしていると、エルリカが隣にちょこんと座る。
「リマはこれからどうする?」
「どうするって何?」
「大賢者と言われたケンジの全てを相続したんだよ。力、能力、財産。それがあればなんだって出来る、なんだってやれるんだよ」
まだ、自分が何者かになったかんて実感がない。それでも、少しずつ理解出来ていた。
確かに知らない力があるし、見たことのない物が溢れている。でも、これを使って何かをしようとは思えなかった。
「例えば、そうだなぁ」
エルリカはしっぽを揺らして、楽しそうに話し始めた。
「まず、凄い魔法が使える。ケンジが遺した知識と力があるんだからね。普通の魔法使いが一生かかっても届かないような魔法だって、リマなら使えるようになるよ。まぁ、練習は必要だけどね」
「そ、そんなに……?」
「うん! 大きな魔物を倒したり、国を脅かす怪物を退治したり。そうしたら、一気に有名人だ。英雄って呼ばれるかもしれないね!」
英雄。私は今まで、道端で頭を下げて、お金を恵んでもらっていた子供なのに。そんな私が、英雄?
「それだけじゃないよ」
エルリカはさらに身を乗り出す。
「国に仕えることだって出来る。王様に力を認められて、凄い役職を貰うとかね。お城に住んで、たくさんの人に頭を下げられて、豪華なご飯を毎日食べる生活!」
「お、お城……」
想像も出来ない世界だった。綺麗な服を着て、ふかふかのベッドで眠って、美味しい料理をお腹いっぱい食べる。そんなの、おとぎ話みたいだ。
「あとね、ケンジの知識を使えば、とんでもない道具だって作れる!」
エルリカは棚の方を指差した。
「奇跡のアイテムを作ったり、魔法の道具を作って売れば、それだけで大金持ち! お店を何個も建てたり、大きなお屋敷を買ったり、毎日遊んで暮らすことだって出来るよ!」
「大金持ち……」
「うん! 宝石も、お菓子も、服も、欲しいものを好きなだけ手に入れられる! リマはもう、そういうことが出来る立場なんだよ!」
エルリカの声は弾んでいた。きっと、本当に出来るのだろう。あのおじいさんが遺したものは、それくらい凄いものなんだ。
「リマはね、とんでもない大人物になれるんだよ」
真っ直ぐに見つめられる。
「さぁ、リマは何を選ぶ?」
何を選ぶ。そう聞かれて思い浮かんだのは、温かい食事。椅子に座って、テーブルに向かって、綺麗なお皿に美味しそうな食事が盛られている光景。
「私、凄いことは分からない……。だけど、やりたいことはある。普通の生活をしてみたいの」
「ふ、普通の生活?」
「気持ちのいいベッドで寝て、テーブルで食事を食べて、普通の服を着て、普通の靴を履く。そんな、みんながやっている普通の生活がしたいの」
憧れるのは普通の生活。町の人が暮らしているであろう、そんな生活がしたかった。特別な事なんていい、私には合わないものだから。
「そ、そんなのでいいの? もっと、ほら、あるでしょ。偉くなりたいとか、注目されたいとか」
「うーん……あんまり魅力的じゃないよ。それよりも普通の生活がいい。あと、ちゃんと働きたい。自分の力でお金を稼いで、それで欲しい物を買って……」
「いやいや、ケンジの財産を売れば大金が手に入るよ! 宝石だって、金銀だってあるし……」
「そ、そんなの売れないよ。だって、こんな孤児がそんなものを売ったら大変な事になるでしょ? だから、身の丈にあったものでいい」
うん、孤児がそんなものを売ったら大変だ。だから、孤児には孤児に合ったものがいいと思う。
でも、他にも欲しいものがある。
「あと、えっと……友達も欲しいかな。楽しくおしゃべりしてみたい……」
「ほ、本当にそんなのでいいの? もっと凄いことが出来るんだよ?」
「……うん」
こくりと頷くと、エルリカが大きくため息を吐いた。そして、私の膝の上に乗る。
「だったら、私が初めての友達さ。これからよろしく、リマ」
「友達……うん! よろしく!」
初めての友達が出来た! もふもふでお目めがくりくりしていて可愛い猫の精霊!




