25.初めて助けられた
「この子たちから聞いたよ。君が将来有望な魔法使いだって」
青年はにこやかな笑みを浮かべながら話しかけてきた。どうして私たちみたいな子供同士の話に、年上の冒険者が出てくるんだろう。
思わず警戒していると、青年は困ったように頭をかいた。
「そんなに身構えないでくれ。俺はこの子たちと同じギルドなんだ。困っているって聞いたから放っておけなくてね」
「困っている?」
「ああ。何度誘っても君が仲間になってくれないらしい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな嫌悪感が生まれた。
何度誘っても仲間になってくれない。まるで私が悪いことをしているみたいな言い方だったからだ。
断ることはそんなに悪いことなのだろうか。仲間になるかどうかを決めるのは私のはずなのに。
なのに、その言葉からは「説得すれば分かってくれるはずだ」という考えが透けて見えた。
「私は何度も断っています」
できるだけ冷静に答える。だが青年は気にした様子もなかった。
「それは聞いてるよ。でも、一人で活動するよりパーティーを組んだ方がいいだろう?」
青年は指を一本立てる。
「前衛がいて、後衛がいて、索敵役がいて、回復役がいる。役割分担ができれば効率も安全性も段違いだ」
次に二本目の指を立てる。
「それに仲間がいれば情報も手に入る。依頼だって受けやすくなるし、活動範囲も広がる」
三本目。
「何より将来を考えたら人脈は大事だ。今のうちから仲間を作っておくべきだと思うぞ」
言っていること自体は間違っていない。実際、一人よりパーティーの方が有利な場面は多いだろう。
でも――。
「……それでも嫌です」
「どうして?」
青年が不思議そうな顔をする。私は少し迷ったあと、正直に答えた。
「私とは考え方が合わないと思うからです」
「考え方?」
「はい」
少年たちを見る。すると、彼らは不満そうな顔をしていた。
「私は何度も断ったのに、ずっと追いかけてきました」
「それは仲間になってほしいからだろ?」
「でも、私は嫌だと言いました」
その言葉に青年は少し言葉を詰まらせる。私は続けた。
「私は、自分の意思を尊重してくれる人と一緒にいたいです」
しばらく沈黙が流れた。だが次の瞬間、青年は小さくため息を吐いた。
「君は少し頑固だな。向上心がないのは良くないぞ」
その言葉に眉がぴくりと動く。
「実力があるんだろう? だったらもっと上を目指すべきだ」
「私は自分のやり方で――」
「そのやり方がもったいないって言ってるんだ」
青年は私の言葉を遮った。
「一人で薬草採取なんてしている場合じゃないだろう」
胸の奥が少し冷たくなる。この人も。この人も結局、私の話を聞いていない。
「君、どこのギルドなんだ?」
「……南ギルドです」
そう答えた瞬間だった。青年の口元がわずかに歪む。
「ああ、南ギルドか」
その声色には微かな嘲りが混じっていた。
「なるほどな。あそこは落ちこぼれや向上心のない連中が集まる場所だからな」
その言葉を聞いた瞬間、今まで感じた事のない苛立ちを感じた。
受付のお姉さんは色んな事を教えてくれるし、私の意思を尊重してくれる。依頼書を見ていたら、ちょっとした雑談をしてくる冒険者もいたけれど、ちゃんと距離感があって弁えている感じだった。
ちょっとぶつかった時、怒るんじゃなくて、私を心配してくれた時もあった。私が一人でいても、見下すような視線を向ける人は誰一人としていなかった。
少なくとも、この人みたいに他人を見下したりはしなかった。
「……っ」
自然と拳に力が入る。そして、確信した。この人たちとは分かり合えない、価値観そのものが違う。
力があるかないか。上か下か。得か損か。そんな基準で人を見ている人たちと、私は一緒にはなれない。
たとえどれだけ利点を並べられても、どれだけ強い冒険者だったとしても、私はこの人たちの仲間にはなりたくなかった。
「君のような将来有望な魔法使いはギルドを変えた方がいい。だから、北ギルドに移らないか? そして、あの子たちとパーティーを組めばいい」
青年は当然のように言った。まるで、それが私のためになる最善の選択だと信じて疑わないように。
だけど――。
「嫌です。南ギルドを離れるつもりはありません」
「どうしてだ?」
「私がそうしたいからです」
それ以上の理由は必要ない。どこのギルドに所属するか、誰と一緒に活動するか、それを決めるのは私だ。
青年はしばらく黙っていた。だが、次第にその表情から笑みが消えていく。
「……君は本当に頑固だな」
先ほどまでの穏やかな声ではなかった。どこか苛立ちを含んだ声。
「俺たちは君のためを思って言っているんだぞ?」
「でも、私は嫌です」
「だから、その考え方が――」
「嫌です」
私はもう一度はっきりと言った。すると、青年の眉がぴくりと動いた。そして。
「少し話を聞け」
ぐいっ。突然、腕を掴まれた。
「えっ――」
驚く間もなく引っ張られる。思わず足がもつれそうになる。
「向こうで落ち着いて話そう」
「や、やめてください!」
「少し話すだけだ」
そう言いながら、青年は私の抗議を聞こうとしない。
怖い。力は私の方が強いかもしれない。でも、だからといって魔法を使うわけにもいかない。
周囲の視線が集まって、焦りが募る。どうしよう――そう思った、その時だった。
「ちょっとお兄さん。それは違反なんじゃない?」
凛とした声が響き、青年の動きが止まる。私も思わず声の方を見る。
「えっ……」
そこに立っていたのは、見覚えのある二人組だった。あの日、南ギルドで見た姉妹の冒険者。
姉の方が腰に手を当てながら、こちらを見ている。
「ギルドへの強引な勧誘は禁止されてるわよね?」
鋭い指摘に、青年が顔をしかめた。
「これは勧誘じゃない。ただ話を――」
「嫌がってる子の手を掴んで? それを強引な勧誘って言うんじゃないの?」
「君には関係ないだろ」
「あるわよ」
姉は一歩前に出た。その目には一切の怯えがない。
「その子が嫌だって言ってるのに無理やり連れて行こうとしてるんだから」
「俺たちは彼女の将来を考えて――」
「本人の意思より?」
ぴしゃりと言い切られる。青年が言葉に詰まった。だが、なおも食い下がろうとする。
「君は事情を知らないから――」
「知ってるわ。さっきから聞いてたもの。その前から、しつこくされたことだって知っている」
その一言に、青年の顔が僅かに強張る。
「この子は何度も断ってた。でも、あんたたちは聞かなかった」
静かな声だった。だけど、その言葉には強い力があった。
「自分たちの言いたいことばかり言って、この子の話は全然聞いてなかったじゃない」
その言葉が図星だったのだろう。青年は反論できない。
「今すぐ手を離しなさい。それともギルドに報告する?」
その瞬間、青年の顔が大きく歪んだ。ギルドへの報告。それは無視できない言葉だった。
周囲にはすでに何人もの冒険者が集まり始めている。騒ぎになれば面倒なことになる。
「……ちっ」
小さく舌打ちをする。そして、ようやく私の腕を離した。解放された瞬間、私は慌てて後ろへ下がる。
青年は不機嫌そうな顔のまま少年たちを振り返った。
「行くぞ」
「で、でも……」
「いいから」
低い声に、少年たちも黙り込む。そして、不満そうな表情を浮かべながら青年の後を追った。やがて彼らの姿が建物の外へ消えていく。
完全に見えなくなったところで、私はようやく肩の力を抜いた。
「大丈夫?」
姉がこちらを見て尋ねる。こちらを窺う視線に少し緊張したが、私は何度も頷いた。
「は、はい……」
胸がどきどきしている。怖かった。でも、それ以上に――私が嫌だと言ったことを、私の意思を、ちゃんと守ろうとしてくれた人がいたことが、少しだけ嬉しかった。




