22.初心者の森にて
「もう、リマったら誰にも話しかけないんだから!」
「……うぅ、ごめんなさい」
エルリカが怒りながら先頭を行く。その後を追いながら、私は俯いていた。
あれから冒険者ギルドで、一緒にパーティーを組んでくれそうな人を探した。だけど、子供の冒険者というだけで数が少ない。
その上、子供だからこそ一人で活動している子はほとんどいなかった。みんな友達同士なのか、兄弟姉妹なのか、最初からパーティーを組んでいる。
つまり、私が声をかける相手は必然的に「出来上がっている集団」になる。それが思った以上に難しかった。
集団というだけで妙な壁を感じる。楽しそうに話している輪の中へ、自分から入っていく勇気が出ないのだ。
何度も「今だ」と思った。でも、そのたびに足が止まった。
話しかけて迷惑がられたらどうしよう。断られたらどうしよう。邪魔者を見るような目で見られたらどうしよう。
そんな考えが次々と浮かんできて、結局何も出来なかった。
「本当に不思議だよねぇ」
私は小さく呟いた。
「何が?」
「物乞いの方がずっと大変だったはずなのに……」
道端に立ち、頭を下げる。嫌な顔をされることもあった。怒鳴られることもあった。無視されることも珍しくない。
それでも、お腹が空いていたから声をかけられた。生きるためだったからだ。
「なのに、パーティーに入れてくださいって言う方が怖いなんて……」
自分でも意味が分からない。物乞いの方がよほど惨めだったし、断られることだって当たり前だった。
それなのに今は、ただ話しかけるだけで胸が苦しくなる。エルリカは少し考えてから言った。
「それはたぶん、求めているものが違うからじゃない?」
「求めているもの?」
「物乞いの時はお金や食べ物でしょ?」
「うん」
「でも今のリマは、仲間が欲しいんだよ」
仲間。その言葉に胸が少しだけ揺れた。
「お金なら断られても別の人に行けばいいじゃん。でも仲間は違うよね」
「……」
「断られたら、『君とは一緒にいたくない』って言われた気がするんじゃない?」
その言葉に、私は思わず立ち止まった。ああ、そうか。それだ。
物乞いを断られても、「お金をくれなかった」だけだ。でもパーティーの話は違う。
断られたら、自分自身を否定されたような気持ちになる。だから怖かったのかもしれない。
「……私、そんなこと考えていたんだ」
「たぶんね。でもさ、リマ」
「うん?」
「話しかけなかったら、絶対に仲間は出来ないよ?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
「一回断られたくらいで死なないし!」
「それはそうだけど……」
「ほら、落ち込んでいる暇があったら次だよ次!」
エルリカが前を見ると、そこにはいつもの森が見えてきた。
「次は初心者の森! そこで直接探すんだから!」
「直接……?」
「うん! 実際に冒険しているところを見れば、どんな人か分かるでしょ?」
確かに、その通りかもしれない。冒険者ギルドで座って見ているだけより、実際の行動を見た方が人柄は分かる。
「よーし、決まり! 友達探し大作戦、第二弾だよ!」
「第一弾は失敗したんだけど……」
「失敗は成功のもと!」
そう言い切るエルリカに、私は思わず苦笑した。少しだけ気持ちが軽くなる。
よし。今度こそ、頑張ろう。そう思いながら、私はエルリカと一緒に初心者の森へ向かった。
◇
初心者の森に入ると、探索魔法を発動させた。それで、森の中の気配を探る。
「どう? 冒険者はいる?」
「うん、いっぱいいるよ。ほとんどが複数で行動しているね」
「じゃあ、手当たり次第に話しかけようよ。数当たればいずれ当たる!」
「うっ……」
分かっている。頭では分かっているのだ。
誰かと仲良くなりたいのなら、自分から動かなければいけない。待っているだけで友達が出来るほど、世の中は都合よくない。
だけど、いざそれをやろうとすると緊張で胸が痛んだ。
知らない人に話しかける。ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに怖いのだろう。
魔物と戦う方がよほど簡単だ。魔物は襲ってくるか、襲ってこないか。それだけだ。敵か敵じゃないか、分かりやすい。
でも人は違う。優しそうに見えても、何を考えているか分からない。笑顔を向けていても、本心ではどう思っているのか分からない。
もし嫌な顔をされたら。もし邪魔者扱いされたら。そんな想像ばかりが浮かんできてしまう。
スラムにいた頃は、こんなことで悩まなかった。生きることに必死だったからだ。
お腹が空けば頭を下げた。断られても次の人に行った。恥ずかしいなんて思う余裕もなかった。
でも今は違う。ただ食べるためじゃない。仲間を探している。友達になれるかもしれない人を探している。
だからこそ怖い。断られたら、自分自身を拒絶されたような気持ちになりそうで。
私は知らず知らずのうちに胸元を握り締めた。友達って、どうやって作るんだろう。普通の子なら知っていることなのかもしれない。だけど私は知らない。
スラムでは誰も教えてくれなかったし、そんな余裕もなかった。だから今、自分がひどく不器用な人間に思える。
大賢者の遺産を受け継いだとか、魔法が使えるとか、そんなことは関係ない。人に話しかける勇気一つ持てない自分が、少し情けなかった。
「リマ? まだ無理そう?」
「ちょっと、難しい……」
「そっか……だったら作戦変更! 困っている人を助けに行こう!」
「困っている人を?」
「リマって慎重だけど、見ず知らずのケンジを助けるくらいには優しい気持ちを持っている。それだったら、自然と誰かに近づくことが出来るんじゃない?」
「困っている人を助ける……」
私はその言葉を口の中で繰り返した。
確かに、初対面の人にいきなり話しかけるのは緊張する。何を話せばいいのか分からないし、断られるのも怖い。でも、困っている人を助けるのなら話は別だ。
助ける理由がある。話しかける理由がある。
それなら、少しだけ気が楽だった。もちろん、少し卑怯な気もする。
本当は自分から勇気を出して話しかけるべきなのかもしれない。だけど、いきなりそんなことは出来そうにない。だったら、まずは出来ることから始めればいい。
「……うん。それなら出来るかも」
「おっ、乗り気になった!」
「ちょっと卑怯な気もするけど……」
「そんなことないよ! 人助けは立派なことです!」
エルリカが大げさに頷いた。その自信満々な姿に思わず笑ってしまった。
「じゃあ、それでやってみる」
「うんうん! 困っている人を探そう!」
方針が決まると、不思議と気持ちが軽くなった。
友達を作る。その目的は変わらない。だけど、そのために無理をして自分らしくないことをする必要はないのかもしれない。
まずは自分の出来るやり方で一歩踏み出してみよう。そう思いながら、私たちは初心者の森の奥へと歩き出した。
探索魔法で周囲を探りながら進む。森のあちこちに冒険者の気配がある。
魔物と戦っているグループ。休憩しているグループ。順調に狩りを進めているグループ。
どこも特に問題はなさそうだった。
「うーん、みんな普通だね」
「困っている人なんて、いない方がいいんだけどね」
「それはそう!」
エルリカがケラケラと笑った。その時だった。
「うわああああっ!!」
森の奥から悲鳴が響いた。私は反射的に足を止める。
「今の声……!」
「助けを求めてる!」
すぐに探索魔法の範囲を広げた。木々の向こうに複数の気配が映る。
人間が三人。そして、その周囲を取り囲むように十を超える魔物の気配。
「まずい……!」
初心者の森で見かける魔物ばかりだ。だけど数が多い。しかも、冒険者たちは一か所に固まって動けなくなっている。このままでは押し潰される。
「エルリカ、行こう」
私が言うと、エルリカはニヤリと笑った。
「そうこなくっちゃ!」
次の瞬間、私たちは急いでその場所へ向かった。




