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スラムの孤児は慎ましく生きたい~大賢者の遺産を継いだけど、救世主にはなりません~  作者: 鳥助
第二章

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18/25

18.嬉しい感情

「わぁ……すごい……」


 革袋の口をそっと開くと、中には大量の硬貨が詰まっていた。


 ポーションの売り上げで2万8500デル。さらに、冒険者ギルドで受け取った1200デル。


 合わせて2万9700デル。銀貨と銅貨が重なり合う音が、やけに大きく聞こえる。


「こ、こんなに……」


 両手で抱えた革袋はずっしりと重かった。だけど、不思議と嫌な重さじゃない。


 胸の奥が熱くなる。今までの私は、道端で頭を下げて、恵んでもらった数枚の硬貨を大事に握りしめて生きていた。


『どうか、お恵みを下さい』


 何度も繰り返した言葉。冷たい視線。汚いものを見るような顔。足早に去っていく人たち。


 一日中声を張り上げても、パン一つ買えるかどうかだった。


 それなのに――。


「私、自分で稼いだんだ……」


 自然と声が漏れた。


 誰かに恵んでもらったお金じゃない。哀れまれて渡されたお金でもない。


 自分で作ったポーションを、自分の力で売って手に入れたお金。その事実が、胸を強く打った。


 革袋を抱きしめる。温かい。


 もちろん、これで一生安心して暮らせるわけじゃない。むしろ、まだ始まったばかりだ。これから生活費も掛かる。


 でも、それでも。確かに一歩進めた。


 物乞いをしていたスラムの私でも、ちゃんと働いて生きていけるかもしれない。そう思えた。


「ふふっ、頑張ったもんね」


 エルリカが嬉しそうに笑う。


「うん……頑張った」


 少しだけ涙が滲みそうになって、私は慌てて目元を擦った。泣くのはまだ早い。


 もっと頑張って、もっと稼いで、ちゃんと生きていけるようになってからだ。


 だけど今だけは――この嬉しさを、噛み締めてもいい気がした。


「よし。定期的に買い取ってくれるように、ポーションを納品しなくっちゃ」


「その調子だよ。とりあえず、二日後の納品日を目指そう」


「うん!」


 ◇


 その翌日。私は朝早くからダンジョンへ向かい、薬草採取を行っていた。


 目指す数は前回と同じ十五本。だけど、ただ集めればいいわけじゃない。傷を付けないように、鮮度を落とさないように、一つずつ丁寧に採取していく。


 これは商品だ。お金を払って買ってくれる人がいる。そう思うと、自然と手にも力が入った。


「……よし、十五本」


 最後の一本を採取し終えると、小さく息を吐く。薬草の状態も悪くない。これなら、きっと良いポーションになるはずだ。


 私はそのまま箱庭の家へ戻り、休む間もなく調合室へ向かった。火加減を調整し、薬草を入れ、魔力を流し込む。一つ一つの工程を慎重に進めていく。


 失敗したくない。ミレナお姉さんに認めてもらえた品質を、落としたくなかった。


 コポコポと釜が静かに音を立てる。薬液の色。香り。魔力の流れ。全部に意識を集中させながら、丁寧に仕上げていく。


 そして――。


「……出来た」


 完成したポーションを光にかざす。透き通った薬液が、キラキラと綺麗に揺れていた。


 前回と同じ。いや、もしかしたら少しだけ良い出来かもしれない。


「これなら、きっと喜んでもらえる……!」


 そう思うだけで、自然と笑みが零れた。


 ◇


 また翌日。リュックにポーションを詰めると、箱庭の家を出た。


 考えるのは、最初に納品したポーションのこと。新人のポーションを誰かが買ってくれるだろうか?


「ん? リマ、なんか不安そうだね。どうしたの?」


「えっと、私のポーションが売れているか不安で……」


「大丈夫だよ! だって、最高品質のポーションだよ? 手に取ってもらえれば、その良さが分かるってもんだよ」


 ……そうだよね。手に取ってもらえれば、ポーションの良さが分かるはずだ。


「エルリカ、ありがとう。少し、自信がついたよ」


「うんうん。リマは笑顔の方がいいよ。この調子で、ミレナにも愛想良くしよう」


 これからも、アイテムを納品したい。そのためには、人間関係をきちんと築かなければならない。


 今まで人間関係を築けてこなかった私には難題だ。だけど、真摯に対応すれば、きっと人間関係は築けてくる。


 まずは一つ一つをこなす。それを積み重ねていけば、信頼してくれる関係になる。


 気持ちを強く持って、私はミレナお姉さんのお店へと入って行った。


「ミレナお姉さん、こんにちは」


「あっ、リマちゃん! 待っていたわよ」


 笑顔で挨拶をすると、それ以上の笑顔が帰ってくる。前回の普通だった対応とは大違いだ。


「どうしたんですか?」


「リマちゃんのポーション、売り切れたわよ」


「えっ、ほ、本当ですか!?」


「えぇ。まずは安さに惹かれて手を取る人が多くて、それで安さの秘密を教えると、みんな納得して買っていったわ。品質が良かったから、それが決め手になったみたい」


 わ、私のポーションが全部売れた……。ミレナお姉さんが説明してくれているけれど、嬉しくて頭に入ってこない。


「全部、売れたんだ……」


 ミレナお姉さんの言葉を、私は何度も頭の中で繰り返した。


 私が作ったポーション。私が採った薬草。私が調合したアイテム。それを、誰かがお金を払って買ってくれた。


 胸の奥がじんわり熱くなる。嬉しい。凄く嬉しい。


 今まで生きてきて、こんな気持ちになったことなんてなかった。物乞いをしていた頃は、毎日生きるのに必死だった。


 お腹が空いて。寒くて。惨めで。


 人に頭を下げて、運が良ければ数枚の硬貨を恵んでもらえる。それだけだった。


 でも今は違う。私は自分の力でお金を稼いだ。しかも、ただ稼いだだけじゃない。


 誰かが「欲しい」と思ってくれて、私の作ったポーションを選んでくれた。それが、どうしようもなく嬉しかった。


「えへへ……」


 気付けば、口元が緩んでいた。


 なんだか、胸の奥がふわふわする。嬉しくて、今すぐ飛び跳ねたくなるような気分だった。


 もっと作りたい。もっと頑張りたい。そんな気持ちが次々と溢れてくる。


 もちろん、まだ安心なんて出来ない。今回だけかもしれないし、これから失敗することだってあると思う。


 だけど、それでも。私にも出来るんだって思えた。


 スラムの物乞いだった私でも、ちゃんと誰かに必要とされる物を作れる。その事実が、胸いっぱいに広がっていく。


 自然と、リュックを抱きしめる腕に力が入った。この中には、次に売るポーションが入っている。


 また誰かが買ってくれるかもしれない。また誰かの役に立てるかもしれない。


 そう考えるだけで、胸がドキドキした。


「このまま定期購入が続いたら、価格が他のと同じにするわ。だから、頑張って良い品質のポーションを作ってね」


「はい! とりあえず、今日の分を持ってきたんですけど」


「ちゃんと検分させてもらうわ」


 ミレナお姉さんは、ポーションを一本ずつ丁寧に確認していく。光にかざし、薬液の揺れを見て、小さく頷いた。


「……うん。今回も素晴らしい品質ね。前回より安定しているわ」


「ほ、本当ですか?」


「えぇ。調合に慣れてきたのね」


 その言葉に、嬉しい気持ちが広がる。ちゃんと成長出来ている。頑張った分だけ、前に進めている。


「ありがとうございます……!」


 自然と頭が下がった。ミレナお姉さんは、そんな私を見て優しく笑う。


「リマちゃん、良い職人になれるわよ」


 良い職人。その言葉が、胸の奥にじんわり染み込んでいく。物乞いだった私が、誰かに必要とされる物を作っている。その事実が、たまらなく嬉しかった。


「……もっと頑張ろう」


 まだ始まったばかり。だけど、私の人生は確かに変わり始めていた。

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― 新着の感想 ―
ミレナお姉さん。いい店主さんに出会えてよかった。客層もよい感じ定期的にお金を稼ぐことができるようになって、生活も精神的にも安定した。一安心という事だ。 ここからが注意のしどころ。身の回りに注意しよう。…
最初の街が主人公への扱い酷かったけど考えてみれば現実でも途上国で汚い子供が近づいてきても避けるよね、スリとかいろいろ警戒して。 衣と住の心配なくなったしのんびり稼げるね。
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