18.嬉しい感情
「わぁ……すごい……」
革袋の口をそっと開くと、中には大量の硬貨が詰まっていた。
ポーションの売り上げで2万8500デル。さらに、冒険者ギルドで受け取った1200デル。
合わせて2万9700デル。銀貨と銅貨が重なり合う音が、やけに大きく聞こえる。
「こ、こんなに……」
両手で抱えた革袋はずっしりと重かった。だけど、不思議と嫌な重さじゃない。
胸の奥が熱くなる。今までの私は、道端で頭を下げて、恵んでもらった数枚の硬貨を大事に握りしめて生きていた。
『どうか、お恵みを下さい』
何度も繰り返した言葉。冷たい視線。汚いものを見るような顔。足早に去っていく人たち。
一日中声を張り上げても、パン一つ買えるかどうかだった。
それなのに――。
「私、自分で稼いだんだ……」
自然と声が漏れた。
誰かに恵んでもらったお金じゃない。哀れまれて渡されたお金でもない。
自分で作ったポーションを、自分の力で売って手に入れたお金。その事実が、胸を強く打った。
革袋を抱きしめる。温かい。
もちろん、これで一生安心して暮らせるわけじゃない。むしろ、まだ始まったばかりだ。これから生活費も掛かる。
でも、それでも。確かに一歩進めた。
物乞いをしていたスラムの私でも、ちゃんと働いて生きていけるかもしれない。そう思えた。
「ふふっ、頑張ったもんね」
エルリカが嬉しそうに笑う。
「うん……頑張った」
少しだけ涙が滲みそうになって、私は慌てて目元を擦った。泣くのはまだ早い。
もっと頑張って、もっと稼いで、ちゃんと生きていけるようになってからだ。
だけど今だけは――この嬉しさを、噛み締めてもいい気がした。
「よし。定期的に買い取ってくれるように、ポーションを納品しなくっちゃ」
「その調子だよ。とりあえず、二日後の納品日を目指そう」
「うん!」
◇
その翌日。私は朝早くからダンジョンへ向かい、薬草採取を行っていた。
目指す数は前回と同じ十五本。だけど、ただ集めればいいわけじゃない。傷を付けないように、鮮度を落とさないように、一つずつ丁寧に採取していく。
これは商品だ。お金を払って買ってくれる人がいる。そう思うと、自然と手にも力が入った。
「……よし、十五本」
最後の一本を採取し終えると、小さく息を吐く。薬草の状態も悪くない。これなら、きっと良いポーションになるはずだ。
私はそのまま箱庭の家へ戻り、休む間もなく調合室へ向かった。火加減を調整し、薬草を入れ、魔力を流し込む。一つ一つの工程を慎重に進めていく。
失敗したくない。ミレナお姉さんに認めてもらえた品質を、落としたくなかった。
コポコポと釜が静かに音を立てる。薬液の色。香り。魔力の流れ。全部に意識を集中させながら、丁寧に仕上げていく。
そして――。
「……出来た」
完成したポーションを光にかざす。透き通った薬液が、キラキラと綺麗に揺れていた。
前回と同じ。いや、もしかしたら少しだけ良い出来かもしれない。
「これなら、きっと喜んでもらえる……!」
そう思うだけで、自然と笑みが零れた。
◇
また翌日。リュックにポーションを詰めると、箱庭の家を出た。
考えるのは、最初に納品したポーションのこと。新人のポーションを誰かが買ってくれるだろうか?
「ん? リマ、なんか不安そうだね。どうしたの?」
「えっと、私のポーションが売れているか不安で……」
「大丈夫だよ! だって、最高品質のポーションだよ? 手に取ってもらえれば、その良さが分かるってもんだよ」
……そうだよね。手に取ってもらえれば、ポーションの良さが分かるはずだ。
「エルリカ、ありがとう。少し、自信がついたよ」
「うんうん。リマは笑顔の方がいいよ。この調子で、ミレナにも愛想良くしよう」
これからも、アイテムを納品したい。そのためには、人間関係をきちんと築かなければならない。
今まで人間関係を築けてこなかった私には難題だ。だけど、真摯に対応すれば、きっと人間関係は築けてくる。
まずは一つ一つをこなす。それを積み重ねていけば、信頼してくれる関係になる。
気持ちを強く持って、私はミレナお姉さんのお店へと入って行った。
「ミレナお姉さん、こんにちは」
「あっ、リマちゃん! 待っていたわよ」
笑顔で挨拶をすると、それ以上の笑顔が帰ってくる。前回の普通だった対応とは大違いだ。
「どうしたんですか?」
「リマちゃんのポーション、売り切れたわよ」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
「えぇ。まずは安さに惹かれて手を取る人が多くて、それで安さの秘密を教えると、みんな納得して買っていったわ。品質が良かったから、それが決め手になったみたい」
わ、私のポーションが全部売れた……。ミレナお姉さんが説明してくれているけれど、嬉しくて頭に入ってこない。
「全部、売れたんだ……」
ミレナお姉さんの言葉を、私は何度も頭の中で繰り返した。
私が作ったポーション。私が採った薬草。私が調合したアイテム。それを、誰かがお金を払って買ってくれた。
胸の奥がじんわり熱くなる。嬉しい。凄く嬉しい。
今まで生きてきて、こんな気持ちになったことなんてなかった。物乞いをしていた頃は、毎日生きるのに必死だった。
お腹が空いて。寒くて。惨めで。
人に頭を下げて、運が良ければ数枚の硬貨を恵んでもらえる。それだけだった。
でも今は違う。私は自分の力でお金を稼いだ。しかも、ただ稼いだだけじゃない。
誰かが「欲しい」と思ってくれて、私の作ったポーションを選んでくれた。それが、どうしようもなく嬉しかった。
「えへへ……」
気付けば、口元が緩んでいた。
なんだか、胸の奥がふわふわする。嬉しくて、今すぐ飛び跳ねたくなるような気分だった。
もっと作りたい。もっと頑張りたい。そんな気持ちが次々と溢れてくる。
もちろん、まだ安心なんて出来ない。今回だけかもしれないし、これから失敗することだってあると思う。
だけど、それでも。私にも出来るんだって思えた。
スラムの物乞いだった私でも、ちゃんと誰かに必要とされる物を作れる。その事実が、胸いっぱいに広がっていく。
自然と、リュックを抱きしめる腕に力が入った。この中には、次に売るポーションが入っている。
また誰かが買ってくれるかもしれない。また誰かの役に立てるかもしれない。
そう考えるだけで、胸がドキドキした。
「このまま定期購入が続いたら、価格が他のと同じにするわ。だから、頑張って良い品質のポーションを作ってね」
「はい! とりあえず、今日の分を持ってきたんですけど」
「ちゃんと検分させてもらうわ」
ミレナお姉さんは、ポーションを一本ずつ丁寧に確認していく。光にかざし、薬液の揺れを見て、小さく頷いた。
「……うん。今回も素晴らしい品質ね。前回より安定しているわ」
「ほ、本当ですか?」
「えぇ。調合に慣れてきたのね」
その言葉に、嬉しい気持ちが広がる。ちゃんと成長出来ている。頑張った分だけ、前に進めている。
「ありがとうございます……!」
自然と頭が下がった。ミレナお姉さんは、そんな私を見て優しく笑う。
「リマちゃん、良い職人になれるわよ」
良い職人。その言葉が、胸の奥にじんわり染み込んでいく。物乞いだった私が、誰かに必要とされる物を作っている。その事実が、たまらなく嬉しかった。
「……もっと頑張ろう」
まだ始まったばかり。だけど、私の人生は確かに変わり始めていた。




