11.異世界迷宮
「リマちゃん、いってらっしゃい」
お姉さんが手を振って、見送ってくれる。私はお辞儀をして、その場から離れた。そして、息をつく。
「はー……緊張した」
「そう? 普通に対応出来たと思うけど」
「そう見えたなら嬉しい。でも、あのお姉さん……普通に対応してくれた」
こんなに他人に優しくされたのは、おじいさんとエルリカ以来だ。いつもは物乞いのリマっていうだけで、蔑まされてきた。
だけど、ここなら誰も物乞いのリマって言うことを知らない。普通に話して、普通に対応してくれている。それが、とても嬉しい。
「えへへ。普通の子供に見えるかな?」
「うん、見えるよ。普通どころか、良い子供に見えるよ。ちゃんと対応出来たしね」
ここにきて、なんだか生まれ変わった気分だ。もう、物乞いのリマはいない。普通の子供として生きるリマに生まれ変わったんだ。
ここでなら、普通の生活が出来るかもしれない。そんな期待が胸に芽生えて、どんどんやる気が出てきた。
冒険者ギルドを出て、ファルムズの中心へと向かっていく。また一つ、城壁を越えてどんどん進んでいく。そして、見えてきた。とてつもなく、大きな建物が。
「あれが、異世界迷宮の入口……」
「大きいねぇ!」
目の前にそびえ立っていたのは、お城と見間違えるほど巨大な建物だった。
白い石で造られた外壁は何十メートルも高く、幾つもの塔が空へ向かって伸びている。壁には魔法陣のような紋様が刻まれ、陽の光を受けて淡く輝いていた。
その威圧感に、思わず足が止まる。
「おっきぃ……」
口から自然と声が漏れた。冒険者ギルドも大きかったけれど、これは比べ物にならない。まるで一つの城塞だ。
建物の正面には、巨大な門のような出入口が開かれていた。何台もの荷馬車が行き来できそうなほど大きい。
その中を、大勢の冒険者たちが出入りしている。武器を背負って入っていく人。大きな袋を抱えて戻ってくる人。怪我をして肩を貸されている人までいた。
活気があるのに、どこか緊張感も混ざっている。ここが本当に命懸けの場所なんだと、嫌でも伝わってきた。
「……行こう」
「うん」
私は小さく息を吸い込み、エルリカと一緒に中へ入る。すると、中は巨大なホールになっていた。
「わぁ……っ」
高い天井。広々とした空間。磨かれた石床の上を、大勢の人が忙しなく歩いている。
壁には大きな地図や注意書きが貼られ、何かを説明する声があちこちから聞こえてくる。
私は圧倒されながら、きょろきょろと周囲を見回した。
「ど、どこに行けばいいんだろう……」
「初めてだと迷うよねぇ」
エルリカも辺りを見回していると、近くの壁に大きな案内板が立っているのが見えた。
『探索者入口→』矢印付きでそう書かれている。
「あっ、あれかな」
「みたいだね」
私たちは案内に従って進み始めた。ホールの奥へ向かうにつれて、人の流れも一方向にまとまっていく。どうやら、みんなダンジョンへ向かっているらしい。
やがて、広い通路に出た。天井は高く、壁には一定間隔で魔導灯が埋め込まれている。その淡い光が通路全体を照らし、不思議な雰囲気を作り出していた。
石造りの長い通路を進む。足音が反響し、周囲のざわめきが少しずつ遠くなっていく。
そして――。
「……あれ」
通路の奥。そこに、巨大な光る扉があった。
青白い光を放つそれは、空間そのものが揺らいでいるように見える。扉の向こう側は何も見えない。ただ、淡い光だけがゆらゆらと揺れていた。
まるで世界と世界を繋ぐ入口みたいだった。私は思わず息を呑む。
「あれが……異世界迷宮……?」
まるで、箱庭に行く時みたいな光の扉だ。呆然として見ていると、冒険者たちが次々と中に入って行く。
私も遅れないように、光の扉に入って行った。光を抜けると、目の前に広大な景色が広がっていた。
「…………え?」
思わず立ち尽くす。そこには、どこまでも続く大草原があった。
風に揺れる緑の草原。青く澄み切った空。遠くには巨大な山々が連なり、その麓には深い森まで見える。
白い雲がゆっくりと流れ、暖かな風が頬を撫でていく。草の匂いと土の匂いが混ざり合い、本当に外の世界に来たみたいだった。
「うそ……」
建物の中だったのに、そこに広がっていたのは空のある世界。太陽まで浮かんでいる。
「な、なにこれ……!?」
驚きのあまり声が裏返る。後ろを振り返ると、さっきまでの光る扉がそこに浮かんでいた。まるで空間に穴が開いているみたいに、不自然に存在している。
その扉から、次々と冒険者たちが出てきていた。でも、それ以外は完全に別世界だ。
「本当に異世界みたい……」
「異世界迷宮って呼ばれてる理由がこれだねぇ」
エルリカが楽しそうに笑う。私は呆然と周囲を見回した。
草原のあちこちには岩場があり、小川まで流れている。空を見上げれば、鳥のような魔物が羽ばたいていた。
遠くでは何か巨大な生き物が歩いているのも見える。しかも、そこら中に冒険者たちがいた。
草を掻き分けて素材を採取している人。魔物と戦っているパーティー。まるで一つの世界が、そのまま存在しているみたいだった。
「ダンジョンって、もっと暗い洞窟みたいなのを想像してた……」
「そういう場所もあるらしいよ。でも異世界迷宮は階層ごとに世界が違うんだって。砂漠だったり、雪原だったり、海の世界まであるって話」
「海まで!?」
思わず目を丸くする。そんな場所が、本当に存在するんだろうか。でも、目の前の景色を見れば信じるしかない。
ここは常識の通じない場所なんだ。私は胸の前でぎゅっと手を握る。怖い。でも、それ以上にワクワクしていた。
「じゃあ、素材探しを始めよう。それがリマの第一歩さ」
「うん!」
普通の生活を送るための一歩を踏み出した。




