第七話
「マザー」
『戦車チリを確認致しました』
マザーが干渉できない兵器は旧式となる。単純な構造は何よりも頑強で直し易く扱いやすい。ユリは戦車の中なのだろう。三八歩ではどうにもならない。届かない。
「アンチマテリアルライフルの使用を要請」
『不可。鹵獲を提案致します。M1895対戦物ライフル弾をご用意致しました』
「……本気で言ってるの?」
『マジのマジです。対象に接近し発砲して下さい。対戦物ライフル弾は装甲を貫通しますが、一度切りの弾丸なので注意なさって下さい。反動は非常に強力です。銃の破損は免れません』
……それぼくも死ぬじゃん。
「マザー。アンチマテリアルライフルであれを破壊できれば無駄な戦闘が避けられるよ?」
『敵戦力は貴方の生存を視野に入れてはくれませんよ? 交戦する以上死傷は避けられません。今後の聖皇派の牽制として。デストロイです。もう一度申し上げます。彼らはデッドラインを踏み越えました。貴方は彼らを速やかに処分しなければいけません』
「マザー」
『答えはノーです。彼らはアラルドミラ繊維体。その製造法を盗み出しました。その際に研究員の何人かを殺害又は拉致しております。ここで彼らを消さなければ、今後もこの脅威は無くならないでしょう。もう一度申し上げます。アラルドミラ繊維体の製造法が盗み出されました。これは脅威です。特殊弾丸の製造はここで食い止めなければなりません。その製造法を管理できるのはこのマザーAIだけです。彼らは混乱に乗じて道連と繋がり本土を掌握するつもりなのです』
道連。道連。道連。道連。どいつもこいつもどいつもこいつも。そんなに死にたいのか。
『もう一度だけ申し上げます。現時点において壁を突破されれば本土の維持は継続困難。不可能です。そしてトンネルを制圧。爆破された暁には本土は終わりを迎えるのです』
この線を踏み越えたら殺す――。
『……私のデッドライン。アラルドミラ繊維体で弾丸を製造するのは私だけです。管理するのは私だけです。なぜならば――アラルドミラ繊維体で構成された弾丸は、貴方達に致命傷を与える物だからです』
それはARMSも妖魔だと言っているようなものだ。
道連の手にその製造法が渡ってしまえば――。
『超えてはいけない線に、貴方はなるのです』
「アンチマテリアルライフルの使用許可を頂戴」
『戦車の鹵獲を』
「履帯を狙えばいいでしょ‼」
『……許可します』
――馬鹿げた戦争になる。
どうしてぼくが生きていて、他の人間を殺せているのか。相手が撃った弾が通常弾で、ぼくが撃った弾が瘴石弾頭だったからだ――。
どうしてぼくの傷の治りが早く、相手は治らなかったのか。
フラリエッタが死に、ぼくが生きている理由は――。
ポイントへ移動。アンチマテリアルライフルを組み立てて構える。視線の先にある戦車。体感1200m。スコープを覗き。一呼吸。発砲――音と振動に襲われる。履帯を狙ったが。すり抜けた。
幻――ユリは化け狐のARMSだ。ユリの幻だ。
射線が割れた。悪態を付く暇もない。背後に現れたのはユリだった。
「デッドライン……」
マザーを呼んだがマザーは返事をしなかった。無視するなし。罠だったか。それなら嬉しいけれど、そうではなさそうだ。なぜなら履帯が動いている音がするから。物語なら。
「あの時の借りを返すわ」
なんて台詞が飛び出しそうだけれど言葉なんてなかったよ。言葉の代わりのマズルフラッシュと銃声だけが響いていた。
物語なら主人公に弾丸は当たらないのに――いててて。すでに背中に命中しており。防弾のおかげで貫通はしていないけれど、痛くないわけではなかった。衝撃や痛みを我慢しているだけだ。木の裏に隠れ肌を弄る。血は流れていない。太い木は優秀な防弾性能がある。ライフルだって貫通はしない。はず。
瘴石弾頭のデメリットは非常に脆い所だ。
一際大きな砲音――。
『次撃で穴が開きます』
そんな事言われても動けないんだよ――ぼくに味方はいない。援軍は来ない。沢山の人間を投入するよりもマザーはぼく一人を投入するのを選んだ。向こうでも妖魔とドンパチやっている。この砲弾の音すら、喧騒の中に掻き消えてゆくだろう。
霧が流れて来た。えんらえんらのARMSがいたかもしれない。やるしかないのか。やるしかないのか。死なないためには、やるしかないのか。銃弾とARMSと。戦闘不能に出来ればいいけれど、ぼくにはその技術がない。殺すしか。ぼくには確実に人を止める方法がない。
ユリ――フラリエッタが脳裏に浮かんでいた。木の裏から一瞬だけ顔を――位置を把握。飛び出しながら腰のリボルバーを抜いてユリを。
ゆらりと弾丸がユリを貫通しユリの映像が霧散してゆく。一筋縄ではいかないか。転がりながら次の木の裏へ。近づいてきた隊員へ銃口を向ける。受けて、いなし、隙間から銃口を押し込みトリガーを引く。持っている弾丸は無駄にできない。ブレードを傾け銃弾を弾く。弾丸を込めている時間が惜しい。敵が使用している銃をそのまま利用し弾丸を込める時間をも省く。ロックなし――。マザーの認証の無い銃だ。良くもこのような銃を製造したね。おこだよおこ。
百合の花を手向けるように。
自分が死ぬ瞬間。自分は主人公等ではないと人は気付くのかもしれない。
「化け物め‼」
全ての弾丸は防げない。スーツのより硬い部分を利用して致命傷だけを避けるしかない。それは相手も同じだ。そして人間相手ならば、ぼくは負けない。
再装填すらもどかしい。相手の銃を奪う。殺し。奪う。次。殺し。奪う。ユリの奴――相当厄介だ。狐火。炎の幻影に襲われる。幻影だと理解していても体の焼ける痛みを覚える。これは幻だと――撃ち抜いた本体が木の葉へと変化する。
知覚を越えて体が体をのけ反らせていた――何が起きたのかすら、ぼくには理解できていなかった。それでも体が動いていた。右半分の視界が失われた。一瞬雨が降って来たのかと。それが自分の血なのだと気付く。欠けたヘルメットが視界に映っていた。狙撃された。ヘルメットを貫通するほどの高威力で。
あぁ、ユリの本体は――。やられた。
足音に。体が反応し。覗いた銃口と。足をかけ。発砲。殺して。その銃を奪う。カタカタカタと左手が震え、つられて握った銃が音を響かせていた。
立って――。
『次弾が来ます。防がなければ東部防衛機構の終焉ですよ』
うるさいな――。
銃を捨てブレードを抜き駆け出していた――遥か前方に。見えた。戦車が。砲口の穴が覗けてしまって。黒い。何かが。煙と射出と。気が付けば。
世界が消えたような衝撃に。女性の悲鳴のような声を上げてしまった。自分が何をしているのかも理解できないのに。生きているのかすらもあやふやで。損害すら認識できず、残った最後のうなじの目だけが世界を捉えていた。
キーンと。その音しか。聞こえなかった。
砲弾のぶち当たった衝撃。僅かに逸らせたのみで。それでも同じ場所に命中するのを避けただけで、壁が壊れるのを防げていた。次弾装填まで。次弾装填までに――足が。膝を付いていた。立ち上がれない。
息が荒いのに。息の音が聞こえない。心臓を握って止めたいほどの痛みが走るのに。その音が聞こえない。疲労ではない重さが。体を緩慢にする。
欠けたブレード。心の中で燃え滾るのは何なのか。絶対に負けてなんかやるもんか。まだ最後の目がある。母の目が。
足に力を入れて立ち上がる。体が。言う事を聞かない。
叫び声をあげていたかもしれない。戦車を破壊する。邪魔しないで。何人殺しただろう。ユリの幻が複数現れるけれど手を振り払うように退ける。本体はおそらくぼくを狙撃する位置にいる。
ぼくでもわかる事が、なぜ理解できない。
壁を壊したって。何の解決にもならない。調伏してこちらに来られると言うのなら、すでにこちらに来ているはずなのだ。
あの人達は純粋に。こちらを励まそうとしてるだけなのだ。
気持ちは向かいたいのに。体が……言う事を聞かない。動くのに。逃げようとする。ここで逃げたら――ぼくは何のためにこれまで。
おかあさん。やめて。ぼくは――。止めないで。
命なんて惜しくないの。
砲口がこちらを向いていた――避けてはダメなのに。体がのけ反って。何かが落ちて来て。耳が遠くて。何も聞こえない。土埃。
現れたのは――モーヴィ?
自分では声を発しているのかすら。目の前にいたのは。確かにモーヴィだった。モーヴィ……。穴が開いていた。お腹に穴が。ドバリッと。土が染まっていく。
モーヴィ――巨大な犬の幻影が確かに見えているような気がした。
何か言っている。何か言っているのに。ぼくにはその言葉が聞こえない。モーヴィ。ダメだ。モーヴィは対象じゃない。モーヴィ。死んじゃう。このままじゃ。なのにモーヴィはぼくを見て、ニッと笑った。
逃げるのをやめていた。モーヴィが砲撃を抑えてくれていると体が判断した。体が言う事を聞かない。
再びの砲撃がモーヴィに直撃した。もう助からないのは理解していた。だからぼくに出来る事をするだけだった。殺害を繰り返しながら。
三輪スクーターが駆けて来る――マザーだ。獲物を乗せて来た。鈍い光が舞う。爆風に吹き飛ばされていた。射線は避けていたつもり。ぼくはね。スクーターが射貫かれて爆発したんだ。マザーのポンコツ。転がって来たM1895。握ると痛みを帯びるほど熱く赤い煙の音がする。射線は割れている。
弾丸を込め――構えていた。それは奇妙な構えだっただろうね。だってぼくが使える目は、ウナジにある母の目だけなのだから。
しゃがみ込みユリに背後を向けていた――体が一回転する。隣の地面が削れ抉れる。銃を肩に乗せている。気付いた時には引き金を引いていた。変な体勢で引き金を引いたからか、反動で前のめりに。一回転と転がる。起き上がり。人差し指と中指と親指が曲がったのを感じた。
痛みすらない。左手で無理やり指の曲がりを治す感覚がする。骨が折れているのか指は上手に動かなかった。
左手でライフルを回転させ排莢――脇に銃を差し込み対戦物ライフル弾を装填する。足はすでに駆けだしていた。弾丸の手触り、こんな弾丸込めたくないと今更ながらに考えるけれど、体は勝手に弾丸をライフルに収めて装填していた。
体が一回転する。今度は正面に構え。チラリと戦車を視界に捉える。今の一瞬で背後の目が戦車の位置と向きを把握した。ユリを先に排除したのは、戦車を破壊すればユリが逃げるとぼくが判断したからだろう。
構え――砲口がこちらを覗いていた。命は惜しくないよ。
左手が引き金――。
――体が吹き飛んでいた。むしろふわふわと。視界は何度も巡り。体がその衝撃に抗えない。
炸裂音――。自分でも何がなんだか理解が追いつかなかった。
喉から変な息が漏れて。多分変な声をあげた。木にぶつかって止まった反動だった。ぶわりと顔に温かい熱が流れて――足がピクピクしていた。
左手が銃を放りヘルメット掴む。ヘルメットをはぎ取り。体に降りかかった破片を振り払い。慎重に左目を覆った血液を何度も拭っていた。なんとか。見える。涙が流れているのが理解できる。泣きたいわけじゃなくて。防衛反応だと感じる。パリパリする。左目が。パリパリする。
燃えていた。戦車が。
モーヴィ――。
立ち上がり。M1895はもはや――。銃口は冗談のように裂けていた。もうこの銃は生きていない。真っ赤にひしゃげ拾えもしない。
呻き声をあげている気がする。気がするだけなのかもしれない。無音だ。右腕が上手に動かない。左手もピクピクしている。
モーヴィは――。
その姿を眺め。項垂れるしかなかった。モーヴィのARMSはヌリカベだ。ヌリカベは壁のような姿だと思われがちだけれど、実際は犬や象に良く似ている。
傍に寄るほどに。ぼくは項垂れるしかなかった。膝を付いて項垂れても。顔を上げた現実は何も変わらなかった。
帰ろう。モーヴィ……。帰ろう。
欠けたモーヴィは背負うとやけに軽かった。
帰ろう――。背後に聳える壁。君が護ったんだ。
指が上手に動かなくて。足が、上手に動かなくて。何度も、モーヴィが背中から落ちて。そのたびに……。
喉から変な声ばかりが漏れてしまって。情けなくて。その声すら認識できなくて。
通り掛けに燃える戦車が視界に入り――鹵獲しろと言われていたのを思い出した。マザーの管理にない兵器なんて無い方がいいよ。これで良かったんだ。これで良かったんだよ。
ここにある兵器は全て破棄かマザーの管理下に入るだろう。
歩いている間。風ばかりを感じてひどく困った。肌がヒリヒリしてさ。
どうやって帰ったのかも、どう歩いたのかも覚えていなかった。
気が付いた時には終わっていた。
また沢山の人が亡くなった。モーヴィのお墓に花束を添えた。ユリのお墓に花束を添えた。ソニアさんに会った。妊娠しているって。モーヴィの子だって。
膝を付いて項垂れるしかなかった。
フラリエッタの隣に、モーヴィの墓が立った。




