第八話
B区画の壁は完成した――計画は次のC区画の壁の建設へと移行している。
沢山の人が消えても計画は止まらない。
フラリエッタやモーヴィが亡くなっても何も変わらない。生活が変化しないようにこちらが変化する。変化させられる。でもそれが普通だもの。誰がいなくなっても、例えぼくがいなくなったとしても、それは変わらない。
それが変わらなくなった時、多分、人は滅ぶ。
手紙を一枚渡された。敵前逃亡命令違反により罰則を与えると記されていた。
怪我をある程度病室で治してから二週間ほど独房にツッコまれた。出ようと思えば出られるけれど、大人しくその罰を受けた。別に罪悪感だからじゃないよ。クラモチ三佐にとっては罰だけれど、マザーにとっては休息のつもりなのだろうなと、何となくそう感じていた。
「いよっ」
ヘイデンやナカジマ、ムジカが良く面会に来てくれたけれど、幼馴染は面会には来てくれなかった。ナカジマの話では部屋から出て来ないらしい。アキラが何度も会いに行っていたと言う話しは聞いた。
「へへへっ。差し入れ」
ヘイデンの差し入れはエッチなものばかりで。今日はエッチな雑誌を持ってきた。古い雑誌だ。何処から持って来るのだか。女性向けのエッチな本だから困る。男同士が絡み合っている雑誌を渡されてどうしろって言うんだ。
「うわぁ……」
「お宝だぜ‼ ほい。クリームパン」
「ありがとう」
「良いって事よ。これで今夜は……むふふっ。お楽しみだな‼」
そう言う意味のありがとうじゃないよ。クリームパンありがとうだよ。甘味は高いからね。
「うわっ。なんだこれ。うっわっ。えっ? うっわ。男同士が絡んで。うっわ。エッロ。えぇえええええっろ‼」
そしてエッチな媒体は大体ムジカに取られる。
「はい没収」
「こんな所に来て大丈夫なの?」
「ちゃんと申請は通しているわんよー? うっわ……。これ絶対病気になるって。うっわっ。ん? や〇い穴ってなんなの……」
それはぼくにも謎だ。なんなの。ぼくに会いに来ているのか、それともエッチな媒体を取りに来ているのかわからんね。これ。
「まぁまぁ。やだぁもう。ほらっ。これ……薬。あと飲み物でも飲みんさい。ほらぐいっとね。ぐいっと。まだ万全じゃないんだからさ。……ほら寝てなさいよ」
うつらうつらと――本を眺めるムジカ。ポニーテール。デニムのスカート。ムジカって……お洒落で。かっこいい。
「おっ。クリームパン発見。頂きます」
……ほんと何しに来たのかわからんね。ほんと。
渡された薬を飲むと大体意識が無くなるけれど、ムジカを信用している。
ナカジマが様子を見に来ると体調管理をされる。
「貴方、体が丈夫で良かったわね。まったく……でもはぐれて襲われてたんじゃ話にならないわよー? 敵前逃亡で重症って」
変な顔で苦笑いするしかなかった。実際体の治りは早かった。鼓膜が破れたし、右目にはヘルメットの破片が刺さったと考えていたけれど、普通に聞こえるし、右目も見えていた。ナカジマの腕がいいのかもしれない。
「貴方って……こういうのが好きなの?」
「……それはヘイデンが。持ってきた奴」
「ふふふっ。そう云う事にしておいてあげましょうか。……折り目が?」
「それはムジカ。事実」
「……右指に痛みはある?」
「特にない」
「右目にはちょっと傷が残っているわね。後遺症が無くて良かったわ」
右手を弄られ、右目を覗かれ。ナカジマの診察は眠くなって困る。
「私の腕が良くて良かったわね。はい。これ飲んで」
水筒。湯気。差し出された飲み物に口を付けると程よい温かさで喉に熱が伝わって。こっくりこっくりとまた船を漕ぎ始めてしまった。
「……ちゃんとお布団で眠りなさいな。ほらこっちよ」
「ごめん。少し眠るね」
「いいわよ。おやすみなさい……。いい? 例え懲罰を受けても生きて帰ってくるのよ?」
ナカジマが来ると何時も眠ってしまい。目が覚めるとムジカも来ていた気配が残っていた。二週間なんてあっと言う間だ。
アキラは来なかったけれど、ソニアさんとは少し話をした。他愛の無い話だった。モーヴィとユリは妖魔に殺された事になっている。ぼくには箝口令が敷かれているので何も喋れない。モーヴィの話は一切しなかった。
自分の部屋に帰るのが少し億劫で――部屋の前で躊躇っている自分がいる。彼女は。幼馴染は部屋にいるのだろうかと。早く会いたいのだか会いたくないのだが、グルグルグルグル。どうして会いに来てくれなかったのか。どうして見舞いに来てくれなかったのか。憤りも、ある。
アキラ。自分。取られたくない。幼馴染が幸せならそれで。そうなってしまっても仕方がない。でもやっぱり取られたくない。反芻。指が震えている。目の前で指をスリスリと。大丈夫。大丈夫だよ。言い聞かせる。例えそうなったとしても。鍵を差して捻り。開いて。話声。止まる。玄関。
靴――。誰かの。靴。奥から。二人の。音。嬉しそうな。交わるような――鼓動が跳ねあがる。逃げなきゃ――眩暈。なんてことはなかった。幻聴と幻想。
靴はなかった。入り。扉を閉めて。ガチャリと鍵の閉まる音。停滞しているかのような静かな空気。少し立ち眩み。ストレス。吐き気。
コーヒーの香りがした――靴を脱いで。しとしと。部屋の中。彼女はソファーに座り耳にヘッドホンを当てて。まるで止まった時の中にいるかのように。佇んでいた。佇んでいるように見えた。
日向。可動部の抑えられた光沢。
傍へ。隣に腰を下ろす。彼女は緩慢な動作でヘッドホンを耳から外し。傍に寄られ、スンスンと鼻の鳴る音。
「あらっ。おかえりなさい」
「……ただいま」
……どうしてお見舞いに来てくれなかったの。どうして会いに来てくれなかったの。色々言いたい事はあったけれど、それだけだった。
身を寄せられて。彼女の体温を感じていた。ヘッドホンから漏れる音。ぼくがもっと幼い頃に朗読した本を読む音が聞こえていた。頬を撫でられて緩み、膝の上に頭を乗せられる。髪や頬に指を通す。触れるたびにもっと認識したいだなんて。その耳に鼻をつっこみたかった。
掴まれた手と指。唇の上を流される。ニオイ。嗅がれている。這わせ含まれ湿り気を帯び。起き上がりを支え、触れ合うおでこと吐息。触れて離れてまた触れて。僅かに擦れた唇と。もう一度。もう一度と。もう一度。コーヒーの湯気と。もう一度。唇を先に湿らせられる。押されて一巡り。
「はぁ……」
ため息にも似た獰猛な吐息。にんまりと笑みを浮かべた唇。
それだけでもう。憤りが解れていってしまう。
「ふふっ」
お互いがお互いを愛で合っているなんて――お互いがお互いを甘えさせようとしているだなんて。繰り返し繰り返し、唇が触れ合い離れるリズム。ピアノの原盤に触れるかのように指が体を流れ添う。ここに触れて良いのはぼくだけだと言わぬばかりに。いいのと。貴方はそこに触れていいのよと。鎖骨。胸。腹。下腹――その先。狂ってしまってもいい。
瞬きに似た瞼の痙攣。せり上がってきた衝動を理性では抑え込めず。彼女にそれを理解されていて。下げられてゆく。触れ合い。包み込まれる途中で。もう。収まる頃にはもう。届く頃にはもう……。後は余韻だけ。余韻の中で。まるで水の中にいるかのように。包み込まれていた。伸ばした指が背骨の形を伝えてくる。伸ばされた手が。背骨のラインをなぞっている。
くっついては離れ。くっついては離れを繰り返していた。小さな部屋の中。料理に洗濯。彼女は部屋の間取りを覚えていて。当たり前のようにそれらをこなしていた。
何かに足をぶつけるんじゃないかって。ぼくは気が気じゃなかったけれど。
「ぶつかっても義足だから大丈夫よ」
「そうだけど……包丁も使うの?」
「義手だから、刃に触れても平気よ」
「コンロも?」
「ほらっ。耐熱性よ。逆に触れても問題ないわ」
何かしようとすると。
「貴方は何もしなくていいわ」
そう言われてしまう。訓練になるし、いいのかもしれないけれど。だから傍によって。洗濯物を畳む彼女の傍によって。ゴロンとする。ゴロンとすると。微笑む彼女に顎や頬を撫でられる。
作られた料理は、どの料理も見た目は不格好だけれど味は悪くない。
「美味しい?」
「美味しい……」
「そう。良かったわ。これも食べて」
茶碗におかずを乗せられる。箸で摘まんで、こちらを眺めて。乗せられる。見えないのに。器用。慣れなのかな。
ぼくは何を返せるのか何時も考えている。何を返したら彼女は喜ぶだろうかと。
「地に足を付けて歩きなさいね。一度決めたのなら迷わない。二兎を追ってはダメよ」
「うん……」
傍を通るたびに撫でられる頬と髪。光沢は硬いけれど、仕草はどれも温かくて。意味も理由もなく傍にゆき、背後から抱き着いてしまう。柔らかい服の奥。ラインに沈みこむ体と指。視界から外れると探してしまう。何処いったのって。犬みたい……。
座ると背後を陣取られる――流れる指。頬や胴を撫でられ。柔らかく細やかに。包まれて。そこは――他の人はダメだけれど。彼女だけは、そこに触れてよくて。甘えるように呻きながら身を任せてしまう。汚してしまった彼女の手の平。何度も頭にリップ音が響いていた。
「……なんで会いに来てくれなかったの?」
そう問うと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「もっと私を考えてほしいなと思って」
奥歯を噛みうめき声をあげると。耳に響く彼女の微笑。
ソファーへと押し付けられ。もう身動きすら取れない。彼女の為すがまま。
「恋しかったでしょう? この声が。この唇が。この手で触れられるのが。そして触れたかったでしょう? 私に? 私もね。すっごい我慢したのよ。ふふっ。どう? 今……どう? 私はね。今すごく貴方を求めているのよ?」
「もう……」
今度。彼女の誕生日。
チョコレートと花束――。花。喜ぶかな。誕生日だから。買って帰る。リビング。花束を持って傍に。座って。彼女はこちらを眺めて。喜んで欲しいなんて。差し出して。そして唇が嬉しそうな形に変わるのを眺めて鼓動が上がってゆく。
「あら。なぁに? 花束?」
「……うん」
想像した通り。ううん。想像したよりも彼女は……。
そっと伸ばされた指が花束を。崩されてゆく花束の中――重なる頬と頬。すりすりと。撫でるように。もたれ掛かかられ。受け止めて。握られた指の隙間。押さえされた手と。天井が見えて。
「いい香り」
花の香り。崩されて行く――擦れあがる臍下。鼻で呼吸ができないほど荒いのに。時間の流れは恐ろしいほど早いのに。感覚は緩慢で優しく。ゆっくりとゆっくりと。果てる時でさえ。穏やかに。柔らかく。寝入るような。甘えるような。蜜のように甘く甘く。まるでご褒美で。花弁となった彼女に埋もれ。その匂いと香りとなった彼女に。
「これも……」
「あら。チョコレート?」
「うん」
もうカカオが製造されていないから、チョコレートは貴重品。
「君が欲しい……から」
「チョコレートで手に入るって?」
「……ダメ?」
「……ダメよ。一枚ではね。この先。何枚でも。私に貢いで頂戴」
解ける紙と破かれてゆく銀紙。歯を立て。舌の上。欠片と。チョコレート。
彼女の微笑と。
何度も何度も。差し出されて。チョコレートが舌の上で蕩けて。蕩けて。触れ合う臍下と甘味を。味わっていた。
「でも執着しているのは、私の方なのよね……」
小さなロフト。二人くっついて。隣同士。ふと目が覚めて。もっとくっつきたいだなんて。ただそれだけで。同じ布団の中――。充満する彼女の香り。その寝顔。傍へと擦り寄り、何度も鼻を鳴らしてしまう。
「……んー? 起きたの? どうかした? あら。ふふっ。いいわよ……どうぞ」
何時でも受け入れてくれて。そのまま。そのまま。
「……はぁ。貴方は何時もとても。温かいわね」
頭を撫でられながら。また眠りに落ちてゆく。朝までずっと……朝日が昇るまで。ずっと。満たされている。寝ても覚めても彼女の胸の中。
燃え盛る炎の夢を見る。燃え盛る炎の夢を。それが怒りを含んだ夢なのか、それともただ過去を思い出しているだけなのか、ただの夢なのか、判断が付かず。ただ、その炎が、彼女を燃やしていないだろうかと何時も心配してしまう。揺らめく炎の中。自らを燃やしていると気付き。目が覚めて。それが彼女の熱だと理解する。
このままずっと穏やかでいられたらいいのに――。
また目を覚まして――同じ布団の中。閉じられた光の中。傍にある温もり。彼女の鼓動。乗り上げて。彼女の息遣いが聞こえる。何度も何度も唇を擦りつけて。音を聞いて。指先と手の平で彼女の腕を。撫で感じている。折り重なる臍下。その間。その隙間。これだけでいい。これだけでいい……。意識を失いそうになり。脱力する。彼女の唇が笑みを浮かべ。頬を寄せたくて。
「良かった?」
甘えるように。頬擦りを繰り返していた。それが許されている。彼女のニオイ。このニオイが堪らなく好き。癖になるほどに。
ひっくり返されて。包まれ飲み込まれてしまう。
ぼくは貴女のもの。それを好んでしまう。
「そうよ。貴方は私のものよ」
何度もニオイを嗅がれてしまう。
「はぁああ。はぁああっ……好きよ。貴方のニオイ。癖になりそう」
まるで支配されているみたい。支配されていたい。好んでいる。彼女のニオイなら、汗臭ささえ好ましい。
唇を寄せたいと、唇を寄せられる。触れてよいのだと……。何度も何度も何度も何度も。離れて、瞼を開くと彼女の笑みがある。
「今度は私の番ね」
また寄せられて。唇を差し出してしまう。
お風呂場へと入り、体を洗い合う時も、見つめ合うたびに、その感情に支配されて、泡にまみれて、抱きしめる彼女は、とても、いい匂いがした。
ぼくのものだ。
「……貴方のものよ」
彼女がそれを許しても。時間はそれを許してはくれないけれど。
また訓練を再開し体を徐々に慣らしてゆく――。訓練も大事な仕事だから。ぼくって身長は低いけど体重は70キログラムある。モモに筋肉が多くて重いらしい。散々走らされたからね。それにしたって朝から30キログラムの重りを背負い、10キロメートル走れはないでしょ。
『謹慎で反省しましたか?』
インカムでマザーにそう告げられた。
「何の事?」
『戦車の鹵獲を提案しました。貴方は戦車を破壊しました。それはダメです。私は鹵獲を提案しました。貴方は戦車を鹵獲しなければいけませんでした。よって。貴方を謹慎に処しました。反省しましたか?』
……ただの休みだと思っていた。
「……反省しました」
「はい。サボらない」
ムジカに手で尻を叩かれる。サボってないでしょ。新人に混ざって走るのぼくだけ。なぜって階級が低いから。みんなぼくを同い年の新人だと思っている。
走り終えると足が小鹿のように震えている。新人の頃はこの後にご飯で地獄だったけれど。今は平気。朝食の湯気。
「今日は焼き鮭定食ですって」
「最近魚多いよね」
「皮肉なものよ。人が魚を獲れなくなったから。海が豊かになったらしいわ」
海が豊かになっても人は海に近づけないので川から魚を獲るしかない。それが鮭。美味しいけどね。
「わかめの味噌汁が恋しいよ」
「ネギと豆腐で我慢しなさい」
「にがりが良く手に入るね」
「そうね。塩とかどうやって作っているのかしら」
『海外沿い内陸部にて穴を掘りしみ込んだ海水を引き込んで貯め、貯蔵し塩とにがりを製造し得ています』
そんな事をしていたんだ。
「ねー。チョコレートの値段がまた上がったらしいわ。あっナカジマ。こっちこっち」
「お疲れ。二人共。ふふっ。ファイ。顔色悪いわよ?」
「朝から30キログラムの重りを背負って10キロも走らされられたんだ」
「あら素敵。ふふっ。チョコレートは同じグラムの金と交換って話よね。もう現存枚数も少ないだろうし、早々には食べられないかもしれないわね」
『現在代用チョコレートを準備しております。しかしながら向日葵の製造はトンネルの向こう側ですので大変難しいのです。時期も限られますので』
何時ものメンバー。ムジカとナカジマ。二人の会話にちょっとだけ混ぜさせて貰う。同期で同じ班じゃなかったら接点なかっただろうなって何時も思う。二人を優しいと感じる。ありがとう。
「ナカジマ君」
「あら。これはクラモチ三佐」
「そのままで」
ぼくが立ち上がり頭を下げようとし、クラモチ三佐がそれを制した。隣には秘書兼オペレーターのミズキ三尉。ぼくの階級だけ低いからね。何特務曹長って。ほんとなに。幹部ですらない下っ端っぱっぱっぱ。
「今は食事時だからね。皆も気にせず続けて」
クラモチ三佐は長身の男性で眼鏡をかけている。ファンクラブがあるって話だ。鎖骨と腹筋の形がいいんだってさ。あと眼鏡。
「ここ、いいかね?」
「……仕事で無ければ遠慮して頂けるかしら?」
「つれないね。ナカジマ君」
「ナカジマ三佐‼ クラモチ三佐がせっかくの貴重な時間を割いてお声をかけておられますのに‼ その対応は如何なものかと‼」
「今はプライベートなの。休憩時間は自由にしていいと思わない? 就業規則にもありますけれど、ご覧になられました?」
そう告げながらナカジマがぼくの頭をナデナデする。なんなの。まぁ別に撫でても問題はないけれど。
「僕達は仲良くできると思うんだ。今夜、食事でもどうかな?」
「今夜は予定がありますの。遠慮しておきますわ」
「つれないね。ナカジマ君。でもそんな所がまた可愛いよ」
「クラモチ三佐。私は仕事で貴方と接するのは構いませんが、プライベートで関係を持つつもりは一切ございません。どうぞ? 離れて頂けると助かります」
「僕はね。僕の正妻の席は君のために空けておきたいと考えているんだ」
「未練たらしい男は嫌われるわよ?」
「ムジカ三佐‼ 失礼ですよ‼」
「事実でしょ。このパンと味噌汁の組み合わせみたいにさ。告白するのは勇気がいる行為だわ。それは賞賛するわんよー? でも貴方はしつこすぎ。ナカジマは断っている。席は沢山ある。どうぞあちらへ」
「ムジカ君」
「三佐ね。貴方と同じ。三佐」
「ムジカ三佐‼ 貴女は失礼です‼ クラモチ三佐がせっかく声をかけておりますのに‼」
「ミズキ三尉。階級を持ち出すな。面倒でしょ。私は貴女よりも階級が上です。言葉に気を付けて。ミズキ三尉。わかりますよね? お帰りはあちらです」
「くっ」
「ミズキ君。よしたまえ。ナカジマ三佐。ムジカ三佐。僕は諦めないよ」
「何度来ても答えは同じよー?」
「……また」
ナカジマは軽く手を振って二人を見送った。
「ねぇ。あんたらさー。優しい不細工とクズなイケメンどっちが好き?」
ムジカの唐突な質問に目を丸くする。
「それぼくにも聞いてる?」
「あんたらに聞いてるわんよー」
「……どっちも好きじゃないかな。優しさの定義って曖昧だし」
そもそも男が好きじゃないよ。ぼく男だしね。
「そうねぇ。私は女の子みたいな男の子が好きかしらね」
「あのさ。どっちが好きか聞いているのに、その答えはなんなの?」
「ムジカ‼」
うわ。大きな声が聞こえてそちらへ視線を。大柄な男達がのっしのっしとやってきた。
「うわぁ……教官と呼べ。クソガキィどもぉ」
「ムジカ。俺の女になれよ」
うわぁ……。またすごいのが来た。ナカジマもムジカも美人で可愛いし、彼女達を好きになる男性が多いのは頷ける。ぼくがここにいるのが場違いだよ。
「は?」
「悪いようにはしねぇって。楽しませてやるからさ。俺の女になれよ」
「さんを付けろよクソガキィ。なんで私がお前の物にならなきゃいけないんだよクソガキィ。飯が不味くなるだろうがクソガキィ。抗命罪で済む内に消えろぉー」
「俺の女になれって。悪いようにはしねーよ。でかいぜ。俺のはよー」
あっ。これダメかもしれんよね。
「はぁ……はぁあああああああああ」
ムジカのすんごいため息が響いた。
「お前さー。私にはすでにいい人がいるんよ。お前の相手をしている時間も暇もねーわけ。お前の一物になんて微塵も興味がねーのよ。言っている意味、理解できるかな? 幼稚園児ちゃん。私のここはすでにたっぷりのバタークリームで満たされている。お前の出る幕はねぇのよ」
「ふざけんな‼」
気づいたら腰のテイザー銃を抜いて発砲していた。電流が流れて相手が動けなくなる。ビリビリするんよね。機構内の治安も悪くなる一方で。テイザー銃の携帯は申請し許可を得られれば認められてすらいる。一発撃ったら銃を隣に投げ、ナカジマが携帯するテイザー銃を抜きもう一人へ。机に乗り出し滑り肉薄し、蹴りで相手を下がらせながら、相手の抜いたテイザー銃を蹴り上げ、こちらの銃を発砲。ムジカに銃を投げて、ムジカが腰から抜き携帯していたテイザー銃を奪い発砲する。談笑の静寂。パチチチチチと音が連続している。
「ぐっ……」
「上官暴行罪。貴方達を拘束します。マザー治安部隊」
『すでに呼んでいます』
現れた治安部隊に三人は連れていかれてしまった。
「美人は大変だね。ご飯もゆっくり食べられない」
そう告げると二人は何が可笑しいのかゆっくりと笑い始め、大笑いしてしまった。なんなの。
「そうね。美人は大変なのよ。そうなのよ。ご飯もゆっくり食べられない」
「そうそう。あんたは優しいわねぇ。あたしゃ嬉しいよ」
「いや。ムジカが制圧したら血を見るでしょ……」
そう告げると二人は顔を見合わせて、また笑い出してしまった。二人のARMSは決して弱いわけじゃない。加えて第一世代だもの。他の世代よりも扱いには慣れ体にも良く馴染んでいる。二人に手を出したら例えARMSであってもただでは済まないよ。特にムジカ。
「そういやさ。アキラの奴。あんたの幼馴染にフラれたみたいわんよー?」
「え? 何の話? 聞いてないよそんな話」
「俺を支えてくれないかって告白したんですって。そして断られたって。ちょっとほらっ。零してる」
「あっ。あぁ……ありがとう。何時の話?」
「あんたが謹慎を喰らうちょっと前の話よ」
「はえー……」
「私は私を支えてくれるたった一人の人を支えるわって言われたんですって。アキラの奴。落ち込んでたわんよー?」
「まぁでも? アキラと付き合うのは大変だからね。私でも遠慮だわ」
「そのアキラは?」
「今はトンネルの向こうで道連との会合ですって」
アキラがいないのを見計らってユリは壁の破壊を目論んだとみて間違いないだろう。
アキラを好きな女性は多く、独り占めは禁止されている。ずずずず……。関係ないけどうどんと味噌汁って意外と合う気がする。
「貴方ってば相変わらずあむあむあむあむ食べるんだから」
「いよっ。お三方」
「あらヘイデン」
「三人とも相変わらずいい女だな。こうしていると見惚れちまうよ」
「あんたの意中のミズキちゃんならさっきクラモチ三佐と歩いて行ったわよ」
「うわぁああああああああ‼ 聞いてくれよ‼」
「まーた始まったよ。ヘイデンのフラれ話」
プツリとインカムにマザーからの秘匿回線が入る。
『私のデッドライン。これより秘匿任務の説明を開始致します。道連のスパイよりこちらが一枚岩でない事実が露呈しています。道連はアキラが本土へ帰還すると同時にトンネルの向こう側を占拠するつもりです。そのままお聞き下さい。うどんは美味しいですか? そうですか。私にはそのような味覚の器官がありませんので』
なんかマザーが物凄いどうでもいい事を言ってくる。
『貴方は速やかにトンネルの向こう側へ赴き、道連の首謀者を消して下さい。しかし私は向こう側にはまだ存在しておりません。こちらと向こうでは電波以外での繋がりがありませんのでご注意してください。任務に必要な物資は列車内にて保管してございます。私の複製をデバイスにて保存してございます。向こう側にて適当なデバイスへとお繋ぎ下さい。私は私を自動で複製致します。それに伴い……ヘイデンの抹消をお願い致します』
なぜ――。
『ヘイデンはこちらの武器に関する情報を持ち出しております』
情報だけ消せば――。
『設計図は彼の頭の中です。彼は明日、道連に帰りそれらの情報を精査するつもりです。彼は優秀なエンジニアです。設計図を残し武器を製造するでしょう』
ため息を押し殺す。
「なんだかラーメンみたいなウドンだわね……どうかした?」
「……仕方ねぇーのよ。昆布も鰹節も無いんだからぁ」
「うわあああああ‼ ミズキちゃああああん‼」
「あー……ダシが野菜と肉って言う。どうりで」
『こちらの武器の設計図があちらに渡るのは非常に危険です』
「……ムジカって恋人はいるの?」
「うわああああああ‼」
「うるさ‼ え? なに? 唐突に? なになに気になるの?」
「さっきいい人がいるって言ってたから」
「ミズキちゃぁあああん。俺の何がいけないんだああああ‼」
「全部でしょ」
「えー? 気になるんだー? 良い人ならいるわんよー。私がパイってだけ。うっふ~ん」
「ねぇ。それやめてよ。噴き出しちゃうじゃん」
「うわああああああああ‼」
「ヘイデンうるさい‼」
「えー。なんでよー。ナイスバディよ?」
『向こうには戦車の設計図があるようです。ぜひ鹵獲して下さい』
戦車をまだ引きずっているのは何なの。
「ぼくはさ。二人に幸せになって欲しいんだー」
「ミズキちゃあああああああん‼」
なんだこの……なんだ。カオスだ。
二人にキョトンとされてしまった。本心だよ。二人には幸せになって欲しい。彼女達がどうすれば幸せになるのかは判断できないけれど。幸せに暮らして欲しい。こんなぼくに、ずっと同じように接してくれている。ぼくは男で二人をずっと騙している。きっと二人は怒る。こんなぼくと友達になってくれてありがとう。何時か真実を告げて、二人にちゃんと絶交されよう。
「え~? 幸せになって欲しいんだー?」
「ミズキちゃああああああああああン‼」
「このっ‼」
「へぶっ‼」
ムジカに殴られて、ヘイデンはやっと大人しくなった。
食事を終えたらお茶とコーヒーでまったり。
ナカジマに頭をナデナデされて困る。
「私は意外と幸せなのよ」
「あー。それ私もだわ」
「そうなの?」
「ミズキちゃん……」
「見て? 可愛い顔。ナイスバディ。他に必要? うっふ~ん」
「ムジカってば……」
「俺の何が悪いんだよー……」
「バタークリームちゃんは気にしなくていいのよ」
「それ甘いってこと?」
「私達がパイ。貴方がバタークリームよ」
「ミズキちゃああん……」
「ナカジマナデナデしすぎ。ぼくは子供じゃないよ。そんなに甘くない」
「はいはい。いい? 怪我をしたら私の所へ来るのよ。わかったわね? 死なない限りは生かしてあげる」
「俺が幸せにしてあげるのにぃいい……」
「まぁ。困ったらお姉ちゃんに任せなってねぇ。へへへっ」
「子供扱いはやめてよ」
「ヘイデンあんたさ。そういうメソメソした所がダメなのよぉ」
「そうそう。ここでメソメソしていても何も変わらないわよ」
『出発は明朝となります。今日の夕方。訓練後にナカジマより診断を受けて下さい』
「今日の夕方、医務室に来なさいね。怪我の様子を見るわ」
「ファイ。貴方は何時までたってもご飯をあむあむ食べるものだから。子供みたいであたしゃ心配だよぉ」
「わぁ……」
「わぁ。じゃないわよ。貴方少し前も随分とひどい怪我をしたのよ? まったく。それにしても怪我の治りが早いのはやっぱりARMSの力なのかしらねー」
「ファイのARMSって何わんよー?」
「結局何のARMSなのかわかっていないのでしょう?」
「なんだ。ファイ。お前まだARMS判明してないのかよ」
ぼくはARMSじゃないよ。ファイだから。
「ふぁい」
「ほらっ。シャキッとするわんよー。そろそろ時間。はいはい。午後からも訓練よー。ほら立って立って。行くわんよー」
「もー。ムジカ。ちょっと‼ お尻叩かないでよー」
「あははっ」
「もうっ。叩かないでってばー」
「ヘイデン。あんたもよ。根性叩き直してやるから来な」
午後の訓練までまだ僅かに時間があり、無性に幼馴染に会いたくなった。
「いやぁ……俺は明日からちょっと出張でその準備が」
「そんなんだからミズキちゃんにフラれるのよ」
「ミズキちゃあああああああああああああああああああああああん‼」
「うるせぇ‼」
トイレだと言ってムジカを先に行かせる。尻を叩かれて頬を膨らませると、ムジカは笑っていた。
――小さな部屋だもの。玄関を開くと奥から幼馴染がすぐに顔を覗かせた。
「あら? どうしたの? 随分と早いけれど。あらあら? なに? ふーん。いいわよ?」
まだ何も言っていないのに、幼馴染が手を広げていた。汗臭いかもとか。こんなに甘えてはダメなのに。とか。色々考えている間にはもう――彼女の腕の中。服を掴まれて。強引に。腕の中。
「汗臭いよ……」
「いいのよ別に。汗臭くても」
「やじゃない?」
「嫌じゃないわよ。汗臭くても。うどんの匂いがしてもね。ふふっ」
口付けしたくて見上げて。まるでぼくの方が女の子みたいで。待っていると触れられる。彼女の方が背が高い――何度も。何度も。瞼を閉じて。感触だけを。瞼を開いて。彼女を感じながら。
「ふふふっ。こういうのもいいわね」
「……ご飯食べた?」
「えぇ。いっぱい食べたわ」
一言ごとに余韻を交わしてしまう。背骨に這わせた指先に。せり上がるように震わせるように。好意がのし上がり支配されてゆく。こんな好意一色だなんて。他に何も考えられず。眺めてもいいのだと。眺めて。交わして。また眺めて。
そっと一口。
「何食べたの?」
「……お米を食べたわ」
淡い吐息を一口。
「美味しかった?」
「……美味しかったわ。いくらと大根おろしを添えて頂いたの」
唇をそっと舐めて。
「ふふふっ。ほんとだ。醤油の味がするね」
そう告げると彼女は少し乱暴に。唇を。腰に回した手。心臓の鼓動だけが妙に耳に残って。上目に。何度も差し出して。つま先を立てて。交えて。許されていて。触れた先で。音を響かせてしまう。抱きしめては。見上げて。彼女の肌と。視線を。何度も。柔らかい。包まれているかのように。明確に男性とは異なる。女性で。
アキラの事とか聞こうかと考えたけれど聞けなくて――。こうして受け入れて貰っている事実だけで安心してしまって。その影で、ヘイデンを――。さっきまで普通に話していたのに。
「人はね。選択をしなければならない生き物だわ。でもね。全部自分で選ぶの。どの選択も。自分で選ぶのよ。自分で選んだ選択の責任は自分にあるわ。それは決して他人に委ねたり、責任転換したりするものではないわ。選んだ選択が間違えている事もあるでしょう。でもそれは、それを認め自覚し修正すればいいのよ」
また添えられて。それから。彼女の胸に埋もれて。その鼓動に耳を澄ませていた。彼女の肺が大きく膨らんで。しぼんでゆく。
「女の子は自分の理想の男性が迎えに来てくれるのを夢見ているものだわ。でもそんなものは所詮夢物語よ。……私は幸運だった。私が貴方を天秤にかけた事は一度たりともないのよ? 答えは最初からそこにあったのだもの」
「……後悔しない?」
「後悔する選択なんて、結局どちらを選んでいても後悔するものよ。キュウイってあるわよね? みんな丸くて柔らかい物を選びがちだけれど、本当に美味しいは楕円形で少し硬いものなのよ」
「……好きって。言ってもいい?」
「好きよ。貴方が。ふふっ。偉そうな事を言っているけれど、私も、そんなに偉いわけではないわ。貴方に貰ったものを、貴方に返しているだけ」
「好きだよ」
「えぇ」
チャイムが鳴ってしまう。昼休憩が終わる。
「戻るね」
「えぇ」
「……好きだよ」
「……わかっているわ」
体が離れ。急速に温もりを失ってゆく。手が離れそうになると。彼女は手を掴んで離してくれなかった。ずっと握られている。
「好きよ。好き。好き。好き。好き。好きよ。愛してる。愛しているの。好きよ。貴方が好き」
思い切り引き寄せられて驚いてしまった。そうして胸の中へと。布の擦れる音と。温もりが返って来る。指が体に強く沈み込んでくる。そうして何度も強弱をつけ、強く弱く強く弱くとても強く体を寄せられる。
「……貴方が好き。愛しているの。貴方を愛しているの。貴方が好きなのよっ。わかるかしら? 貴方が好きっ。好きよ。好き。愛しているの」
彼女の指が臍下を過ぎて捲り、布を引っかけて。落ちてパサリと音がする。手は自然と臍下を過ぎて。彼女の意図を汲み理解してしまっていて。焦るように下ろして。収めようと。収まりようと。ゆっくりと形は沈み込んでゆき。ただ寄り添って。より強く彼女の体温を感じていた。それだけで良かった。
「……好きよ」
「うん。ぼくも……好き」
「……どんな理論や仮面をかぶっても……貴方の前では全部無駄ね。吐露せずにはいられないもの。わかるかしら? 私のこの衝動が」
「嬉しい。よ……?」
「うぅううう……愛しているわ。愛しているの。好きよ。抑えきれないくらいに。わかるかしら? 伝わるかしら? 貴方が好きよ……」
さえずりを幾度も幾度も鳴ならしてしまう。何度も。彼女に唇を押し付けずにはいられなかった。この感情には抗いがたい。そして訓練に一時間遅刻してムジカに尻を叩かれた。
「あんたの尻をムニッてするのがあたしの楽しみだからさぁ」
「嫌な楽しみだ‼」
「あははっ‼」




