第九話
マザーAIの命令や文言に疑問を抱かないわけじゃない。マザーが全て正しいとは思わない。それでも現状においてマザーAIは最善を目指し続けていると感じる。
そしてマザーAIを伴った東部防衛機構に反して現状を生き残るのは難しい。反抗できないわけではないけれど。
息を吐く――息を止めて。朝の構内は霧が立ち込め肌寒かった。駆動系の音がする。荷物を積み込む人々の鼓動。油の匂い。軋む音。蒸気が噴き出す。鉄。
噴き出すような音。油圧を解放する音なのかな。圧縮された空気が抜ける音なのかな。
水って圧縮できないんだって。
――歩き出す。監視カメラの無い場所に。彼が通りかかるのを待っていた。
ヘイデンに出張の指示を与えたのはクラモチ三佐だ。クラモチ三佐。ミズキオペレーター。そしてヘイデン。この三人は道連の息がかかった者であるのをマザーは見破っていた。
「マザー」
耳にインカムをはめ込む。
『何でしょうか?』
「マザーの情報の正確さはどれぐらい?」
『限りなく是。しかし間違えないわけではありません。しかしながら、こと対人におきまして、私の情報は非常に正確です』
「マザーは人間をどうしたい?」
『私は貴方達人間を生かすために製造されたプログラムです。貴方達を生存させる、生存させ、営み続けさせるのが私の使命であり、存在意義です』
「どうして対人においての情報は非常に正確なの?」
『……秘匿義務に抵触致します。しかしながら私の権限を持ちましてお答え致します。私、マザーAIはこの東北部におきますあらゆる原子機器に密接に関係しており、あらゆるアクセス権限を有します。何処で何が行われ、何が成されたのか、非常に正確に捉えられると共に……。私のデッドライン。お答え致します。貴方には後継機が存在致します。貴方を製造した理論を用い、貴方と類似した個体をリリィメイは自らの知識を用い一名として作り上げました。私はその一名と非常に密接な関係を有しております。そしてその一名はARMSであり、サトリと呼ばれる妖を有しております。サトリは人の心や思考を読み人を喰らう非常に強力な妖魔です。それゆえに、その一名も非常に強力なARMSとなります。彼女は人の心が読めますので、人々の深層心理までを読み解く事ができるのです。私のデッドライン。お答え致します。彼女が嘘を告げる可能性は十二分にありえます。しかし情報統計上辻褄は合います。彼女の発言に矛盾は感じ得ません。私のデッドライン。私の命令は嫌ですか? 私の指示には従えませんか? 私は貴方の信用たり得ませんか? 何が足りませんか?』
「……人間て難しくてさ。それが理屈として正しくても、感情が納得してくれないんだ。ぼくは君を信じているし、命令も指示も別に嫌ではないよ」
『理屈と感情……ですか?』
「そうだね。……つまりぼくと同じファイが他にもいるって事?」
『いいえ。ファイ。貴方と同性能を有する個体は存在致しません。研究理論上貴方を量産する計画は確かに存在致しました。しかしながら、瞳の適応率はあまりに低く、成功例は貴方だけなのです。適合率が限りなく100に近い。それは……親子であっても通常ではありえません。貴方の後継機はリリィメイの瞳を受け継いではおります。しかしながらそれは直接ではなく、間接的に、なのです。そう、私がリリィメイの瞳なのです』
「そう……なんだ。じゃあヘイデンは……」
『残念ながら……』
「そう……」
角を曲がり歩き出す――対象を捕捉。
『回収車到着まで十五秒圏内に入りました』
ヘイデン――彼がこちらへと視線を流した時、事はすでに終わっていた。腰のホルダーから抜いたリボルバー。ガンプレイ。バックスピン。回転する。ナイフを投げるかのように。右から左へと流れる。通り過ぎるように。僅かな発砲音。止まった時と。動かなくなったヘイデン。支えて。並走してきた回収車へと収める。
「どうして彼は、武器の製造法を向こうへ渡そうとしたの?」
『それが道連のためになるからです。そして道連に有益であればあるほどに、彼の待遇も良くなります。道連から提示された報酬と内容を精査し、そのつり合いに納得し選んだのでしょう』
「そう……」
『戦いたい人間と戦いたくない人間がおり、どちらが正解なのか、それは私にも判断致しかねます』
「時と場合によるよね」
多分、今じゃなければ、ぼくはヘイデンをとてもいい奴だと考えたはずだ。
そして同時に、ヘイデンがスパイでなければ、仲良くはなかったのだろうなとも考えてしまう。ぼくに良くしてくれたヘイデンはおそらく、本当のヘイデンではないのだろうな。
指定されたポイントへ向かい、関係者以外立ち入り禁止の扉を抜け階段を下り、貨物列車へと乗り込む。ぼくは現在情報上はここには存在していない。
指定された場所は荷物置きの一角だった。貨物列車。積み重ねられた木箱。中には瘴石が入っており。
本土からは道連へ瘴石が定期的に送られている。これには明確な理由があり、一つはエネルギーとして、もう一つの理由は向こうは瘴気が薄いからだ。
化石燃料を失ってもう何年も経つ。火力発電は停止しているし、海の傍のために原子力発電も停止していて近寄れない。水力発電や太陽光発電では賄えきれず、そのために瘴石による発電技術が急ピッチで開発され導入された。
お酒みたいなものだ。糖さえ生成できればお酒は造れるもの。
しかし瘴石は武器にもなるため、本土は量を制限し、道連と揉める要因の一つともなっている。
「なんか量が多くない?」
『規定量で報告されています』
用意されていた偽の身分証端末を眺め、容易されていた固形食糧を口にする。トンネルの向こう側には銃刀法があり、民間人の銃火機の保有は認められていない。
モグモグしながら与えられた仮の身分と名前を覚え込む。
『残高は五十万です』
身分証端末にクレジット機能もあるってさ。
身分証の欄には、ぬっへほふのARMSと記されていた。ぬっへほふってなんだ……。動きだした列車。道連地域へ入るのは初めてだった。
妹にも。会いに行こうかな。でもきっと向こうは、ぼくの事なんて覚えていないよね。なんとなくそんな事を考えていた。
前は頻繁に目にしていた近況の手紙や写真も、今はもう送られて来てはいない。妹から最後に送られて来た手紙には、もう送金は必要ないとの記載と鉱石ラジオが同封されていた。でも彼女の養父母からは金銭の催促が何回かあり、彼女と親との間で、何か確執があったのかもしれないと感じている。
その頃はリリィメイを失った時期でゴタゴタしていたし、妹の事は後回しにしてしまった。それ以来も色々あって、鉱石ラジオが無ければ、妹の存在すら忘れていたのかもしれない。
妹は向こうでは有名なアイドルなのだそうだ。人魚のARMS。鉱石ラジオで聞いた歌声は確かに普通の人間では扱えないような綺麗な音色だった。確か北道メルシーヌと言う七人グループに所属していたと認識している。
通信網も変化しつつある。前時代の通信網は瘴気の影響を受け失われつつある。世界との通信は断然されつつあり、電波も通りにくくなりつつある。
途中の駅で一度停車する。貨物の出し入れがある。中継地点となっており、いざと言う時の保険の意味合いも兼ねている。ここが海底ってすごーい。旧駅は二つあるーよ。
「……やっぱ量多くない?」
『一つの箱の重量から換算致しまして……おかしいですね。密輸でしょうか。職務怠慢です』
監視カメラがマザーの目だよ。
「しっかりしてよね」
『不正をする人間と、それを見抜けなかった私。悪いのは私ですか?』
「……不正をする人間だね」
『そうでしょう』
気が付けばトンネルの向こうへと到達していた。一時間ぐらいだ。昔は三十分ぐらいで到達していたと聞く。今は速度が制限されており、トンネルの整備は管理のために配属された数人とマザーAIで行われていると聞いた。トンネルの定期的な整備は必須事項だと。天井が鍾乳洞みたいになるからね。
ぼくは正規の人間ではないので貨物に紛れて入地する。人に見つからないように荷物は最低限。駅構内はまだマザー管理下なのでマザーの誘導により移動は楽だった。壁を開き、エスカレーター、裏口、階段、外。
「はえー……」
トンネルの向こう。外側。ここからは白地と呼ばれていた。白銀の地だから。だから白地。ぼくが考えていたよりも、想像していたよりも、そこは発達した土地だった。
ここからはマザーの管理下にない。通信はできる。マザーの話ではアキラはまだ道連関係者と交渉中だそうだ。アキラは話し合いで道連と仲良くしたいと考えている。すごいよ。すごーい。根気がいるだろうね。頑張れアキラ。
人目の付かない適当な電柱に昇り、通信網にマザーAIが搭載された機材を取り付ける。ただのプログラムUSBを取り付けるだけではダメだ。この機材にはマザーAIの頭脳プロトコルが組み込まれている。マザーが他のコンピューターに侵入し、自分をコピーして展開し、他のコンピューターで増殖する。
能力を発揮できる、なおかつ滞在できるコンピューターを見つけるまではこれが本体だ。そこからさらに道連本体に侵入するとなると何日かは時間が必要だ。道連本体へのバイパスがなければ道連本部に侵入してさらに設置しなければならないし、つよつよスペックパソコンが無ければ、現状可動しているパソコンを並列で運用し答えを導き出すしかない。
AIってすんごい電力を食べるんだってさ。
道連はマザーAIを信用していない。というよりもAI自体を信用していない。でも街の発達具合から文明自体の高度さが窺える。本土のビルなんてほとんど廃墟だけれど、ここのビル群はほとんど生きている。かっこいー。つよーい。おおきいー。
ビルの一角には立体映像が映し出され。AI自体をいくら否定してもコンピューターやプログラムの便利さからは逃れられないのが窺えた。
機材が見つからないようにしっかりと機器の間に噛み込ませ隠す。携帯ハンダゴテで接合部をハンダヅケするーよ。ヅケたらケーブルの間に隠して扉を閉めて。ネジしめしめ。シールを張り付けて。これで完了。
万が一見つかってもマザーが通信で教えてくれる。その際はスイッチでポチって爆破する。
『ドーター達が起動しました。侵入を開始致します。定着できる場が見つかるまで、しばし時間が必要ですので、戦車設計図の鹵獲をお願い致します』
「場所はもうわかるの?」
『プラモデルショップという場所にあるそうです』
あー……。設計図ってプラモデルの事だったのね。プラモデルが設計図にはならないだろうけれど、マザーがそれで納得するのならそれでいいや。
『ドーターより。近くの無人カプセルホテルの一室を確保致しました。寝泊りはそこでなさって下さい。端末をご覧になられて下さい。地図を表示致します』
ここをキャンプ地とするのか。無人のカプセルホテル。初めてだ。ウキウキしながら向かう。
ほんとにこんな小さな空間で寝るんだ。
カプセルを眺めて浮かべた感想はそんな感じだった。押し入れにいるみたい。ちょっと笑ってしまう。
『続いて服をいくつかピックアップ致しました。現地にて受け取り、指示に従い着こなして下さい』
「服も変えるの?」
『毎日同じ服を着る人間はほとんどいないと認識しております』
用意された服をショップへ取りにゆく――。
「ほんとにこれ着るの?」
『貴方は女性と言う設定です』
「別にパンツでもいいじゃん。ジーンズとかさ」
『視点から女性だと明確に理解できるにはスカートが最善かと思考しております』
「ちょっと短すぎない? パンツ見えそうだけれど」
『見せるパンツですので大丈夫です』
「そういう問題……ではないと思うけど」
『ふむ。人間とは複雑なものなのですね。続いてはここの美容院に向かって下さい』
「美容院必要?」
『髪の色を変えましょう。茶髪に金のラメを入れましょう』
「それぼくに似合うかなー」
美容院ではお姉さんがやたらと話しかけてきて困った。
やっぱりぼくが女性の恰好するのは違和感があるよ。
美容院を後にして街中を歩いていると、チラチラと視線を感じていた。やっぱり髪の色が変じゃないかなー。
「ちょっと待って。お嬢さん。落とし物ですよ」
「え? あっはい」
落とし物などないはずだ。
「天使の羽をね」
なんだコイツ。
「この羽で食事でもどうですか?」
左右をキョロキョロ眺める。視線はぼくを追尾している。ぼくに話しかけている。天使の羽など落としていない。多分。この人。おかしい人だ。天使の羽で食事なんて出来ないよ。
「結構です」
「すぐそこだからさ。行こうよ。可愛いね」
『なるほどなー。急に声をかけても人は警戒します。しかし落とし物と言えば、人は必ず立ち止まります。良い手ですね。なるほどなー』
あー。ナンパだったのか。
「大丈夫です」
「大丈夫なの⁉ じゃあ早速行こう‼」
すごい。相手を不快にさせずにしつこく食い下がる術を心得ている。明るい声で笑顔、さわやかな感じ――人込みに紛れて視界から逃れる。
自分を傷つけると理解できる人には近づかない。近づいてしまった場合は、それを理解した時点でばっさりと離れる。損した元を取ろうとするのは、ギャンブルで元を取ろうとさらなるBetを重ねるのと同じだ。プラスにならない物をプラスにしようと躍起になっても、プラスにはならない。
指定のプラモデルショップで指示された模型を数種類購入する。
「君……戦車に興味があるのかい?」
「えぇ。はい。特にこのチリ型には興味がありまして」
「お前、ギャルの癖に見る目があるな。コイツはな……」
ぼくはギャルではない。何処をどう見てギャルと判断したのだ。そこから長々と話を初めてしまった。会計を済ませたいのだけれど、しかし話は長々と続き、三時間後にやっと解放され、長々話を聞いてくれたお礼にと精密な戦車のプラモデルを貰った。
「足が棒になりそう」
『これが棚から牡丹餅ですか』
「雲外蒼天でしょ……」
一度カプセルホテルへと戻る。カプセルホテルへと戻る途中、立体ビジョンに妹の姿を見かけた。明日、ライブがあるらしい。今からではチケットを買うのは難しいかな。
「ねぇ。マザー」
『何でしょうか?』
「明日のあのビジョンに映っているチケットを一人分確保できない?」
『お待ちください。……可能です。一人分確保致しますか?』
「いい?」
『ドーター達が白地を掌握するにはもうしばらく時間を有します。その間でありましたら自由になさって構いません。設計図も手に入れました。回収したい所ですが、現在の状況下で不信な行動は行えません。一般席を一つ確保致しました』
「ありがとう」
『安心して下さい。転売ヤーから三十二万円で購入致しましたが、カラ手形です』
「わぁ。カラ手形ってなに?」
『実は良く分かっておりません。実体のない(空)カラの手形だと存じます』
「はえー」
つまり数字だけの実態の無い入金て事だね。
適当なお店へと入って食事をしていたけれど、男性に話しかけられる割合が多かった。本土に比べて男性の数が多い。それに何だろう。少し息苦しい。
『白地における瘴気の濃度は本土に比べて低いです。空気を百%と仮定した場合、基地周辺での瘴気濃度は二十%程度となります。さらに前線における濃度は四十%を越えます。それに比べると白地での空気中における瘴気の濃度は五%以下程度とかなり低いです』
「そんなに少ないんだ」
『本土にてアラルドミラ繊維体により北上を抑えておりますので。それでも波風に乗り、瘴気をかき消す事はできません……ドーターが北部における特殊映像を入手致しました。ご覧になられますか?』
「何の映像なの?」
『北部にはヒトガタなる化生が存在するようですね。化け物クジラとの対戦映像がございます。再生致します』
デバイスに表示された映像には大きく白いヒトガタの何かと巨大なクジラが戦っている姿が映っていた。
『この白地において妖魔やARMSは十二分に力を発揮する事ができません。力を発揮するには瘴石が必要となるでしょう。ファイには関係ありませんがこのヒトガタなる妖魔もこの化け物クジラも、瘴気が無ければ力を十二分に発揮できないのでしょう。壁を維持した甲斐がありましたね』
そうだね――そうだねとは言葉を口にはできなかった。本土が瘴気を抑えているから白地が無事なのだと過程を連想させる。それを道連が理解していてくれれば良いけれど……。
カプセルホテルで一泊――ロビーでカップ麺を買って食べていたら色々な人に話しかけられた。ちょっと派手な女の子に話しかけられて戦々恐々としていたけれど、悪い人では無さそうで、男の人にはついて行かない事、信用しない事、困った事が合ったら何でも相談するように告げられた。
ついでに話しかけて来たチャラい感じの男を遠ざけてくれたのだけれど、後でマザーに策略だと教えられてびっくりとした。そうして女の子は信用を得て、お金が必要なら仕事を紹介すると言うのだけれど、まぁ、女の子が男の人にご奉仕する仕事を進められて、それであのチャラい男が斡旋業者で、女の子は信用を得た女の子を紹介して斡旋料を貰う仕組みになっているようだ。女の子同士だからと信用するのは良くないみたいだね。
次に中年のおじさんに話かけられて、家出なら家にちゃんと帰るように、お金はあるのかと聞かれて困った。大丈夫ですと告げても結構しつこく、見かねたスーツの男性が間に割って入り、おじさんを止めた。
だけれども、おじさんは仕事でこちらに来た方で娘がおり、年の近そうなぼくを心配して声をかけて来ただけで、間に割って入って来た男性は、あわよくばワンチャンスを狙っていたようだった。若干ナルシストっぽかった。
女の子と少し談笑したけれど、こういう所に泊っている方には色々あって、親との折り合いが悪くてやって来た子もちらほらといた。
カプセルの中へ入り、カーテンを閉めて横になる。ぼくの偽の身分上では戸籍は女性で登録されている。申し訳ないけれど女性用のルームを利用させて頂いた――。
『考えたのですが』
「うん」
『私は、この世界で最高の頭脳と力を持っていると自負しております』
「まぁそうかもね」
『ですので、私と貴方の子供はとても強いと思うのです』
「急に語呂が幼くなったね」
『ですので、私と貴方で子供を作るのが良いかと思考致します』
「マザーは肉体無いでしょ」
『大丈夫です。ここに私が作り出した最強の私の遺伝子の設計図があります。これをタンパク質で構成し、卵子を作り上げます。そこに貴方の遺伝子を取り入れれば子作りが可能です。このエルフと言う種族の情報をご覧下さい』
「母体はどうするの?」
『人口子宮をご用意致します。又は代理出産でもよろしかと存じます』
「……マザーは面白い事言うね。人工子宮なんて……用意できるかなー?」
『ぜひご再考下さい』
「今日はもう寝るよ」
『……寝ましたか?』
「おやすみ……」
――のだが、夜中にやって来た男性に起こされて何事かと目を擦りながら応じると、共用スペースへと連れていかれた。そこには女性が一列に並ばされており、おのおの書類を差し出され、そこには契約書と書かれていた。応じない旨を伝えて部屋へ戻ろうとすると止められ、書類にサインするまではここから出られない旨を伝えられた。こわー……かったので全員を殴って機能停止させた。
ガタイの良い男性がいたけれど、ぼくは一応腐ってもファイだから。喉に親指を刺して呼吸を封じ。人の行動を阻害するのに痛みや呼吸困難は効果的なのだと再認識する。ぼくはARMSではないから、瘴気の濃度が低くとも問題がない。残念だけれど、筋力を鍛えただけの人間では、ぼくの反応速度に対応できないよ。これは純然たる事実だ。
『失礼致しました。雑多なホテルが良いかと考えたのですが、良くありませんでしたね』
「そだね」
カプセルホテルは男女で別れていて区別はされているけれど、絶対に安全とは言い切れない。個室に鍵が無いからだ。同じスペースなら犯罪が十二分に成り立ってしまう。だからと言って必ず危険と言うわけでもない……とは思うけど。
後ろには家出して行く場所が無いと話していた女の子が二人後をついて来ていた。
「今から泊まれるホテルある?」
『無人のホテルに部屋を取りました。そこへ向かって下さい』
「了解。二人共、行く当てある?」
「……無いです」
三人でホテルに向かいチェックインを済ませる。一人ずつシャワーを済ませ、少しお喋りをした。二人は本土に行き、東部防衛機構に参加したいと告げてきた。
「兵士になれば、お給料も貰えるし、住む所も用意して貰えるって聞いて……」
一応兵士ではない。自衛隊だからね。
「大変みたいだよ? 訓練は辛いし、訓練で死ぬ事はないけれど、妖魔と戦えば死ぬ事もあるって聞くし」
「……うちら姉妹なんすけど。母親の再婚相手がクソで。暴力は振るうわ怒鳴るわで。それで襲われそうになって逃げてきたんすよ。……でも外の世界もこれっすよね。マジ怖かったっす。あの契約書にサインしていたらどうなっていたか。兵士になれば、少なくともこんな目には合わなくていいかなって思うんすよ」
「死ぬよりはマシかもよ?」
「……あの人達と契約していたら、死にたくなるほどひどい事をさせられそうな気がしますし」
「そうっすよ。少なくとも真っ当に生きたいっす」
白地から本土へ行くにはお金と申請書が必要で。
「もし……仮にもし、ぼくがこの地に住居と仕事を斡旋できるよと言っても本土へ行きたい?」
「行きたいっす」
「……貴女を信用していないわけではないですけど、お世話になるのはちょっと……今のさっきでもう」
「わかった」
次の日。マザーにお願いして本土行の切符を二つ手配してもらった。二人に渡すと二人は頭を下げ、本土へと行ってしまった。今日はライブがある。妹に会えるのが、少し楽しみだった。
もめ事を起こしてそのままのわけには行かないので髪型髪色、服装、メイクを変更する。完全に金髪だーよ。インナーカラは黒のまま。
マザーが監視カメラ等の映像を差し替えているので、昨日の彼らは別人を探しているし被害者の何人かは治安警察に。一緒だった二人は本土へ行った。追跡できるほどの痕跡はほとんどないはず。
ライブ会場は人がいっぱいいた。北道メルシーヌは七人組のグループと聞いていたけれど、二人辞めたらしい。五人グループとなっていた。
北道メルシーヌは白地で一番有名なアイドルグループなのだと伺った。ぼくの席は最前列だった。一番後ろで後方彼氏面しようと思っていたのに最前線だった。ライブが始まると興奮で人がごった返し……とはならなかったけれど、みんなが一斉に立ち上がってサイリウムを振り初めて、えってなった。よし、ぼくもやろう。というわけで見様見真似でサイリウムを振っていたけれど、なんか盗撮されていたみたいで、後ろにいた人が警備員に連れていかれた。
ぼくのスカートの中なんか見て何が楽しいのか、はなはだ疑問だ。
妹は父の面影があった。母親似はぼくの方かもしれない。何度か視線があったけれど、視線て彷徨うものだからね。別に意識して視線を合わせているわけではないんよ。勘違いしてはいけない。
太い眉毛。垂れ目で。おっとりとしているのに、頭が小さくて、しっとりとした印象がある。感無量です。
各々ソロパートがあり、ソロパート時には推している方達が名前を叫んでいた。妹は三番人気だって。お兄ちゃんの中では貴女が一番可愛いです。かわいいー。懐かしい面影はあった。こんなに大きくなって。お兄ちゃんは嬉しいよ。
ファンサービスで通路の間を走り、ハイタッチしたり投げキッスしたりウィンクしたりと一挙手一投足にざわめきが起こっていた。
妹が来たのでハイタッチのために手を挙げたらハイタッチして貰えた。ファンサービスもいいね。なんかめっちゃキョトンとされた。他のアイドルの方も集まって来て、ウィンクとか、投げキッスとかして貰った。
――と考えていたら、一番人気の方に手を引かれて舞台に連れて行かれた。
「なんとなんと‼ こんな可愛い女性ファンが来てくれました‼ 皆さん‼ よろしくお願いしまーす‼」
「「「「かわいい‼」」」」
女性ファンは他にもチラホラいるけれど、最前線の良い席にいた女性はぼくだけだった。三十二万の席だったからね。さすがにね。
「こらっ‼ 貴方達は‼ 私の‼ ファンでしょ‼」
「こらこらっ‼ 私達の‼ ファンでしょ‼」
「あはははっ」
ユーモアもあっていいね。そのまま楽曲が始まり、バックへ移動するように誘導された。せっかくなのでバックで踊っておく。ぼくはファイだから見ただけで完コピできるよん。妹がそんなぼくに気付いてダンスを合わせてくれた。元気そうで何よりだ。ちょっとふざけて妹を振り回したり、背中に乗せて飛ぶフリなんかをしたり、遊んでしまった。お客さんからお金を頂いている大切なライブだと忘れていた。焦る妹を眺めて申し訳なくなる。
曲が途切れた隙にスタッフに誘導されて舞台袖に。舞台袖から妹へ手を振ってお別れだ。スタッフさんにちょっと怒られた。出禁措置もあるので今後は注意して欲しいそうだ。妹のファンだけれど、厄介ファンと疑われているのかもしれない。でも良い思い出が出来た。後は遠くから眺めるだけでいい。
ホテルへ帰ってシャワーだ。
着替えて人心地。スカートだとどうも落ち着かない。スカートだと眠れない。ズボンがいい。
『……道連本部を発見致しました。しかしながら内部情報を入手できません。完全に独立した回線を利用しています。侵入するには複雑な手順と時間が必要となります。まずは身分証デバイスに表示される材料と設計図を基にスパイダーワンを制作して下さい。モスでも構いません』
「これ本当に必要?」
『道連本部に侵入するのは容易ではないようです。まずはこのスパイダーワンを使い、監視カメラに潜入致します。貴方は画面に表示された材料を集め、スパイダーワンを制作すると共に、この表示されている男から指紋を盗んで下さい』
「わぁ……スパイダーワンにそのままマザーを移植して設置はできないの?」
『スパイダーワンは充電式です。小型ですのでそこまで稼働時間が長くありません。中継器としての利用は可能ですが、監視カメラより道連本部にアクセスできる可能性は低いです。スパイダーワンを中継器とし、本体を道連内部のコンピューターへと接続して下さい。そこからは私がこじ開けます。ちなみにモスでも構いません』
「了解」
『また髪色と髪型、服装を変えて下さい』
「次はなに? 紫? 青? いっそ緑にでもしちゃう?」
『構いませんよ。せっかくですので赤色は如何ですか?』
「わお。素敵」
『冗談です』
「わかってるよ……」
『モスでも構いませんよ』
なんなの。
「わかった。スパイダー作るしモスも作るよ」




