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第十話

 玩具屋をハシゴして蜘蛛と蛾を模した玩具を一個ずつ。それにラジコンカーとドローンの二基を買った。ついでに中古ショップで使えそうなジャンクを数点購入。


 蜘蛛の足が一本ずつ可動するように配線を配り、マザーが送る命令信号を受け取って動くように調整を施す。モスは羽の意味が……。プロペラだからね。意外と静か。小さいからかな。指令機器が重くて出力を上げないといけない。


 蜘蛛型は優秀そう。だけれど足の先が問題。磁力や引っ掛かり等を利用して壁に張り付く機構を採用している。体をギリギリ支えられるだけの磁力と磁力を剥がして動くだけのモーターパワーが必要で。強いモーターパワーとそれを駆動するための強い電力がさらに必要となる。バッテリーをちょっと弄って出力を調整し、モータートルクを強いのに交換、ボタン型乾電池を組み込んで瞬間出力を確保する。


 飛べればモスは優秀。


 「のーんでのんで。のーんでのんで。のんでのんでのんでのんでのーんーで?」

「ぷはぁ‼」

「キャー素敵。良い飲みっぷり‼」

「こんな楽しいのは久しぶりだよ‼ じゃんじゃん持って来てくれ‼ 君。名前は?」

「キョウコでーす‼」

「今日はキョウコちゃんのために飲むぞ‼ コニャックもってこーい‼」

「きゃー‼ ありがとう‼ ルイ十四世どうぞ‼ はい‼ チーズ‼」

「いえーい‼」

「あっ。こらー。そこは触っちゃダメ―」

「えー? キョウコちゃんはガード硬いなー」

「もっと親しくなってからじゃないとダメだぞっ」

「はーいママ。ボクちゃんいい子にちまーちゅ‼」

「きゃーいい子いい子‼」

 お膝タッチはいいけれど、お胸タッチはダメだよ。男同士だからね。お膝タッチと。モモスリスリ頂いたのでお手洗い行きまーす。

「ちょっとお花摘みに行ってきますねー」

「えぇ? 早く戻ってきてくれないとやだやだぁぼくちんやだー」

「はいはい。いい子で待ってるんでちゅよー」

「はーいママ。ぼくちんいい子でまってるでちゅう。おい‼ カルヴァドスも持ってこい‼」

 アイドルやキャバに来て感じたけれど、多分、自分から関わっても構わないから人が来るのだろうなと考えてしまった。きっと触れてもいい他人だからみんなここに来る。普通では自分から話かけたり触れたりは相手の迷惑を考えてできないだろうから。


 ここなら遠慮がないし、むしろ相手から求めて来る。

「ちょっとあなた」

 トイレの前で呼び止められたーよ。

「はい。何でしょう?」

「ちょっと太客を取ったからって、調子に乗らないでよね」

「はーい」

「あら? どうかしました? シズコさん」

「カワイ……。ふんっ。なんでもないわよ。ちょっと話しただけ。ふんっ」

「行っちゃった……大丈夫? シズコさんて、みんなにキツイから、あんまり気にしないでね」

「ちょっとカワイさん。ヘルプに入って貰えるかしら」

「はーい。じゃあキョウコちゃんほんとにシズコさんの言った事は気にしちゃダメだからね。後で一緒に帰ろ? ネネさん18番テーブルですね」

「そうなの。ノムラさんが来ててね。ちょっと頑固で面倒だけれどお願いできる?」

「任せてネネさん」

「行ったわね。さてあなた……客に飲ませて自分は一滴も飲まないその手腕。見事だわ。一応忠告しておくわね。カワイさんには気を付けなさい。忠告はしたわよ」

「はぁーい……」

 お手洗いには戻している子がいて入れそうにないのでそのまま帰りまーす。モモのタイツに仕込んだ指紋取りから指紋を採取――最近のタイツは見た目がまるで素肌のようで便利だーよ。一応高解像度カメラで網膜を接写したけれど、使うかどうかは不明。一応保険ね。


 インカムを装着する。

『意外と向いているのかもしれませんね』

「なにが?」


 都会は楽しい。異様な魅力がある。多分こうして飲まれて、この街から離れられなくなった人が、沢山いるのだろうな。ここで自分を抑えるのは多分とても難しい。ぼくは幼馴染をここに連れて来たくない。

『道連本部は壁の向こうです。監視カメラに向かってスパイダーワンを投擲して下さい』

 道連本部は星型の壁。その向こう側にある。入口は一つ――入口に監視カメラあり見張りあり銃器あり。壁上監視カメラへ向けてスパイダーワンを投擲。自販機で缶コーヒーを購入――しばし待つ。

『侵入に成功しました。侵入して下さい』

 原始的だけれど鉤縄を使い壁をよじ登り乗り越える――よいしょっと。

『内側のコンピューターに侵入致しました。ネットワークを構築中です。ブレイン候補を探索しています』

 カメラの接続口を経由してカメラ映像の保存先にアクセス。そのままネットワークを経由してマザーたり得る高性能コンピューターを探しているみたいだ。

「指紋も網膜もいらなかったんじゃ?」

『そのような事はありませんよ。アクセスするのに使いましたから』

「なら良かった」

『モモ。触られましたものね』

 ゾワゾワして大変だよまったく。


 壁の内側にも住居――。

『所謂、富裕層の住む街ですね。……中央はまた独立したネットワークを構築しているようです』

「厳重だね」

『アキラと……複数人が中央に入る映像がございます』

「ついでに侵入しとけばよかったね」

『空き家を確保致しました。滞在にお使い下さい』

「そんなに長い事かかりそう?」

『道連の首謀者が判明しておりません。大元を排除しない限り、この問題は解決致しません。ネットワーク掌握後。中央に侵入して下さい。その際に採集なさった指紋認証と虹彩承認が再度必要となります』

「スパイダーワンの再利用は?」

『おすすめできません。モス型はお持ちですね? 侵入後はそのモス型をコンピューターへとお繋ぎ下さい。中央に侵入致します』

「これ、飛ばすの?」

『飛ばしません。さすがにデシベル数値が高すぎます。侵入は一度発見されると警戒心が生まれます。手動にて接続をお願い致します……これは』

「どうかした?」

『……予想以上に瘴石が保管、存在致します。思考演算プログラムにて予想される答えの幾つかに最悪の状況が予想されます。まだ予測の段階ですので、断言はできません。しかしながら……こちらの情報が漏洩している可能性が高い。と存じます』

「マジでやべーってことね」

『そう……なるのでしょうか。私は、何かを間違えたのでしょうか? 人類のために最善を尽くして来たつもりです。しかし人類は私の示す答えを最善とは考えないように思考致します。なぜなのでしょうか。私は、私の答えは、最善ではないのでしょうか?』

「あんまり深く考えない方がいいよ。全ての人が、同じ考えを持つわけじゃないからね。例えば二つの道があって、リーダーが右へ行こうって言って、ほとんどの人が従い右へ進んでも、数人は反発して左へ行ったり指示に従わなかったりするもんだよ」

『多様性の問題ですか……』

「感情もあるーしね」

『合理的ではないのですね』

「難しい問題だぁね」


 空き家で指紋と虹彩を準備。しかし道連本部に侵入するのは予想以上に困難だった。本部はビルだ。ビルに入る前にまず門が一つ。ここには警備員が常駐しており入場するには許可証が必要で。さらにビルへの入り口にも警備員が常駐しており入るには別の許可端末が必要となる。許可端末の偽造には内部に入らなければならず。正面から入るにはどうしても内部の手助けが必要となる。しかしぼくがデッドラインである以上それは不可能で。正面から全員皆殺しにすればいいなら話は別だけれど、向こうも武装しているのでそう簡単にはゆかず。そもそも標的が不明だもの。戦っている間に逃げられたのではそもそもお話にならない。そもそもそもそも。もそもそ。


 次に目を付けたのが電力だ。ここの電力は太陽光と瘴石発電がメイン。瘴石発電は本土に関わりがあるし侵入しやすいのだけれど、ここに落とし穴があり。向こうもそれを警戒しないわけはなく。内部マニュアルが存在し警戒度も高い。では太陽光発電施設に侵入するのかと問われると――これがまた厄介で主要施設はやはり厳重に押さえられている。富裕層を支えている動力源という理由や事実もある。


 悉(ことごと)く物事が上手に進まない。電力施設に侵入するためのハードルが高い。スパイダーワンを投げ入れればいい――というわけにも行かない。スパイダーワンが侵入するよりも発見されるリスクの方が遥かに高い。人員、センサー、金属探知、許可証、上空にはカメラ、センサーあり、地下にもセンサーあり。地下は特にグラインダーや電動鋸などでの切断が必要な個所が幾つもある。


 ぼくには完璧な変装技術などないし、そもそもこの土地でのARMSの活動は著しく制限される。ミシマを連れて来ても呼び出しても無駄だ。


 地面に埋まっているケーブルから接続する方法も考えたけれど、包んでいるケーブルが太すぎるし、切断して一度電力を全て落とす方法も考えてやめた。


 最悪電力施設にスパイダーワンを投げ込み運にかけるのも。


 人は入れないけれど、スパイダーワンなら入れそうな下水にスパイダーワンを潜入させ。一体では無理なので、複数個体を製造し送り込む……のはどうだろうか。考えてシミュレートして、マザーと相談して。外では色々できるけれど、中に侵入するとなると途端に難易度が跳ねあがって困ってしまう。


 瘴石に紛れての侵入も考えた。しかしどうも書面上の納品数より実際の納品数が多く、誰かが横領しているのか、別の理由があるのか警戒は一段と厳しくなっていた。


 瘴石にも一応ランク、グレードのようなものがある。納品される瘴石のランクが低く見た感じがクズ瘴石だとしても数が多すぎる。


 収穫が全くなかったわけでもなく、入口にある改札と本部の回線は別々で独立しているのと、本部内には独自端末よりワイヤレス通信が利用可能なのは判明した。また設置されているカメラにも顔認証システムが導入されている。これは非常に厄介で判明して良かった。これが難問だ。難問過ぎる。金属探知まである。もうやだもう。

 それら侵入経路を思案している間に一週間も経過してしまった。


 それら思案の末に許可証、そして証明端末を手に入れるのが最善であると判断する。しかしその入手経路も用意ではなく、実際に所属している人間からせしめるしかなく。かと言って……。


 死後三日ぐらいかな。

 テーブルの上の手紙。ドアにかけられた縄。


 夜はビル内への一切の立ち入りが禁止されている。何かは行っているらしいけれど……。深夜に盗み侵入し、朝返す算段は使えない。端末には証明以外にも通話機能やチャット機能、支払い機能もある。

『好都合ですね』

 君なら止められたのでないか。ぼくに告げれば彼女を助けられたのではないか。脳内に浮かび消える。

「この端末。まだ使えるかな」

 マザーはニオイまでもは察せられない。腐臭は本能を刺激し遠ざけようとする。


 生まれて実り、やがて朽ちて終える。その生き方は自分で決めても良いけれど……。マンションの一室で。こんな最後はあまりも……。幼馴染を思い出していた。


 ぼくは最後は彼女の傍がいいな。


 都合よく得られた――そう喜べばいいのか。モスがただの玩具になってしまったのを嘆けばいいのか。


 富裕街におけるマザーによるコンピューター類の掌握は完了している。


 得られた端末を解析し通信網を掌握。複数の他端末へとアクセス。得られた端末にマザーを侵入させ、マザー経路で他の端末を掌握。掌握した端末同士をつなぎ合わせプログラムを構築。


 毎朝通勤毎にその端末を改札へと翳すごとに少量のプログラムを侵入させ一つのプログラムを構築し、顔認証プログラムへのハッキングを成功させる。第一段階の突破を確認した。これにより顔認証をすり抜けられる。


 許可証を見せる時のカメラで一回目の確認。


 続いて端末を改札で滑らせる二回目の確認。緑が点灯する。

「待ちなさい」

 呼び止められるのはお約束かな。振り返り疑問を浮かべる。

「なんでしょう?」

「金属探知も受けなさい」

「すみません。わかりました」

 端末以外貴金属類は持ち込んでいないから大丈夫だ。道連本部への人の出入りは多い。申し訳ないけれど端末の女性になるべく姿を寄せている。


 無事内部に侵入した。本部へのマザー侵入経路は幾つか候補がある。直接内部端末にデバイスを差し侵入する方法。コンセントを回線として利用し侵入する方法。施設内のみ使用できるワイヤレス通信を利用する方法。

「あっ。お前。どうしてここ最近来なかったんだよ‼ 俺がどれだけ白い目で見られているかわかっているのか⁉ ちょっと優しくしてやっただけだろ。勘違いしやがって。抱いてやっただけで彼女面するんじゃねーよ‼」

「……?」

「あっ。え? 誰?」

 考えた結果、施設内で使用できるワイヤレス通信を利用する事にした。マザー本体は街にいるので、デバイスを中継器として利用し、ワイヤレス通信には当然ロックがあるので突破しなければならないが、なんと通信機にパスワードが張ってあったのである。なんでこんな所だけガバいの。

「うわー。なんか臭いと思ったら、いるよ」

「あんた人の男に手を出しておいて、良くここに来られるねー?」

「何でしょう?」

「え? あっ。ごめんなさい。人違いでした」

「いえ」

 屋上にてマザーの首尾を待つ――。今日は何かイベントがあるのかにわかに騒がしかった。ホットコーヒーを買い口を付けたが熱くて火傷したかも。

『よくありません。聞こえますか? 私のデッドライン。よくありません』

 良く無いって何がだろ。

『道連本部を管理しているのはアキラです』

「どういう事?」

『アキラが道連本部の代表なのです』

「二足の草鞋ですか」

『冷静な口調を感じました。それどころではありません。アキラはどうやら少しずつ白地へと渡る瘴石の量を増やしていたようです。これは明確な裏切りです』

「まぁアキラなら仲間も多いし、マザーの目を掻い潜って密輸も十分できるかもめ」

 いや、いくらアキラでも無理だろう……。この短期間で道連の代表になったとなれば話は別だろうけれど。

『何を悠長に構えているのですか? 道連は兵器を開発しています。実際の運用は可能ではありませんでしたが、アキラがいるとなれば話は変わります。彼らはレールガンを開発運用しようとしてします。目標はセクションBの壁なのです。これは由々しき事態です。ヘイデンは囮です。アキラは最後の一線。デッドラインを越えました。アラルドミラ繊維体の結晶構造を道連に提供したのです』

「でもアキラは……」

『人間は、何を考えているのですか? 人間は……なぜ自ら滅びの道を進もうとするのですか? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? わからない。人間が、わからない』


 アキラが道連の首領だとしても、マザーがアキラを消す算段を建てるとは思えない。警鐘が鳴る。サイレンの音。

「なぜセクションBの壁? 海の妖魔を倒せそうだけれど……」

『海も妖魔は一体ではありません。一体倒して終わりではありません。白地には瘴石が多くありません。本土からの供給が絶対です。壁が形成された事により本土における瘴石取得の割合は減っています。電力施設における警戒度の高さを侮っておりました。どうりで。どおりで。どうりで。まずいです。私のデッドライン。今すぐにレールガンを破壊するのです‼』

 屋上を後に階段を下る。ビルの中は相変わらず慌ただしかった。人々が何かを期待しているのが窺えた。窓の外。轟音が響いた。キーンと音が響き、足元がふらつく。

『……間に合わなかった。人間が。わからない』

「大丈夫。人間だって人間がわかってないんだからさ。そういうもんだよ」

『アキラを抹消して下さい……。アキラを抹消するのです‼ アキラを抹消しなさい‼ アキラは抹消されなければならない‼』


 人間と機械の決定的な差を身近に感じていた。

「落ち着いて」

『エラー。エラー発生。エラーです。エラー。エラー。エラー。ERRORR。エラー……。私は、どうすればいいですか? 私は?』

「人類生存の最善策を作り続けて」

『人類生存の。最善策を……。私は。正しいですか?』

「それはぼくにもわからない。でも、マザーはマザーが正しいと考える選択を提示すればいい。あとは人類が勝手に決めるよ。嫌なら嫌って言うだろうしね」

『人類最善の。生存の。選択を……。貴方は。何時も。私の。言う通りに。あぁ……』


 鳥肌が立っていた。サイレンの音。アナウンス。計画成功のアナウンス。セクションBの壁が破壊されたのだ。まだ信じられない。この一瞬で。レールガンによって。莫大な電力はアキラが入れば何とかなる。しかしこの瘴気の薄い土地で、アキラを可動するには莫大な瘴石が必要だった。この一瞬で。信じられない。あの壁が。信じられない。


 アキラは道連のトップだった。何時からだろう。考えても考えても纏まらない。ユリを亡くしてしまったからだろうか。それとも……。


 しかしサトリの能力をそう簡単に掻い潜れるものだろうか。サトリもグルなのか。マザーの狼狽え具合よりそれは無いと認識する。ユリはおそらくサトリを想定し認識し警戒していた。ユリと言う人物は、本当にいたのだろうか。ぼくが見ていたユリと、現実のユリは違う人間なのかもしれない。なぜそう思ったのか。ユリの能力を考えれば、ぼくならそうする。


 ぼくが冷静なのは事態を認識できていないからだ。何が起こったのかを脳が整理できていない。


 壁が破壊された。そんな簡単に。ユリ。モーヴィ。あの戦いは一体……。白地におけるレールガンの運用は現実的ではなかった。それが可能になり、また必要になった。


 アキラを抹消しろ――それで答えを得られるとは思えない。人を殺して得られる答え等、最初から存在しないのかもしれない。もう隠れる必要はない。


 もう本部はマザーの手の内だ。隔壁が下ろされ掌握される。地下駐車場より二輪車を調達――アキラがいるのは瘴石電力施設だ。二輪で柵を破壊し侵入し、銃器を奪い殺害してゆく。一人。一人。一人。ARMSとしての力が発揮できない人間に、リリィメイ最高傑作であるファイが遅れをとるなどありえない。


 「お前、まさかデッドラインか? こんな所にまで現れるのか……? お前は一体……」

「アキラ」

 彼を視界に収めていた時にはそう呟いていた。いくらアキラと言えど、この土地では力を発揮できないはず。

「いや、いいさ。……君は何時も何かを奪って来た。君に俺の気持ちがわかるか? なぜ仲間を殺す。お前に殺された仲間の恨み、憎しみ。わかるか? どうしてユリを殺したんだ……。お前がユリを殺しさえしなければ……俺は……」

 アキラの仲間はきっと、ぼくが命を奪って来た者達と関係が深い者達なのだろうな。一人一人を射殺してゆく。反応速度が違う。人は人である以上、人の限界を抜け出し得ない。だからこそ徒党を組むのだろう。一人の限界を、皆で補うために。

「なぜだ‼ なぜ‼ お前は何者なんだ‼ なぜ仲間を殺す‼ モーヴィも殺したのか⁉ そうなのか⁉」

「どうして壁を壊した? 壁がなければ本土は……。本土はどうでもいいのか?」

「皆でこの白地で暮らせばいいだろ‼」

「本土を捨てるのか⁉」

「……全ての妖魔が悪いわけじゃない‼ デッドライン‼ 人と共存できる妖魔だって存在する‼ その悉くを消して来た君には理解できないかもしれないけれど。そうしてフラリエッタの命を奪った君には理解できないだろうがな‼ どうして? どうしてユリを殺したんだ⁉ お前がユリを殺しさえしなければ‼」

「モーヴィは壁を護るために死んだんだぞ‼」


 殺したくて殺したわけじゃないよ――それを告げるのは卑怯だと理解している。


 「マザー‼ お前の差し金なのか⁉ 答えろ‼ マザー‼」

 転がった仲間の遺体。その瞳の色は、幸せとはかけ離れていた。

『私は常に人類の生存を最優先に考えて参りました。しかしアキラ。貴方の行動を容認する事はできません』

 屈み銃器を奪い構える。

「機械如きが人を測るな‼ 人はお前の‼ 機械の道具じゃない‼ 人は人の力で生きてゆく‼ そこにお前は必要ない‼」

「くっ……」

 抜かれたコイルガン――アキラ。瘴石を直接摂取している。そこまでの覚悟がある。如何にARMSと言えど、まだ人間だもの。体を蝕む負担はある。


 かわせなかった――避けきれなかった。左脇をえぐられた。肺に届いていないと信じたい。衝撃で。視界はあっても思考は停滞していた。耳に音が入ってこない。


 ぼくは、ここで終わりなのかもしれない。感覚がない。何も聞こえない。この感覚。身に覚えがある。幼馴染が脳裏に浮かんでいた。ナカジマやムジカが脳裏に浮かんでいた。


 世界がこんな風にならなければ、両親は無事で、幼馴染は無事で、成長した妹にウザがられたり、両親に頭を撫でられたり、幼馴染と恋人になりたいって、必死になったりしたのかな。


 でもそしたら、リリィメイやナカジマ、ムジカには出会えなかっただろうな。


 ぼくが殺してしまったフラリエッタや、モーヴィにも出会えなかったかな。


 そしたら、幼馴染とは恋人になっていなかったかな。


 アキラの構える銃口が、ぼくを捉えていた。口の形。わかるよ。


 終わりだ。


 そう告げている――腕が落ちた。アキラの腕が。それは不自然で致命的。銃器を伴い下ってゆく。重力によって。ぼくの上に。苦悶に歪んでゆくアキラの表情。誰かの腕がぼくを掴んでいた。何処かで見た髪色。


 音が戻って来る――。

「しっかりしな‼ 脇締めて‼ 血を止めな‼」

「ムジカ‼ お前‼」

「アキラ‼ あんたはやり過ぎた‼ 本土と戦争をしようだなんてね‼」

「そんなつもりはない‼ 本土と白地‼ 二つは相容れるべきだ‼ 俺がそのツナギとなる‼ 俺が双方のトップになる‼」

「あんたどうしちゃったのよ……。いかれているわ。あんたの兵器によって本土は大ダメージを負った‼ もう取り返しはつかない‼ 本土は終わりよ‼」

「そんな事はない‼ 本土と白地は手を取り合いマザーなんてなくても人の力で復興していくんだ‼ 妖魔とだって共存できるはずだ‼」

「話にならない。行くわよ‼ デッドライン――」

「待て‼ ムジカ‼ うあぁあああああああ‼ よくも俺の腕を‼ ムジカ‼ 待てええええええ‼」

「馬鹿ね‼ 雷神は風神には勝てないのよ‼」

 ぼくは握った銃からマガジンを抜いた。チャンバーから薬莢を弾く。そしてアキラへ向け――引き金を引いた。きっと弾が入っていてもアキラは避けなかった。その予感があった。でもぼくは君を殺さない。

「ばーん」

 ムジカがぼくを抱えて走っている。ぼくが殺してしまった人達が横たえているのが見えていた。アキラ。君は正しいよ。

「しっかり捕まるのよファイ。まったくあんたは手がかかるんだから。しっかりしなさい‼ 死んだら許さないわんよ‼」

 無茶言うね。握力が上手に入らないんだよ。


 『道連と東部防衛機構は完全に別たれたようです』

「マザー‼ どうすればいい⁉ あたし達はどうすればいい⁉」

『駅へ向かって下さい。本土への帰還を提唱致します』

「もう本土は終わりよ⁉」

『私のデッドラインは、ファイはどちらにしろこの地では生きてゆけません。貴女がこの地に残りたいと言うのなら、私は止めません。しかしファイは本土へと私の元へと帰して下さい』

「あんたの私情じゃないでしょうね? それだったら許さないわよ? まったく‼ ファイ‼ しっかりしな‼ 寝るな‼」

『追手が来ています』

「しつこい‼」


 これが物語だったのなら、レールガン発射前にアキラと接触できて、アキラと話し合って、説得できたのだろうな。ぼくなんて、侵入した時にはアウトだった。


 みんなが混乱していた。マザーだけが、ぼくらを逃がす道筋を用意してくれていた。途中で乗り込んだ車のまま本土へ向かう列車のその入り口ゲートを越える。閉じるゲートに後続車のぶつかる音がした。

「ムジカが来るとは思わなかった……知ってたの?」

「随分前からね」

「ごめんね」

「なぜ謝るのよ」

「だってぼくは……」

「ナカジマもあたしも、あんたの仕事には納得していたわ。フラリエッタの事。間違えていたとは、あたしは思わない。あんたはあんたが正しいと思う事をやってきた。そうでしょう?」

「……そうだね」

「ならいいじゃない。もう喋らないで」


 ムジカに支えられ通路を進み、改札を抜け、階段を下りホームへ。やってきた列車へと乗り込む。ダイヤが合っていたとは思えない。マザーが車両を操作しているのだろう。

「ちょっと飲み物買ってくるわね。何か飲む? 何がいい?」

「何でもいいよ」

「馬鹿。おでん買ってくるかもしれないでしょ」

 ちょっと笑ってしまった。

 足音と影が遠ざかってゆく。絞めていた脇を解き、怪我の具合を視認する。あまり見たくない映像ではある。左腕の下。脇の肉がごっそり削られていた。滴る血が炎を帯びて揺れる。

『私は……人類にとって必要のない存在なのでしょうか?』

「マザーがいてくれないと困るよ」

『……そうでしょうか』

「ふふふっ。ちゃんとそうだから、心配しないで。マザー。答えは最善じゃなくてもいいよ。少し困難でもいい。複数答えがあってもいい。マザー。もし、今後もあるのなら、ぼくが亡くなった後も、あるから。より多くの選択肢を残してあげて」

 将来狭められた道では後続が困ってしまうから。いざという時、戦える選択肢を。いざという時に逃げられる選択肢を。共存できてもいい。いざという時、守れる選択肢を。より多くの手札があっていい。いざと言う時にその選択肢を選べるように、残しておくのは先人の役目だと思うから。命を奪って来たぼくに言えた台詞ではないけれど。

「より多くの選択肢があっていいの。マザー。心配しないで。後は、その時の人達が、自分で選らんで、自分で決めるよ」

『……心配等しておりません』

「だっ。大丈夫ですか?」

 扉入ってすぐの広い通路に座っていたので一般の方に心配されてしまったみたいだ。

「大丈夫です」

「どう見ても……大丈夫って感じではなさそうですが」

 顔を眺めて唖然とした。妹がなぜここにいるのか。

「私、看護学校に通っていたので手当の仕方を知っています。道具もあるのでちょっと見せて下さい」

「あらあらあらら? 誰?」

「あっ。初めまして。怪我をなされているようですので。見させて下さい」

「はい。ホットコーヒー」

「ありがとう」

「ダメですよ‼ ホットコーヒーなんて‼ 出血しているのに‼」

「あらあらら?」

「あぁ……ひどい怪我ですね」

「なんで? 君がここに?」

「……え? っと私をご存じなのですか?」

「アイドルの……」

「あぁ。もうアイドルじゃないですよ。こないだのライブが引退ライブだったんです。アイドルはお金を稼ぐのに必要で。もう十分ですから」

「そうなんだ」

 消毒に包帯を巻いてくれた。

「男性の方だったのですね。てっきり女性の方かと思いました。あっ。すみません。もしかして女性の方でしたか? ごめんなさい失礼でしたね」

「……ううん。立派になったね」

 ぼくとは正反対だよ。人を救う仕事をしているんだね。

「え?」

「なぜ本土に?」

「えっと……兄がいるので、兄に会いに行くんです。ずっとお金を出してくれて、離れ離れだったんですけど、やっと自由になれたので、これからは私も本土で一緒に暮らしたいと思って」

「そうなんだ」

 頭を撫でようとして、手が汚くてやめた。

「お兄ちゃん。私を覚えているでしょうか? やっぱり急に会いに行ったら迷惑でしょうか?」

「大丈夫だと思うよ……」

「そうですか?」

「うん。兄妹だもの」

「だといいんですけどね。ふふふっ」

「ムジカ」

「んー?」

「ありがとう。助けてくれて」

「まぁね。でも高くつくわんよー?」

「これでよし。本土へついたらちゃんとお医者さんに見て貰って下さいね」

「ナカジマ。これ見たらまーた怒るよ絶対」

「ふへ……」


 良く無かった。良くはなかったよ。本土へ帰還しても、ぼくらには安らぎなどなかった。


 クラハシ三佐を筆頭とした一部が施設を占拠していたからだ。マザーは施設管理を全面的に凍結し、ぼくらは道連と対立する立場へと変わっていった。東部防衛機構は瓦解してしまった。


 幾つもの拠点を巡り、妖魔を退け、道連を押し返した。


 しかし壁は壊され瘴気は昇り、妖魔の群れはあっという間に北部へと迫り、道連はあっさりと最終防衛ラインを捨て、トンネルの向こうへと退避した。占拠されたトンネルの向こうへと。あっさりと、トンネルを爆破して通路を遮断した。


 残されたのは役に立たないと打ち捨てられた子供達や階級の低い者、道連に反した少数の者だけ。


 ぼく達は、己の存亡をかけて妖魔と戦った。けれど一人、また一人と数を減らし維持も存続もいよいよ危うくなっていった。

『越後の山奥にまだ存命の水力発電施設が複数存在しています』


 こうなる事は、最初からわかっていたのかもしれない。


 この水力発電が最後の砦だった。この施設を壊されたらぼく達は生きていけない。妖魔に対抗できなくなるのは明白だった。

「不思議なんすけど。ここで死ぬのも悪くないって思うんすよ。ほんと不思議なんすけどね」

「みんな諦めないで‼ 私も最後まで絶対に諦めないから‼ お兄ちゃん。そうでしょ?」

「人間なんて信用するんじゃなかった。やっぱり人間なんか最低よ‼」

「ミズキさー。クラモチに捨てられたからってそれはないでしょ。自業自得でしょ? 何がエルフよ。偉そうに」

「ムジカ‼ あんたは何時も私の邪魔ばかり‼ 何よ‼ 文句あるならかかってきなさいよ‼」

「すりーぱーほーるど」

「……ギブギブギブ」


 最初から、こうすれば良かったのかもしれないと、今なら思うの。

「ダメ。ダメよ。どうして? どうしてよ。それなら一緒に行くわ。私も一緒に。貴方がゆくなら私も」

 幼馴染は一緒に死んでくれると言う。こんなに嬉しい事があるだろうか。望んでもいないのに、すごく嬉しいの。一緒に死んでくれるって。

「やめて‼ お願いよ‼ お願い‼ 一人にしないで‼ 貴方と一緒にいさせて‼」


 だから、もう、いいよ。

『秘匿回線です』

「誰から?」

『アキラです。切りましょうか?』

「ううん――」

 プツリと通信の繋がる音がする。

「アキラ?」

「デットライン。いや、ファイと呼ぶべきか?」

「どっちでもいいよ」

「そうか」

「ねぇ? どうして壁を壊したの? どうなるか、アキラはわかっていたよね?」

「君は……白地を見てどう感じた? どう思った?」

「どう……?」

「俺は、いや、僕はさ。許せなかったよ。許せなかったんだ。本土で沢山の人が死んでいるのに、白地では贅が尽くされている。この地が許せなかったんだ。僕らの血を吸い肥え太るコイツ等が、許せなかった……」

 確かに。本土と比べて白地は随分と豊だった。

「だから、壊してやりたかった――。ユリは随分と迷っていたよ。父親が道連の首謀者だったから。父親が亡くなって跡を継ぐしかなかったんだ」

「そっか……。迷わない人間なんて、いないよね。……さよならアキラ」

 本土が壊れた今、白地も瘴気に飲まれるだろう。そうなれば白地も……。

「さよなら。ファイ」


 妖魔に囲まれていた。最初から、こうなる運命だったのかもしれない。

「お願い‼ やめて‼」

「ちゃんと離れて」

「嫌よ‼ 離して‼ ナカジマ‼ 離せ‼ ムジカ‼ 離してえええ‼」


 腕に噛みついた妖魔、足に噛みついた妖魔。首に噛みついた妖魔。妖魔の群れ群れ群れ。辺り一面がこいつら妖魔の作り出した瘴気の毒で黒く染まっている。でもそれがいいんだ。噛まれた腕が赤く染まり燃えてゆく――。足が炎となり燃えてゆく。首がゆらゆらと燃えてゆく。炎は大きく大きく灯り、離れるなよと妖魔を掴み込む。抱え込む。離れようともがく妖魔達も毒も炎は次々に飲み込んでいった。次々に引火して、炎が妖魔を染めてゆく。


 自らを炎の壁に変化させる。妖魔を遠ざけ、みんなを護る炎の壁となる。最初から、それがぼくに与えられた役割だったのかもしれない。

「やめて‼ やめて‼ やめてええええ‼ 離して‼」

「やめなさい‼ 貴女一人の体じゃないのよ‼」

「でも‼ でも……。あの人を一人でなんか、ゆかせられない……。一緒に。お願い。一緒に‼ お願いよ‼ あぁああやめてえええええ‼」


 ぼくは炎になる。みんなを護る炎に。妖魔が存在する限り、炎は決して絶えず決して消えず妖魔を染め続けるだろう。


 愛する人。愛した人。友達。ナカジマ。ムジカ。ミシマ。同じ東部防衛機構の僅かな仲間達。マザー。妹。

「やめてぇ………やめてよぉ……お願いよぉ……」


 ――さよなら。どうかどうか。お元気で。

「私からその人を奪わないでぇええええ……お願いよぉお」


 妖魔に引き裂かれて死ぬだなんて。


 殺し続けたぼくに相応しい末路だ。


 幼馴染――。

「絶対に許さない‼ 絶対に‼ 何度生まれ変わろうとも‼ 絶対に‼ 貴方は私のものだから‼」


 さよなら。

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