第四話
雨の足音が再び強くなっていく――ポイントBにてまず孤立した見張りAを殺害。装備一式武器を奪う。
銃はG17。ラッキー。弾丸は……パープルブレット。マガジンは三つ。
チャンバーチェック。一発装填済み。コイツだけでいい。人間をやるのにパープルブレットはもったいないんだけど。サイレンサー装着。これだけ雨足があれば問題なさそうだけれど。
「マザー。これより強襲する。音声改変よろしく」
『承りました』
ポイントDより潜入――テント内。視認と同時に発砲。標的A、B、C殺害。民間人五名を視認。女性。兵士ではない。くはない。一名顔認識と一致。殺害。他四名認識なし。近隣の住民と視認。近くの街より強奪され性的奉仕を強要されていたと予測。
移動次テント内へ。Eを殺害。女性一名確認。第三十一部隊の人間と一致。性的奉仕を条件に物資を融通させていた模様。だがその物資は近隣の自治体から奪ったもので――対象に認定。殺害。
次テント内。視認と同時に発砲G、H、Iを殺害。箱を開封――大量のレトルト食品を視認。工場ラインAで生産されているもの。舌打ちを一つ。横流し品だ。
次テント。途中テント前にて護衛二人を視認。
「マザー」
マザーはヘルメットの情報に干渉できるので五感を弄って貰う。隙間より銃口を差し入れ発砲無力化。
テント内――隊長カワベラを視認。視認と同時にトリガーオン。喉を撃鉄。驚愕する女性一名。部隊員と顔認証一致。殺害。
顔を歪めるカワベラを眺める。喉を抑えても血は止まらないよ。銃口を向ける。発砲はしない。カワベラを眺める。手を足で踏み、表情を眺める。お前に助かる術はないよ。眺める。フトモモへ発砲。表情を眺める。左肩へ発砲。表情を眺める。左足。表情を眺める。
お前のせいで沢山の人が傷ついた。
人は環境に左右される。友人達に飲み込まれて同じ行動をする。誰かは飲み込まれたのかもしれない。でも皆殺しだよ馬鹿。
勝手ながら死者達へのレクイエムを実行――カワベラの行動停止。意識の消失。確実性を取り、脳天に一発。マガジンをスライド。次マガジンを取り出し装填する。
自重でマガジンが落ちるのっていいよね。チャンバーチェック。念のため次いでカワベラに三発発砲。
残りの殲滅活動を再開――テント内を順次制圧。最後の一人を抹殺。任務完了。
「二三五七時。全ての部隊員の抹殺に成功しました」
『二三五八時。現時刻を持ち任務の完了を了承致します』
「回収車を回して」
『……問題発生』
えっ。なに。やだ。
『抜き打ちチェックが入りました。第三十三遊撃部隊の行動に不信を抱いた遊撃一番隊がこちらへ向かっております。速やかに現場から逃走して下さい』
早く言って。
「到着まで何秒?」
「なんだ? お前は?」
雨音の中。インカムより入って来たその音声は良く知っているものであり、耳に違和感を与えなかった。そして一番聞きたくなかった。
『到着まで零秒……闘争は非推奨と致します。対象は一番隊隊長アキラです。速やかな逃走を推奨致します』
マザー。わざとだよね。アキラから簡単に逃走できたら、それができたら苦労はしないよ。
「これは……なんだ? 何が起こっている。お前が……やったのか?」
手が腰の銃に出かかっている。今すぐにでもカウボーイになりそうだ。
「お前‼ 所属と名前を言え‼ 俺は一番隊隊長アキラだ‼ 言わなければ撃つ‼ 答えろ‼」
「マザー……」
『第三十三部隊……』
「答えろ‼」
「第三十三部隊所属ムラカミだ。一番隊アキラ。こちらは味方だ。何が起こったのか、私にもわからない。敵から攻撃を受けている」
「そうか……」
体が勝手に反応していた。装備に付属していたナイフの側面が銃弾を弾いていた。雨の中でも確かに銃弾を弾く音が響いていた。
「お前は誰だ‼ その部隊衣装は‼ 我が一番隊ナカムラのものだ‼ お前‼ 誰だ‼ 妖魔なのか‼」
墓穴を掘った。この衣装の持ち主はどうやら一番隊の人間だったらしい。潜入捜査でもしていたのか。対象はすでに沈黙させてしまった。誤魔化す術もない。
マザーの馬鹿。ポンコツ。
『今心の中で罵倒しませんでした?』
「このポンコツ‼」
立て続けの発砲音に体が勝手に動いている。ナイフによって銃弾を弾いている。どうやって銃の運動エネルギーをナイフで逸らしているのかは不明だけれど、やっていると言う事は、できると言う事だ。
「銃弾を弾いた? お前妖魔か‼」
ブレードを抜いて肉薄する速度にぼくの思考は既に追いついていない。何もできない。反応速度だけが体を突き動かしていた。
アキラは――雷獣のARMSだ。皮肉だけれど、ぼくらの能力は非常に似通っている。違うのは知覚できるかできないかだけだ。知覚できないのがぼくの方。雨が落ちるその隙間で、ぼくとアキラの攻防だけが瞬きを繰り返していた。超反応と超反応のぶつかり合い。
ぼくの反応速度でもギリギリ対応できる。肌に少しだけ触れるか触れないかほどの攻撃を寸での所で防いでいる。スーツが無ければ確実にブレードが皮膚に届いているのを感じていた。
「俺の速さについてこれるだなんて……お前は一体何者なんだ‼」
逃げたい。今すぐにでも――だけれど、ぼくが自分で体を動かした途端、アキラの速度について行けずに殺される恐怖と可能性を見る。
アキラは殺せない。アキラはぼくらの最大の戦力であり最大の支柱だ。心の支えだ。ぼくは違くとも周りはそうじゃない。男性の数が年々と少なくなりつつある中、女性陣にとってアキラは最大の支柱だ。技術的な問題もある。銃口は常にアキラを捉えているけれど、トリガーを引けない。トリガーを引くアクションを起こした瞬間、アキラはその場にいない。ぼくにできるのは体の力を抜いて身を任せる事だけだ。
「お前……なんだ⁉ お前……俺なのか?」
体が重い――ブレードを避けた先で放たれた弾丸が脇に衝撃を与える。貫通しなかったのはパープルブレットを使用しているためだ。通常の弾丸だったのなら体にめり込んでいたかもしれない。痛みに顔をしかめながら耐えて脱力する。辛うじて体が貫通しないだろう背中や胸を中心に、体が銃弾を抑えて込んでくれている。脇腹の痛みが無くならない。骨が欠けたかも。この痛み。久しぶりの味だ。痛みに慣れる訓練でパラベラム弾をしこたま撃ち込まれたのを思い出した。貫通しないと理解はしていても痛みに呻いた。骨が折れる痛み。筋肉が押される痛み。裂ける痛み。
接近戦。何度もブレードとナイフの線がゆきかう。火花と。線と。圧し掛かり。瞬きすら禁じられ、焦点すら定まらない。ほぼ三百六十度ある視界で、ウナジにある目と連動する視界が捉えた動きだけがぼくを突き動かしていた。
「ここまで攻撃が防がれたのは初めてだ‼」
ナイフを持つ左指の人差し指がアキラの頬を指している。雨。
「アキラ‼」
「ユリ‼ 来るな‼」
考えなくともすぐに理解はできる。異なる手法で肉体の限界を動く人間にとって、それ以外の人間は足手纏いとなり得る――しかし体を撃ち抜かれたのを感じた。今までとは違う。衝撃と――抜けたと感じる感覚。視界に捉えたアキラの手元。コイルガン。
痛みはぼくのものだ。ぼくが我慢さえすれば、体はまだ動く――ユリの正面に肉薄していた。驚いたユリの表情と背後にいる部隊員。ユリにとってアキラは相当大事なのだろう。それが裏目となる。構えられたマシンガン。銃口を手で逸らす。足元に跳ねる泥のウネリ。息だけが荒かった。手首を捻り抑えて銃口を顎下から脳天に付きつける。
「動くな‼ 動けば殺す‼」
「アキラ‼」
ごめん――モモに銃口を押し当て引き金を一度引く。背中に銃口を押し当て引き金を引く。殺そうとしているわけじゃない。着ている防具。防弾性能の限界を理解している。弾は貫通しないだろう部位を狙った。ユリの苦悶が聞こえる。再び顎下へ銃口を突きつける。
「撃つな‼ わかった‼」
コイルガンから射出された弾丸はぼくの左肩を貫通していた。防具を抜けた。アキラが持てばコイルガンは最強の兵器となりうる。例えぼくの反射神経でもその射速は捉えられない。
銃を投げ捨てたアキラへとすぐさまに発砲――モモと腹へと撃ち当てる。
「ぐっ」
アキラの苦悶の呻きが聞こえたが、アキラはこちらから視線を逸らさなかった。
「マザー」
『了解――』
ユリを先導し下がる。
「ユリを離せ‼」
「追うな‼」
道路へ移動すると明かりを消したトライクがノロノロと傍へ。マザーが運転していると知られたくないのだろう。ユリを蹴りトライクへまたがるとエンジンを吹かして一気に駆けた。車にして欲しい。防具ありでも風圧を感じる。背後から発砲音。いっつ。衝撃。背中。押される。痛み。激痛。むっちゃ痛い。雨もあるし。
「ぁああああああああ」
ぼくの声じゃないよ。
前面の道路より……やけに白い服の。何かが駆けてくる。脇を通り過ぎたが追って来ないか心配で二度振り返ってしまった。包丁を持った……妙齢の女性のように見えたけれど。ブレーキを握り車体を傾け振り返る。雨で路面を余計に滑り、体勢を微調整する。なんだあれ。それにしてもこのトライク。
「マザー」
『何でしょう?』
「エンジンブレーキのかかりが変だよ。速度が15キロ以下になると解けるのなんなの⁉ すっごいイライラする‼」
『それは仕様です』
「いや……ブレーキで止まりたくないんだけど」
『おっしゃっている意味が良く分かりません。ブレーキで止まりたくないとは?』
「あっいや……。普通に止まる時にブレーキを多用したくないから、エンジンブレーキで止まりたいって事で」
『なるほど。考慮致します』
理解してくれているといいけれど……。トライクのガワが相手に割れてしまったのでエンジン部やフレーム以外は処分されてしまうのだろうな。
あれ。なんだったのだろう。
あれが鬼ババアだと知ったのはだいぶ先の事だ。
鉄道へ近づき目標車両と並走――トンネル内部にて低速となり後方車両が開き足場が現れ乗り込む。バイクを降りて装備を脱ぎ捨てたらやっと人心地。浴槽に入りたいけれどシャワーしかない。
服を脱いで唖然とする――この感覚久しぶり。服が張り付くような粘着くような。左肩の傷は思ったよりも深いかもしれない。消毒し自分で縫う。帰ったらナカジマに処理して貰わないと。処理して貰えるかな……。縫い終えたらシール状のガーゼを被せて密封する。体中に無数の傷。シャワーで血と泥を流す。本当は熱いお湯がいいのだけれどぬるま湯だから湯冷めしそう……。血液の淡い光。
本当は今すぐにでも座り込みたいけれど、座り込んだら立ち上がれそうにないので全て済ませた。
着替えて仮眠室へ――列車の揺れる音。ここが完全に安全と言うわけでもないから。しっかりと装備を着込み銃とブレードを傍に。
仮眠室に備え付けられたテーブルには携帯食料が三つ積み重なっている。
『貴方の消費カロリーは約3600キロカロリーとなります。こちらの栄養食にて保管して下さい』
「どうも。でもこんなに食べられないよ」
『安心して下さい。飲み物をありますので。こちらは抗生物質の錠剤です。必ず服用して下さい』
コンベアのように流れて来た飲み物を眺める。そう言う問題じゃないんだおー。
『なんですか? 今ポンコツだって思いました?』
「ポンコツ……」
『私を罵倒するのは貴方ぐらいですよ。笑ってしまいますね』
笑えないよ。
うとうとしていたら車体が大きく揺れた。窓の外を眺める。近いようで遠い海の中。大きな蛇のような物体が無数の帯を引いて海上から見え隠れしていた。イクチだ。あんなのとどうやって戦うんだ……。怪獣じゃないか。
体が熱い――熱があるかも。抗生物質を飲んでもこの怪我だと普通に熱を持つ。頭がくらくらする。左肩が急に痛みを増して。脳内麻薬も切れて。この感覚。なんだか懐かしい。水を口にちょっとずつ含む。
海上の妖魔は地上とは比べ物にならないくらいに巨大だ。ぼく達が海を自在に動けるようには出来ていないのもある。イクチや海坊主に襲われたら船は一瞬で沈んでしまう。待ってくれないし交代交代に襲われたら一溜りもない。波も高い。空も同様だ。空神等の妖魔がいる。人を連れ去ったり飛行機を容赦なく叩き落としたりする。
北の海にはヒトガタとか言う、人の形をした白くて馬鹿でかい化け物がいるって話だ。海を越えた北の国はそいつのせいで壊滅的なダメージを受けたらしい。
駅に到着して降りる――お家帰りたい。
支えられて驚く――そこにいたのはナカジマとムジカだった。
「やっほー」
「おかえり」
支えられて車に乗せられ、あっと言う間に個室へと連れてゆかれた。何か聞かれるかと考えていたけれど、二人とも何も聞かなかった。ガソリン車だった。ムジカの私物らしい。
「服を脱いで」
「え?」
「怪我をしたのでしょう? マザーから連絡が来たわ。早く上着を脱いで」
上着を脱いで胸を隠す。
「そんな小さい胸。誰も気にしないわよ」
そうじゃないよ……。
「私ぐらいボインにならないとね」
「……ムジカ。おじさんくさい」
「ふふっ。そうね。おじさんみたいね」
「ぴちぴちのギャルだっての‼」
肩のガーゼをはがされて痛みに呻く。いたたたた……。
「うっふ~ん」
「こら‼ 動かない」
「ムジカが笑わせてくるんだもん」
「セクシーポーズでしょ‼ 何処に笑う要素があるのよ‼」
「我慢しなさい」
そんな理不尽な。でもぼくはファイになってから怪我は大抵一晩寝れば何とかなるタイプの人間だった。
「何このっ‼ 何この雑な縫合‼ はぁあああああああ……ファイ。あんたほんとっ。もうなに? なんなの? 舐めてんの?」
「……うー。仕方なかったの。もう頭痛くて……」
「熱が出ているわね。抗生物質は飲んだの? 追加で一本注射するから。一瞬だから我慢しなさいね」
「ごめん……」
「これをするのは貴方ぐらいよ。貴方の血って何時も綺麗ね」
肩に僅かな感触。しだれかかる髪。少し横を向くと頬が触れる。悪戯っぽいナカジマの視線。血を舐め摂取されている。ナカジマは対象の血を摂取して唾液と混ぜ合わせ特殊な糸を生成する。その糸で傷口を縫うと肉の再生が早くなる。なぜなのかは本人も原理は解明していないらしい。表情に対してナカジマの肌はあまりにも白かった。若干のクマ。その陰影が窺える。
「……ナカジマちょっと具合悪い? 顔色悪いよ」
「色々あるのよ。色々ね。最近摂取出来てなくて。ムジカ。ちょっとデブリードして頂戴」
「私別に医療班じゃないんですけどー」
「得意でしょ?」
「別で料金取るからね」
「本人から徴収しなさいな」
「料金取るからね」
「手加減してよー」
「ダーメ。たっぷり絞り取るから」
左耳に風が震える音がする。ムジカは医療班じゃないけれど風でデブリードできたり唾液が傷薬だったりする。治すのは傷限定だけれど。
「こんなもん?」
「ちょっと唾液出しなさい」
「はいはい。舐めればいんでしょ。舐めれば。あんたの血ってなんかピリピリすんのよね。ほらっ。見て? 舌が燃えてる」
「……近いよ」
「むっちゅっちゅっ」
「もう‼ 揶揄って」
「それじゃ縫うわよ」
クチュクチュと。そしてビンッと糸の張り震える音。シャーッ。シャーッと何度も音がする。
「はい終わりよ。体温計」
「……ありがとう」
「抗生物質を打つわね」
「うん」
チクッとする。ナカジマは注射がとても上手だ。全然痛くない。
「……ナカジマって注射上手だよね」
「そう? 良かったわね。私が知り合いで。はいおわりよ。体温計頂戴。だいぶ体温が低いわね。貧血だわ。そこのベッド貸してあげるから横になりなさい」
「……うん。ありがとうナカジマ。ムジカ」
「こっちの飲み薬も服用して。鎮痛剤よ。副作用で意識を失うけれど体を休めなさいな」
ベッドに入ると毛布と羽毛布団で覆われる。温かい。
「よっこいしょっと」
「あんたね」
「いいでしょ別に」
ムジカの悪ふざけを遠ざける元気もない――柔らかい。
「ムジカ。柔らかい……」
「温めるのは人肌が一番よねー」
「私もちょっと寝ようかしら」
なんだか懐かしい。訓練の時はこうして時々班のみんなで川の字になって眠っていた。二人が手を握ってくれる。温かい。暖かい。ぬくい。寒くない。山を何日も行軍する訓練がある。テントを張るのも面倒で荷物をベッドに四人かたまって眠っていた。
「……二人とも。ありがと。なんだか懐かしい……」
「でも搾り取るからね」
そこはまけてよー……。
「……泣いてるの?」
「……泣いてないよ」
ぼくはリリィメイからの連絡を何時も待っている。ただの子供だった。もうそれは許されない。




