第三話
「俺、本気なんだ。こんな気持ちになったの、初めてで……。好きなんだ。だからファイ、どうにか間を取り持ってくれないか?」
「ぼくが取り持たなくても上手く行くと思うけど? もう告白はしたの?」
「何度も告白はしたんだけど、どうも本気に思ってないみたいで。こないだも伝えたんだけど、釣り合わないって拒絶されてしまったんだ。彼女の体の事はわかっているけれど、そんなのは気にならないくらいに、どんどん彼女に惹かれている。だからファイ。頼むよ」
「ユリさんはどうするの?」
「……ユリの好意は理解している。申し訳ないと思うよ。こんな事になって。でも誓って本気なのは彼女だけなんだ‼」
「ユリさんとは別れるってこと?」
「別れるも何も付き合ってないよ……」
一夫一妻制と言うのが常識にはなっているけれど、もう法律としての拘束力はそこまで強くない。禁忌を護っていられるほど、ぼくらに余裕もない。自然の理を犯している。逆らっている。それを護っていられる環境でも精神状態でもない。みんな安定したい。支えられたい。愛されたい。愛したい。受け入れてほしい。
マザーは受精卵のうちなら遺伝子疾患すら正してしまえる。街では自分達の事は自分達で何とかすると自警団や略奪者達もいる。家族で暮らして家族内で子供を作っている家庭も確認されている。
「ぼくには何もできないよ。気持ち次第だから。アキラが誠心誠意それを伝えれば、答えてくれると思うよ? でもどうしてもダメって言うなら、諦めて」
「諦められないよ‼ 頼むよ‼ 初めて本気で人を好きになったんだ‼ ファイ‼」
「だったら、ちゃんと他の女の人との関係も清算して」
この発言が幼馴染にどのような影響を与えるのか、ぼくは良く考えていなかった。
アキラを好きな女性達が、相手を認める代わりに自分も認めて貰う関係を構築していただなんてぼくには知りようもなかったのだ。
「ふぁいいいいいいいいいいい‼」
「うわ来たよ」
叫び声とムジカのその一言に一気に現実へと引き戻される。モーヴィだ。
「今日こそ。今日こそ俺様と結婚してくれ‼」
「だから無理だって」
「あんたしつこいのよ。しつこい男は嫌われるよ? あー。ごめん。もう嫌われてたか」
「ムジカ。お前には話しかけていない。ファイ。愛している。俺様の伴侶になってくれ」
「はぁ⁉」
「言い方変えても無理だよ」
「ぶふっ‼ フラれてやんの‼」
「なぜだファイ‼ だが俺様は諦めない。何時かきっとお前のその頑なな心を開いて見せる‼」
「絶対開かないって。あのね? モーヴィ。絶対無理だから。絶対無理」
「だが俺様は諦めない」
「いやもう諦めてお願いだから」
「うっっつつわ。きっついわね。相変わらず」
ナカジマに同意。気持ちは嬉しいけどね。
モーヴィはぬりかべのARMSだ。後ろにいるのは秘書のソニアさん。そして昼食を片付けていたらソニアさんに呼び出された。
「ファイさん。モーヴィ陸佐を弄ぶのはやめて下さい」
何処からどう見ても弄んでないけどね。
「弄んでいません」
「思いに答えてあげたら如何ですか? あんなに愛されていらっしゃるのに」
「こっちが愛してないから無理だよ」
「あそこまで言われて何とも思わないのですか? モーヴィ陸佐が可哀想です」
「何とも思わないしモーヴィなんてどうでもいいよ」
「モーヴィ陸佐です‼ 同期だからって呼び捨てなんて‼ 階級は貴女の方が下です。ちゃんと敬って規律を守って下さい」
「そんな事言われたって無理だよ」
「そうよそうよ‼ 無理よー‼」
「ムジカは黙ってて‼」
「好意の押し売りは良くないわよ?」
「ナカジマ。なんでいるの? わかっています。私は第二夫人で構いませんから」
わかってない。わかってないよ。この人。
「ソニア。あんたがモーヴィを好きなのはわかるよー? もう押し倒しちゃえばー?」
「ムジカ‼ なんてはしたない事を‼」
「お願いだからファイの顔でモーヴィを誘惑しないでよね?」
「ナカジマ……そんな恥知らずな真似‼ 私はしません‼」
ソニアさん。のっぺらぼうのARMSなんだ。顔を変幻自由自在に変えられる。顔だけね。身長とか体系は変えられないらしい。ちゃんと自覚してね。
「本当かしら」
「破廉恥です‼」
「目元とか……泣きボクロとか。その黒髪ロングヘア―の……毛先のカールとか」
「きっ気のせいです‼」
結局ソニアさんが烈火の如く犬のように唸り、ぼくらは退散するしかなかった。
「あれは……似せているわね」
「やっぱりっ? うけるっ」
ぼくの顔でモーヴィに迫るのだけはほんとやめてほしい。
それから――。
「告白、断ったの?」
みかんの皮を剥きながら幼馴染にそう問うた。白い筋には栄養があるっていうけれど、口当たりに差し障るからぼくは取るよ。この筋の栄養がそこまで体に影響を及ぼすとは思えないし。
「あら? 聞いたの?」
医療室には女神がいる。そう噂になるほどに幼馴染の姿は成長していた。もう義手義足を自由自在に扱える。トイレでもお風呂でも自由自在だ。マザーとの連携で施設内なら不便にはならないらしい。
「アキラの事、好きだと思っていたけれど……あー」
「あー……ん。んんんん甘い。冷たくて美味しいミカンだわ。ヨーグルトにクッキーを突っ込んだチーズケーキモドキも嫌いじゃないけれど、さすがに食べ飽きたわ。女神様にもっと貢ぎなさいな」
ヨーグルトクッキーは安易に作れるデザートナンバーワンだ。ヨーグルトにクッキーを突っ込んで放置するだけだから。
「ゆっくり食べさせて。もっと時間をかけて。ゆっくり……急いで剥いて食べさせようとしないで。安易には作れないわよ。種類があるの」
「注文が多いんだから」
「いいでしょ別に。あー……ん。んんんん瑞々しいわ」
果物はぜいたく品だ。南国系のフルーツはもうほとんど手に入らない。僅かにハウスで生産されているものが、現地でのみ美味しく頂かれている。
口を開いてみかんを催促する幼馴染に自分で剥いて食べられるでしょ。とは言えなかった。それを言ったら多分、幼馴染は拗ねるから。
「アキラさんて素敵な人だと思うわよ? 女性にもモテるのでしょう? 身長も高いのでしょうね? なぜか会いに来る女性達が聞いてもいないのにわざわざどれだけアキラが素敵で素晴らしいかを伝えていくのよ? そして追加でこう加えるの――ハーレムに入るのは構わないけれど、節度は守って頂戴って。みんなのアキラだって。独占は許さないって。ふふっ。笑えるでしょう? 後自分で剥いて食べろって言ったら私は拗ねないけれど、バチクソにキレるからそのつもりでいて」
「ほんとに?」
「仕方ないわよね。このご時世だもの。でも私はその他の有象無象の女とは違うわ。アキラさんが唯一欲しても手に入らない女になるの。素敵でしょ?」
「間を取り持つようにアキラに言われたよ」
「……あら? どう答えたの?」
手を握られ身を乗り出してくる幼馴染に驚く。近い唇。透き通るような肌に。ふわふわの羽毛のような髪。形の良い鼻筋。閉じた瞼の緩やかな三日月。甘いミカンの香りがする。ぼくから眺めても幼馴染は理想の女性の偶像をそのままを形にしたように整っている。
「理想の女性ね」
思わず顔を逸らしてしまう。幼馴染の手が流れて来て、視線を矯正されてしまった。
「……手が止まっているわよ? ミカンは?」
「……あっ」
「あーん。美味しいわ。もっとゆっくり。私との時間を噛みしめて」
東部防衛機構の治安も複雑だ。組織内で自由にするって人が増えている。俺に命令するなって人達が増えている。それを抑えているアキラとユリの統率力や人間力を尊敬するよ。
「……それで? ……どう答えたの?」
恋愛は相互共通意思によってのみ成立する。アキラが好きでも幼馴染が望んでいないのならどうにもならない。
「君の意思を尊重してと答えたよ」
「私の意思……ね。さすが金銭で私の手足を縛っているだけの事はあるわね」
「……言い方。ぼくは別に……」
唇に指を当てられる。硬い指の感触。押す力がそこまで強くない。痛くない程度に弱めている。それは義手を制御する意識の高さを意味していた。
「貴方にそれを言う資格はないわよ。この力加減だって私の努力からなっているの」
「トイレはもう一人で行けそうだね」
「馬鹿‼」
幼馴染がベッドの中で体を回し、縁へと足を向ける。磁力によって義足が足へと吸い付くようにカチョンッとくっついた。脇のハンドルを回して完全に固定する。
「何処行くの?」
「トイレよ」
「いってらっしゃい」
「何を言っているの? 貴方も来るのよ」
「もう自分でお尻は拭けるでしょ?」
「私はね。完璧に処理したいの。残っていたら嫌でしょ。貴方にはそうする責任があるのよ」
「わぁ……」
「早く来なさい」
トイレに向かう途中で白衣の医術士の方に通路を塞がれた。
「あの⁉ どちらに?」
「お手洗いですけれど」
「では‼ 私が補助を‼」
「結構です。付き添いがおりますので」
「その方は医術士ではありませんよね? 医術士が付きそうべきです」
「簡便してよ。どなたか存じ上げませんがプライベートです。医術士であっても踏み込んでいい領域ではありません」
「だっだが‼」
「声色からして男性ですよね? 女性のお手洗いに付きそうつもりですか? 男性の貴方が? 失礼ですが遠慮なさってください」
「わっ私は、貴女の役に立ちたくて」
「はぁ……。そう言うのはこの子に頼みますから結構です」
「だが‼」
「これ以上は人を呼びますよ?」
「ぐっ」
男女兼用トイレだとこの人ついて来そうだな。
「男女兼用トイレだと中までついて来そうだけれど、ぼくの部屋のトイレ使う?」
少し歩いた先で小声でそう尋ねる。
「それはいいアイディアだわ」
「狭いけど許してね」
「あら? 引っ越したの?」
「追い出されたの」
「あははっ。それは傑作だわ」
ぼくの部屋へ入り、トイレの扉を開き案内すると中が適度な広さに拡張されていった。おかしいな。ぼくの部屋って部屋が勝手に拡張縮小するのなんなの。
「マザー管理権限かしらね……。あら、良いトイレじゃない。済ませるからそこにいて」
「便座はこっち」
終えた後、何度も丁寧に拭い処理をした。幼い頃からやっている。今日はちょっとお腹の調子が悪かったみたいだ。
「……昨日、ちょっとヨーグルトを食べ過ぎただけよ」
「オナラぐらいぼくだってするから気にしなくていいよ」
「馬鹿‼」
手を振り上げる幼馴染から逃げるために一度部屋から退散すると、あの医術士が後を付けて来ていたのが廊下に窺えた。良くないよ。それ。でも単純に患者が心配なのかもしれない。それならば仕方がないとも思える。
「どうかした?」
「さっきの人が廊下にいた」
「あぁ。妙なのに付きまとわれたわね。困ったものよね。私って不自由だから。抵抗できないって。何をしてもいいっ考える人がいるみたいなのよ。こないだもベッドで押し倒されたわ」
「それ、初耳だけれど」
「アキラさんに助けて頂いたわ」
「そうなんだね」
「危なかったわ。もう少しでロケットパンチが繰り出して相手を殺す所だった。身構えてはいたのよね。実行に移すとは考えてなかったけれど」
「わお。素敵。でも危ないね」
「……それで提案なのだけれど、貴方一人暮らしよね? そうだわ。貴方の部屋の鍵を頂戴」
「いいけど」
「ありがとう。それと本の朗読の追加をお願い。そろそろストックが切れそうなのよ。忙しいからって適当に読むのはダメよ? 時間をかけて、ゆっくりと、私を考えて、朗読して? これ、朗読して欲しい本のリストよ」
「わかったけれど、ぼく、明日から任務で少し離れるよ」
「あらそうなの? どれぐらい?」
一週間……で済めばいいけれど。妖魔の強さを考える。移動までの時間。長ければもう少しかかるかもしれない。
「……ふーん。一週間……ぐらいなのね?」
「どうかな」
「私って、そんなに魅力的?」
「急にどうしたの?」
「男ってみんな私を眺めて欲情するの。いい女だって。押し倒したいって。睡眠薬を混入して飲ませようとする男もいるわ。この顎のラインに指を滑らせたい。この胸を揉みしだきたい。やりたいってね。頭の中で、何回やられればいいのかしらね」
「わぁ……」
改めて幼馴染を眺める。顎から首のライン。胸からお腹へのライン。ふわふわの髪。高身長に。それに負けないぐらいの造形がある。これらは義手義足を扱うために培った彼女の努力だ。
「睡眠薬はさすがにやばくない?」
「ふふふっ。そう言うのはわかるから安心して。それで? どうなの?」
自慢になるぐらいには幼馴染は綺麗だ。
「自慢になるぐらいには綺麗だよ」
「あらそう? お金をかけた甲斐があったわね?」
「別に……ぼくは」
「余計な気は回さなくていいから。私が貴方以外に引け目を感じないようにって考えているのはわかるわ。でも、私が貴方に感じる負い目とその責任は貴方がちゃんと取りなさいね」
「……わかってるよ」
「わかってないわ。この浮気者。いい? 肝に命じて。貴方は私の人生の責任を取る義務があるのよ。それを忘れないで。二度目は無いわよ?」
一度目はなんなの。……任務の心配をしてくれているのかな。ちゃんと帰って来なさいって。ちょっと素直じゃないと思う。
「……また読み違いをしている」
「心配してくれてありがとう。無事帰って来るよ」
「……まぁいいわ。朗読の件。忘れないでよ」
「わかった」
「好きって気持ちでいっぱいになった男の子って可愛いわよね。貴方はどうなのかしら?」
「きっと多分、尻尾フリフリの犬みたいだと思うよ?」
「あら。それはいいわね。うふふっ。尻尾振ったら?」
「今?」
「そう。今よ。飼い主が目の前にいるでしょう? 振りなさい。尻尾を」
この怪物はぼくが生み出したのだと思う。
「誰が怪物よ‼」
「いてっ。叩くのはダメでしょ‼ 暴力‼ 暴力だね‼」
「言ってわからないなら叩くしかないでしょ⁉ 暴力よ‼」
ダメだ。この怪物を生みだしたのはぼくだ。
「また怪物って‼」
「あー‼ また叩いた‼」
ぼくが責任をもって最後まで面倒を見なければいけないかもしれない。
「かもしれないじゃない‼ 見るのよ‼ 最後まで責任を持ってね‼」
「あー‼ なんで叩くの‼」
「ロケットパンチお見舞いするわよ‼」
ちなみにロケットパンチは装着部に使われている磁力を一瞬で反転せる事よって生じる反発で発射されるよ。ほどほどに痛いよ。
時間は決まっている。
けたたましい発進を告げる音。
物資補給の貨物装甲列車に乗り込み指定の席へ――閉じられた列車は完全装甲に護られている。妖魔から守るためでもあるし、略奪者から物資を護るためでもある。
窓側の壁からスライドして流れて来た粘度細工の袋のようなものは完全栄養食。これだけで結構なカロリーがあるって。サツマイモ味。モニョモニョ食べる。
『出発前に規定値のカロリーを摂取して下さい』
インカムからはマザーの命令が響いていた。
電波塔を失うたびにこの命令の届く範囲が狭まってゆく。東西でもいずれ連絡できなくなるのではなんて危惧もあるぐらいだ。衛星があるじゃろがいって思うかもしれないけれど、その技術を使うための機材を理解している人材があまりにも少ない。ほとんどマザー任せだ。それを受け取る機材も……年々減っている。
西側は聖皇を主体にしていると聞いた。時折ラジオより声を聴く。
『みな決して諦めてはなりません。我々は諦めません。東の民よ。我々が必ず助けます。それまで耐えるのです。必ず。必ず。私達があなた方を助けます‼』
聖皇ってなんじゃろがいって思うかもしれないけれど、ぼくもなんじゃろがいって考えている。
海の近くはとにかく危険で。少し傍に寄っただけでも嵐のような音に襲われる。その荒れ狂う海の傍を通り抜け一気に南下。速度は200kmを越えて所要時間は二時間を切る。
『現地にて夕霧部隊ミシマ三曹と合流後、目標を視認。速やかにこれを撃破。今回使用できるライフル弾は四発となります』
わぁ。少ない。なんでなの。あまりにも少ない。四発でどうしろって言うのだ。
『使用ライフル弾は三十八式実包改です。弾頭にはパープルシェルを採用。通常のパープルショットよりもクォーツ濃度を高めた弾丸となっております』
実戦で初見の弾丸を使用しないで欲しい。
『使用できるパープルクォーツの都合上四発しかご用意できませんでした。申し訳ありません。その分、威力は保証致します。次いでこちらの弾丸308をお持ち下さい』
弾丸がスライドされてくる。
『現地におけるミシマ三曹が使用するための弾丸です』
「りょーかい」
『現情報より狙撃想定距離は約800mとなります。およそ三十二分後、後続のコンテ内よりトライクを利用し、速やかに現地へ赴いて下さい。なお、この列車は止まりません。運動エネルギーを利用し速やかな加速を。時速八十キロ以下は妖魔の接敵を許す可能性があります。ではイワモト。オペレーションはDとなります。参りましょう』
簡単に言うよね。ほんと言うだけだからね。このマザー。
外は嵐だよ。後部ユニットに移動しフード付きの外装を羽織りフードの上からヘルメットをかぶる。ヘルメットに視界カバーあるけれど、ゴーグルもつけるよ。雨だからね。
銃に専用ガジェットを装着。トライクにも対のガジェットを取り付け、はめ込んで跨ぐ。
銃を乗り物に取りつけるガジェットには磁力とスライドロック方式の二つがあるのだけれど、ぼくはスライドロック方式の方が好き。今回は磁力だよ。
『認証完了。エンジン始動します』
全ての機器はマザーの管理下にある。全ての電子機器の起動シークエンスをマザーが握っている。だから東部防衛機構の人員は絶対にマザーの決めた階級や命令からは逸脱できない。統率を求められる。そうでなければあらゆる面での困窮をもたらされる。最悪物流止まるしね。総監がマザーから逸脱するとその総監を含めより下全ての機能がロックダウンする。マジやばいよね。
『コンテナ解放。距離およそ25km。所要時間は約十五分です』
「80キロ走行なのに?」
『現地への道路は非常に多くのカーブと上り坂で構成されております。案内に従って安全に走行して下さい』
マザーが運転すると超安全運転なんだ。
『30秒前。……20秒前。コンテナ解放。5。4。3。2。1。ゴー』
「アイハブコントロール」
『ユーハブコントロール。順路は道なりとなります』
道なりなのに案内に従って下さいってなんなの。
打ち付ける激しい雨。完全防備で挑む。今が昼なのか夜なのか判別できないほどに、外は暗く激しい雨に沈み込んでいた。街灯の明かりは無い。破損したものもあるし、そもそも電力を回す余裕が無いのかもしれない。
ハイビームに設定して前を照らす。トライクだと操縦が楽でいいね。道路には信号もないし走っている車もない。三輪なのは道路の舗装が乱れて破損しているから。二輪だと単純に制御が難しくなる。急いでいるならなおさらだ。
制限速度の看板が何個も流れたけれど守る必要も取り締まる機構もすでに存在していない。雨の音とエンジン音だけが響いていた。時折鳴る雷には戦々恐々となる。
舗装する人がいないとやはり道は荒れていて。マザーがローラー装甲車で道を踏み鳴らして平にしてはくれているけれど、行き届かない道もやっぱりある。
現場は開けた山の上だった。ヘルメットに地形図を表示。元々火口だったのが窺える。一台の大型装甲車が停泊しており、傍によると僅かながらの電気が灯った。
この辺りには中隊がいたから百人程度の人員がいたはずだけれど――明かりすら消している。今日は強い雨音でエンジン音がかき消せている。
「マザー」
『コンタクト中です』
扉が開き、中から飛び出してきたのは一人だった。他の人は交戦中かな。何か喋っているけれど、雨音でろくに聞こえない。ヘルメットの遮音性もある。インカム付けてよー。
装甲車を指して中へ――。入口を抜け扉を閉めると急激に音が帰って来る。雨粒の不快さと、それらが外装を流れ滴る音だけが良く聞こえていた。
「はっ初めまして‼ ミシマ三曹です‼ 任務お疲れ様です」
「イワモト二尉です。ミシマ三曹。現状報告を。敵戦力と我が隊の配置を教えて下さい」
「はっ……三日前未明より二体の妖魔が現れ交戦。本日一四〇〇時。我が隊は……全滅、ぜっ全滅致しました‼ わっ私は……愚かにも味方に生かされ、生き残ってしまいました」
「マザーどういう事?」
『説明の通りです。中隊は崩壊。ミシマ三曹がこの場で行動している唯一の人間です』
「応援要請は?」
『一昨日に申請され受理されています。太良山駐屯中隊より応援が向かった――はずです』
「ミシマ三曹。応援は?」
「……はっ‼ もっ申し訳ありません‼ 申し訳ありません‼」
「どういう事?」
「わっ我が隊は太良山駐屯部隊とのネゴシエーションに失敗し、応援を受ける事ができませんでした‼」
隊には隊内で交渉を行う場合がある。応援を受ける見返りに、食料や弾薬の補充などを隊内でやり取りする行為だ。酒や食料、タバコをはじめとして嗜好品の取引をする場合が多い。これらは隊が勝手にやっているもので、正式には認められてはいない。チョコレートなどの貴重品がBetされる場合もある。
「どういう事?」
「はっ‼」
モニョモニョと口を濁している。
「どうしたの?」
「ひっ非常に言いづらいのですが。我が隊は、私を始め、女性が多い部隊でした。その交渉の場にて、性的奉仕を求められ、我が隊隊長でありますカワモト一尉がこれを退けました。結果、交渉は決裂となり、応援要請を受けられませんでした」
頭痛くなってきた。
「正式な要請を個人間のやり取りで断ったって事?」
「そっそうなります」
なぜ追加の要請と本部への抗議を……。そう考えてやめた。それが出来たらこうなってはいないのだ。それが出来ないからこうなったのだ。
太良山の部隊はデッドラインを越えている。マザーの命令無視は十分にデッドラインを越える基準となる。だけれど、それだけでは現状まだデッドラインを越えたとは言えない。それ以上の何かを向こうの部隊は踏み越えたのだ。
「了解した」
「しっ失礼ながら、他の方は?」
「応援に寄越されたのは私一人です。ミシマ三曹」
「そっそうなので、ありますか? わっ我が隊は見捨てられたので、ありますか? 私は……私は帰りません。帰りませんよ⁉ 最後の最後までここを護り戦います‼」
ダメだこの人。無敵の人になりつつある。銃を強く握り震える様子からそう捉える。戦の場では無敵の人が生まれる。無敵と言っても心情的に無敵になっただけで普通に死ぬよ。
一人残された人。仲間を失った人。それらに一定の条件が加わると人は無敵の人になる。勝算も見えない戦いにたった一人でも突撃してゆく。情動的で救いがたい。厄介なのはその情動に味方が次々と飲まれる事。
「誤解しないように。マザーは、我々東部防衛機構は、貴君を見捨ててはいない。まずは敵の情報を教え願いたい」
「はっ……」
近い近い近い。乗り出して来ないでよ。胸の感触がする。目を見開いている。
「ミシマ三曹。私は、我々は決して貴女方の死を無駄にはしない。敵の様相を教えて。どうして全滅したのかを。対策を練るのに君の見識が必要だ」
「はっ‼ ……我々第四十九遊撃部隊夕霧はこの地を護るために二週間前に派遣されました。この地にてシールドオブウォール計画B1から22区間を確保するためであります。敵勢力と交戦中十六日早朝〇二〇六時にて巨体二名を確認視認致しました。恰好より妖魔と断定、特徴よりオオムカデ、オロチと命名しこれらと交戦。十六日早朝〇伍三四時にてムカデを撃破……。続いてオロチの撃破へと乗り出します。しかしながら撃破したはずのムカデが復活し封鎖確保解体作業に準じておりました小隊二つが壊滅致しました。十七日昼一伍〇七時にて我が遊撃隊は交戦中のオロチを撃破。応援要請後続いてオオムカデの撃破作戦を決行。十七日夜間二〇二三時にてオオムカデと交戦――しかしながらオロチの復活を確認し封鎖監視体制を担っていた三個小隊が全滅致しました。前面のオオムカデと背面のオロチに襲われ、我が隊からも死傷者が現れ。しかしこれらを迎撃。十八日〇一〇〇時。応援第三十三遊撃部隊隊長カワベラと接触。応援体制を要請致しましたが……交渉決裂。撤退要請と本部に再び応援要請を行いました」
「マザー」
『応援要請は第三十三遊撃部隊カワベラが請け負い現在交戦中との報告が上がっています』
「嘘です‼ あいつらは‼」
『交戦中にて優位を確保。撤退要請は退けられました』
「うっ……ふーっ。ふーっ」
「落ち着いて」
「撤退要請は退けられ我らは再び交戦を……我が部隊は全滅です‼ カワモト隊長もヤチオちゃんも‼ チリちゃんも‼ エトさんも‼ マトラちゃんも‼ みんな死にました‼ みんな‼ みんな‼ みんな‼」
「落ち着いて」
「ふー‼ 落ち着いて……? 落ち着いて⁉ 私は落ち着いています‼」
だから乗り出してこないで。近い近い近い。極度の興奮状態が窺える。汗のニオイ。こんな時でもいい匂い。泥臭く汗臭いよ。でもそれがとてもいい香りなのだ。嫌だな。そう感想を浮かべる自分に嫌気も差すよ。脳裏に幼馴染の姿が浮かんでいた。なぜ浮かぶのか。罪悪感のように感じる。それからリリィメイも。
人が死んだ。珍しくもない。人は毎日死んでいる。毎日毎日死んでいる。ゆらゆら燃える炎のように。リリィメイのように。
「彼女達は……。私を庇って……。死にました」
死ぬんだ。死んで。いなくなる。どんぐりを頬張る最初の一口のように。あんなに美味しそうなのに。一口噛めば嫌になる。
ミシマ三曹の髪の色が黒から茶色。ショートやロング。ウェーブやストレート。目の形。鼻の形。唇の形が変化する。変化形のARMSなのかな。
『ミシマ三曹は化けダヌキのARMSと報告を受けています』
化けダヌキは変化形として上位だ。
「ミシマ三曹。良く生き残りました。貴君が隊に生かされたと言うのであれば、貴君は隊を代表し生き残らなければなりません」
「……命など惜しくはありませんっ。私は引きませんよ……」
静かで強く、しなやかさを失った声色だった。
仕方ないな。
「オオムカデを撃破後、オオムカデは生き返って、オロチを撃破後、オロチが生き返った。それであってる?」
「……はい。あっています」
「エネルギー消費型か同時撃破型。本体が別にいる可能性もある。体内に埋まっている瘴石は確認した?」
「取り出せはしませんでしたがオオムカデの瘴石が節三つ目に埋まっていたのを視認しています。オロチは頭です」
「瘴石はあるのね。では本体が別にいる可能性は無いかな。残るはエネルギー消費型か同時撃破型だけれど」
「それは隊長も思案しておりました。しかしながら……あとわずか及ばず。増援さえあれば、増援さえあれば。ほんの少しの……人員さえいれば‼」
「現在の敵勢力は?」
「東より距離約1キロ時点にて食事中です」
抜けられているしその食事はおそらく――。
「私もやります。やらせて下さい」
「狙撃経験は?」
「ありません……ですがヤチオちゃんなら。私ならできます」
変化しても君はヤチオちゃんじゃないよ……。
「マザー作戦決行許可を」
『許可致します』
雨音はさらに耳に痛かった。
音を消すため徒歩。ポイントに到着後銃を構える。
『眼下約800m。目標を視認』
「大きいね」
『体長約30メートル。体重約3トンと認識しております』
「あれの最初の尻尾の薙ぎ払いで三人やられました」
「わー」
筋肉の塊のような物体が二体存在した。なんだあれは。なんなのだ。巨大なムカデと蛇がいた。
「良く倒せたね?」
「カワモト隊長の采配です。鉛の塊みたいな奴ですよ」
『その表現は適切ではありません。例え4メートル四方六面立方体においても重さは725トンです。3トンでは到底及びません』
これ。狙撃弾で貫けるかな……。四発しかないのだけれど。マザーってたまに適当な事言うんだよね。継ぎ接ぎなの。
三八歩を取り出す――自方向へスライドしたボルト。横の長四角。突起を持ち上げボルトを一回外して眺める。問題なし。ボルトを戻し安全子。セーフティを押し込み捻り解除。弾丸を込めてボルトを戻し横へと倒す。各部位にはちゃんと名称がある。ダストカバーを若干邪魔に感じるけれど、雨泥の日は無いとジャリジャリするし、速射じゃないならある方がいい。詰まりやすくなっちゃうしね。
隣でミシマ三曹が銃を構える。ミシマ三曹の銃は過去自衛隊で使用されていたものらしい。最新式ではないのだそうだ。
「これ追加の308」
「ありがとうございます」
「マザー。指示を」
『距離およそ800m。風速20マイル。雨足強し。ドロップ最大意識。ハーフバリュー遅延二秒』
やだもう。なにそれ。
「オオムカデを狙うからオロチを狙って」
「了解しました」
風のせいで銃身自体が暴れている。加えて弾丸も暴れるのを考えると発射位置は強めに調整しなければいけない。スポッターはなし。ドロップやばいんでないのこれ。
「ヤチオちゃん。力を貸して」
茶髪の癖毛から黒髪ストレートに変身しちゃったけど実は能力も変わるのかな。
『カウント30。29。……20。19。……15。14。……5。4。3。2。1。ファイア』
発射直後に体が動いていた。ボルトを引いて薬莢の瞬きが消えてゆく。
節三つ目に着弾――スライドしオロチに銃口を向ける。次弾発射。ミシマ三曹の腕が悪いわけじゃない。環境が悪すぎる。強風と雨粒で弾頭が僅かに逸れた。ボルトを引く――。
「防がれたっ」
ミシマの初弾で射線が割れた。ぼくの次弾はオロチの尻尾によって防がれる。
「次弾‼ 右一つ‼」
「はっはい‼」
足でミシマの銃口を僅か右上にあげさせる。
銃口をスライド。オオムカデ斜め上へ標準をずらしながら引き金を引く。肉片の飛び方よりムカデ頭部への着弾を視認、動きを阻害する。最後の一発――オオムカデの節三つ目やや斜め上へ標準を合わせる。
「マザー指示。ミシマ合わせて」
「はい‼」
『3。2。1。ファイア』
そろった火薬の炸裂音。
「頭部貫通。崩れます‼」
「節三つ目に命中。マザー。スライサー使用許可。回収車回して」
『使用を許可します。回収車到着まで十五分と二十三秒』
眼下を駆け下りる。手に持ったのはブレード。通称スライサー。パープルブレード。パープルクォーツを使用した逆手のブレードで接近戦用。使う人ほとんどいないけれど。
傍に寄れば寄るほどに、人類では道具なしに対処するのが困難な個体群だと強く認識する。これに生身で襲われたら勝てる気がしない。黒い。肉。弾力あり。筋肉と言うよりもゴム質と言うのか。金属のゴム。みたいな。雨が強い。ヘルメットの防護カバーをあげる。あっダメだ。カバーを戻す。ゴーグルに水滴が付くともう何にも見えないし拭っても辛い。雨が地面を跳ねている。
泥のニオイ。
スライサーでオロチの首元を。手に伝わる断圧と反発。頭と胴体を分断する。
妖魔に関してだけれど、骨も臓器もほとんどない。このゴム質のような肉があるのみだ。口、食道、胃のような機関はある。瘴石より血管のようなものが伸び全身を巡っている。瘴石はおそらく心臓部のようなものなのだろう。保有している瘴石にヒビが入ると妖魔は稼働をやめる。ところが瘴石は回収しないと自然治癒する。周りの瘴気を取り込むからだ。
パープルブレード。スライサーだから切れるけれど、通常の刃物だと何の役にも立たない。どういう仕組みなのか解明すらされていないけれど、通常の鋼材では妖魔を傷つけられない。物理的防御に使えるのは実証済み。
人を食べる妖魔に関しても判明している点が幾つかある。
妖魔が人を食べるのには理由がある。人の血液が瘴石から全身へと瘴気を巡らせる媒介となるからだ。肉はそのまま妖魔の肉となり、人を食べるほどに瘴気が全身へと行き渡り体格も大きくなる。人を食べるほどに大きく強くなる。
露出した瘴石の大きさに驚く。紫。黒。硬い。僅かに弾力あり。不思議だ。硬いのに。指先に僅かな弾力を感じる。脳がバグりそう。僅かな発光。透明よりもミルキィー。近年稀に見る大きさだ。
瘴石に纏わりつく血管のような肉の管を切り裂いて取り除く。瘴石には弾丸がめり込んでヒビが全体へと回っていた。
両方の瘴石を同時に破壊しないと倒せない妖魔なのか、素早く解体して瘴石を無力化しないとダメなのか。同時破壊か回復特化の妖魔なのかは持ち帰った瘴石を分析してみないと何とも言えない。かな。と思う。わかんない。だってそのまま武器とか弾丸に加工してしまうかもしれないし。
オオムカデの方も頭部と体を断裂。節が一斉に震え足が動き周り戦慄。節三つ目。おそらく胸部より瘴石をえぐり取る。体がピクピク動いていちいち怖い。
「……手伝います」
「君は。とぅ。こっちよりも遺体を回収して」
「あっ。はっはい」
瘴石は回収必須だ。武器造りに必要なのはもちろんの事。新たな妖魔を引き寄せる材料にもなりえる。これまで人類に対して敵対していない妖魔は複数確認されている。猩々等もその部類に含まれるけれど、残念ながら妖魔は敵対していようといなかろうと殲滅が必須となっている。弱い妖魔を食べても妖魔は強化されてしまうから。
ポケットから瓶を取り出して地面へと垂らす。中に入っているのはぼくの血液だ。倒れ崩れた体へ移ると大きな火種となってゆく。雨でも消えない。厳密には炎でないから。この炎は完全に妖魔を燃やし消し去る。
雨で良かった。崩れた妖魔より複数の遺体が露出し転がってゆく。ぼくの血液では人は燃えないから。
「あぁあ……隊長。腕が。取れちゃってる。隊長。エトさん。マトちゃん。今くっつけてあげるからね」
やだもう。こういう時、インカムだと不便。雨音で声がかき消えないから。
「ミシマ三曹。わかっていると思うけれど、死人は生き返らない。腐敗や新たな妖魔の出現を考えて、速やかに回収車に乗せて」
「……わかっています‼ わかっていますよ‼ なんでそんな事言うんですか⁉ そんな物みたいに‼ 生きてたんです‼ 生きてたんですよ‼ さっきまで‼ 生きてたんですよ……」
どんなに遺体を抱きかかえても遺体は生き返らない。遺体だって妖魔の餌となってしまう。それを避けるには回収して焼却するのが一番だ。こうもぐちゃぐちゃになってしまっては遺体を分けるのも難しい。
現れた回収車に瘴石と遺体を乗せて回収させる。なかなか遺体を離してくれずに参ってしまった。
「離して‼」
「嫌です‼ 嫌です‼ やめて‼ やめてください‼ いなくなっちゃう‼ いなくなっちゃうよ‼」
「もういないよ」
「やめてええ‼ なんで‼ せめて‼ せめてくっつけさせてよ‼」
「そんな暇はない」
「人でなし‼ 貴女は人間じゃない‼」
「腕を離して」
「嫌です‼ 嫌です‼ 嫌です‼ なんでそんなひどい事ができるんですか⁉ やだっ‼ やめて‼」
「離して‼」
回収中ミシマ三曹には背後からじっと睨まれていた。ブツブツ何か呟いている。インカムだから小さい声までモロに聞こえて嫌なのだ。
来ちゃったよ。河童だ。雨が降っているから。三八歩を回収車に張り付ける。ガジェットが磁力だとこういう時便利。腰のタクティカルリボルバーとブレードを構える。
足にもたれ付く何か。すねこすりだ。無害だけれど……。ぼくは迷っているのに体は迷わない。引き金を引く指――すねこすりが散ってゆく。
リボルバーは八発式。四発撃った。回収車の中から三輪が下りて来る。マザーが運転している。
「そういえば、パワードスーツの開発ってどうなっているの?」
『プロトタイプがありますが……現状ではベストではありません』
また適当言って。このベストって金銭的なものだからね。さっきのオロチ、オオムカデを眺めて見ても、生半可なパワードスーツはかえって邪魔になるのが窺える。純粋な物理の力では、人類は圧倒的に不利だ。狙撃ではあっさりとヤレタ。その事実と照らし合わせてマザーはベストではないと答えた。パワードスーツ作るぐらいなら狙撃銃作るよって話。予算も考慮して。
まだら模様。皿。肥大した筋肉。脂肪なんて何処にもない。辛うじて窺えるシルエット。雨の音。うるさい。
「泣くなよー。早く乗せて。死体が喰われてもいいの? ぼくはヤダよ」
「ひっぐ」
『逃走も選択肢の一つです』
「喰われてもいいの? 残った者の手で。残った者が。最後を見届けるのが役目なんじゃないのか? 死体すら帰さない気?」
それを容認するのか。死体すら持ち帰れないと言うのか。そんなのは許されない。妖魔になど渡すものか――死者には安らかでいて欲しい。
『貴方達人類も動物を食べますよ。それと何が異なるのですか?』
マザーにそう問われ、半眼になるしかなかった。答えられない。
『沈黙ですか』
遺体を食べれば妖魔は強くなる。強くなった妖魔はより強い妖魔を呼び寄せる。人が動物を食べるのを視野に入れるなら死体を食べる妖魔を否定はできない。だけれども――生物としての人間の存続を考えるとなったら妖魔に死体はあげられない。
「あぁ。こぼれちゃう……。あっごめんなさいチリちゃん。目玉が……。え? 違う。誰だろこれ。え? 誰? 誰の眼玉?」
こっちはこっちで最低だよまったく。早くしてよもう。
「詰め込んでよもう。組み合わせるのは後でいいでしょ」
雨で河童の攻撃が見え辛い。河童は水泡を飛ばしてくる。雨のせいでろくに弾道を視認できないけれど、相手の振りかぶる速度、方向からこんなものかとブレードの平で逸らす。水は所詮水だ。
河童の上方よりの攻撃をスライサーで引き斬り飛ばす。腕が飛んで行った。ついでに転がっていた足を蹴り飛ばしミシマの傍へと寄せる。
「今何しました? 今何しました⁉ 蹴りましたよね⁉ なんで蹴るんですか⁉ 蹴らないで‼ ふー‼ ふー‼」
「早くして」
遺体を蹴ってミシマに寄せる。
「蹴るなって言ってるだろ‼」
「じゃあ早く回収して」
「このクソ野郎‼」
ぼくって何時もクソ野郎って言われている気がする。
こっちから仕掛ける――先の後を狙う。こちらから仕掛けて防御を誘発させ、その防御を逆手にとった攻撃を繰り出す。こちらから攻める場合において、視覚がある生き物には有効的な攻撃方法だ。
銃器は楽でいいよ。ブレードなんて馬鹿げている。遠くから安全に攻撃できるのに、なぜ相手から攻撃を受ける距離にわざわざ入り攻撃しなければならないのか。それなら断然銃器に頼った方がいい。
三八歩はもう古い銃だ。セミオートやフルオートの銃を使った方が遥かに良い。M1895もそうだけれど。でもそうは言っても弾が無い。瘴石が足りない。加工技術もそれほど発達しているとは言えないと聞く。それを考えたらブレードからの脱却はありえない。特にぼくのようなARMSに覚醒していない人間はこうして戦う他ない。
「クソ野郎‼ 回収終わったわ‼」
「撤収して」
「貴女はどうするの⁉」
「ぼくは残る」
「何馬鹿な事言っているんですか‼ 撤収しましょう‼ もう終わったんですよ‼」
「終わってないよ。任務に準じて」
『ミシマ三曹。既定の命令に従い撤退して下さい』
「そんな命令なんてクソだ‼」
馬鹿。
「ミシマ三曹‼ 戦闘において貴君は邪魔です‼ 足手まといなのです‼ 速やかに撤退して‼」
「うっ……うぅ……」
「邪魔だ‼ 弱い奴が戦場をうろつくな‼」
言葉を失い失意の声がインカムから響く。
「……撤退します」
「貴君はたった一人生き残った。死んだ仲間のために貴君は生き残らなければならない。わかりますね?」
「了解……しました」
妖魔は。一匹たりとも残しておけない。この妖魔達を放置したのなら、より強い妖魔が現れてしまう可能性が残る。次の部隊も全滅したら、それこそ目も当てられない。防衛は終わっていない。楽な内に少しでも相手を排除する。
タクティカルリボルバーのシリンダーをずらし薬莢を輩出する。雨音で何も聞こえない。視界も悪い。敵は沢山。
でも皆殺しだよ馬鹿――。
何時間経ったのか雨が小降りになっていた。ブレードより流れる液体。それが体液なのか雨なのか判断すらできなかった。回収車の明かりだけが明滅を繰り返し。血液の炎だけが地面を照らしていた。
『半径五キロ以内の敵勢力は見受けられません。河童128体を撃破』
「現時刻は?」
『現時刻は二二〇七時となります』
「トライクを回して。現時刻より本任務へ準じます。標的は?」
『太良山駐屯第三十三遊撃部隊。隊長以下63名となります』
「デストロイ?」
『カワベラ隊長がおります三十三部隊はこちらポイントBにて。ポイントA地点第三十一遊撃部隊は対象外となります』
「デストロイなの?」
『ポイントBにてデストロイとなります。罪状は近隣街での窃盗強盗暴行強姦死傷罪となります』
トリプル役満も過ぎている……。
「そう言うのはいいよ。ポイントBに向かいます」
『顔認証は有効です。しかしながら顔を隠している場合――』
「63人からちょっと増えてでもポイントBは殲滅しろってことでしょ」
『そのようになります』




