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第二話

 「ファイってなんだか最近妙に色っぽくなったわよね」

「そう?」

「うん。回りの男子もみんなチラチラ見てる」

 そんなわけはない。女性のフリをしてはいるけれど、ぼくはちゃんと男性だ。それにムジカの方が女性らしい。ムジカを眺める。ムジカは女性らしい体型をしている。ナカジマは……。

「なに?」

「ムジカとナカジマを見ているんじゃない? 二人共美人だから」

「私は胸ばっかり見られるんよー。胸と尻ばっかり」

「あー……なに? 私は顔を見られるけど? え? なに? 顔を見られるけどなんなの? なにか? なにか問題でも?」

「まぁまぁナカジマ。あんたはすっごい美人よー」

「なんなの⁉」


 人は人を眺める。好きな人ならなおさら眺める。気にしていると瞼を細める。意識していると動きに反応してしまう。逆に視界に入らないようにする。


 でも好き避けなんて嘘。特に女性は好きになったら避けても積極的。それ以外は微妙だってリリィメイにそうも言われた。気持ちの表れは明確だって。

「足からお尻、そして背骨のラインが色っぽいのよね」

「ちょっと。ナカジマ」

 なぞられて反射的に背筋が伸びて飛び退ってしまう。

「ちょっと背中をなぞっただけでしょ」

「ファイって変な所でガードが硬いのよね」

「初心なんだから」

「ちょっと」

「お尻ぐらいいいでしょ? 同性なんだから」

「やっぱりこのラインかしらね」

「色っぽーい」

「もー。……フラリエッタは?」

「あぁ、アイツ。最近好きな人が出来たんだって。お風呂だけで三時間出て来ないから」

「ふーん」

「そういえばっ。聞いた話なんだけど。あっおばちゃん私うどんね」

「あいよ。ごほっごほっ」

「おばちゃん。私カレー。おばちゃん大丈夫?」

「あいよ。大丈夫大丈夫。ちょっと風邪かしらね。あらファイちゃん。何時ものでいいかしら? ごほっ」

「今日のお味噌汁って具はなに?」

「ジャガイモと油揚げよ」

「お味噌汁もお願いします」

「あいよ。いっぱい食べて、大きくならないとね。ファイちゃんは小さくておばさん心配だわ」

「そうね。小さいわね。私よりも小さい」

「ナカジマ……あんたも似たり寄ったりだから。五十歩百歩だから」

「五十歩と百歩はだいぶ違うでしょうが‼ おばちゃんマスク越しでも顔色悪いわよ。後でちゃんと医務室行ってね」

「ありがとう。ナカジマちゃん」


 どれだけ頑張ろうとぼくの胸は大きくならないよ……。

「それで?」

 彷徨わせる視線。適当な席。見繕い。腰を下ろす。

「うちの組織内にデッドラインってやばい奴がいるらしい」

「ヤバい奴って?」

「プロの暗殺者っていうか。プロの殺し屋っていうか。そう言う奴がいるんだってさー。ラインを越えたら死を届けるからデッドラインだって」

「へー。そうなんだ」

「あんた達ほんと興味なさそう」


 傍へとやって来た人影に顔をあげるとモーヴィだった。最近大人しかったんよね。まともになったのならいいけれど。でも女性を追い駆け回したい気持ちを理解もできるの。ぼくもリリィメイのお尻ばっかり追いかけているから。

「ファイ‼ 話がある‼」

「え? なに?」

 びっくりした。大声出さないでよ。周りが静まったんだけど。お椀。お味噌汁。湯気。美味しそう。ずずずずず……。美味しい。ほっこり。あちち。

「好きだあああああああああああああああああ‼」

「ぶふっ」

「ちょっと‼ ファイ‼ もったいない」

 お味噌汁が口から零れちゃった。うわぁもったいない。ナカジマが布巾で口や服を拭ってくれた。

「あっ。あっ……うぅ。ありがとうナカジマ」

「仕方ないわね」

「俺様は。いや俺は真剣にお前と交際したいと思っている‼」

「うぇえ???????」

「あんた正気?」

「正気も正気だ。俺様はわかったんだ。真実の愛に‼ 俺様と‼ 結婚を前提に付き合ってくれえええええええええええええええ‼」

 血の気が引くって本当にあるんだ。

「いやあの。ごめん無理」

「答えは今じゃなくても構わない」

「いや、無理だってば‼」

 無理でしょ。ぼく男なんだから。

「好きだ‼」

「気持ちは嬉しいけれど無理だよ」

「好きだあああああああああああああああ‼」

「無理だってば‼」

「俺様は諦めない‼ 1パーセントでも可能性がある限り‼」

「100%無理だよ」

「1000分の1でも可能性があるのなら‼」

「言い方変えても無理だってば‼」

「結局デッドラインが何だったの?」

「あぁ、フラリエッタがそのデッドラインにご執心なのよ」

「へー」

「ファイ‼ 好きだああああああああああ‼」

 えぇえええ……。


 「俺様と付き合え」

「無理」

「俺様と」

「無理」

「好きだ‼」

「無理」

「なぜだ⁉」

「他に好きな人がいるから」

「俺様は諦めないぞ‼」

「絶対に無理。100%無理。1パーセントも可能性は無いから諦めて」

 それからもモーヴィはとにかくしつこかった。どうあっても無理だよ。そしてモーヴィに感化されたのか、おそらく度胸試しになっていて、ぼくに告白する男性が増えた。

「好きです‼ 付き合って下さい‼」

「えぇ……? えぇえええ?」

「貴様‼ 俺様を差し置いて告白だと⁉」

「モーヴィ‼ お前はフラれたんだ諦めろ‼ ファイ‼ 好きだぁ‼」

 お前もか。

 こんなモテ期やだもう。


 リリィメイはそれを聞いて可笑しいくらい笑っていた。他人事だと思って。

「可愛いわよね。思春期なのよ。それで? 貴方の答えは?」

「……絶対無理」

「男同士でも別にいいじゃない。ふふふっ。子供にはまだ早かったかしら?」

「そういう問題じゃないよ。ぼくは……」

「あらぁ? なぁに? ごほっごほっ」

 わかっている癖に――。

「大丈夫?」

「ふふふっ。持病の癪って奴よ。研究員はみんな咳をするのだから。困ったものね」

 突如背後から肉薄してきた研究員――懐から取り出したリボルバーを視認。スライサーを鞘より解き放ち刈り取る。人間相手にパープルクォーツは必要ないけれど。ちなみにスライサーは逆手持ち用に作られた刀だ。

「リリィメイ‼」

「あらあらあら。これは物騒なお客様だ」

 自爆する前にその指を――その意識を刈り取る。

「デッド……ライン。女だったのか……」

 リリィメイを狙う暗殺者は多い。縁故によるものもあるし、東部防衛機構に対するダメージを狙っての場合もある。リリィメイを殺害しても東部防衛機構にはダメージがないのに。

「大丈夫?」

「私も最近モテ過ぎちゃって困っちゃうのよね。ふふふっ」

「揶揄ってるの?」

「オーダー……掃除班を寄越して。暗殺者をあぶりだしたわ。えぇ。終わったわ。コイツ……北方解放戦線の工作員ね」

「北方解放戦線?」

「北部のジャガイモ畑を占領しているマフィアよ。ジャガイモじゃなくて。麻薬を育てようとしていたの。貴方が頭をフッ飛ばした男が首領よ。あら? このリボルバー。珍しいわね」

「ずんぐりしてる」

「この尖端のギザギザでお肉をマッシュするんですって」

「……ほんとなの?」

「ふふふっ。どうかしら。もっと気持ち良くなる方法があるって言うのに。コイツ等ときたら人をラリラリさせるのが仕事なのだから困ったものだわ。ほらっ。汚れちゃったわね。お風呂行きましょう?」


 もう何とも思わないの。人を――。


 「どうかした? ほらっ。手」


 視線を逸らせない。手を引かれると拒めない。むしろ望んでしまう。視界の中にいてほしい。それだけで……。


 熱の音。シャワーの。暖かい雨の中で。向かい合っていて。薄っすらと。微笑んでいて。指が頬に触れて。撫でられて。それだけで。


 緩慢に時間をかけて一滴を。緩慢に時間をかけて、時の流れすら忘れて。たった一滴を。華奢なラインと。零れそうな瞳。桃のニオイ。吐息に。トロンとする。


 泡立てられた石鹸が体を流れて。頬に触れて。

「……もう一回」


 床に零れて濡れるのも構わない。振り返れば足跡だけが。


 日差しの音がする。カーテンが揺れる。湿気たニオイ。土のニオイ。花の匂い。


 ゆっくりと。差し出すの。余韻を。心音と呼吸と視線を。重ねる。ただ視線を絡め合わせるだけで。


 凍える冬は熱を帯び。夏はより熱を帯びる。その冷たさも。汗を帯びるほどの暑さも。合わせた唇の中に閉じ込めて。


 そしたら彼女は首を傾けて吐息をかけてこう言うの。

「もう一回」

 溶けてゆくみたいに。積み重なった雪が。とろけて無くなってゆく。


 リリィメイが。ぼくの胸の上で何時も寝息を零すの。せり上がり耳元に寄せられた顔。時たま身じろぎをして。体を持ち上げて。微睡みながらぼくを眺めて。少しだけ笑って。脱力して。頬擦りをしてまた眠ってしまう。


 通りかかった野良猫が。欠伸をして。しとしとと柔らかく足音を残すみたいに。見上げたそれは柔らかい毛布の塊みたいに純粋で。ふわりと跳ねて。足の裏が触れて。太陽のニオイをさせて。尻尾を。ふりふりって。指に纏わりついて、触れれば指が柔らかく沈み込み……。離してあげられそうもなくなってしまう。


 ――人は唐突に亡くなる。ぼくが命を奪ったように。


 リリィメイは。ぼくの腕の中で。眠るように亡くなった。病だった。どうにでもできなかった。新たな病だった。

「貴方のお母さんとはね。海外の大学で同じ研究室に所属していたの。あぶれた私にしつこいぐらい構って来てね。じゃあ、心を開くから貴女が責任をとってとそう告げると。彼女は驚いた後に頷いたの。幸せだったわ。毎日毎日。幸せだった――でもある日、貴方のお母さんは私の目の前から忽然と姿を消した。共同で研究していたクローンの資料もデーターも全て破棄して。小さなメモに書置きだけを残して自国へと帰って行った。最初は茫然として。何年かして。探したの。結婚して。貴方が生まれていた。貴方のお母さんの事。すごく。憎んだわ。どうやって不幸してやろうか。どうやって復讐してやろうか。そればかり考えていた。いつもいつもいつも考えていた。何年も何年も。この国に根を張りながら。結局……愛していたのよ。執着していたのは私の方」

 リリィメイの伸ばした冷たい指が。唇を撫でていた。

「……なんでこんなに。冷たいの……?」

「貴方の体温て。こんなにも温かいのね。本当はもっと早く。死ぬはずだったのよ」

「何を言って」

「貴方を愛してしまったの。ごめんなさいね。貴方を愛しているの。こんなにも……」

 合わせ触れた頬はあまりにも冷たく。

「最後に。愛して?」

「最後って……?」

「お願い。貴方を。愛しているのよ。ねぇ? 入って。ここに……温めて」

 果てるように。彼女はその生を終えた。

「私の人生は孤独と憎しみだけだった。愛しているわ。私のFire。……幸せよ」

 手で閉じた瞼は二度と開かなかった。手の平を伝った雫の跡だけが、何時までもここに残っている。まるで傷跡みたいに。


 瘴気適応障害妖気過多症。


 国を分断した亀裂より生じる瘴気は、人間に世代交代を余儀なく促した。妖魔やパープルクォーツは瘴気を発している。適応できない人間から、その生を強制的に終わらせられる。

 徐々に徐々に北上し国を覆い、徐々徐々に体を冷たく蝕んでいた。

 生き残ったのは次世代と子供ばかり――幼い頃にすでに国の分断を経験した者。子供の頃に妖魔に出会っていた者。新しく生まれた者。


 当時から大人だった者は亡くなった。冷たくなって。適応できない者から姿を消した。東部防衛機構内部も入れ替わり立ち代わり。それが時代(次代)だとでも言わぬばかりに。

 そして最初に適応した者。ARMSが生まれた。


 兵器って意味じゃないよ。


 At-Risk Mental State。


 蓄積した瘴気は妖気となって心の形を伴い妖魔を形作ってゆく。妖魔を内に秘めた人間を。人々はARMS(アームス)と呼んだ。


 ARMSになる人間には特徴がある。ARMSは隣人の死を経験した人間にしか発現しない。心に残る大きな傷跡に瘴気が染みわたり内なる妖魔はその形を成すから。


 大半の管理者がいなくなった事で環境は激変した。それでも治安が維持されているのは東部防衛機構にマザーと呼ばれるAIブレインが存在するから。


 死を悟った管理者達が後続の秩序と安寧のために、マザーを残して行ってくれた。マザーは機構を管理し運営する。


 直轄の東部防衛機構統括。

 食料生産管理統括。農産部門。食肉部門。

 武器防具管理生産統括。武器銃火器開発部門。防具制作管理部門。

 治安維持部隊統括。

 防衛部隊統括。

 殲滅部隊統括。暗部。

 医療部隊統括。外傷部門。病巣部門。

 特殊育成教育部門統括。初等部。中等部。高等部。幹部候補生育成教育部門。


 アキラやユリなどの部隊長達はそのまま東部防衛機構統括となり、十二人で実質的な東部防衛機構のトップとなった。


 ぼくらはアキラ直轄にはならなかった。ぼくらは第一世代だから。だから次代の進むべき道として後進の矢面に立たなければならなかった。


 モーヴィは一等陸佐治安維持部隊統括に。ムジカとナカジマは三等陸佐。育成教育部門統括と医療部門統括に。フラリエッタは一等陸尉殲滅部隊暗部統括となった。

 どの部門も統括は複数おり独断が行えないようになっている。


 ぼくは特務曹長になった。統括じゃない。殲滅部隊暗部に一応席があるけれど、扱いは下っ端だった。


 ぼくは東部防衛機構の暗部に関わって来た。でも直轄の暗部と言うわけではない。ぼくに対する命令権を所持していたのはリリィメイだけだ。そのために暗部はぼくに命令を下せなかった。


 過去表だってはアキラの部隊員の一員だったけれど、ぼくに直接命令を下せたのはリリィメイだけだ。ぼくはリリィメイ直轄となる。そのリリィメイが亡くなって。だからアキラがぼくを昇進させようとしたけれど、マザーに命令権限が無いので変更できないと突っぱねられた。ぼくの進退を決められる人間が、ぼくを含めて存在しない。


 それはいい意味でも悪い意味でもある。

 ぼくにはマザーに対する命令権が存在する。

 ぼくが望めばマザーの全権限をロックダウン出来てしまう。

 それを知られるわけにはいかないし、そんな権限は無い方がいい。


 リリィメイが亡くなってから、ぼくはリリィメイの私物のほとんどを処分してしまった。リリィメイが始めから存在していなかったかのように。そうしなければ、ぼく自身が、おそらくその事実に耐えられなかったから。


 彼女を燃やす炎を眺めていた。炎は揺れて、赤くて、オレンジで、広がっては縮んでを繰り返して。幼い頃、公園で遊んでいたのを思い出して。大きなどんぐりの木があって。美味しそうだと剥いたその実を一口パクリと食べると。ひどく顔を歪めて嫌がって。何度も唾を吐いて。何度も何度も舌を洗って。母親に縋って。笑われて。なぜだか。なぜだかそれを深く深く思い出していた。ひどいエグみに抉られていた。


 鉱石ラジオから伝わってゆく歌声。妹が、海底トンネルの向こう側でアイドルとして音を奏でている。頑張っている。世界は通信でしか繋がっていないけれど。まだ通信では繋がっていた。


 世界中が、世界中を痛み、歌を奏でている。希望だけは費やさぬようにと。絶やさぬようにと。


 みんな困窮しながらも、僅かな希望に縋って生きていた。


 ぼくに残ったのは三十八歩、M1895、タクティカルリボルバーだけだった。伽藍洞になった部屋の中で座って外を眺めていた。ぼくらの戦いは終わったわけではなく、むしろこれからだと言っても過言ではない。管理者達の残したシールドオブウォール計画もまだ中途で半端だ。A1から3セクションにおける壁の建設は、多大な犠牲の上についぞ成し遂げられていなかった。人類は北部への後退を余儀なくされている。


 北部の海底トンネルが無ければ、ぼく達の生存はもっと困窮していたかもしれない。もう海路や空路を使ったあらゆる移動は遮断されてしまっていた。


 鉤地に建造されたシールドオブウォールセクションD22から47がぼくら人類の最終防衛ラインだ。ぼくらはここだけは何としても死守しなければならない。


 同時に、ぼくらは本土を離れられない。


 ぼくらはもう旧人類ではなく新人類で。


 瘴気なしには生きていけない。


 ぼくはARMSではないけれど、幼馴染は……。


 それに本土には重要な施設や工場が幾つもある。管理者達がいなくなった今、これら施設や可動人員は一度失ったら取り返しがつかない。電波塔だってある。これを破壊されるわけにはいかない。


 ぼくらは本土を離れられない。


 「あら、ここがいいわ。いい部屋があるじゃない」

「ユリ。ここは……ファイがすでに使用している」

「ファイって……。貴方の部隊の? なぜ彼女にこんな良い部屋があてがわれているの?」

「彼女の親代わりがリリィメイ技術総監だったから……」

「リリィメイ総監の? でもファイ自体の階級は……特務曹長? 特務曹長ってなに? どういう事? とにかくファイ自体の階級は低いのよね? これは貢献度の低さを意味しているわ。ファイ。貴女にはここを明け渡して貰う。親の七光りで生きて行ける程、現状は甘くないのよ。三日猶予をあげるわ。その間に出て行かなければ第三指令陸将として命令し貴女を退去させるからそのつもりでいて」

「ファイは階級が低いってわけじゃ。ごめん……ファイ。後で言い聞かせるから」

 暮らしていた部屋も明け渡すハメになってしまった。


 「ごめんな。ファイ。俺に強い権限がないばかりに」

「仕方ないよ」

「それにしてもおかしいよな。なんでファイだけ進退の更新ができないんだか。昇進さえ出来たら統括にねじ込めるんだけど……やっぱりみんな納得してくれなくてさ。ごめんな」

「気にしないで」

 アキラの独断でどうにかできるものじゃない。

「……それとちょっと話があるんだけど、いいかな? 本当にごめんだけど、どうしても聞いて欲しくて」

 アキラから聞かされた話は絶妙に悩ましく、用意に叶えられる内容ではなかった。


 部屋の窓から眺める最後の景色。この部屋から眺める最後の景色は、秋でも無いのに紅葉を赤く染めていた。膝を付けば崩れてしまいそうで。立ち上がれなくなりそうで。みっともなく崩れてしまいそうで。誰かに甘えたくて。脳裏に過るのは幼馴染で。そんな自分勝手な事が許されるわけもなく、甘えればきっと拒絶されるのもわかっていて、崩れないように膝を押さえて、歩いて、部屋を後にした。


 ぼくの階級で得られた部屋は、誰も通らないような通路奥、隅っこにある物置のような小さな部屋だった。六畳一間ロフト付き、お風呂トイレ別。AIマザーが用意してくれた部屋だ。まだ、ぼくにやって欲しい仕事があるとマザーが言っている。壁が捲れると銃器がずらりと並んでいた。

「あのね。マザー。銃器は弾が無いと意味が無いんだよ?」

 インカム。虚空にそう告げると隣の壁がひっくり返り、大量の各種弾倉の擦れる音が響く。ぼくに何をさせたいんだか。

「あのね? マザー。ぼくにはこの三つの銃がある。これだけで十分だよ」

 壁が引っ込み銃器が格納されてゆく――そして現れたのは台座だった。

『メンテナンスを行います。今後任務完了後は必ず銃器を提出して下さい。シャワーはこちらです。任務完了後は必ず衣類を提出し体を清潔に保って下さい。栄養が必要な場合はお申し付け下さい』

 銃のメンテナンスが大事なのは理解できる。スラムファイヤやスクイヴロードを引き起こしたら大変だ。バレルバーストなんて洒落にもならない。

「小腹が空いたよ」

 壁が回り台座が現れ、奥から流れて現れたのは完全食の固形物だった。

「お腹が空いたよ」

 奥から流れて来たのは完全栄養食の固形物だった。

 何を言ってもこれが流れてきそう……。


 体が成長すると皆どうしても性別に思考を引っ張られてしまう。ぼくらはもう二十一歳になっていた。

「男女の友情って成立すると思う?」

 食堂にてムジカにそう問われて迷ってしまう。ムジカもナカジマも統括になったのに階級を気にせず普通に接してくれる。食堂で一緒にランチだ。

 ナカジマは何時も隣。ムジカは何時も斜め前。

「成立するわけないじゃない。二人で一緒にお酒なんて飲んでみなさい。次の日に後悔するわよ。ファイはどう思う?」

「どういう事なの?」

「いや、うちの職場がね。すぐに恋愛に発展してしまうんよ。まぁいいのよ。恋愛をするのはさ。でもドロドロとか恋愛相談とかしないでほしいの。私に。恋愛禁止にしたら友情だけで職場は回るかなーと思って」

「適当にやればいいじゃない。恋愛は自由。友情も自由だけれど節度は守って仕事はしてねって」

「あんたはそれでいいかもしれないけど、あたしはそういうの苦手なの」

 女性同士の会話でなら同調するのが正しい並びだ。

「それで? ファイはどう考えるの?」

「成立しないほうがいい……と考えるかな」

「その心は?」

「恋人や伴侶が異性の友達と遊びに行ってくるって告げたら微妙な顔になりそう」

「ぶっ。はいはい。ファイちゃんは初心でちゅね」

「あー。私も微妙な顔と心持になりそうだわ」

「男の人って、友達とは卓飲みとか普通にするでしょう? 女の人と二人で卓飲みして朝帰りして、何もなかった。お酒を飲んだだけって、それを信用できる? いや、友達だからって言われて、嫌な気持ちにならない?」

「あー……いや、朝帰りはするなよ」

「でもただの友達だよ? それにさ……真面目な話だけれど、セックスフレンドだってあるわけだし」

「あー……」

「体だけの友達だよって。そう告げられて。それを許せるかどうかって話。だからナカジマに同意だよ」

「別に構わないって女、いるものね。ていうかいるわ」

「男サイテーだな‼」

「知ってる? 次の日の朝。棒を舐めた味で生でしたかどうか判断するのですって」

「うわぁ……聞きたくなかったそれ。ていうかナカジマ‼ 食事の最中に変な話ししないでよね‼」

 本当だよ。実際問題の話、お互い恋人がいるのなら知り合い程度に住み分けした方がいいとぼくは考えるよ。お互い恋人がいないのなら友達でもいんでないの。正解は多分、人による、なのだろうなー。学生なら別に男女の友情なんて普通でしょ。

「あんたが始めたんでしょうが。それよりファイ。最近どう? 大丈夫? 問題ない?」

「大丈夫だよ。ありがとナカジマ」

「明日から連峰(れんぽう)に派兵でしょ?」

「……良くわかったね」

「え? どういう事?」

「貴方のアクセス権限が高すぎるのよ。どうなっているの? マザーに散々問いただして派兵先だけは教えて貰ったわ」

「応援要請があって……どうも結構強い妖魔が二体いるみたいなんだ」

 本命は近場にある太良山(たらやま)の方。暗殺任務が言い渡された。部隊長を含めた何人かが好き勝手やっているらしい。彼らがデッドラインを踏み越えたとマザーが判断した。暗部統括であるフラリエッタも最近キナ臭くて。悪い意味じゃないけれど、どうも自分好みのハーレムを作っていると聞く。誰にも迷惑をかけないならそれもいいけれど。変な新興宗教みたいになっていないかと不安で仕方がない。

「絶対無理してはダメよ? 危なくなったら迷わず逃げる事。いいわね?」

「わかってるよー」

「生きてさえいれば、私がどうにかしてあげるわ」

「わぁ頼もしい」

「揶揄っているの? ムジカ」

「そう聞こえた?」

「もうあんたの傷口は縫ってあげない」

「ぶふふっ。すぐ拗ねる。ファイ。どう思う? もうあんたの傷口は縫ってあげない。だって」

「そしたらムジカは傷だらけになっちゃうね」

「やーん。困っちゃう。このナイスバディと玉の肌が傷だらけー」

 それを聞いてぼくとナカジマは笑うのを堪えられなかった。

「ムジカ。おじさんみたい」

「ちょっとファイ‼ 誰がおじさんよ‼ ぴちぴちおねーさんよ‼」

「確かに服はぴちぴちかもね」

「やーん。うっふ~ん」

「ぶふっ。ちょっと笑わせないでよ‼」

「ナカジマ汚いー」

「誰のせいよ‼」


 ナカジマはクールな見た目に反して情に厚い。男女の友情が成立するのかと言う話だけれど、ナカジマとは成立するような気がした。ナカジマは内に絡新婦(じょろうぐも)を飼っているARMSだ。口から糸を発して操れる。丈夫で無害。医療に重宝しているらしい。


 「そういやさ、あたし聞いちゃったんだけど、アキラの奴、あんたの幼馴染にお熱なんだってね」

「え? 初耳なんだけど。どうなの? ファイ」

「何とも言えないよ」

「ファイ。あんたも気を付けなさいよ? こんなご時世なのに、個人の感情で相手を振り回す人間が多いのよ。恋愛感情は特にね。男の嫉妬はねちっこくて、女の嫉妬は恐ろしいわよ」

「まぁアキラは身長高いしね」

 アキラの身長は180cmを越えている。ぼくは165㎝。なんなの。ぼくはなんなの。本当に女の子のような気がしてきた。気がするだけだぞ。

「それを言うなら二人はどうなの?」

 そう告げるとナカジマはムジカへ一瞬視線を移し、ムジカは不思議そうにナカジマを眺めていた。二人ともとんと恋愛話が出てこない。


 ちなみにムジカは鎌鼬のARMSだ。無数の風のような斬撃が生み出せる。

「……私達の事はいいのよ」

「知ってる? コイツ。クワガタ飼っているのよ。恋愛より昆虫なのよ」

「ちょっと実験をしているだけよ」

「まーた変な実験してる」

「オオクワガタとコクワガタを交配させると、その中間種が生まれるの。所謂交雑種って奴ね。でもその子には繁殖能力が無いって言われているのよ。でもね。私はこう思うわけ。中間種は新たな種なんじゃないかって。中間種は中間種としか繁殖できないのではないかって。ライガーはライガーとしか繁殖できないのではないかって考えるわけね。その可能性の実験をしているのよ」

「まーた変な事言ってるよ」

「二人共恋愛話は無さそうだね」

「うっふ~ん。ナイスバディでモテモテなのよん。わたくし」

「あんた達、もっと私の研究に興味持ちなさいよねー」

「そんな事よりアキラがどうなのかって話でしょ‼」

 ギャグでも体のラインが浮き彫りとなるムジカは饒舌に語り難く、実際問題、あの後の話でアキラから幼馴染との間を取り持ってくれないかとは頼まれていた。

「うっふ~ん……」

「もう。ムジカ。わかったから。ムジカはナイスバディだよ。ほんとに……」

 ハート飛ばすのはやめて。

「……妬ましいぐらいにね?」

「あらごめんなさーい。ナカジマも美人よー」

「コイツ……」

「もー。二人とも。ぼくからしたら、二人共とても美人でスタイルがいいよ」

「あら、ありがとう」

「うっふ~ん。ファイも可愛いわよー」

「あはは……」

 お世辞はいいけれど可愛いは微妙だし困るよ……。


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