友人たち
「という感じで、捨て台詞は吐かれたけれど思ったよりもすんなり終わったわ」
慰謝料も貰えたしねと笑うと、本当に逞しいよなと苦笑しながら紅茶に口を付ける友人たち。
数日前の破談に至るまでの一部始終を話せば皆それぞれ違ったリアクションを見せる。
私がオーナーを務めるカフェを貸切にしたので誰の目を気にする事もなく気楽に話が出来てこういう時にはうってつけの場だ。
今となってはそれぞれ立場も違うがアカデミーで出会った彼らとは卒業した今でも気の置けない関係が続いており、こうして愚痴を吐く場がある事に感謝している。
今日だってこうして破談の噂を聞きつけ傷心の私を慰めるという名目で集まったにも関わらず、労わる言葉のひとつも無い一癖も二癖もある人物ばかりなので湿っぽい空気にはなりそうもない。
「それにしてもエンロート嬢ってばあんな虫も殺さぬような顔して、ちゃっかりしてんのね。まあ私の方が可愛いけど」
「お前はどんな虫でも躊躇なく殺すもんな、社会的に」
「物理的に殺したら流石に庇いきれないからやめてちょうだいね」
「害虫は駆除されて然るべきなんだからむしろ社会貢献として褒めるべきではなくて?」
「確かに一理あるな」
「そうよ!もっと私を褒めなさいよ!」
変な方向に話が盛り上がっているようだが、本当に誰1人として私を労る気も慰める気も無くていっそ清々しい。
そうだ、アカデミー時代に私たちはみんな周りから異端だと扱われいつの間にか一人、また一人と増えていったはぐれ者の集団。
破談くらいで動揺するような人間は一人もいない。
やれやれとばかりに肩を竦めているのはイェシカ。ブラント伯爵家の長女で長く婚約していた幼馴染を婿養子に貰いもうすぐ結婚する予定だ。
少し気弱な年下の婚約者を上手くリードするしっかり者で次期伯爵夫人として周りからの期待も高い。
そのしっかり者が故に学生時代は徒党を組んでしか行動できない女生徒たちとは折り合いが合わずに随分と苦労していた。
私としてはそのさっぱりとした性格が好ましいのだが淑女という言葉が当て嵌まるかといえば難しい。
その隣で「ライラなら心配ないわよ」と笑みを浮かべ、寸分の隙も無い美しい動作でカップを置いたのはヴィヴィ。
スカンツェ家の侯爵夫人である彼女はアカデミーを卒業してすぐに嫁いだ身で、一回り年上の夫とその両親にとても大切にされている。
その溺愛ぶりは婚約時から有名で、アカデミーではやっかみ半分に他愛ない嫌がらせも受けていたが全て嘲笑と共にあしらっていた。
おっとりした性格のように見えて誰に何を言われようとも揺るぎない矜持を持った芯のある強かな女性なのだ。
目立つ美人ではないが楚々とした佇まいで完璧な淑女と言っても過言では無い彼女の隣に立つにはあまりぱっとしない印象のスカンツェ侯爵だが、ヴィヴィに「女は愛されてこそ」と言わしめるほどの愛妻家ぶりが貴族の中でも有名である。
そんな夫を上手に転がすのが夫婦円満の秘訣だとヴィヴィは語る。
その横で慰謝料が安すぎると憤慨しているのがエメリだ。王都から離れた領地を治めるヨーハンソン男爵家の次女で、国がひっくり返るくらいの玉の輿に乗りたいと常日頃から野心を燃やしている情熱的な性格だ。
そこだけ切り取ると国家転覆を企てるテロリストのように聞こえるから決して口には出すなと諫めるのが大変なのだが、事実彼女はそれくらいやってのけそうな容姿をしている。
陽にあたると眩く輝く金髪に、陶器のように滑らかな白い肌。透き通るような濡れた瞳と控えめな唇が彩られた面差しは実年齢より少し幼く見え、その愛らしい仕草はたちまち見る者の庇護欲をそそる。
そんな血統書付きの猫を被っている彼女だが、その本質は有望な男を探す猛類なのだ。
未だ彼女のお眼鏡に適う相手は現れていないようだが、ターゲットを捕らえる日もそう遠くないかもしれない。
そんなエメリの向かいの席で止まらない彼女の憤慨っぷりを苦笑いで受け止めているのがカイ。
代々王宮騎士団に属する優秀な騎士を輩出するリンデロード伯爵家の三男で、自身も騎士としては優秀なのだが王宮騎士団ともなると色々なしがらみも多いのか俺は一生下っ端でいいやと暢気に口にしている。
既に優秀な長男が家督を継いでおり、騎士を早めに引退して余生は鞄一つで世界中を旅したいと夢見る生粋の自由人だ。
その夢を叶えるならば家庭は持たない方がいいと家族の反対もどこ吹く風、のらりくらりとお見合い話を躱しながら独身主義を貫いている。
そんなカイと対照的なのは隣で見るからに神経質そうに紅茶を啜り、眼鏡の曇りに不愉快さを隠さない表情のクヌートだ。
タリアン子爵家の長男だが既に年の離れた姉が婿養子をとって家を継いだので今は官吏として王宮勤めの忙しい毎日を送っている。
将来は宰相になりこの国の命運を握りたいとこれまたテロリストの疑いが掛かりそうな発言だが、豊かな国にしたいという彼の思いは本物だ。
しかしそれは国民の為だとか誰かへの恩返しだとかいう訳ではなく、ただ国を豊かにするという課題を己の人生に勝手に課しては使命感に燃えているだけなのだ。
なんとも奇特な男だが、仕事は出来るらしく今のところ順調に出世しているらしい。
「破談になったのはもう仕方がないとして、問題は弟なのよね」
破談のごたごたで新たに浮上してきた問題に私は頭を悩ませていた。
それは弟のヨエルへの当主引継ぎ問題。
本来ならヨエルがアカデミーを卒業した時点で私は当主代理を降り、ヨエルが正式なヒュランデル家当主となり爵位を授かるはずだった。
しかしヨエルはアカデミーを卒業してもまだ学びたい事があるからと当主就任を先延ばしにし、代理として業務をこなす私の元で仕事を引き継ぎながら勉強を続けると言うので本人の意思を尊重する事にしたのだが実際のところ引継ぎはあまり進んでいない。
もともと周りに流されやすい性格なので心配なところはあったが婚約者と一緒にあちこちの夜会や集まりに顔を出しては社会勉強と言っているが私には無駄な時間を過ごしているようにしか見えない。
ヨエルの婚約者はハリアン子爵家の1人娘、アイノという小柄な少女だ。
彼女とは婚約者を決めかねていた時に出会い互いに惹かれて本人たちが周りを説得するかたちで婚約に至ったせいか、家門や責任よりも2人の感情を優先させて行動するところがある。
それでも2人が仲良くやっているならば文句は無いし、優柔不断なところがあるヨエルをアイノが上手くリードし引っ張って行ってくれるので安心していたのだが今回の私の破談騒動で少し状況が変わって来た。
私が破談になった事で当主代理を降りず、更には家に居座って当主の座を狙っているのではないかと疑念が湧いたらしい。
もちろんそんな気は無いし、個人的な稼ぎもそれなりにあるので家を出たって一生とは言わずとも暫くは一人でなんとかやっていける。
だが嫁ぎ先を失った憐れな守銭奴女を客観的に見ればそう思うのも仕方が無いのだろう。
誰に何を言われたのかヨエルが急に当主就任を急ぎ始めたのだ。
ちゃんと当主代理を降りて僕が侯爵になれるんだよね?いずれは家を出て行ってくれるんだよね?と遠回しに何度も顔色を伺ってくるようになったので呆れてものも言えない。
守銭奴女と呼ばれる程に必死になっていたのも全てはいずれ当主となるヨエルを思っての事だったのに、それを近くで見ていたはずの当の本人にすら何も伝わってなかったんだなと思うとがっかりだった。
破談になったのも自分の事なんだからその後の生き方についても自分で始末を付けるつもりでいたし、別に心配して欲しかったわけじゃない。
だけど婚約者の不義で破談になった姉に対して一番先にに考えるのが自分の保身だなんてあんまりじゃないだろうか。
それ以来家族の為にと仕事に燃えていた私の動力源はすっかり冷え切ってしまい、今は如何に一刻も早く静かな隠居生活を送るかしか考えられない。
「とりあえず住む所を確保したらさっさと家を出て静かに暮らしたいの」
私の心のようにすっかり冷めた紅茶を啜り溜息を零すと皆の視線がこちらに集中する。
「結婚も家の事ももうどうでもよくなっちゃった。読書と昼寝が出来て日々の暮らしが何とかなればそれでいいわ」
豪華な食事も派手なドレスもいらない。大きな家もたくさんの使用人も夜会もお茶会も必要ない。ただ静かに読書を楽しみ気ままに惰眠を貪る暮らしがしたい。
今まで忙しくしていないと不安な程だった私の変わりように驚いたのか急にしんみりとした空気が漂い始める。
エメリが珍しく言葉を選びながら言う。
「ねえ…あの、私の情報網で早死にしそうなお金持ちを紹介してあげよっか?」
「いらない」
選んだところでろくでもない言葉と不穏な情報網が恐ろしいだけだったがその心遣いだけは受け取っておこうと思う。
そんなエメリを横目にイェシカが口を開く。
「私が結婚したら私たち夫婦の養子としてうちに来ればいいわ、ライラなら大歓迎よ」
「いらない」
父親よりも年上の養子ってなんだ、本人も周りもものすごく気まずいじゃないか。
おっとりと笑ってヴィヴィが言う。
「じゃあうちの敷地内に家を建ててそこに住む?私が言えば夫も反対しないわよ」
「いらない」
破談になった女が仲睦まじい夫婦の家の庭に家を建てて住み始めたなんて社交界であられもない噂になるに決まってる。
次はお前の番だと周りの視線に急かされカイが渋々口を開く。
「まあ…どうしてもって言うなら…騎士団を辞めた後、一緒に旅に連れて行っても「いらない」」
食い気味に返すと何でだよ俺の優しさを返せと吠えているが私は静かな隠居暮らしがしたいのであって生涯現役の旅人を夢見ているカイとは相容れない。
どいつもこいつもどうしようもないなとでも言うように不敵に笑ってクヌートが言う。
「俺が弟を社会的に不能にして婿養子に入ってやろうか?」
「いらない」
どう考えてもクヌート一番どうしようもなかった、知ってたけれど。
残念ながら私の友人に真っ当さを求めるのが間違ってたとがっくり項垂れるしかなかった。




