脳筋男
「それじゃあうちに来るか?」
そう言ったのは今までずっと黙っていたイーヴァルだった。
「…はぁ?」
うちに来るか?ってなんだ。
まさか屋敷で雇ってくれるつもりだろうか。
意図が読み取れず首を傾げているとイーヴァルがじっと私の目を見る。
「うちに嫁げばずっと本を読んでいようが昼寝をしていようが誰も何にも言わないぜ?」
「いやそれは誰かが何かを言うべきでしょ、犬猫を拾ってきたんじゃあるまいし。と言うか何サラッとプロポーズしてるわけ?」
イーヴァルはベルセリウス辺境伯家の嫡男で、アカデミー時代から頭角を現し今やその剣の腕は騎士を目指すものなら知らない者はいないと言われるほどだ。
普段は国境地帯の防衛と統治を担う為あまり領地を離れる事は無いのだが、今は当主である父親に命じられ当主代理として議会に顔を出す為に王都まで来ている。
今回の集まりは久々にイーヴァルと顔を合わせる目的もあったのに話題は私の破談で持ちきりであまり近況は聞けていなかったが、何をどうしたらいきなりプロポーズの展開になるのだろう。
面倒だと言いながら特注の肉たっぷりのサンドイッチを頬張りほとんど会話には参加していなかったので話を聞いていないのかと思いきや、まさかの発言に皆が一瞬静まり返るがイーヴァルの突飛な言動は今に始まった事ではないのですぐにいつもの調子を取り戻し口々に彼の正気を確かめ始める。
辺境伯家はその役割の特異さから与えられた領地も権限も他の貴族より多い、それなのに次期当主の妻がずっと読書をしてても昼寝をしてても誰も何も言わないなんてそんな馬鹿な話があるか。
「うちは王都から離れた田舎で何かと不便だし、特に裕福なわけでもない。見合いをしたって失敗続きだ」
「それは多分領地のせいじゃなくてお前のせいだと思うぞ」
イーヴァルの言葉にカイが呆れた様子で口を挟む。
「見合いに行ったって女の子が興味ありそうな会話のひとつもせず、ずっと武器だの防具だの戦略だのの話をしてりゃあ誰だってフラれるに決まってるさ」
「えー!私だったら 2秒で帰る!」
エメリが信じられない物を見たような顔で悲鳴を上げるが気持ちはよく分かる。
見合いでそんな暴挙に出たのかと呆れた視線を送っているとカイが更に信じがたい事を告げた。
「しかもコイツ爵位の継承にはこだわってないって言うんだぜ!」
「はぁ!?」
今回議会の出席を命じられたのも次期当主として縁を広げて来いという意図なのだろうが、本人は家を継ぐのは別に自分じゃ無くとも次男である弟で構わないと考えているらしい。
「領地経営についてなら弟の方が向いてるし、だったら俺は騎士団の団員として働きゃいいかなと思って」
辺境伯夫人になれるならまだしも、爵位を継がない男の為にわざわざ辺境に嫁ごうだなんて奇特な貴族令嬢がいるとは思えない。
それなら失敗続きも頷ける。
イーヴァルのこういうところが脳筋男と呼ばれる所以なのだが、欲が無いと言うより世の中の様々な事に対して関心が薄い。
金・権力・ギャンブル・酒・女などには興味が無く、趣味らしい趣味も無い。
やる事が無ければ体を鍛え、大抵の事は腕力、または武力で解決するし解決出来ると思っているのでアカデミー時代に誰が呼び始めたか脳筋男というあだ名がついたのも入学して3か月もたたない頃だ。
適度に暴れる場を用意して肉を食べさせておけばいい、という野犬のような認識だった。
酷い扱いだがおおよそ間違ってはいないし本人も気にしていないので陰でこそこそ守銭奴女と呼ばれる私とは違い、割と大っぴらに脳筋男と呼ばれている。
普通ならありえないが、そんな脳筋男が爵位に執着するとも思えず弟に譲ると言うのもイーヴァルならさもありなんという感じだ。
しかしあまりにも簡単に爵位に執着がないと言うイーヴァルに激高したクヌートが感情のままに口を開く。
「いよいよ頭がおかしくなったのか!?辺境伯家なんて俺が女だったら嫁いでもいいぐらいだ!」
「お前を嫁に貰うなんて死んでもごめんだ。騎士団乗っ取って異民族と周辺国を唆して独立するだろ、絶対に」
「ああ、するさ!絶対に!」
拳を握りしめたクヌートが立ち上がって独立を宣言したのを見て彼には権力を与えてはいけないと思った。国が割れる。
「するのかよ」
「すんなよ」
「やめなさいよ」
「無理だと断言出来ないところが怖いわね」
「まだ捕まってないだけのテロリストがこんなに身近にいたなんて…」
それぞれがクヌートを止める中、エメリだけは独立したら私と結婚してとはしゃいでいるが2人が統治する国には住みたくないのでやめて欲しい。
「まあそういうわけで見合いは失敗続きだし、両親ももう嫁に来てくれるなら人のかたちを保ってりゃなんでもいいって言ってんだよ」
「それはいくら何でも見境が無さすぎると思うわ」
そんなことを言われている人間にプロポーズされても微塵も嬉しくないのだが、嬉しくはないが条件的には悪くはないかもしれない。
特別贅沢を望んでいる訳でもなく、権力も欲しくない。
もし爵位を継がなくとも辺境伯家の令息ではあるし実力も十分にあるので騎士団長の座には収まるだろう。
私個人の資産もあるし持参金だと言って家にある持てるものを全部持って嫁げばいい。
それに私は人のかたちをしっかり保っている上に意思疎通までとれるのだから嫁げばそれなりに優遇してくれると思うので、慎ましく暮らしていけばそれなりに生きていけなくもないはずだ。
「悪くは、ないかも…」
「だろう?お互いに損はないと思うんだ」
「いや、普通に損はあるんだけど」
まるで名案だと言わんばかりに自信満々の表情のイーヴァルだが普通に損はある。
暮らすならば田舎より王都、そりゃあ便利な方がいい。毎日読書をして暮らすにしたって本を取り寄せるのも大変だし、別に贅沢をする気はないけれど欲しい物だってすぐには手に入らないかもしれない。
まあこのへんの事情はそのうち慣れるかもしれないが、問題はカフェの運営である。
元々嫁ぐ予定だったストランド領と実家のヒュランデル領に1軒ずつと王都に2軒、私が自腹で始めた事業なので当主の権限とは違い弟に引き継ぐつもりは無い。
今まではそれぞれが場所が比較的近かったので信頼のおける責任者にある程度の仕事を任せてやりくりしていたが、ベルセリウス領へ越すとなるとそれも難しい。
「カフェの運営を考えるとベルセリウス領は遠すぎるのよね」
それなりに儲かっているので店を手放すのは忍びない。
「売るしかないか…」
いきなり店を潰すと従業員も路頭に迷うし、それならいっそ従業員ごと店を買い取ってもらって運営を続けて貰った方がいい。
「本当にお店を手放してもいいの?」
最初の店を軌道に乗せて4店舗に増やすまでの私の地道な頑張りをずっと見ていたからかヴィヴィが静かに問う。
「俺は別にライラの好きにしてくれればいいけど」
ライラなら何か上手くやるだろ、とテーブルに肘を突いたイーヴァルが言う。何かって何だ。
けれど彼のその言葉に一切忖度は無く、本当に私の好きにしていいしやるなら上手くやるだろうと信じて疑わない。
「いいの。本当は結婚したらフィンに経営権を譲るか弟にあげちゃってもいいかなって思ってたんだけど今はその気も無いし、潰してしまうよりはちゃんと運営してくれる人に譲ってお店が残る方がいいかなって」
破談になったフィンは論外だが、弟のヨエルも婚約者に振り回されてばかりでいまいち信用ならない。当主になったお祝いとして権利を譲渡する考えもあったのだが上手くやれる気がしない。
かと言ってこれまで頑張って来た愛着のある店自体が無くなってしまうのも辛いので信頼できる人に任せるのが一番良いと思う。
周りの力も借りながらなんとかやってきた私の大事な店なんだもの・・・。
「ああ、でもストランド領の店は潰すわ」
「そうね、跡形も無く潰せばいいわ」
「いっそのこと2度と紅茶が飲めないように茶葉の流通も止めてしまうのはどうかしら?夫にお願いしてみるわ」
「それいいわね!お湯でも飲んでクッキーの代わりにレンガでも齧れってればいいのよ、あんな奴」
女性陣がわいわいとストランド領のカフェ文化を根絶やしにする計画を立てていると顔色の悪いカイが
「領民に罪は無いんだから・・」と言うので仕方なく店舗の撤退と系列店へのフィンの出禁で溜飲を下げる事にした。
ついでにエンロート嬢も出禁にしよう。
「売ればある程度のまとまったお金になると思うし、持参金も含めたらベルセリウス家にも損はさせない額は用意出来そうね」
「持参金なんてうちは誰も気にしてないからお前が欲しいモンだけ持って来てくれりゃいいよ」
サンドイッチの最後の一切れを口に運びながら呆れたようにイーヴァルが言う。
人のかたちを保っている事だけを結婚の条件にしている辺境伯夫妻が持参金を期待しているとは思えないが、手ぶらで嫁いで読書と昼寝しかしないなんて流石に胸が痛む。
「まあ持参金については家族と相談するわ」
「俺としては金よりこのサンドイッチのレシピをうちの料理人に教えくれた方がありがたいけどな」
会話にも参加せず無言で食べてると思ったらそんなに気に入ってたのね。
他にも焼き菓子のレシピなんかを持って行けば私のティータイムも充実するので持って行こう。
「というか、もう結婚する前提で話が進んでないか?」
カイの言葉にハッとする。
まだ結婚の了承してもいないのにうっかり脳内で嫁入りの準備を始めてしまっている自分に気付く。
ふと視線を感じたのでそちらの方を見ると目が合ったクヌートが嫌味な笑みを浮かべている。
「いいんじゃないか?守銭奴女と脳筋男が辺境の地で何をするのか、とても興味深い」
「少なくとも新しい国を興す気は無いから変な期待はしないでね。私はのんびり暮らすんだから」
チッと舌打ちをし、つまらんと呟きクヌートが視線を逸らす。
「それじゃあ存分にのんびりしてくれ」
そう言ってニッと笑ったイーヴァルが席を立つ。
私の気が変わらないうちにと実家に報告を入れる為イーヴァルはカップに残った紅茶を一気に飲み干しそそくさと店を出て行った。
その背を見送りながら私はぽつりと言葉を溢す。
「…結婚ってこんな風に決まるものだっけ?」




