世界の終り 最終話
ついに完結!
パチパチパチパチ――――――……。
最初、それは屋根を叩く雨の音かと思った。
でもだんだんと音が鮮明になるにつれて、拍手なんだと梅吉は理解する。
それは初めは微かに、耳の端、鼓膜小さく震わせる程度だったがどんどんと大きな音の渦になっていった。
わっと音が脳に流れ込みいっぱいになって、梅吉は思わず瞼をぎゅっとつむった。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
次々と耳に飛び込んでくる祝いの言葉にゆっくりと瞼を開けた。
「桜…?」
薄紅色の花弁が舞っていった。
校舎の外、空は青く、みんな手には卒業証書を持っている。
(卒業式?)
信じられない思いでふと見た自分の手の中にはやはり筒状に丸められた卒業証書があって、赤いリボンが結ばれ春風に揺れていた。
「月見里、卒業おめでとう」
千景がそう言って微笑んでいる。
「はぁ!?」
だって、借り物競争の途中だったはずだ。
多少のバグが出てイベントが飛んだにしてもあと二年あったのに卒業というのはあまりに酷い話だと思う。
まだ全員の好感度を上げていない。
ハッカーは確かにあのゲーム内では倒したがまだこちらに潜んでいる可能性は否定できない。
(喜んでたのにいきなりピンチかよ!)
もしやこれも、あのハッカーの仕業だろうか。
だとしたなら、本当にもう手がない。
このまま好感度が最高になっている誰かがランダムで一人選ばれ、二人きりになった瞬間に殺されてしまうかもしれない。
結局梅吉に身に覚えはないものの、彼の殺意は明白だった。
つぅっと背中に冷たい汗が流れる。
「おめでと」
呼吸もままならずただ立ち尽くしていると鈴之助が笑顔でそう語りかけてきた。
「めでたくないだろ。バグっていきなり卒業式で、お前の好感度は上がってなくて、死亡フラグじゃん」
なんて能天気なやつなのだろうと睨みつければ、鈴之助は驚いた顔をして。
「あんた知らなかったの!?これ体験版だから、プレイ時間短くなってるのよ?」
道理でのんびり構えてると思った――なんて返される。
「体験版……」
じゃあ、多少のバグはあるかもしれないがこれはハッカーの仕業ではなく仕様ということだろうか。
「よかっ……よくない!」
どっちにしろ、全員攻略エンドにならない事に変わりない。
まだどうなってるか分からない以上最悪死ぬし、大丈夫でも高確率で男性キャラからの告白エンドが待っている。
彼らの事は勿論嫌いではない。しかし梅吉は健全でノーマルな性癖を持った男なのだ。
最近忘れがちだし、女の身体に慣れすぎてしまったが、男で童貞でまともに女の子と付き合ったこともなくて、相手と言えばゲームの中で、そういう男の子なのである。
こんなピンチなのに、鈴之助は涼しい顔をしている。
もしかして、もうこいつは誰かに乗っ取られているんじゃないか?そう疑うぐらい。
「お前、まさか?」
浮上してしまった可能性に梅吉は震えた。
すると鈴之助はにっこり微笑んで。
「気がついた?」
問いかけてくるその無邪気な顔は悪戯が成功した子供のようで殺意は感じない。
梅吉は頭の上にハテナマークを飛ばしながらその顔をじぃっと見つめる。
ふふふ――と鈴之助は小さく笑って、次の瞬間に見えた光景に梅吉は声を失うほど驚愕した。
「え?なんで?」
鈴之助のハートが他のキャラ同様にいっぱいに満たされていた。
「あたし、頑張ってる子は好きなの」
おめでとう。
と優しい声がした。
あの優しい夢の中の声とそれはよく似ていた。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
おめでとう。
みんなの声がそこに混ざる。
暖かい言葉。
暖かい光。
涙が溢れた。
胸が苦して、きっと瞳からそれが溢れ出してしまったに違いない。
頬に伝う涙が熱いと思った。
自分の体温なのに、この暖かさは誰かからもらった温もりのような気がして。
「また会いましょう?」
会ったって、またこのゲームをプレイしたって、同じ彼らや彼女達とは会えないのだ。
セーブすることが出来ないから、もし次会えてもまた最初から出会い「から始めないといけない。
積み重ねた記憶は梅吉の中にしか残らない。
リセットされてしまう彼らの時間。
まるでそれは公開死刑でも見せられているような苦しい気持ちになって。
さ
よ
な
ら
鈴之助の唇がそう刻んでいた。
みんなが悲しそうに笑っている。
まるで知ってるみたいで、視界は涙で更に曇っていった。
「ありがとね」
最後にそう言ったのは
誰?
ドン!と物音がして
「さっきから夕飯って呼んでるでしょ!?」
桜子の甲高い声が響いた。
反射で慌てて起き上がるとその瞬間にヘッドギアが落ちる。
「ちょっ……何泣いてんのよ?」
呆れた顔の桜子の服装は、今朝仕事に出て行った時のままで。
「あれ?もしかして、そんなに時間たってない?」
てっきり自分はもうとっくに病院か何かに入院してるものだと思っていたのに、そこは自分の部屋で妹は何時もどおりで心配どころかゲームをプレイして涙を流す兄を見てガン引きしていた。
「何訳わかんないこと言ってんの!ご飯」
彼女が言葉を言い切らないうちに、勢いよく階段を駆け上がる音がして直後に
「無事か!?」
一人の人物が入口から顔を覗かせた。
「鈴之助?」
それはゲームの中でさっき別れてきたばかりの彼そっくりで。
「社長、人様の家にそうズカズカと――」
後から呆れた顔をして現れた人物は
「千景?」
――によく似ていて。
「ああ、その名前を梅吉くんが言うって事はゲームしたのは桜子ちゃんじゃなかったんだ」
鈴之助によく似た男は少しほっとしてた様子でそう言うとゲーム機からディスクを取り出した。
「あっ!それ、私が銀兄に頼まれてやろうとしてたやつ!」
出されたディスクを見て桜子が騒ぐ。
一体何が起こっていると言うのだろうか。
ゲームプレイで疲れた脳みそを休ませる暇なく現実は忙しなくて。
「頭が痛い」
ため息混じりにそう零さずにはいられない。
「つまり、桜子にモニターを頼んだゲームにゲーム中、桜子のストーカーが入り込み、不幸にもプレイしてしまった俺はログアウトできずにいたと」
夕食の少し揚げすぎた硬い唐揚げに箸を突き刺しながら梅吉は鈴之助によく似た男にといかける。
彼の名前は樺澤銀之助。あのゲームの開発者でゲーム会社の社長らしい。
「そういう事。ハッカー特定に時間が掛かっちゃってごめんね。一応プレイの時はこっちでモニタリングするつもりで居たんだけど桜子ちゃんと約束した時間より早く君がプレイしたから――」
おまけに
「でも本当に?本当に僕の事覚えてないわけ?あんなに銀之助お兄ちゃん遠くにいかないので!って泣いてたのに」
どうやら小さい頃に会ってるらしい。
「いなくなったのが辛すぎて、記憶ごと無くすとかどんだけ中二脳なのよ」
正面で桜子が白飯を噛み潰しながら言った。
正直、我ながらそう思うから反論ができない。
「すいません。夕食時にお邪魔してご飯まで」
千景似の男はそう言って母に頭を下げているが、千景似ということはすなわち物凄い美形である。
母親はさっきから笑顔を絶やさず、母どころか桜子も上機嫌だ。
(女って――!)
梅吉がずっと命の危機に晒されていたとか、その原因がこいつらの作ったゲームだとかしっても
『あら、無事でよかったわね』
で軽く済ませ、それどころか原因を夕食に誘う有様である。
「そもそも、半分はお前のせいだぞ桜子!お前ストーカーされてるならそう言えよ!」
そうだ、原因の半分はこの妹にある。
悩んでいた素振りがまったく無かったから気がつきもしなかったが。
「えーなんかひょろい奴に一回い告白されたけど、断ってそっから何も知らないのよね。ストーキングされてるとか今日知った」
おい、こいつダメだぞ。
思わず真顔になり箸を落とす梅吉である。
「で、どうだった?ゲーム」
銀之助が少し不安げに聞いてくる。
普通に考えればトラブルに巻き込まれたわけだし、自分は女の子じゃないし、楽しい筈がない。
でも
「すごい、よかった」
たくさんのものを貰った気がする。
ゲームをする前の自分とクリアした後の自分は明らかに違うだろう。
「それならよかった」
銀之助の笑みが鈴之助と全く同じで、この顔なのにおねえ口調じゃないのに凄く違和感を覚える。
「ありがとね」
死んだわけではない。
そもそも生死で言うなら彼らは生きてさえいないのだから。
でも、その言葉を聞いた瞬間に生きていたのだと思った。
生物学上とかそんなの関係ない。
彼らは確かに生きてあそこに居た。
そして、その思い出は、過ごした日々はちゃんと梅吉の頭の中にあっていつでも思い出せる。
目まぐるしく、忙しなく、楽しかっただけではなかった。
怖い思いもたくさんした。
でも、全部とても大切なものになってこれからも全部大切なものになってこれからも梅吉と一緒に居てくれるのだ。
「お礼を言うのはこっちですよ」
もう彼らに礼を言う事は出来ないから。
「ありがとうございました」
彼らの親に言っておこう。
それから数ヶ月後。
「おはようございます!」
梅吉は銀之助の会社でゲームモニターのアルバイトを始めた。
高層ビルの一室。
パソコンがずらっと並ぶ黒と白のモダンな社内。
「はい、今回はこれよろしくね」
そう言って梅吉にディスクを手渡したのはほづみに良くにた女性。
どうやら、あのゲーム社内の人間をモデルにキャラを作ったらしい。
まだ試作だからキャラクターは正規品にした時に変える予定らしいが。
「えっと、今回はどんな――」
でも、だから少し梅吉は嬉しい。
またみんなに会えているような気がするからだ。
「十八禁BLゲーよ」
前語撤回。
「大丈夫だよ!動作確認するだけだから!ね?ほら、社長も一緒に入るし」
そう言うとほづみ似の彼女に梅吉は背中を押され、椅子に座らされた。
向かいには銀之助の姿。もう彼はヘッドギアを付けていた。
「じゃあ、ギアつけてね」
仕方ないとため息を吐き梅吉はギアを被る。
深呼吸し、吐き出した瞬間トリップする。
目の前が真っ白になり、そして徐々に色が付き始めて。
「ファン、タジー?」
中世ヨーロッパのような室内と自分の服装から現代もので無い事を確認する。
「そっ、学園ファンタジーBLゲー」
後ろから響いた声に
「要素詰め込み過ぎじゃないっすか!?」
振り返ると。
「鈴之助だ」
長い金髪の髪に赤いルージュ、タレ目の一見物凄い美人に見える彼の姿があって。
「懐かしい?」
モニターの時はこのアバターをよく使うんだそうだ。
銀之助には当たり前だが女装趣味はないからもう、同じ姿では見れないと思っていたから少し嬉しい。
「さぁ、動作確認してさっさとお仕事終わらせましょう」
おねえ口調までそこに揃うと本当に鈴之助がここに居るみたいだ。
「はい。社長」
違うんだけど。
そうして二人で手分けして一通りの動作チェックを行う。
「んー大丈夫ですかね?」
「そうね。帰りましょうか?」
んー…と伸びをして、それからログアウトボタンを押す。
「あれ?」
が
「あの、社長、これ」
「うん、あたしも」
切り替ない画面。
何度試しても
「もしもし!?聞こえる?ちょっと!誰か!」
通信も遮断されていて。
「「ログアウトできない」」
思わず二人声を揃えて言ってしまう。
ある日、BLゲーにおとされてしまった俺は、




