9 長兄のやらかしとその後始末
本日、アイザックはボート部の練習に参加したあと、学食で他の部員たちと夕食をとっていたという。
州立大学の運動部には、新人の試練と呼ばれるものがある。
先輩からちょっとした無茶な要求があったり、度胸試しをされたりするもので、ごくたまに陰湿な後輩いびりや大怪我に発展するようなケースもなくはないが、たいていは他愛もない内容である。
この日、アイザックを含む一年次の部員のうち五人が、食事をしながら学食の片隅で話しているところに、次期部長最有力候補と言われるマックスが近づいてきた。
「君たち、新人の試練だよ。今すぐ行っておいで」
五人は顔を見合わせた。
味も素っ気もない白い封筒を渡され、食堂を追い出される。
封筒の中には指示の書かれた紙片が入っていた。
このあたりのやり方も部の伝統であるらしい。
紙片には、港近くの倉庫街でひと暴れしてくるようにと書かれており、ひと暴れの内容についても細かい指示があった。
煉瓦造りの倉庫が立ち並ぶ一角で、彼らは半裸になってフライパンを叩きながら猿のような奇声を上げて飛び回り、小型花火を打ち上げた。
港で働く労働者やそぞろ歩きの恋人たちは、あぁ大学恒例の新人の試練か、と苦笑したり時に迷惑そうにしながら通り過ぎるのみだったが、この倉庫の持ち主が大問題だった。
新人たちがそろそろ退散するかとなったところへ、何やら黒ずくめの男たちがなだれ込み、なすすべもなく捕まった彼らをとある屋敷へ連行した。
五人は、鼻筋に傷のある大柄な男の前に並べられた。
知る人ぞ知る、港町の裏社会を仕切る組織の頭領ダンであった。
この時点で、アイザックは心の中で遺書を書いていたと言う。
「俺も若い頃にゃ、似たようなことをやらされたからなぁ。暇を持て余したガキどもがやるこった。いちいち目くじら立てやしねぇよ」
パイプをふかしながら、苦み走ったシルバーヘアの男は、片脚の踵をがん、と机に載せた。
新人五人がびくりと体を震わせる。
「だがなぁ、おまえらは気づいてねぇだろうが、この件ではこちらもちぃとばかり迷惑をこうむってるんでな。首謀者には仕置きが必要だろう、なぁ?」
縮み上がった新人のひとりが、一も二もなく指示を出したマックスの名を出した。
ダンは煙とともに肺の中の空気を吐き出すと、パイプを灰皿に叩きつけた。
「やっぱりあの勘違い坊っちゃんか。そんなこったろうとは思ったがな。こうして簡単に足がつくようなちゃちな真似しやがって。まぁいい、奴のことはこっちでなんとでもするさ。それよりそこのおまえ」
前触れもなく鈍色の眼光で見据えられたアイザックは、日頃のプライドも忘れて悲鳴を上げそうになった。
「おまえの家で、最近少女を引き取ったそうだな」
アイザックは盛大に顔を引き攣らせながらも、震える声を絞り出した。
「ニ、…義妹を身代わりに差し出せ、と言うんですか。たしかに見てくれはいいですが、口は悪いし、あんなのをそばに置いても害しかありませんよ…!」
ダンは少しだけ目を丸めてアイザックを見た。
一息ののち、腹の底から声を出して笑い出す。
「血も繋がらねぇだろうに、いい兄貴だなぁ!」
ニヤリと悪人面でダンはあごをしゃくった。
「いいから連れて来い、明日中だ」
「明日は用があるんだけどなぁ、来週じゃだめなの?」
「ニレ、日にちの問題じゃないだろう?」
たいていのことには動じないイーライも、顔を曇らせている。
「てか、口が悪くて害しかないって、なんなの?庇うにしても、他に言いようがあるでしょ」
「そこもどうでもいいだろう?!おまえ、怖くないのか?」
原因を作ったアイザック本人に逆ギレされるのは、少々納得いかないが。
「星たちが騒いでないから、危険はないんだと思う」
ニレは肩をすくめて見せた。
翌日は学院が休みで、ニレはアウロラと浜遊びをする約束をしていたのだが、朝になってからアウロラの家に電話をかけて事情を話すと、アウロラもダンの所へ行くと言い出した。
世話焼きの彼女らしく、ニレを放ってはおけないと思ったらしい。
そんなこんなで、ニレ、アウロラ、イーライ、アイザックの四人で、指定された場所へ向かった。
そこはダンのいくつかあるらしい持ち家のひとつで、手入れの行き届いた庭付き二階建て家屋だった。
四人が庭先から入って行くと、カバードポーチのロッキングチェアで葉巻きをくゆらせていたダンが、よぉ、と片手を上げた。
「やっぱてめぇかよ、小娘」
ニヤリと笑うダンに、ニレは落ち着き払った様子でひとりすたすたと近づいて行った。
「やっぱり、あなたでしたか」
数年前、森の中で薪拾いをしていたニレは、脚に怪我を負った男に出くわした。
当時まだ壮健だったタミが前の晩に星の知らせを受けており、怪我人に会ったら助けておやりと言っていたこともあって、ニレはタミの家から傷薬や何かを持ち出し、手当てを施した。
男の鼻筋には、古傷が大きく斜めに走っていた。
強面で言葉遣いはやや荒っぽかったが、ニレが危険を感じるような態度をとることは一切なかった。
男は行商の途中で何事かあって怪我をしたのだと説明したが、ニレの見立てでは、必要とあらば法に逆らうことも躊躇わないようなアウトローの気配を多分に漂わせていた。
その後も何度か、行商の道すがらに立ち寄ったと言って、タミとニレが暮らす森の家に顔を見せることはあったが、土産だと言って何に使うのかよく分からない置き物や何かを置いて行くことはあっても、商品を持ち出して売ろうとすることはなかった。
「お元気そうで」
「あぁ、てめぇもな。エスター家に引き取られたって?」
「はい、お世話になってます」
「そんならいい。ばあさんのことはまぁ、残念だったな」
ダンは少しだけ目を伏せて、また葉巻きをくゆらせた。
これがこの男なりの弔意の表し方なのだろう。
「え、知り合い?」
あとから追いついたアウロラが、拍子抜けしたような様子で横からニレの顔をのぞきこむ。
「あ、うん。特徴を聞いて、たぶんそうかな、と思ってたけど、知り合いだったみたい」
「だったら、初めからそう言え!!」
心配して損したと、アイザックがニレの頭を小突く。
何だかんだと言いつつ、やはり人の良い長兄である。




