8 後妻の処遇と長兄の悩みごと
アーウッド家訪問から数日後の週末、ニレは州都近郊の牧場へ来ていた。
当初は一人で向かう予定が、仮にも女の子がひとりで遠出するなんてまかりならんと説教を食らい、イーライが同行している。
頑丈な柵の向こうからは、先ほどから情けない悲鳴がひっきりなしに聞こえてきていた。
「よぉ、ニレ。久しぶりだな!いやぁ、人手不足で困ってたんでな、ほんと助かるよ」
「キルテ兄さんの役に立てて何より。新人はどう?」
褐色の肌に白い歯が眩しい、ユマ族出身の若者キルテが、気性の荒そうな青毛馬を降りてやってきた。
ここでは野生馬を調教して人に慣れされ、市場に出荷している。
「見ての通りのへっぴり腰さ。ある程度慣らしたやつ相手でも、五分に一度は振り落とされてるが、でもやめるとは一度も言わない。初めはどんなもやし男かと思ったが、なかなか根性あるんじゃないか?」
バーソロミューたちにより半裸に剥かれかけて衝撃のあまり我に返ったのか、クリスは大変なことをしてしまった、どんな償いでもすると、殊勝な態度を見せた。
ロバートとしては、娘のことを思えば厳しく対処したいところだろうが、さりとて旧友への情もあり、対応を決めかねている様子だった。
保安官に突き出すか否かと躊躇するロバートに、ニレは知り合いのいる牧場で働かせることを提案した。
おそらくクリスも根っからの悪人というわけではなく、憎しみや嫉妬に囚われてコントロールが効かず、本人も苦しかったのだろう。
だからと言って、ロナに当たっていいことにはならないが。
「情念がうじうじドロドロし過ぎてカビか苔が生えそうなので、公害レベルの病みっぷりを更生してもらってきてください」
「ニレ、気持ちは分かるけれど、もう少し言葉を選ぼうか」
ユマ族の集落を出て牧場で働いているキルテは、ニレにとっては昔から頼れる兄貴分だった。
真面目な働きぶりと太陽のように明るい気性で牧場主からも気に入られ、今では現場のリーダー格となっている。
男臭い肉体労働の仕事で泥まみれになって働けば、自己憐憫や他者依存などしている暇もないだろう、とニレは主張した。
こうして様子を見に来れば予想通り苦戦しているようではあるが、一日の仕事が終わると体はくたくたで、余計なことを考える間もなく、倒れ込むように眠りに就くことだろう。
「うんうん、いい感じに調教されてきてるわね」
今のところ、調教されているのは馬ではなく乗り手の方だが。
「ちょっとぉ、そこの小娘!覚えてなさいよぉーーーー!!」
順調、順調と呟きながら、呆れ顔のイーライの腕をとり、満足げに立ち去るニレであった。
「うむ、古来より失敗は成功の母と言われ、かの有名なテール博士も、」
「現実逃避してても過去は変えられないわよ、アイザック兄さん」
「ぐぅ、」
ニレの舌鋒に頸動脈をやられたのか、アイザックが両手で首元を押さえている。
真夜中のエスター家、場所は庭の片隅にあるベンじいさんの小屋である。
親切なベンじいさんが、かろうじて色がついているような気がしないでもない、薄い茶を出してくれている。
小半刻ほど前、星を見ながら庭を歩いていたニレは、植え込みの陰に不審者を発見した。
この世の終わりのような悲壮感を背中に貼りつけた長兄アイザックが、大きな体を縮こめてうずくまっていたのである。
どうも屋敷の中には入りたくなさそうなので、このところニレがわりとよく出入りしているベンの小屋へ連れて行った。
ついでに、窓から灯りの見えた次兄イーライの部屋に突撃して、読んでいた書物から引き剥がしてきた。
「なんで僕まで…」
巻き込まれたイーライはため息をこぼしつつぼやいているが、知ったことではない。
ニレだって巻き込まれた側なのだ。
「本は逃げないから大丈夫。苦しみは分かち合うべきでしょ?」
「今のところ分け与えられる一方だけど?それに、本は逃げなくても、時間は逃げるものだよ」
そうは言いつつも、なんだかんだで助けてはくれる親切な兄である。
州立大学一年次のアイザックは、ついこの間まで意気揚々と通学していたはずなのだが、この意気消沈ぶりはどうしたことであろうか。
クラブ活動やらなんやらで多忙らしいアイザックは、帰りが遅くなることも多い。
この日も夕食は不要と事前に連絡があり、皆が寝室へ向かう時間になってもまだ帰宅してはいなかった。
この様子ではおそらく、戻ってくるなり屋敷内にも入らず庭へ直行したのだろう。
「もう俺はだめだ…品行方正に生きてきたこの俺が、まさかこんなことになるとは……!」
「はいはい、まずは問題点を整理しましょうかね」
頭を抱えるアイザックをよそに、ニレは淡々と取り調べを開始した。




