7 後妻登場
ロナの家は、中流階級の屋敷が立ち並ぶ住宅街にあった。
白い木造の家は、アーウッド家の羽振りの良さからすると手狭にも思えるが、住み心地よさそうに整えられた瀟洒な館だった。
元は目抜き通りの角にあった自宅の一階を店舗にしていたのだが、事業拡大に伴い手狭になったため、住居を現在の場所へ移したようだ。
ニレら一行を出迎えたアーウッド家当主のロバートは、グレーヘアにダークグレーの瞳の、なかなか男振りの良い壮年男性であった。
港町ランシェムだけでなく、他の町にもいくつか店を持っているということで、おそらく多忙なのだろう、目元には疲労感が滲んでいるが、それもまた自身の魅力としてしまえるようなところがある。
「お忙しいさなかに大勢で押しかけまして、申し訳ありません」
まずはイーライが丁寧に頭を下げた。
ロバートは静かに頭を横に振った。
「おかげさまにて様々な方にお引き立ていただき、店舗の管理や仕入れの関係で不在にしていることも少なくないのですが、本日はたまたま在宅しておりましたので、かまいませんよ。それで、ご用件はなんでしょう」
相手が大商家エスター家の御曹司とはいえ、まだ社会に出てもいない学生を侮る様子もなく、対等に接しようとする姿には好感が持てる。
そこへ応接間の扉が開き、光沢のある藍色のドレスに身を包んだ迫力美女が入室してきた。
脱色していそうな金髪に、アイスブルーの瞳。
豪奢な古典スタイルのドレスがよく似合う美人ではあるが、だいぶ化粧が濃いな、というのがニレの第一印象だった。
「あら、お客さまでしたのね。ご挨拶が遅れまして、わたくしクリスと申します」
噂に聞く後妻、ということだろう。
バーソロミューは、へぇ綺麗な人だなぁ、などと思っていそうな顔をしている。
アウロラは、微妙に顔を歪めているから、あまりいい印象を持たなかったようだ。
クリスがアイスブルーの瞳で、ソファへ横並びに座る四人を睥睨する。
ニレはちらっと隣を見た。
イーライがなんとも言えない表情で、無意識なのか二の腕をさすっている。
クリスは夫の隣に腰を下ろした。
ふたり並べば絵になる美男美女ではある。
しかし勝手な印象ながら、ロバートのように浮ついたところのなさそうな男性が、こういった派手に装うタイプを妻に選ぶというのは、少し違和感がある。
実際、にわか探偵バーソロミューによれば、ロバートの亡くなった前妻は化粧っ気もあまりない、野花のような可愛らしい感じの女性だったらしい。
「いやなに、奥方には大変恐縮なんですけどね、本日はそれはそれは大事な要件で伺っておりましてね、」
「ていうか、」
バーソロミューがもったいぶって話し始めたところで、ニレが空気を読まずにぶったぎった。
「クリスさん、男性ですよね?」
地獄の静寂に支配されたアーウッド家の応接間に数秒後、阿鼻叫喚の悲鳴と怒号が飛び交った。
「ロナ姉さんっ」
「ベス!」
地下のワイン庫に監禁されていたロナは、無事に救出された。
血はつながらないながらも姉妹仲は良いようで、ロナとベスは互いの姿を見るなり駆け寄った。
抱擁し合うふたりを、ロバートが大きな体で包み込んだ。
「気づいてやれなくて、すまないことをした。これからはもっと頻繁に家へ帰るようにするよ」
「私もよ、姉さん。ママから、ロナ姉さんは悪い風邪にかかったからしばらく会えないって聞いて、信じちゃったの」
ロナが涙ぐみながら、大丈夫よと首を横に振る。
一応、最低限の食料と水は与えられていたものの、叩かれたり暴言を吐かれたりの折檻はあったようだ。
ともかく栄養と休息を与えなければと、メイドにベスも付き添って、ロナを部屋へ連れて行った。
「このたびは、本当にありがとうございました。皆さまが気づいてくださらなければ、娘はどうなっていたことか、」
ロバートは悄然と肩を落としている。
従僕に取り押さえられたクリスは、先ほどバーソロミューとアウロラの絶叫を浴びせられ、のみならずちょっとばかり上半身を剥かれたりしたせいか、なんだか憑き物の落ちたような顔をしていた。
ロバートが昔を思い出すように、ぽつぽつと話し出す。
「子どもの頃、夏の休暇は避暑地の湖畔地方で過ごすのが、家族の通例となっていました」
時間を持て余したロバートがひとり、湖で遊んでいると、いつもふらりと現れる少年がいた。
それがクリスである。
当時は褐色の髪をまだ脱色しておらず、線の細いきれいな顔立ちの少年だった。
近隣の人の話では、旅芸人の女性が置いて行った子どもだということで、孫を亡くした老婦人に引き取られていた。
孫娘に似ているからと、時々女の子の格好をさせられるんだと、クリスは笑っていた。
その頃のクリスに、ロバートは特に不穏な気配を感じてはいなかったが、学校の友人や仲の良い少女の話を出すとクリスがやや不機嫌になるので、州都でのことはあまり話さないようにしていた。
毎年夏が来るたび、ロバートはクリスとボート遊びや木登りに興じるのを楽しみにしていたが、ある時、湖で幼な子の水難事故があったことを知った母親が過敏に反応したため、一家はその年以降、湖畔地方へバカンスに行くことをやめた。
クリスには別れの挨拶もできないままだったが、間もなく幼馴染との婚約が決まったロバートは、いつしかクリスのことは記憶の片隅に追いやられ、時折遠い夏の日を懐かしく思い出す程度になっていった。
大人になったロバートは父の食料品店を継いで規模を拡大したり、自分の家庭を持ち娘をひとり授かったりと、充実した日々を送っていた。
半年前に妻を亡くした際には意気消沈もしたが、娘や周囲の人々に支えられて持ち直した。
変化があったのは、先月。
女装姿の古い友人が、子連れで現れたのだ。
驚いたロバートだったが、情に厚い彼は迷いなく友人親子を自宅へ招き入れた。
クリス本人は、養母である老婦人にずっと女装を強要されてきたので、今さら男としての生き方もできず生活に窮していると涙ながらに話していたようだが、事実は少し違う。
老婦人が女装を望んだのは確かだが、クリス自身もロバートへの執着ゆえに、女性になれば彼のそばにいられるのではと考えてしまったのだ。
ロバートに会わずにいた期間、港町の飲食店で女性と偽って働きながら、初めはロバートに似た灰色の髪と瞳の子どもを探し出し彼との子と思って育てることで、執着心を抑え込んでいたという。
「発想やばすぎでしょ」
「ニレ、しーっ」
だが、あるとき街の噂でロバートの妻が亡くなったことを聞いてしまい、たがが外れたようだ。
「それで、アーウッド家に乗り込んだと」
言葉巧みに窮状を訴えアーウッド家に入り込んだクリスは、家主が不在がちなのを良いことに、自らを後妻であるかのように周囲へ思い込ませていった。
そのうち、ロバートの前妻によく似たロナにわりない嫉妬心を抱き、部屋に閉じ込めて食事を抜いたり、苛立ちに任せて顔を叩いたりするようになった。
「ほんとサイテー。いや、女装は似合ってるし、同性を好きになったって別にいいけど、行動がクズ」
「同意はするけれどね、ニレ。もう少し黙っておこうか」
天然毒舌娘のニレは、横の次兄に手のひらで口元を覆われた。




