18 百貨店は大入り満員
「ニレちゃんったら、のんびり構えすぎてちゃダメです!」
「そうなのよ。女の盛りはあっというまに過ぎてゆくのよ」
ニレは感心して、ほぅ、と頷いた。
ベンじいさんの小屋の玄関先にガーデンテーブルと椅子を持ち出して、女三人お茶会をしているのだが、いまニレはベス七歳とチェルシーヌ五歳に説教を食らっていた。
「いいですか、ニレちゃん。男はいつだって若くて可愛い女の子に目移りするものなのです!」
「なのよ。早いうちにつかまえておかなくちゃなのよ」
幼い少女たちの口から出るとは思えない言葉に、偶然を装って立ち寄ったジョシュアが絶句している。
なぜ彼がこの場にいるのかと言えば、アーウッド家の後妻事件で関わることになったベスとは同級で親しくしているのと、さらにベンの孫娘チェルシーヌはジョシュアの初恋の君だからである。
なお、ベスの養い親であったクリスは、未だ牧場で元気にニレへの恨み言を叫びながらしごかれ中だが、ベス自身はロナの懇願もあって、ロバート・アーウッドが正式な養女として迎え入れている。
「そんなことより、これどうかな?」
ニレは足元に置いた箱から、繊細なレース編みやアクセサリーを取り出した。
途端に少女ふたりの目が輝き出す。
「とってもきれいです!ニレちゃん、これどうしたんですか?!」
「ユマ族の女性たちに頼んで、作ってもらったの」
州立学院での学生生活は楽しいが、元はと言えばエスター百貨店で働くために通い始めたことを、ニレは忘れていなかった。
その話をニレが蒸し返したとき、デヴォアラには「忘れててくれて良かったのに!」とでも言いたげな顔をされたが。
夕食の席でしばし考えていたダヴィッドだが、やがてひとつの提案をした。
百貨店の階段横スペースをニレに貸し与えるので、そのわずかな場所を使って何でも良いので商売をしてごらん、と言うのだ。
ダヴィッドは、「君の知識や能力からして、ただの売り子では役不足だと思うからね。最初の三か月は特別に賃料を無料にしてあげるし、元手も少しは融通するから、思うとおりにやってごらん」と言った。
育った集落の人々とは、今でも細々と連絡を取り合っているのだが、ユマ族の女性たちが主に冬の間、巣ごもり中にせっせと作る手工芸品をふと思い出したニレは、これだ、と手を打った。
デザインは大胆かつ独創的、それでいて作りは繊細なユマ族の手仕事は、目の肥えた州都の富裕層の目にも十分魅力的に映ると踏んだのだ。
州都での流行も踏まえて、ニレが少々デザイン等に注文をつけつつ、ユマ族の女性たちにお願いしていた品が出来上がってきたので、お洒落にうるさいふたりに見てもらうことにしたのだった。
「ニレちゃん、これは売れますよ!」
「売れるのよ。みんな取り合いになるのよ」
金茶の巻き毛にペリドットの瞳のチェルシーヌが、うす緑の石を使ったペンダントを首回りにあててみせると、あつらえたようによく似合った。
ベンと並んで長椅子に座ったジョシュアが、ほうけたようにチェルシーヌを見つめているが、チェルシーヌ本人はペンダントにご満悦で、その視線には気づいていない様子である。
ベスの方はレースの飾り襟が気に入ったらしく、ためつすがめつしながらあれこれと手に取っている。
ふたりの姿を見ていてまたひらめいたニレは、さっそく電話をかけに走り出した。
「いや〜、さすが僕の絵は人を惹きつけるよね!」
バーソロミューが、赤みがかった金髪を振り払いながら鼻の穴を膨らませている。
「モデルが良かったんじゃないですかね?」
クールに返しはしたものの、そもそもバーソロミューに画才を見い出して絵を依頼したのはニレである。
何かにつけて自己評価の高すぎるバーソロミューであるが、こと絵の才能に関しては、元はと言えば本人はあまり上手いと思っていないらしかった。
しかし、彼が生物学のノートに描いた植物画があまりに精密で驚いたニレは、人物画を描いてみないかと、バーソロミューに誘いをかけたのである。
はたして、ユマ族のペンダントや飾り襟を身につけたふたりの少女が、描き上げられた絵の中からまるで生きているかのように微笑みかけてくる姿は、当の本人たちがびっくりするほどだった。
もっとも、絵を見たベンじいさんが、こんなものを世に出しては、おかしな男どもに孫が目をつけられる!と騒ぎ出し、それももっともな意見ではあったので、ベスとチェルシーヌが大人になったら、という想像のもとバーソロミューが絵を描き直し、幻の美女ふたりの肖像画が爆誕したのであった。
百貨店の階段脇に設けられたささやかな販売スペースは、連日、評判を聞きつけ肖像画を見にやってきた客たちで賑わった。
ユマ族の工芸品は飛ぶように売れ、生産が追いつかないほどだった。
人々は、あの美女たちはどこの誰なのだろうと、しきりに噂した。
ニレが沈黙を貫いたことで、絵の中のふたりは実は某国の王女ではあるまいか、などと荒唐無稽な話が飛び交う始末。
交代制で売り子に立っているユマ族の女性も、客のご婦人から、あなたのつけているその耳飾りの色違いはないかしら、などと話しかけられ、嬉しそうに商品について説明している。
「まさか、ひと月も経たずに元手を倍にして返されるとは、思ってもみなかったなぁ…」
社長ダヴィッドが、嬉しさの反面、手放しで喜ぶわけにもいかないと、複雑な表情でぼやく。
ニレの売り場を見にきた客たちが、ついでに他の売り場にも寄って行くので、エスター百貨店は急激な好景気に湧いていた。
「これに慣れて努力を怠れば、梯子が外れた途端に真っ逆さまだからね。いや、我が娘ながら怖い怖い……」
「父さん、ご報告が、」
そっと近づいてきた次男に、ダヴィッドはちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「なんだか嫌な予感がするね。非常に聞きたくないんだが、聞かなきゃいけないんだろうね」
「経営者としてのあなたの直感は、実に信頼に足るものですよ」
「今に限っては嬉しくない褒め言葉だね。それで?」
「三階の紳士服売り場で、ちょっとした騒ぎが起きておりまして、」
「ますます聞きたくなくなってきたよ。それもニレ絡みかい?」
ダヴィッドの深いため息に、イーライが頷きで答える。
「このところ売上が低迷気味だった紳士服売り場の店員が、ニレに助言を求めたところ、彼女から臨時雇いの店員を数人推薦されたというので、マネージャーが面白がって許可したのですが、」
見た方が早いと、そのままイーライとダヴィッドは三階へ向かった。
三階の吹き抜け周りに設けられた広めの通路では、今まさにちょっとしたファッションショーが繰り広げられていた。
長身の女性が三人、細身に仕立てられた男もののスーツを身につけ、歩いたりポーズをとったりしている。
そのうちの一人は、短く整えられた黒髪に菫色の瞳の麗人である。
そして隣のスペースでは、三人の男性が褐色の肌に光沢のあるシルバー、葡萄色、煉瓦色のスーツをまとい、微笑みながら佇んでいる。
おそらくはユマ族の若者や、原住民と移民の混血であろうと思われる彼らが、移民文化の象徴とも言えるスーツに、原住民の伝統柄を織り込んだショールなどを肩にかけたり襟の内側に差し込んだりすることで、そこに文化融合の科学変化が生まれ、それが見る者の目を釘づけにするほどに鮮烈な印象を与えているのだった。
異様なほどの熱量をもってモデルたちを見つめる客たちの最前列で、己の妻がハンカチを振り回しているのに気づいたダヴィッドは、本日二度目の深すぎるため息をついた。
「イーライ、あの子をどうすべきだと思う?」
「本人の好きなようにさせてやりたいですが、同業他社にだけは渡したくないです」
「同感だね」
「、父さん、もちろんニレの意思は尊重しますが、僕があの子を貰ってもかまいませんか?」
ダヴィッドが、ちらりと横目でイーライを見た。
「そりゃ、構わないが。アイザックやジョシュアはどう言うかね、」
「ふたりとも、ニレを大事に思ってはいるでしょうが、自分たちの手には余るから、僕に任せると、」
「我が息子ながら、抜け目のないことだね。私とてニレのことは娘として愛しているから、幸せにしてくれるならいいさ。実父はごちゃごちゃ言うかもしれんが、君ならどうにかするだろう。それより本人をその気にさせる方が、手こずりそうだが、」
面白がるように見下ろしてきた父親に、イーライは挑戦的な笑みを浮かべて見せた。
「望むところですよ」




