15 鷹とたぬき
昼時の学食は、思い思いに過ごす生徒たちでごった返している。
「それで君のご両親は、どうすることになったんだい?」
がたつく木の椅子にやや体勢を崩しながらも、めげないバーソロミューがもったいぶった仕草で赤みがかった金髪をかき上げた。
陣取りゲームに夢中のニレは、もちろんそんなの見ちゃいない。
「父は私生児なので、ヴァイソル人と関わらなければこっちの大陸に住んでても問題ないんですって。今は新大陸の友人と共同事業を起こすだとかで移住してることになっていて、そこからこっそりうちへ通うことにしたみたい」
「そうすると、母君は今後もエスター家に滞在なさるってわけかい?」
「『母君』とか『なさる』とか、そんなお高い人じゃないけど、今はもう女帝さんの追っ手もかかってないみたいだし、父のことがバレなければ問題ないはずって、デヴォアラさんが説得したの」
「女帝陛下のヴァイソル人嫌いって、結局なんなの?」
対戦相手のアウロラが、やや上の空で聞いてくる。
自陣が危うくなってきたので、そちらに気を取られているようだ。
「初恋のヴァイソル人に騙されて、捨てられたんだとか」
「「ああ〜……」」
バーソロミューとアウロラが声をそろえる。
「司令官どの、進軍もいいけれど兵站も大事だよ。昼食をとらないと休憩時間が終わってしまう」
「ん〜……」
イーライが読みさしの本を閉じてニレに声をかけるが、返ってくるのは生返事ばかりだ。
諦めたようにため息をついたイーライは、皿から肉と野菜を挟んだパンをとり、ニレの口元へ差し出した。
半ば無意識にニレが口を開け、もぐもぐと食べながら、相変わらずボードゲームの盤面を凝視している。
「イーライくん、手慣れているね。まさかいつも食べさせてやってるのかい?」
「いつもではないですが、ニレは集中すると寝食を忘れるので」
当然のことのように答えたイーライに、バーソロミューは大仰な仕草で両手のひらを天に向けつつ、唇を尖らせた。
「こりゃ重症だね」
「何がです?」
イーライは不思議そうに小首を傾げている。
「まぁ、本人たちの需要と供給が合っているなら、いいんじゃないかしら」
アウロラも、つける薬なしと言いたげに肩をすくめた。
「王手」
「あっ、」
気づけば鬼畜司令官ニレがえげつない作戦を行使して、敵将の首を落とさんとしているところだった。
そこへ、白い鷹が飛んで来た。
本来は銀白色だが、目立たないように色を変え、サイズも小さくしているロムである。
霊鳥レベルにもなると、色や大きさまで自在に変えられるらしい。
右脚に折りたたんだ紙らしきものをつけられているが、先に首を伸ばしてきたので、ニレはその喉元をかいてやった。
目を細めてしばらくうっとりしていた鷹は、やがて満足したのか、そこでようやく右脚を差し出した。
「お父さんから?」
アウロラに聞かれたニレは、こっくりと頷いた。
今のところ、ディミーロとニレ以外のお使いには応じないロムである。
『怖い顔のおじさんが君を訪ねて来てるけど、何をやらかしたんだい?』
文面を見て半眼になったニレは、娘が何かやらかした前提で話を進めるのはやめていただきたい、と心の底から思った。
学院を早退してエスター家へ戻ると、予想に違わず悪人面のダンが葉巻きをふかしつつ待っていた。
「よう、小娘。早退けさしちまって悪かったな。そっちの面倒見のいい兄ちゃんも」
午後は一回くらい休んでも支障のない科目ばかりだからと、どうにも義妹には甘いイーライが自宅まで付き添ってきていた。
「マックスの野郎から、ちょいと気になる情報が上がって来たんでな」
過日、ダンが保護した少女マリーをお門違いな正義感から助け出そうとして、当のマリーにあえなく返り討ちにされたマックスのことである。
ダンによれば、首都ランシェムの裏社会では、『自分のケツは自分で拭く』が絶対のルールだそうで、マックスはただいま絶賛ケツ拭き中というわけだ。
放課後は毎日、ダンが牛耳っている船主組合で働かされており、一応はわずかばかりの給金も出るようだが、ボート部の活動どころではなくなっている。
部活動のちんけなボートより立派な船に乗れて、むしろ感謝されたいくらいだと、ダンは嘯いていたが。
恋愛面ではポンコツなマックスだが、実は五つの言語を母国語レベルで話すことができる。
なんでも国際結婚の多い一族らしく、親族が一堂に会する場面では、派生言語も含めれば七、八か国語が飛び交うそうである。
それを重宝がられて、当初は肉体労働が主であったが、今では港で異国人の絡む揉め事があった際には、いの一番に駆り出されているらしい。
「昨夕のこったがな、組合員の船がフィノーイから戻ってきたんで、マックスが積み荷の検査に立ち会ったんだが、どうも挙動不審な客がいるってんで荷物を検めたわけだ。そうしたら、荷から妙な生き物が出て来たんだが、」
「ーーーーたぬき」
「、だな」
足下に置かれた木箱からダンが取り出したのは、たしかに妙な生き物だった。
首根っこを掴まれぶらんと手足を垂らしたそれは、フォルムこそよく見る普通のたぬきだが、色味がだいぶ特徴的である。
体毛は全体的にゴールドパールのような光沢を帯びたクリーム色で、耳と目の周りだけエメラルドのような鮮やかな翠色をしている。
その色彩だけでも、自然界における保護色の重要性について小一時間ほど問い詰めたいくらいなのだが、さらには仕草や表情が妙に人間じみているのだ。
疑わしいものを見る視線にさらされたたぬきは、びくついたように肩をすくめ、あげくには怪しい者じゃありませんよとばかりに、顔の前で短い前脚を横に振り始めた。
入り口近くに控えていたメイドのジェンに顔を向けて、ニレは尋ねた。
「お父さんはどこに行きましたか」
「お母さまのエプロンのポケットにいらっしゃいます!」
おしゃべりメイドのジェンは、海老のように飛び跳ねがちなおさげを揺らして元気よく答えた。
「、ポケット?」
ジェンを二度見したダンが、濃い眉を片方だけ器用に吊り上げる。
面倒ごとの匂いを嗅ぎつけて雲隠れか、とニレは眉間に皺を寄せた。
「ニレ、舌打ちはやめようか。一応、淑女なんだからね、一応」
「一応って、二度言われてんぞ、おい」
「ジェン、お父さんを連れてきてください。来なきゃ、もうお父さんとは呼びません」
「小娘おまえ、容赦ない脅しかけるなぁ。うちの組織に欲しいくらいだわ」
はい!と快活に返事をしたジェンが駆け出して行き、扉の向こうから執事ピエールの「これジェン、廊下を走るんじゃありません!」と注意する声が聞こえた。




