14 ヤモリと鷹と林檎の謎
ひとしきり頭を悩ませて、このあとどう対処すべきか決めかねたニレは、また次兄の部屋へ走って行った。
「どうして君は、僕ばかり面倒ごとに巻き込むんだ」
「そうやって迷惑そうな顔しながらも、断らないから?」
深すぎるため息と共にニレの部屋へ連れて来られたイーライは、ディミーロに相対すると、さすがにしっかりと姿勢を正して名乗った。
「エスター家次男のイーライと申します」
「ご丁寧にどうも。娘がお世話になって、しかもいろいろと振り回しているようで、すまないね」
本日イーライが駆り出された大元の原因はディミーロなので、この評価にニレは不服である。
「ここまではどうやって?」
「フィノーイの霊鳥である白銀の鷹に頼んで、乗せてきてもらったんだ」
小さなヤモリが猛禽類に喰われやしないかと心配になるところだが、ディミーロによれば、人間と違って自然界の生き物は黄金のヤモリに手を出すことの愚かさをよく知っているので、まず襲われるようなことはないそうである。
「手を出したらどうなるんですか?」
「星が墜ちてくるらしいよ、」
なるほど、それが揺るぎない真実であるならば、そして霊鳥がそのことを理解できているならば、自身が手を出さないのはもちろんのこと、他の外敵から万が一にも襲われないよう、細心の注意を払って守り抜こうともするだろう。
「母に会いに来たんですか?」
「それもあるけど、エテンシアばかり娘と会っているのはずるいじゃないか。僕だって会いたいのをずっと我慢していたのにさ」
拗ねたような不服顔が、あ、たしかにちょっと似てるかも、とニレはそこで初めて血のつながりを感じた。
《北天のぬしの子、開けてあげて》
《入りたいって、言ってるよ》
《覗いているよ》
星たちが語りかけてきたので、ニレは窓辺へ立ってカーテンを開けた。
ガラス窓の向こうに、ひと抱えほどもある鳥の白っぽい影が見えた。
ニレが窓を開けると、鳥は遠慮がちに頭を下げつつ室内をそっと覗き込んできた。
「ああ、ロム、来てたのか。待たせて悪かったな」
ディミーロが白銀色をした鷹の首まわりを掻いてやると、鷹は嬉しそうに目を細めた。
「ディミーロさんディミーロさん、私も、いいですか?!」
目を輝かせて身を乗り出したニレに、ディミーロは眉尻を下げた。
「そんな他人行儀な………うーん、そうだな。じゃあ『お父さん』と呼んでくれたら、」
「お父さん、お願いします!」
あっさり父と呼ばれて、それはそれで肩透かしを食らった形のディミーロが、がくりとうなだれた。
ニレのために後ろへ下がって場所を空けながらも、感動の場面のはずなのに、などとぼやいている。
「仕方ないですよ、ニレは自分の感情に正直な子なので」
「君、父親の僕よりニレをわかった風に、彼氏づらしおってからに、許せん!まだまだ娘はやらんからな!」
「さすがに早すぎるでしょう。僕たちはまだそんな仲では、」
「ん?……まだ?」
「、え?」
男ふたりのやりとりは、幸いなるかな、すでにロムとの触れ合いに夢中のニレには届いていなかった。
一夜明けて、ニレの部屋では朝も早くから、犬も食わないなんとやらが繰り広げられていた。
「どうしてあなたが先に、『お父さん』なんて呼ばれることになってるのよ、おかしいでしょ?!」
「なんのおかしいことがあるか、父親として当然の権利だ!」
「私が何年もかけて少しずつ距離を縮めて来たって言うのに、それを横からかっさらうような…!」
何年もかけたのは事実だが、少しずつ距離を縮められた記憶はニレにはない。
正しくは、初手から急激に幅寄せしたあと、それっきり距離を詰められないままだった、と言うべきだろう。
「だいたいね、生き物との触れ合いタイムを餌に交換条件で呼ばせるなんて、男らしくないわ」
「なっ、ロムは僕のために協力してくれただけで、」
「私なんて毎年欠かさず、林檎を貢いでいたのに、」
「そもそも君、なんで林檎でニレの気を引けると思ったんだい」
この不毛な夫婦(仮)喧嘩の幕が上がってから初めての、真っ当な発言である。
「だって、昔話でおばあさんが籠から林檎を差し出したら、森に住む女の子は『林檎売りのおばあさん、ご親切にありがとう』って言うのよ」
「君、絶対その話、最後まで知らないだろう!そのおばあさんは、女の子を殺そうとした意地悪な継母なんだ!」
「そんなはずないわ、だって優しそうなおばあさんなのよ?あなた、自分の母親が怖い人だからって、偏見持ちすぎよ」
「偏見は君だろう!」
あー、やっぱりか、とニレは納得していた。
タミの家へやってくるたび、エテンシアが話していった物語は、どれも尻切れトンボだったのだ。
時間が限られていたこともあるが、エテンシアの想像力の賜物なのか、一般的な昔話や逸話に比べて、登場人物に関する描写や細かなエピソードのボリュームが多く、それでなかなか結末まで辿り着かないのだと思っていたが。
まずもって、エテンシア自身が途中までしか話を知らないか、もしくは忘れてしまったのであれば、当然終いまで話せるはずもない。
「じゃあ、そろそろ遅刻するので学院へ行って来ますね、お父さんお母さん」
まだ何やら口論している両親を容赦なく置き去りにして、ニレは部屋の扉を閉めた。




