13 黄金ヤモリ
「女帝、女帝かぁ……」
日の燦々と降り注ぐ自室のベッドでごろごろしながら、ニレは先ほどからずっと同じ単語を繰り返している。
あまりに話が大きくなりすぎて、思考停止状態に陥っているのだ。
昨夜、エテンシアはひとまず客室に案内され、朝食も部屋でとったようだ。
朝食の席で、デヴォアラからエテンシアのことを聞いたダヴィッドは、驚きつつも彼女を客人として泊めることを快諾していた。
エテンシアがいなければ、自分たちが結ばれることはなかっただろうから、と言って。
当然、その場には三兄弟も顔を揃えていたわけで。
休みの日でもボート部の活動があるらしく、後ろ髪引かれる様子で出て行った長兄はともかくとして、暇を持て余した三男は、庭で捕まえた変わり種のヤモリを手土産に、ニレの部屋へ突撃していた。
珍しい黄金色のヤモリは、出窓の上を行きつ戻りつしている。
「なぁなぁ、ニレの母さんってえらい人なのか?」
子どもらしく直截的に疑問をぶつけてきたジョシュアに、ニレはうーん、と首をひねった。
「たぶん、えらくない」
「父さんは?」
「父さんの母さんはえらい」
ジョシュアは、よくわかっていなさそうに、ふーんと返した。
実際のところニレもよくわかっていないので、ジョシュアにも理解できるように説明するのは難しい。
母親の話によれば、元は貴族であったエテンシアの実家は没落して平民になったので、少なくとも今のエテンシアの身分は平民である。
エテンシアの両親は、慣れない市井での生活に苦労がたたって早くに亡くなったため、乳母夫婦が新大陸にいる身内を頼り、エテンシアを伴ってラモワ州へ移住したらしい。
なお、刺客から逃げる際、乳母夫婦は彼らの親戚の家へ避難させたので無事だったようだ。
父親ディミーロは、フィノーイの女帝を母として生まれてきたものの、嫡出子ではないので身分としては平民になるのだとか。
「平民と平民の間に生まれた子どもは?」
「平民!」
ジョシュアが元気良く答えた。
「なんだ、ニレは貴族様じゃなかったんだな!」
自分が貴族様だなんて冗談じゃないと、ニレは身震いした。
新大陸に貴族や王族は存在しないが、上流階級や社交界といったものはそれなりにある。
わりと何でも器用にこなすニレではあるが、音楽ならびに社交界では必須となるダンスだけはどうにも苦手としていたりする。
それと言うのも、三拍子を体が理解できないのである。
学院の授業は選択科目も多いが、卒業ダンスパーティーがあるため、ダンスの授業は必修科目となっている。
どうやってもワルツを踊れないニレに、ダンス担当講師のテノア女史は匙を投げた。
「よござんす。卒業パーティーでは二拍子か四拍子の曲だけ踊れば宜しい。試験ではワルツは必須でござんすけれど、三種類のダンスで平均6割以上の評価をとれれば合格ですから、ワルツ以外で満点をおとりなさい」
お作法には厳しく、特徴的なバタフライ形眼鏡に厚化粧のテノア女史だが、生徒たちがなんとか卒業できるよう手を尽くしてくれるので、そこそこ人気がある。
「ニレ、そろそろお昼ご飯ですって。あ、ジョシュアくんもいたのね〜」
子どもながらも男女が同室となるわけで、元より半開になっていたとは言え、扉を開けてからノックをするという荒技で、エテンシアがひょっこりと顔をのぞかせた。
エテンシアは弾むような足取りで中へ入ってくると、ニレの部屋には二脚しかない椅子がすでに埋まっているので、少し迷った風を見せてからベッドに腰を下ろした。
このあたりの無遠慮さが、どういうわけか図々しいと感じさせず人懐っこさに置き換えられるのは、なんとも得な性分である。
「あら、ここにも金色のヤモリがいるのね」
室内を見まわしたエテンシアが、窓台を歩くヤモリに気づいて声を上げた。
注目されたことに気づいたわけでもあるまいが、ちょうどそのタイミングでヤモリがぴたりと動きを止める。
「見たことがあるんですか?」
まだ距離感を測りかねて、つい丁寧な物言いになるニレである。
とは言え、親子関係を疑っているわけではない。
疑うのが馬鹿らしくなるほど似ているからだ。
むしろ、受胎告知を疑うレベルで似過ぎている。
「ええ、これまでホタリ州に近いいくつかの州を渡り歩いて来たけれど、何度か見かけたわよ。そんなに珍しいものだとは思わなかったわ」
「えぇ〜?黄色いのはまぁたまにはいるけど、こんな金色のは僕、初めて見たけどなぁ」
「そりゃあ、ジョシュアくんと私じゃあ生きてる年数が違うもの」
「そんなもんかなぁ」
ニレがちらりと横目で見ると、黄金ヤモリはまだ置物のようにフリーズしている。
「えー、それじゃエテンシアさんは、またどっか行っちゃうのか?」
「えぇ、だって私はフィノーイから追われる身だし、迷惑かけちゃうわ。こうして娘に母親と名乗り出られただけで十分すぎるくらいよ」
「そうかなぁ。でもなぁ、」
ジョシュアがいっぱしに腕組みをして、うんうん唸っているのを、エテンシアが優しい眼差しで眺めていた。
その夜、出窓にとどまったままの黄金ヤモリをつまみ上げたニレは、それを椅子の上にそっと置いた。
「他に誰もいないので、そろそろ種明かししてもらえませんか」
薄明かりの中ヤモリに話しかける少女、という怪しい構図ながら、ニレは大真面目である。
ヤモリはじっとニレを見上げていたが、やがて諦めたように頭を振って、身震いするような動きを見せた。
金色の光がぱっと散ったかと思うと、一瞬のちにはそこに長身の男の姿が出現していた。
「なぜ、わかった?」
男はかすれ声で問いかけてきた。
「ただでさえとんでもなく珍しい黄金色のヤモリが、母の周りにばかり何度も出没するなんて、おかしいじゃないですか。まして、フィノーイの国章は黄金のヤモリですよね。ああ見えて天然なジョシュや、見るからに天然な母はともかく、私はだまされませんよ」
「そう言う君もある種の天然なんだと、僕は思うけどね…」
無自覚天然毒舌娘のニレは、心外だと唇を尖らせた。
「それで、あなたが私の父親なんですか?」
そうやってストレートに聞いてくるところが天然なんだよ、とぼやきながら、それでも男は丁寧に答えを返した。
「時期的には合致する。エテンシアは優しくて不器用な人だ。僕のほかに男がいたとは思えない。見た目からしても君が彼女の子どもであることが疑いないからには、僕の子なんだろうと思うよ」
「あなたとはまったく似ていなくてもですか?」
「似たところはあるさ。君は彼女より、ほんの少し目尻が下がっている。眉尻の角度や耳の形は、むしろ僕の方に似ているね」
ずいぶんと細かいところまで、よく見ているものだ。
「ライカンスロープということでいいんですか?」
「あえて定義するならそうなるだろうね。数千年を遡ればそれなりに数もいたらしいが、現代ではきっともう僕ともうひとりくらいなものだろう」
「女帝陛下は?」
「あの人はライカンスロープではないし、僕が姿を変えられることも知らないよ。でなけりゃ、いくら私生児とは言え、こうして野放しにされてるはずもない。なにせ黄金のヤモリは国の繁栄の象徴だからね」




