第45話:友人の前でこっそり手を繋ぐスリルと優越感
大学のすぐそばにある、オープンエアのカフェテラス。
心地よい風が吹き抜ける木漏れ日の下、私は、大学の友人の御堂臨と、同居人兼今カノの市之瀬美空の三人でテーブルを囲んでいた。
大学に補習課題のレポートを提出しに行こうとしたところ美空もついてくると言って聞かず、そこでたまたま臨とも出くわしたのだ。そして、臨の勢いに押し切られ、そのまま三人で一緒にランチをすることになってしまった。
ちなみにあの課題のレポートは理性を取り戻した後、美空に手伝ってもらいながらもなんとか自力で仕上げた。人間、やればできるものだ。
「えっ、美空さんってそんな良い大学に通ってたんですか!?」
向かいの席で臨が驚いたような声をあげた。
「美空さん、すごっ……! 頭、良っ……!」
「そんなことないですよ。たまたま入試でちょっと良い点が取れただけです」
紅茶のカップを上品に傾けながら、美空は優雅に微笑んだ。流れるような黒髪に、隙のない洗練された佇まい。完璧で品行方正な優等生の顔だ。だが、その座る位置はちゃっかり私の真横をキープしている。
臨は私たちの関係には何も気づいていないだろうが、とにかく心臓に悪い。
表向きの私たちは『地元が同じで、親同士の都合で部屋をシェアしている女友達』という設定だ。復縁して恋人同士に戻ったことは、大学の友人にも内緒にしている。
だからこそ、目の前で優等生のフリをしている美空を見るたび、私の心臓は緊張で落ち着かなかった。
「そういえばさ、楓っち」
アイスティーのストローを咥えていた臨が、ふと思い出したように私を凝視してきた。
「どうしたの、臨」
「いやね? 最近の楓っち、なんかすごく雰囲気柔らかくなったっていうか……なんだか前よりずっと可愛くなったと思うんだけど」
「えっ!?」
「表情も生き生きしてるし、時々すごく幸せそうにぼーっとしてるしさ。実は『彼氏』でもできたんじゃないの? もしかしてサークルの男子とか!?」
「ぶっ……!?」
唐突すぎる問いかけに、飲みかけの紅茶を吹き出しそうになった。
「なっ、何、言ってるの、臨!? か、彼氏なんて……っ!」
必死で否定しようと口を開いた、まさにその瞬間だった。テーブルクロスが垂れ下がる暗がりの中、何かが私の脚に触れた。
「んっ!?」
驚いて身体を跳ねさせそうになる。
美空のスラリと伸びた脚が、テーブルの下で静かに私の太ももに絡みついてきたのだ。滑らかな肌の感触が、スカートの隙間から伝わってくる。
さらに、追い打ちをかけるように美空の左手が私の膝の上に滑り込んできた。膝の上に置いていた手に、ぎゅっと。柔らかな感触。テーブルの下で、手を『恋人繋ぎ』にしてきたのだ。
美空の指が、私の指の隙間を埋めるように強引に締め上げてくる。
「っ……!?」
不意打ちの密着と緊張感に、私の頭は一瞬で真っ白になった。
隣を見れば、美空は優雅に紅茶のカップをソーサーに戻している最中だ。顔には一切の動揺を浮かべず、涼しげな横顔を保っている。
だが、テーブルの下では、私の太ももを自分の脚で挟み込んだり、足のつま先で私のふくらはぎを撫で上げたりするという過激な所有権の主張を展開していた。
(み、美空!? ちょっと、何やって……っ!)
視線だけで必死に訴えかける私に対し、美空はチラリとも私を見ようとしない。そのまま、臨に向かって優等生然とした完璧な笑みを向けた。
「臨さん、楓に彼氏だなんてそんなのあり得ないですよ。男の影なんて少しもないですから。……毎日朝から晩まで一緒にいる私が、一番よく知っています」
声のトーンこそ冷静で穏やかだが、テーブルの下の握力は強まる一方だった。
『他の誰かの名前を出さないで』
『あなたの恋人は誰なの?』
言葉には出さない無言の圧力が、強く握られた指先から痛いほど伝わってくる。
「か、彼氏なんていないよ! 本当にいないから! 全っ然いないから!」
顔を真っ赤にしながら必死で否定する私。
「あはは! そんなに焦らなくてもいいのに! でも、そっか。美空さんがそれだけガチガチにガードしてるなら安心だね! 楓っちは隙が多いからさぁ」
「ええ。この子には私がずっとついているから、変な虫が寄ってくる心配はないんですよ」
美空は満足そうに目を細めると、テーブルの下で私の指をさらに強くぎゅっと握り締めた。
冷や汗と心拍数が限界突破しそうな中、私は必死で引きつった笑顔を浮かべ続けるしかなかった。
ランチが終わると臨はカフェテラスの前で明るく手を振って去っていく。
「じゃあ、私、帰省の準備しなきゃだから行くね! 二人ともまた!」
「ま、またね、臨……」
「ええ。また」
臨の背中が見えなくなった直後。
席を立つ時には離していた私の手を、美空が再び強く繋いだ。そのまま澄ました顔で私の手を強引に引いて歩き出す。
「み、美空!? ちょっと、どこ行くの!?」
返事はない。美空は無言のまま、カフェテラスの裏手にある人通りのない路地裏へと私を連れ込んだ。カフェテラスと大学のキャンパスの間で、ちょうど校舎の影になる場所だ。
壁際に追い詰められ、背中が壁に当たる。
逃げ場をなくした私の正面に、美空が詰め寄ってきた。
「何するの、美空……! っていうか、さっきの何!? 臨の前であんなことしないでよ。心臓が止まるかと思ったんだけど……っ!」
抗議する私に対し、美空は『品行方正な優等生』の仮面を脱ぎ捨てていた。その瞳に宿っているのは、暗く濃密な、私への激重な独占欲だ。
美空は私の首元に両手を回すと、逃がさないように密着し、至近距離で私の目を覗き込んできた。
「……何って、お仕置きだけど」
「お仕置き……?」
「『彼氏なんていない』って言い方が、すごく気に入らなかった」
「だって、彼氏なんていないのは本当でしょ!?」
「そうだね。彼氏はいない」
美空は意地悪く、けれど甘く痺れるような笑みを浮かべた。
「でも、そこは『可愛い彼女がいるから彼氏なんて要らない』って言わなきゃダメでしょ? 私の前で、他の誰かを連想させるような言い方をするなんて酷いんじゃない?」
「理不尽すぎる……っ!」
「何も理不尽じゃないよ。私は楓の『今カノ』なんだから当たり前でしょ」
美空の顔がじわじわと近づいてくる。耳元に触れる熱い吐息に、私の背筋がぞくぞくと痺れた。
「私の前で他の誰かの存在をちらつかせた罰として……今すぐ、キスして」
「え……? ここ、大学のすぐそばだよ……!?」
「夏休みでしょ。誰も来ないよ。来たら来たで、『恋人と愛し合って何が悪いの』って追い返してあげる」
「美空……っ」
「ほら、早く。楓からしてくれないなら、私からしようかな。足腰が立たなくなるくらいドロドロのやつ」
上目遣いで迫ってくる美空の瞳は、本気だった。
品行方正な優等生の面影なんて微塵もない。私に愛されたくて、私を独占したくてたまらない、重すぎる愛を抱えた女の子の顔だ。
「……本当に、美空には勝てないなぁ」
降伏の溜め息をつき、私は自分から美空の細い肩を引き寄せた。そして、少し背伸びをして、彼女の柔らかい唇に自分の唇を重ねた。
「ん……っ」
触れ合うだけのつもりが、美空の腕が私の首を強く締め上げ、逃がさないと言わんばかりに深く角度を変えて求められていく。
静かな校舎の影。いつ誰が通りかかるかわからないスリルと、口内に広がる甘い体温。
「ん……ふぁ……美空、もう……っ」
「だめ。こんなんじゃ全然、罰にならない……」
何度も唇を重ね合い、息が上がるまでキスを繰り返す。
唇が離れてもなお、美空の吐息は私の首筋にまとわりついた。キスの余韻と興奮で背筋がゾクリと震える。彼女の目は、まだ満足していない――むしろ渇望に燃えている。
「ねえ、楓……やっぱりまだ足りないよ」
そう呟くと同時に、美空は密着したままわずかに腰を捻った。その動きで彼女の右膝が私の両ももの間に割り込んでくる。硬い感触がゆっくりと押し上げるように私のスカートの中に潜り込んできた。
「ひゃっ……!? み、美空……!」
「そんな声なんて出して……。楓も期待してたの?」
「そんなんじゃ……っ!」
美空の膝が正確に狙いを定めるように動く。薄いショーツ一枚の防御などまるで意味がない。彼女の動きに合わせて、布越しに下腹部が擦れる。公共の場という罪悪感と、美空による強烈な支配感が混ざり合って思考が停止する。
「や……だめっ……こんなとこで……!」
抗議の声は震えて掠れている。美空は不敵に笑い、両手を私の腰に回して逃げ道を完全に封じた。耳には早鐘のような鼓動と、互いの呼吸だけが響く。
「大丈夫……こんなところ誰も通らないってば。それに……」
彼女の膝が、今度は円を描くようにゆっくりと動き始めた。布地を通して神経が直接刺激される。湿り気がじわりと滲む感触が伝わるのが怖い。
「抵抗したいならしてもいいけど。……大きな声なんて出したら余計に誰かに見つかっちゃうかもよ?」
膝がぐっと強く押し込まれる。息が止まるような鋭い快感が走り、思わず美空の襟元を掴んだ。喉から悲鳴のような小さな喘ぎが漏れる。
「……今度、臨さんに同じことを聞かれたら言ってよ。『いつも私に気持ちよくしてもらってるから彼氏なんて要らない』って」
美空の囁きは甘く毒を含んでいる。彼女の膝が小刻みに動き、スカートの中の敏感な部分を容赦なく愛撫する。布地越しに熱が伝わってくるたびに、路地裏の蒸し暑い空気が酸欠のように感じられた。
「……ねえ、言えるよね? こんなに感じてるんだもん。こんなところで……こんな格好で……」
美空の爪が私の腰に食い込む。膝の動きが徐々に加速する。逃げたいのに腰が砕けて動けない。相反する快楽と恐怖で涙が滲んだ。
「今のうちに練習しておこうよ。ほら、言ってごらん?」
「美空……っ…もう……許して……」
「ダメ、言って。それとも、まだお仕置きが足りてないのかな?」
彼女の笑みは狂おしい独占欲を露わにしている。路地裏の壁に押しつけられた背中に汗が伝う。美空の膝がさらに奥を探るように押し込まれ――。
その瞬間だった。不意に通行人の話し声が聞こえてくる。
美空の動きがピタリと止まった。膝の位置も変えずに凍り付く。時間が止まったかのような沈黙が流れる。
足音が路地の方にゆっくりと近づいてくる。美空の目に一瞬動揺が走ったが――次の瞬間、彼女は私をギュッと抱きしめて自分の胸に押し付けた。
「…… 動かないで。絶対に声、出さないでね」
彼女の囁きは恐怖と興奮で震えている。見知らぬ足音が路地の入口まで来て止まった。息を殺す。心臓の音だけが世界を埋め尽くす。
足音がそのまま少しずつ遠ざかっていく。その時間がまるで永遠のように感じられた。
足音が完全に消えた瞬間、美空はハッとしたように私を解放した。息が上がり、顔は真っ青だった。
「ごめん……! 怖かったよね……!?」
だが、謝るその顔には、明らかに興奮の余韻が残っていた。私もまた震えていたが、それは恐怖だけでなく――危険な快楽による高揚でもあった。
「美空のバカ……。最悪。何、考えてるの」
そう呟く私を見て、彼女は安堵した。同時に、危うい熱がその瞳を再び潤ませる。
「……本当にごめん。家に帰ろうね。続き……ベッドの上でしてもいい?」
その誘い文句は先程までの凶暴な要求とは違い、少しだけ弱気で懇願するような調子だった。私は壁にもたれかかりながら荒い息を整えつつ頷いた。
「……好きにすればいいじゃん」
「うん。好きにする」
美空はようやく私から離れると、乱れた服を慌てて直す。しかし彼女の右手は私の手を離さなかった。路地裏を出る時、彼女がそっと呟いた。
「……今度から大学に来るたびに私としたこと思い出しちゃうね」
その言葉に、身体の奥が疼いた。
握られたままの手は、まだ汗ばんでいる。それがどちらの汗なのか――私たちにはもう分からなかった。




