第4話 学院外での再会
魔術学院・訓練場。
午後の実技授業、今日は二人一組の実戦形式。魔力の制御と即応性を見るための基礎戦闘訓練だ。
「よし、全員準備しろ。今回は実戦形式で攻防交代だ。詠唱の正確さ、術式構築、対応力を見させてもらう」
講師の声が、訓練場の空気を切り裂くように響く。
Eクラスの訓練は、上級生ほど整ったものではない。だが、それでも手を抜けば、死傷の可能性すらある。
それが、この学院の“常識”だった。
***
「……じゃあ、俺からいく。構えるだけでいい」
レオンが淡々と告げた。金髪が陽の光を受けて、さらりと揺れる。
「う、うん……」
レナは緊張気味に頷き、杖を構えたまま一歩後ろへ下がった。
レオンの詠唱は、速く、正確だ。
「──陽炎の矢、放て」
瞬間、魔法陣が展開され、杖先から熱のこもった矢が現れる。威力は控えめだが、それでも十分な訓練レベルの攻撃だった。
レナは咄嗟に詠唱するも、言葉が遅れる。
「……防壁よ、出て……!」
展開された術式は揺れ、魔法陣が不安定に軋む。
展開された防御魔法は薄く、矢はそれを貫きはしなかったものの、焼ける熱が肌をかすめた。
「きゃっ……!」
よろめいたレナを、レオンは無表情に見下ろす。
「……弱いな」
その言葉に、温度はなかった。評価でも非難でもない。ただの“観察”のように。
「ご、ごめん……」
「謝る必要はない。訓練だ。お前が弱いことは、変わらない」
それは事実であり、彼の持つ基準に照らした純粋な“分析”だった。
***
その日の夕方。学院の外、裏通り。
レオンは静かに歩を進めていた。依頼の回収に向かう途中、ふと、前方に見覚えのある姿を見つけて立ち止まる。
……レナだった。
けれど、学院で見る彼女とはどこか雰囲気が違う。
支給された制服の上に、薄いストールを羽織っている。誰かを庇うようにして、男たちと対峙していた。
「邪魔すんなよ、ガキ。そいつの持ってる財布を渡せばすぐ済むんだよ」
「だ、だめです。あの子は薬草を買いに行くんです……!」
震える声。けれど逃げずに、小さな子供の前に立ちふさがっている。
──何の武器もなく。魔法もろくに使えない癖に。
レオンは、角の陰からその様子をじっと見つめていた。
目を細め、ふう、と小さくため息をつく。
(……くだらない)
心の中でそう呟き、視線を逸らす。
(弱いくせに、正義感なんて持ち出して……)
助けるつもりはなかった。学院では“パートナー”というだけ。学院の外では、ただの他人だ。
ましてや、正しさなんて、彼には何の意味も持たない。
殺すと決めたら殺す。生かす価値がある者だけを残す。
──それが、レオンの“選別”の基準だった。
(……それでも、そんなふうに立ち向かうくらいなら……最初から誰かの影にでも隠れて生きればいい)
けれど、レオンはその場を離れなかった。
助けもせず、ただ黙って、見ていた。
まるで、感情を持たない観察者のように。
やがて、彼の姿は夕暮れの闇へと紛れて消えた。
その間も、レナはまだ子供の前に立ったままだった。
翌朝、魔術学院の訓練場。
薄曇りの空から差す光が、訓練場の床を白く照らしていた。いつものようにEクラスの生徒たちが集まり、それぞれの装備を確認している。
レナもその中にいた。何となく疲れた目のまま、そっと息を吐く。
(……あのあと、なんとか逃げ切れた。あの子も無事だった……)
昨日絡まれていた子供はよく行く食料品店の子供だった。薬草を買いに行く途中で、街のチンピラにお金をせびられていたのをレナが見つけたのだった。
昨日の夜、あの路地で。
誰にも言えなかったが、あのとき自分は確かに「誰かに見られていた」気がした。
それが誰なのかはわからない。けれど、ほんの一瞬、視線の先に——レオンの姿を見たような気がしたのだ。
(……でも、そんなはず、ないよね)
そう思いながら、レナは今日も実技に取り掛かる。
すると、後ろから声がかかった。
「おはよう」
穏やかな、聞き慣れた声。
振り向けば、そこにいたのは——昨日とまったく変わらない顔のレオンだった。
制服の袖を軽くまくり、いつものように無造作な髪。
「今日も実技だな。倒れないように気をつけろ」
淡々と、けれど確かに「気遣うふうの言葉」を口にしている。
レナは、思わず言葉を詰まらせた。
「……あの、昨日……」
「昨日?」
レオンは片眉を上げて、首を傾げた。
「何かあったのか?」
嘘だ。——そう思った。
けれど、その表情は完璧だった。
まるで、本当に何も知らない人間のように。
「……ううん。何でもない」
レナはそれ以上、何も言えなかった。
ただひとつだけ分かるのは、
彼が「笑っている時の方が、怖い」。
***
その後、訓練が始まってもレオンの態度は変わらなかった。
実技中には適切な助言を飛ばし、危なければレナをかばう。けれど、それはあくまで「実技パートナー」としての行動。
私情ではない。興味でもない。
まるで、彼の中には“昨日の路地”など初めから存在しなかったかのように。
(……見間違いだったのかな。あれは、別の人……?)