表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
5/66

第3話 交錯する刃

廊下の角を曲がった瞬間、レナは息を呑んだ。そこに、さっきまで隣にいたはずのレオンの姿はなかった。胸の奥に、重たい予感が落ちる。足が自然と速くなる。


呼吸が荒くなっても構わず、視線を左右に走らせる。やがて──人の声ではない、何かが軋むような音が聞こえた。


(……嫌な音……)


たどり着いた先で、レナが目にした光景。それは“喧嘩”などという生易しいものではなかった。上級クラスの少年が壁際に追い詰められ、レオンの剣が喉元へと迫っている。


血の匂いが、まだ刃先についていないのが不思議なくらいだった。彼の動きは静かで、正確で、容赦がなかった。一歩、また一歩と詰めるごとに、逃げ場は確実に潰されていく。


(……このままじゃ……殺される)


レナは小さく息を呑み、周囲を見回す。誰も止めない。誰も近づかない。ここで止めなければ、間違いなく命は途切れる──その確信だけが、レナの背を押した。


僅かに自分の肌を爪で傷つけて血を流す。そして、魔力痕が残らないほど弱く抑えた障壁魔法を放った。見えない壁がレオンと少年の間に割り込み、少年は力なく床に崩れ落ちた。浅く早い呼吸──生きている。まだ間に合った。


「……誰だ」


低く、冷たい声が空気を裂いた。レオンが振り返る。青い瞳が、氷のように光っている。


その視線と、真正面からぶつかる。


「……お前が?」


「……殺すつもり、だったんですよね」


レナは息を整えながら言った。


「学院の中での殺しは……禁止のはずです」


「はあ……」


吐き捨てるような短い息。次の瞬間、足音もなく距離を詰められる。視界いっぱいに、彼の冷え切った顔が迫っていた。


「……黙れよ」


囁くようにして、それは刃物のように鋭かった。


「……お前から、殺してやろうか」


空気が軋む。ほんのわずかな間に、世界が閉じられたように感じた。その中で、レナはただ──目を逸らさなかった。



***



レオンは、レナの構えをじっと見ていた。その目は笑っていない。無表情の奥で、何かを測っている。


(……こいつの動き、実技室の時と違う)


魔術そのものは拙い。だが──妙に魔力の圧が強い。

修羅場を潜った者の足運びでもないのに、この息の張りつめ方は何だ。


鋭い踏み込みに反射的にレナは構えるが、遅い。

刃先がわずかに軌道を変え、彼女の前腕をかすめた。


「っ……!」


瞬間、浅い切り傷から血がにじむ。焼けるような痛みが走る。その瞬間、背後の廊下から硬い足音が近づいてくる。次の一歩を踏み込む寸前、レオンの耳がその音を捉えた。刃が止まり、彼はわずかに顔を上げる。重い足音と共に、実技室の空気を切り裂く怒声が響いた。


「何をしている!」


教師の怒声だった。レナは肩で息をしながら、必死にその場に立っていた。痛みで腕が重く感じ、心臓の鼓動が耳に痛いほど響いている。レオンは剣を下ろし、淡々と言った。


「やめだ」


短い言葉に感情はない。ただ、事務的に状況を処理するような声。


「パートナー殺しは、さすがに退学処分になりかねないからな」


「……」


視線を横に流し、彼はわずかに笑みを作った。だが、それは冷たく、鋭く、何一つ温度を帯びていない笑みだった。


「俺には……まだ、ここにいるべき理由がある」


それだけ告げると、背を向けた。足音もなく、まるでそこに最初から存在しなかったかのように、その姿は廊下の向こうへ消えていった。


レナは膝から崩れ落ちるように座り込んだ。張りつめた空気が急に抜け、身体が自分のものではなくなったように震えている。


「……さっき……あの人……殺そうとしてたくせに……」


かすれた声が漏れる。

胸の奥がまだ痛い。


「……ああ……死ぬかと思った……」


自分の息だけが、冷たい廊下に響いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ