第三十八話 エルさんの屋敷に行くぞ!
日曜日。僕はエルさんの住んでいる屋敷へと向かっていた。
というのも、三日ほど前にエルさんから連絡が来たんだ。『よろしければわたくしのお屋敷へ遊びに来ませんか?』って。あの人が急にどうしてこんなことを言い出したのか判らないけれど、エルさんと仲良くなりたいし、何よりルネさんから”ぜひ友達になってくれ”と頼まれたからね。
エルさんが住んでいる屋敷は果実町にある森の奥深くに建てられていて、そこに行くには馬車で向かう必要がある。バスというよりはタクシーに近いのか、馬車乗り場には三台くらい並んでいた。
「おや、そこに居るのは……永夢くんじゃあないか! 奇遇だねぇこんな場所で!」
馬車に乗ろうとしたタイミングで、ルネさんが人懐っこい笑みを浮かべてこちらへ走って来た。馬の耳がピコピコと動いている。手には大きな手持ちトランクがあった。
「今からどこに行くんだい?」
「エルさんの家に」
「エルの家に、かい!? それはまた急だねぇ。どういう経緯か聞いても良いかな?」
「エルさんに誘われたんです。家に遊びに来ないかって」
「そうなんだね! 実は、ワタシも今からエルの家に行くんだ。同行しても構わないかな?」
「構いませんよ」
「ありがとう!」
ルネさんは満面の笑みで僕の正面に座る。
「それにしても、すごい荷物ですね」
「嗚呼これかい? エルはあまり町中に出ないし、身の回りのことをするのが苦手だからね。毎週日曜日はワタシが身の回りの整理整頓や食事を用意したりしているんだ」
だらしのないところがあるからね、あの子。と言い、ルネさんは前髪をかき上げる。手のかかる子に苦労している親みたいで、少しだけ笑ってしまう。彼女は僕の反応に目をぱちくりしたあと、満面の笑みを浮かべた。
「それにしても、エルが友人を家に招くなんてね! 家を招くまでに至った友人は数える程度しか居ないから、嬉しいよ」
「珍しいんですか?」
「彼女はパーソナルスペースを大事にするほうだからね。よほど心を開いていないと招待しないんだ」
「そうなんですね……不思議だ」
「ん? 何がだい?」
首を傾げるルネさんに、僕はエルさんとの交流を思い出す。
最初に会って以降、実際に遊びに行ったのは一回しかない。たまにメッセージアプリでやり取りはしているけれど、関係が深くなるほどの関りはまだないはずだ。
「それじゃあ、あの子に何か心境の変化があったのかもしれないね」
それを言うと、彼女は嬉しそうにそう言った。心境の変化とは何なのか、それを聞く前に馬車がやってきて会話が途切れた。
・
エルさんの家についた。森の中にある彼女の家はまさに「幽霊屋敷」と言っても過言ではなく、事前情報が無かったら廃墟だと思うくらいには不気味だった。西洋風の屋敷は全体が蔦で覆われ、庭は荒れ放題。ルネさんが玄関の扉を開けると、埃が舞った。明らかに、人が住める環境じゃない。
「あはは、酷い有様だろう? 申し訳ないね……」
彼女が苦笑をすると、どこからかくすくすと笑い声が聞こえてきた。声のしたほう_上を見ると、エルさんが螺旋階段の上に立っていた。金髪の、柔らかい髪が笑い声に合わせて揺れる。
「この屋敷はわたくしに祝福を与えた妖精が暮らしていた場所なのですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。わたくしが死んだとき、譲り受けたんです。だから、手入れの必要はないなと放置しているんですよ」
何が”だから”なのか判らないが、それならこんなに荒れ果てているのにも納得だ。たぶん、精霊が暮らしていたころはそれは綺麗な場所だったのだろう。埃をかぶった壺からも、それが判る。
エルさんは音を鳴らしながら螺旋階段を下りる。僕たちの前までくるとお辞儀をしてこう言った。
「わたくしの部屋まで案内します」
・
エルさんが暮らしている部屋は西にある部屋_おそらく、娯楽室と呼ばれていたであろう場所だった。小さなベッドに机と椅子、本棚くらいしか家具がない。東側の壁にはかつてここに置いてあったのであろうビリヤード台などの遊び道具が埃を被っていた。
西側にある扉は調理場になっているようで、ルネさんが「それじゃあワタシは料理をしてくるよ!」と言って入っていった。
「ようこそ、わたくしの部屋へ」
机を挟んで向かい合わせに座る。机の上にはティーセットが置かれており、高級そうな白いカップからは湯気が立っている。どうやら緑茶のようだ。
「ふふ」
「? どうしました?」
「ああ、いえ……ルネお姉さま以外がわたくしの部屋に居ることが新鮮で、つい笑ってしまいました」
口元に手を当て、クスクスと楽しそうに笑うエルさん。家に居るからだろうか。前会ったときよりもご機嫌そうに見える。
「実は、あなたを呼んだのには訳があるのです」
「訳、ですか」
「えぇ。……実は、先日このような手紙が届きまして」
エルさんはそう言って、手紙の内容を読み上げる。内容を要約すると、既定の時間を超えたため、未練の解消方法を教える……という内容だった。
「え、こんな手紙が来るんですか……?」
「五百年もここに住んでいる亡者にだけ送られる物のようです。本来なら長くても三百年程度で転生するため、わざわざHPには記載していないようですね。あ、ちなみに。この手紙を送るのはわたくしが初めてなのだそうです」
「そうだったんですね……」
「未練解消の方法を知った結果、わたくしは思いました。永夢さんで未練を解消しないと、ルネお姉さまに迷惑をかけてしまうと」
「迷惑……確かに、僕とはルネさんとの紹介で出会いましたもんね」
「そうなのです。ですので、お家にお呼びしようかなと」
エルさんは優雅にお茶を飲むと、僕の目を見た。
「正直に言えば、わたくしはまだあなたのことを信用しているわけではありません。今日ここに呼んだのも、荒療治と言ってよいでしょう」
「それでも嬉しいですよ。荒療治といえども、”家に呼んでも良い”と思ってくれていたからこそだと思うから」
「……そうなのでしょうか?」
首を傾げるエルさん。僕は笑顔で頷いた。
「だって、本当に信用できない相手を家に呼ぶのには躊躇してしまうから。……僕だったらそう思うから、ですけど」
「……そう考えると、確かにわたくしはあなたを”家に呼んでも良い”と思えるほどには信用していると言えるでしょうね」
少し間が空き、そうだ、とエルさんが口を開いた。
「こういうときは何かゲームをして遊ぶのが定番と聞きますが……どんなゲームをすれば良いのか、あなたは判りますか?」
「ゲームかぁ……まぁ、持っていればテレビゲームとか、ボードゲーム……あ、トランプとか?」
「トランプ! トランプなら持っています」
彼女は立ち上がり、棚からトランプを取り出す。
「それで、トランプで何をすれば?」
「えーっと、ババ抜きとか……?」
「ババ抜き……ルールはどのようなものなのですか?」
ババ抜きのルールを軽く教えて、僕たちはババ抜きをすることになった。
「なるほど、同じ数字を揃えるのですね。色は同じじゃなくてもよいのですよね?」
「うん。数字が同じだったら外して、カードが全部なくなったら上がりですよ」
「そうなのですね」
揃っているカードを全部出して、エルさんから引いていくことになった。僕の手持ちにジョーカーは無いから、エルさんが持っていることになる。
一回、二回と引いていき、そう言えば、と気になることがあった。
「エルさんの祝福って制御ができないんですよね」
「えぇ」
「それじゃあ、どの数字を選んでいるか判るんですか?」
「…………」
エルさんは視線を斜め上のほうにやり、「確かにそうですね」と言った。
「わたくしが引くときはカードとは関係ないことを考えるのをおすすめします」
「……頑張りまぁす」
エルさんが引いてるときは必死に別のことを考えながら、やがて残り二枚になった。エルさんは一枚で、ジョーカーは僕が持っている。
「……」
天井に視線を向けて、何も考えないようにする。エルさんは「どれにしましょうか」と笑いながら、取るカードを選んでいるみたいだ。
「……そう言えば、永夢さんは今までババ抜きをやったことがあるのですか?」
「え? うん。何回か」
生前に、同室の子に誘われたり、レクリエーションでやったことがある。二番目か、三番目に上がることが多かったな。
「やっぱり、大人数でやったほうが楽しいですか?」
「まぁ、確かにこういうのは大人数でやったほうが楽しいと思うけど……でも、二人でやるのも楽しいですよ」
「ふふ……そうですね。楽しい。楽しいです」
微笑み、エルさんはカードを引く。見ると、残っていたのはジョーカー……つまり、僕が負けたことになる。
「んふふ、勝ちました」
嬉しそうな顔でエルさんは立ち上がり、隣の部屋に行く。「見てくださいルネお姉さま、ババ抜きで勝ちました」と、どうやらルネさんに自慢しているようだ。なんだか幼い少女みたいだね。
トランプを纏めていると、二人がやって来た。
「ババ抜きをするのだったらワタシも誘ってくれれば良かったのに! さぁ! 今から二回戦目をやろう!」
キラキラと瞳を輝かせ、ルネさんが席に着く。
何回もババ抜き(たまにジジ抜きや神経衰弱)をして遊んでいたら日が暮れていて、僕たちは荷物を纏めて玄関前までやってきた。
「今日は楽しかったです。……もしかしたら、こんなに楽しんだのは初めてかもしれません」
「確かに過去一ではしゃいでいたね! もしかしたら転生できる日も近いかもだ!」
ルネさんはうんうんと頷き、僕のほうを見た。
「今後もぜひ、エルと仲良くしてくれると嬉しいよ」
エルさんも僕を見る。多分、返事を待っているのだと思う。僕は笑顔を浮かべて、頷いた。
「もちろん!」
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