第三十四話 大好きな人
どうして僕の足は動かないのか。
生前、奈子さんに聞いたことがある。彼女は、足が動かないのは幼少期の事故によるものだと教えてくれた。
僕はそれを知ったとき、酷く悲しい気持ちになったんだ。だって、その事故が無かったら普通の生活を送っていたかもしれないんでしょ? そう思うととても悲しくて、数日間涙で枕を濡らしたことを覚えている。
どうしてこんな質問をしたのか。理由は簡単だ。これは先天性のものだからしょうがないことだったのだ、と受け入れたいと思ったから。何か理由がないと、この足のことを受け入れられなかったから。だから聞いた。結果が後天性。結局僕はこのことを受け入れられないまま奈子さんに殺されて、黄泉の国にやって来た。……まぁ、殺されたことは天上院さんに教えられるまで気づかなかったんだけど。
ずっと言ってる気がするけど、僕は奈子さんに殺されたことに関しては何とも思っていない。もちろん、何も相談を受けずに殺されたことには異議を申し立てたいけどね? でも、それ以上にここでの暮らしが楽しいから、結果的に奈子さんに対して悪感情を抱いていないんだ。
今、どうして僕がこんなことを思っているのかと言うと__。
「本当に、ごめんなさい」
カンゴクチョウの、アパートの一室。柏木奈子が暮らしている部屋の中で、彼女が僕に対して土下座をしているからだ。
事の経緯は一週間ほど前。星座作成プロジェクトに参加してから三日くらい経ったときだろうか。
奈子さんから連絡が来たんだ。
柏木奈子:柏木奈子です。ここに来てからひと段落ついたから、私の家でお茶会でもしませんか?
と、こんな感じで。
日程はすぐに決まって、住所が送られてきた。ケイウ街にすると思っていたからカンゴクチョウで暮らしていることに驚いたけど、「被害者が許しているとはいえ罪は罪だから」とねこに言われたかららしい。現に今、彼女には猫の尻尾が生えている。罪人の証だ。
そうして当日となり、アパートにやってきた。結構綺麗な場所で、僕が住んでいるところと似ている。最低限の家具しかないからだろう。僕の部屋よりも広く見えた。
最初は何でもない話題__近況報告とか、奈子さんがここに来てからの話とか、いろいろ。紅茶のお代わりを淹れたタイミングで、奈子さんはこう切り出した。
「身勝手な判断であなたを巻き込んでごめんなさい」
と。
あまりに脈絡がなかったから、一瞬なんのことか判らなかったけど、すぐに「あぁ、僕を殺したことか」と理解した。
彼女はそのままその時のことについて語り出す。余命二カ月の病に罹ってしまって焦っていたこと、このまま僕を置いて逝くことはできなかったこと、ちょうどいい引き取り手が見つからなかったこと……考えに考えた結果、無理心中という形で終わらせてしまったこと。その判断をずっと悔やんでいること。
このすべてを語った後で、彼女は土下座してこういった。「本当に、ごめんなさい」と。
正直に言って、返事に困る。
だって僕はもう赦している。赦しているけど、これを言ったところで奈子さんは僕を殺した罪をずっと抱えて、罪悪感で苦しむだろう。だって彼女はそういう人だ。今まで救えなかった人たちのことをずっと想って、悔やむような人だ。
そんな人に何かを言ったところで、認識は変わらないだろう。だから僕は返事に困った。何を言えばいいのだろう? 気にしないでください? しょうがないことでしたから? どれもしっくりこない。
何も喋らない僕に、奈子さんは不安げに顔を上げる。その様子を見て、僕は思った。彼女の気持ちを軽くすることはできなくても、今の自分の気持ちを伝えるほうがいいだろうと。
「__本当に、奈子さんが僕を殺したことは何とも思ってないんです」
自分でも驚くくらい、静かな声だった。
「いきなり死んで驚いたし、何の相談もなかったことに怒ってはいますけど、それ以外は何も変わらない。むしろ、あのまま生き続けたところで僕に幸せが訪れるとは思えなかったし、逆に……さらなる不幸に陥っていたかもしれない」
奈子さんは僕にとってたった一人の家族で、大切な人だった。ただでさえ不安定だったのに、奈子さんも失ってしまったら__そう考えると、結局僕は死を選んでいた可能性が高い。
「それに、前にも言ったけど、この世界では普通に歩くことができる。自分の足で、自由に世界を見ることができる。だから、僕は貴女に感謝することはあれど恨むことなんてない」
僕は黄泉の国に来て、友人ができた。自分でお金を稼ぐことだってできるし、誰の手助けを借りることなくお出かけをすることができる。
「赦すと言っても貴女は気にするだろうから、これだけは言っておきたいんだけど……僕は貴女が、奈子さんが大好きなんだ。僕がこう思っていることだけは、忘れないでほしい」
言いたいことは全部言えた……と、思う。
奈子さんの反応を見る。彼女は頬を紅潮させ、はらはらと涙を流していた。他人の気持ちを推し量ることはできないけれど……嬉しさと、罪悪感が混ざったような表情だった。
「これでこの話は終わり!」
手をパチンと叩いて奈子さんの手を取る。ポカンとした表情で僕を見る彼女に、笑顔を見せる。
「僕、話したいことがいっぱいあるんだ。今までのこととか、これからやりたいこととか! 久しぶりなんだしさ、楽しい話をしようよ!」
「……そう、だね」
彼女は微笑んで立ち上がる。紅茶はすっかり冷めてしまったけれど、奈子さんと楽しく会話しながら飲むとひどく美味しく感じた。




