第3話
国立士官学園、第一教導棟。
その一室には、奇妙な沈黙が満ちていた。
教室の壁面を覆う大型ディスプレイには、戦術シミュレーション用の地形図が表示されている。整然と並べられた机には、操縦科の上位成績者を中心とする二十八名の学生が着席していた。
彼らは皆、将来の連合軍を担うことを期待されたエリート候補生である。
実技、座学、戦術理論。そのいずれにおいても厳しい選抜を勝ち抜き、ここに集められた者たちだ。
自分たちの実力に相応の自負を抱いているのは、当然のことだった。
だからこそ。
「……以上が、今日から諸君らの戦術教官を務める、夜来つむぎ先生だ」
教壇に立つ学園長が紹介を終えた瞬間、教室の空気は微妙なものへと変わった。
黒い和服。
艶やかな黒髪を後ろで緩く束ねた、端正な顔立ち。
腰には、現代の士官学園にはあまりにも不釣り合いな一振りの刀。
そして、どう見ても二十歳を超えているようには見えない、若々しい容貌。
つむぎは教壇の前へ一歩進み出ると、学生たちを見渡し、穏やかに一礼した。
「夜来つむぎだ。今日から諸君らの指導を担当することになった。よろしく頼む」
落ち着き払った声だった。
年齢に似合わぬほど堂々とした立ち居振る舞いには、確かに人を惹きつけるものがある。
しかし、それ以上に目を引くのは、やはりその風貌だった。
「……先生?」
最前列の男子学生が、思わずといった様子で呟いた。
「嘘だろ。俺たちより年下じゃないのか?」
「いや、十九歳だって聞いたぞ」
「十九歳で教官? 冗談だろ。普通なら、まだ士官候補生をやっている年齢じゃないか」
「そもそも、あの格好は何なんだよ。刀まで差してるぞ……」
ひそひそと交わされる声。
その大半には、純粋な困惑と好奇心が混じっていたが、中には露骨な不信感を滲ませている者もいた。
無理もない。
この学園において教官とは、学生たちを指導するに足る実績と能力を持つ者に与えられる立場だ。
実戦経験を積んだ軍人。
優秀な操縦成績を残した元パイロット。
あるいは、軍事理論や機体工学において卓越した知識を有する研究者。
そのいずれかであることが、少なくとも彼らの知る常識だった。
ところが、目の前にいる少年は、そのどれにも当てはまらないように見える。
何より、彼らはまだ知らなかった。
この少年が、前日に三機のELを単独で無力化し、今朝には訓練用ELの倒壊を片手で受け止めたという、常識外れの事実を。
その記録は一部の教官や上層部には共有されていたものの、学生たちには詳しく伝えられていなかったのである。
つむぎは、そんな彼らの反応を気にした様子もなく、教室全体をゆっくりと見回していた。
視線が、一人、また一人と学生たちの上を通り過ぎていく。
背筋の伸び方。
呼吸の深さ。
視線の動かし方。
机の上に置かれた手の形。
指先や手のひらに残る小さな傷。
椅子に腰掛けた姿勢ひとつを取っても、そこには本人が意識していない情報がいくらでも表れている。
(なるほど……)
つむぎは内心で小さく頷いた。
この中には、実戦を経験した者もいる。
訓練で培った技術に自信を持つ者もいる。
知識は豊富だが、実際の危機に直面した経験が乏しい者もいれば、優れた才能を持ちながら、自分の実力を正しく把握できていない者もいる。
そして何より。
(己の判断ひとつで、他人の命が失われる。その重みを知っている者は……思ったより少ないな)
それは、決して彼らを侮っているわけではなかった。
むしろ、年若い候補生としては十分に優秀なのだろう。
しかし、優秀であることと、戦場で生き残れることは同義ではない。
知識があることと、それを極限状態で正しく使えることもまた、別の話だ。
つむぎは彼らを見渡し、満足そうに頷いた。
「ふむ。なるほど。面白いな」
その言葉に、最前列の男子学生が眉をひそめた。
「……何が面白いんですか?」
「いや。思ったよりも個性的な面々が揃っていると思ってな」
「それは褒めているんですか?」
「さて、どうだろうな」
「先生……」
困ったように眉を下げた少年を見て、教室のあちこちで小さな笑いが起きた。
先ほどまでの張り詰めた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
もっとも、つむぎの評価が学生たちの間で定まったわけではない。
むしろ、正体の掴めない新任教官に対する興味が、一層強まったと言うべきだろう。
その時だった。
「先生、質問いいですか?」
窓際に座っていた赤髪の少女が、すっと手を挙げた。
活発そうな表情と、物怖じしない視線が印象的な少女だった。
「構わん。何だ?」
「先生って、ELに乗ったことがないって本当ですか?」
教室が静かになる。
どうやら、それは彼女だけが気になっていたことではないらしい。
つむぎはあっさりと頷いた。
「ああ」
「操縦訓練も?」
「受けたことはないな」
「……えっ?」
少女は目を丸くした。
「じゃあ、何を教えてくれるんですか?」
悪意のある質問ではなかった。
むしろ、彼女の表情には純粋な疑問が浮かんでいる。
この学園における操縦科の学生にとって、ELは単なる兵器ではない。
己の技術を磨き、戦場を生き抜き、仲間を守るための力そのものだ。
その経験がない人物が、自分たちに何を教えられるのか。
疑問を抱くのは自然なことだった。
つむぎは少しだけ考えるように視線を上げ、それから答えた。
「戦い方だ」
「戦い方?」
「そうだ。武器の扱い、地形の利用、敵の観察、間合いの管理。集団戦における連携もそうだな。必要ならば、撤退や降伏の判断についても教えよう」
「それって、操縦科の授業で必要ですか?」
「必要だろう」
つむぎは即答した。
その声には、迷いも気負いもなかった。
「諸君らが操縦するELは、いくら頑丈であろうと無敵ではない。武装が破壊されることもあれば、駆動系が故障することもある。操縦席から脱出できなくなる可能性もあるだろう」
つむぎは一度言葉を切り、学生たちを見回した。
「そうなった時、諸君らはどうする?」
「救援を待ちます」
誰かが答えた。
「味方に援護を要請します」
別の学生が続ける。
「緊急脱出装置を使います。状況によっては、予備の武装で応戦することも可能です」
今度は、中央列の学生が答えた。
いずれも間違いではない。
むしろ、教科書に記載された対処法としては適切な回答だった。
つむぎは満足そうに頷いた。
「そうだな。では、脱出装置が作動しなかったら?」
学生たちの口が止まった。
「通信が途絶していたら? 味方が全滅していたら? 敵がこちらの脱出地点を包囲していたら?」
静かな問いかけだった。
声を荒らげることも、学生たちを威圧することもない。
それなのに、教室の空気は徐々に変わり始めていた。
つむぎの言葉には、単に可能性を列挙しているだけではない、妙な実感が伴っていたからだ。
まるで彼自身が、そのすべてを経験してきたかのように。
「戦場では、想定していた手順が一つ崩れるだけで、命取りになる」
つむぎは穏やかに続けた。
「諸君らは機体の扱い方を学んでいるようだが、機体を失った後の戦い方については、どれほど学んでいる?」
誰も答えなかった。
教室に響くのは、空調設備の低い駆動音だけだった。
「よろしい」
つむぎは小さく頷いた。
「では、今日はその話から始めよう」
「必要ありません」
低い声が、静寂を破った。
声の主は、中央列の後方に座る少年だった。
短く整えられた金髪。
鋭い青い目。
制服は細部まできちんと整えられており、背筋にも一切の乱れがない。
いかにも規律を重んじる性格なのだろう。
彼は腕を組み、つむぎをまっすぐ見据えていた。
「俺たちはELのパイロット候補生です。生身の戦闘を学ぶために、ここへ来たわけじゃない」
教室の空気が、再び張り詰めた。
「ELが破壊されるような状況を想定するより、そもそも破壊されない操縦技術を身につける方が合理的です。先生の言うことは、極端な例ばかりだ」
彼は淀みなく言葉を紡いだ。
「敵に機体を破壊されないように戦う。それがパイロットの役目でしょう。生身での戦闘を前提にするのは、本来の目的から外れていると思います」
周囲の学生たちの中には、同意するように頷く者もいた。
彼らにとって、ELは人間の限界を超えるための技術の結晶だ。
人間の肉体では到底及ばない出力と速度、重装甲による防御力、そして強力な火器。
それらを最大限に活用し、敵を制圧することこそが操縦者の本分である。
機体を失った後の戦い方を学ぶよりも、機体を失わないための技術を磨くべきだ。
彼の主張には、確かな合理性があった。
少年はさらに言葉を重ねる。
「失礼ですが、先生はELの操縦経験がないのでしょう? それなら、俺たちの実情を理解しているとは思えません」
正論だった。
少なくとも、ELの操縦技術を学ぶという目的だけを考えるなら。
だが、つむぎは怒らなかった。
気分を害した様子すらない。
むしろ、彼はほんの少しだけ目を細め、楽しそうに笑った。
「なるほど。君の言うことにも一理ある」
「……え?」
「確かに、私はELを操縦したことがない。操縦者としての経験を君たちに伝えることはできないだろう」
あまりにも素直な返答だった。
反論を予想していた少年は、わずかに言葉を詰まらせた。
「だが」
つむぎは教壇から離れ、ゆっくりと歩き始めた。
「戦術を学ぶということは、機体を動かす技術だけを学ぶことではない」
その足取りに急ぐ様子はない。
「相手が何を考え、何を狙い、どのようにこちらを倒そうとしているのか。それを理解することだ。自分の持つ武器や技術が、相手にとってどれほど脅威なのかを知ることでもある」
そして、金髪の少年の前で足を止めた。
「君は、ELが破壊されないことを前提にしている」
「当然です。破壊されないように戦うのがパイロットの仕事ですから」
「そうだな。では、一つ聞こう」
つむぎは静かに微笑んだ。
「君の乗るELよりも、速く、強く、頑丈な機体と戦うことになったら、どうする?」
「……その場合は、戦術で補います」
「どのように?」
「地形を利用して、敵の動きを制限します」
「敵が空を飛べる機体だったら?」
「射線を遮れる建造物を利用します」
「敵が建造物ごと破壊できる火力を持っていたら?」
「……」
「では、敵が君の機体の性能を完全に把握していて、こちらの戦術をすべて読んでいたら?」
少年は口を閉ざした。
つむぎは、彼を追い詰めるように畳みかけることはしなかった。
ただ、静かにその目を見つめていた。
「勘違いしないでほしいのだが、私は君の考えを否定しているわけではない」
「……」
「機体を失わないための技術を磨く。それは大切なことだ。操縦者として、当然追求すべき目標だろう」
つむぎは、少年の肩に軽く手を置いた。
「だが、戦場では、どれほど優れた技術を持っていても、思いどおりにならないことがある」
その声は、先ほどよりもわずかに低かった。
「敵がこちらの想定を超えてくることもある。味方の判断が誤ることもある。偶然ひとつで、勝敗が覆ることだってあるだろう」
一瞬だけ、つむぎの瞳の奥に、遠い過去を思わせる影がよぎった。
神々の怒号が響く戦場。
砕け散る大地。
幾重にも重なる、命の終わり。
そして、そのすべてを越えてなお立ち続けた、一人の少年。
だが、その記憶はほんの一瞬で消え去った。
今の彼の目の前にいるのは、未来ある若者たちだ。
彼らに必要なのは、過去の惨劇を語ることではない。
自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の判断で生き残るための力を身につけさせることだった。
「戦術とは、正解を覚えることではない」
つむぎは告げた。
「正解が通用しなくなった時に、次の一手を考えることだ」
少年は何も言わなかった。
「君は優秀なのだろう。知識もある。自分の考えを論理的に説明することもできる」
つむぎは穏やかに続けた。
「だが、自分の知識が通用しない状況を、まだ知らないようだ」
少年の頬が、かすかに赤くなった。
羞恥か、怒りか。
あるいは、その両方か。
「……先生は、俺たちが未熟だと言いたいんですか?」
「いや」
つむぎは首を横に振った。
「未熟であることは悪くない。誰だって、最初は何も知らないのだからな」
そこで、彼はわずかに表情を和らげた。
「未熟であることに気づかないまま、戦場へ出るのが問題なのだ」
沈黙が落ちた。
金髪の少年は、しばらくの間、つむぎの顔を見つめていた。
やがて、彼は椅子を引いて立ち上がった。
「……わかりました」
その声には、先ほどまでとは異なる響きがあった。
納得したわけではない。
しかし、ここまで言われて引き下がることもできない。
何より、彼自身が自分の実力に誇りを持っていた。
「そこまで言うなら、実際に見せてください」
「何をだ?」
「先生の言う、生身での戦い方です」
少年の青い瞳に、挑戦的な光が宿った。
「模擬戦をしましょう。俺のELと、先生自身で」
教室がどよめいた。
「おい、マジかよ!」
「相手は教官だぞ!」
「いや、でも、あの人……」
学生たちの視線が、つむぎへと集まる。
一方、当の本人はというと。
「ほう?」
どこか面白そうに、少年を見つめていた。
金髪の少年は、周囲のざわめきに構わず続ける。
「もちろん、訓練用の機体を使います。武装も模擬戦用のものに限定する。安全装置も有効にしておきます」
彼は、あくまで真剣だった。
単に新任教官をからかいたいわけではない。
自分たちが学ぶべきことを、実際の技術によって確かめたいのだ。
「先生が勝ったら、授業内容に従います。生身での戦闘術も、必要なものとして学ぶつもりです」
そこで彼は一度言葉を切った。
「ですが、俺が勝ったら……生身の戦闘術なんて授業は見直してください」
つむぎはしばらく少年を見つめていた。
その目に浮かんでいるのは、怒りでも侮蔑でもない。
相手の力量を見極めようとする、静かな興味だった。
やがて。
「いいだろう」
あまりにもあっさりとした返答に、教室のざわめきが一瞬止まった。
「せ、先生!?」
赤髪の少女が思わず声を上げる。
「本当にやるんですか!?」
「彼が望んでいるのだろう?」
「いや、そうですけど! 相手はELですよ!?」
「分かっている」
つむぎは、どこか不思議そうに首を傾げた。
「だから、模擬戦なのだろう?」
「そういう問題じゃ……!」
少女は頭を抱えた。
どうやら、この教官は物事を判断する基準そのものが、周囲とは大きく異なっているらしい。
一方、金髪の少年はつむぎの返答を聞き、表情を引き締めた。
「……本当に、いいんですね?」
「もちろんだ。ただし、一つ条件がある」
「何ですか?」
つむぎは、穏やかな笑みを浮かべたまま告げた。
「君が負けた時、言い訳をしないことだ」
少年の表情が固まった。
「……!」
「機体の性能が悪かった。条件が不公平だった。相手が想定外だった。そういう話を後から持ち出さないことだ」
つむぎの声は、どこまでも静かだった。
「勝敗を決めるのは、機体だけではない。操縦者の判断も含めての結果だ。君自身がそう主張したのだから、最後までその言葉に責任を持ちなさい」
金髪の少年は唇を噛んだ。
そして、数秒の沈黙の後。
「……わかりました」
力強く頷いた。
「約束します」
「よろしい」
つむぎは満足そうに微笑んだ。
「では、さっそく始めようか」
そう言って、教室の扉へ向かって歩き出す。
その背中を見た瞬間、赤髪の少女は嫌な予感を覚えた。
何が嫌なのかは、まだ分からない。
ただ、この教官が当たり前のように受け入れた模擬戦が、普通の訓練で終わるとは思えなかったのだ。
◇ ◆ ◇
「教官、待ってください!」
廊下に出たところで、同行していたミレイユが慌てて声を上げた。
「いくらなんでも危険です!」
「何がだ?」
「何がだ、ではありません! 相手は訓練用とはいえELですよ!? 人間と機体では、そもそもの性能が違いすぎます!」
ミレイユは、周囲の学生たちを気にする余裕もなく詰め寄った。
「確かに、あなたの身体能力が常識外れなのは認めます。昨日の事件も、今朝の訓練場での一件も、私自身がこの目で確認しました!」
「ならば、問題ないだろう」
「問題しかありません!」
即答だった。
「昨日は武装したEL三機を相手にしただけです! 今度は模擬戦とはいえ、訓練用の機体を操縦する学生と戦うんですよ!? しかも、相手は操縦科の上位候補生です!」
「ほう。優秀なのか」
「そこに感心しないでください!」
ミレイユは額を押さえた。
この少年は、どうしてこうも話が通じないのだろう。
いや、正確には違う。
彼は話を理解している。
危険性も、相手の能力も、周囲が何を心配しているのかも、おそらく十分に把握している。
そのうえで、まったく問題にしていないのだ。
それが、ミレイユには何よりも恐ろしかった。
「せめて、模擬戦の条件を厳しく制限してください。武装は完全に無力化したものだけ。射撃はなし。接触判定も厳密に行う。安全管理の担当者も増員して――」
「分かった」
「本当ですか!?」
「うむ。機体を壊さなければいいのだろう?」
「そういう問題では……!」
ミレイユの悲鳴にも似た抗議が、廊下に響き渡った。
つむぎは首を傾げたまま、再び歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、ミレイユは深々と息を吐いた。
(学園長……。どうして私は、この人の監視役なんかに……)
思わず天を仰ぎたくなる。
そもそも、監視役という立場そのものが間違っているのではないか。
この少年を監視するというのは、嵐がどこへ向かうのかを観察しながら、風に吹き飛ばされないよう必死に踏ん張るようなものだ。
そして、彼がこれから向かおうとしているのは、学園でも特に厳しい訓練を積んだ操縦科の候補生たちが待つ実技訓練場だった。
ミレイユは、心の底から願った。
どうか、今日一日だけでも、何事もなく終わってくれますように。
もっとも。
彼女はすでに知っていた。
この少年が関わる限り、その願いが叶う可能性は限りなく低いということを。
◇ ◆ ◇
「……あの先生、本当に何者なの?」
教室に残された赤髪の少女が、ぽつりと呟いた。
誰も答えなかった。
金髪の少年は、すでに模擬戦の準備を整えるため、つむぎの後を追って教室を出ている。
残された学生たちは、互いに顔を見合わせた。
「少なくとも、普通の人間じゃないだろ」
「いや、でも……本当に生身でELと戦えるのか?」
「今朝の話、聞いただろ。訓練場で倒れかけた機体を片手で止めたって」
「見間違いじゃないのか?」
「複数の教官が見ていたらしいぞ。学園長まで現場に来たって話だ」
「……マジかよ」
ざわめきが広がっていく。
恐怖。
好奇心。
疑念。
そして、ほんのわずかな期待。
それぞれが異なる感情を抱きながらも、彼らの意識は一つの場所へと向かっていた。
第一屋外訓練場。
これから始まる、前代未聞の模擬戦。
ELを操縦する優秀な候補生と、生身で戦場を渡り歩いてきた謎の教官。
果たして、どちらが勝つのか。
学生たちは、まだ知らない。
彼らがこれから目にするのは、単なる操縦技術と身体能力の比較ではない。
機体の性能を極限まで引き出すことを追求してきた者と、己の肉体ひとつで、あらゆる存在の生死を見極めてきた者。
その二つの戦い方が、初めて真正面からぶつかり合う瞬間なのだ。
そして、その先に待つものもまた、誰一人として予想できていなかった。
夜来つむぎ。
神殺しの一族、夜来家の現当主。
彼にとって、ELとの模擬戦は未知の技術を学ぶための機会にすぎない。
だが、彼と対峙する学生にとっては違う。
それは、自分が信じてきた常識が、果たして本当に正しいのかを突きつけられる、最初の試練になるのだった。




