二十六話《奇跡信じる変人》
琴鮫とプールで遊び、帰ると、家の前で三女の猫夜が、手を組みながら立っていた。
パンツとパーカーのみで…………ん?
「何をやっているんだよっ! 猫夜!」
「あ、お兄ちゃん」
「な、なんでこんな家の前で、パンツとパーカーのみなんだ……。お前可愛いから誘拐されるかもしれないじゃないか!」
「えーっと、お兄ちゃんを待ってたの」
「な、なんで……?」
「お兄ちゃん、オレと遊んでくれるって言ったのに、全然遊んでくれないから……」
は……僕としたことが、京歌に構いすぎて、逆に他の妹達に構ってあげられていないじゃないか。
「ごめんね、猫夜。よし、じゃあ今日は猫夜と遊ぼうかな」
「あ、ありがとうね。オレ、嬉しいよ」
「それなら良かった」
まぁ……という訳で、パンツパーカー状態の猫夜を急いで僕の部屋まで入れた。
「全く、猫夜には焦らされるよ……家だけならまだしも、外でパンツパーカー状態になるのはやめてくれないかな?」
「えぇ……でも、これ、開放感があっていいんスよ?」
「開放感なんていらないよ……ただの露出狂じゃないか。僕は、猫夜が将来、学校の近くで現れる、変態おじさんならぬ、変態おばさんになったらどうしようかと心配だよ」
「パーカーで顔は隠すから大丈夫だよ」
「身体も隠せ、そしてやっぱり変態おばさんにはなるんじゃないか……」
「おばさんって……中々言ってくれるスね。オレは変態お姉さんを目指しているのに」
「目指しているのか……!」
どうしよう、妹の将来が怖い。
変態おばさんか、変態お姉さんかは分からないけれど、とにかく開放感を求めて露出する変態な妹の将来が怖すぎる。
「うーん、お兄ちゃん」
「なにかな? 妹」
「お兄ちゃんと遊ぶとは言ったものの……昨日、ゲーム器を壊しちゃったんだけどどうしようか?」
「どうしようか……じゃないよ。なんで壊しちゃうんだよ……」
「そこにゲームがあるから?」
「無茶苦茶だ」
「無茶苦茶じゃないよ……むしゃくしゃしてやったんだよ」
「むしゃくしゃしてゲームを壊すなよ……もっと自分を抑えようよ」
「無理だよ……」
「そんな悲しそうに言われても……!」
うーむ、この妹、むしゃくしゃして地球壊したりしないよなぁ……?
いや、さすがに家は壊せても地球は無理か。
無理だよね?
「仕方ないね。暇だし……お兄ちゃんの性癖についてでも……」
「長女から変態性が伝染していってる……」
長女から次女、次女から三女への変態性の伝染……怖すぎる。
なんでこの妹たちはやけに僕の性癖に興味があるんだよ。
「お兄ちゃん?」
「猫夜……僕の性癖についての話はやめよう。僕はそういう話は好まないんだ」
「あ、そうなんだ。ごめんね。じゃあどんな話が好きなの?」
「えーっと、えと、うーん……あ、そうだ。猫夜」
「ん? なに?」
「奇跡って言葉、あるよね?」
「そんな言葉があるの……?」
「奇跡をご存知ないとは……!」
音萌さん並みに日本語が苦手そうだ。
というかこの妹、中学通ってないし、小学校にも殆ど行ってないから、頭悪いんだった……。
「それでその奇跡? が、どうしたの?」
「それを全てローマ字にしてみてよ」
「ローマ字?」
「ごめん、やっぱり知らないよね」
分かっていたことだけどさぁ……。
とにかく、この話は猫夜には難しすぎたらしいので、僕は別の話を振ることにした。
「猫夜、もし僕たち家族が誰かを殺したら……どう思う?」
「どうとも思わないよ……?」
「えーっとじゃあ、それを恨んで誰かが家族の一人、例えば僕や美惑、京歌なんかを殺そうとしているとしたら?」
「そんなの、決まってるよ。その相手を倒して家族を守る」
「うーん、じゃあその相手が絶対勝てないような人なら?」
「命がけで守るしかないよ……?」
「そっか。だよね」
当たり前のことだった。
家族は、守らないといけないのだ。
無理だと分かっていても、命をかけても、守らないといけないのだ。
宴さんに、たとえ勝てないとしても、僕は命がけで、京歌を、妹を守らないといけないのである。
蒜燈さんに、宴さんに勝ってみせるなどと言ってみたものの、まだ迷っている部分はあった。
でも、猫夜のお陰で迷いは吹っ切れた。
勝てないと分かっていてもやってやろう。
奇跡……を、信じてみようではないか。
「なんなの? お兄ちゃん。そんなこと聞いて……」
「なんでもないよ。さて、じゃあ猫夜、僕は猫夜にお願いがある」
「ん……? お願い? お兄ちゃんがオレに?」
「うん」
「なにかな?」
「これから一週間、僕を鍛えて欲しい」
猫夜は、僕の鍛えて欲しいという願いを、了承してくれた。
猫夜は宴さんには及ばないかもしれないが、一応、片手で家を全壊させるくらいの力を持っているので、師匠としては、宴さんを倒すまでの師匠としては、今、僕が知る限りで、最高だと言えるだろう。
僕は、能力者に対しては、能力の吸収と解放や、能力探知があるお陰で、ほとんど負けることはないけれど、能力者ではなく、肉弾戦が得意な人間には、また、武器を持っている人間には、基本的には勝てないのである。
つまり、身体を鍛える必要があるのだ。
せめて、宴さんのカマイタチを避けれるようにならないと、話にならない。
うーん、まぁ悪魔の少女に出会えれば、悪魔の右手や悪魔の右目のような便利能力を入手して、勝つことも不可能ではないのかもしれないが、いかんせん場所が分からないのでは無理である。
運良く、この一週間で会えればいいけれど……。
「さて、そろそろ行くか」
猫夜と遊び終えて夕方、僕には向かうところがあった。
音萌さんの家である。
影入に、用があるのだ。
今日の夜も京歌は殺人鬼に、鬼になる。
それを、人を操る能力で、止めて欲しいのだ。
意外とこの能力は力を使うようなので、ずーっと使わせる訳にはいかないが、せめてこの一週間だけでもお願いしたいのである。
まぁ影入って一応僕の奴隷だし、お願いではなく、命令すればいいんだけど、それはちょっと僕の心が痛むので、やめておくとしよう。
そんなことを考えながら足を進め、僕は音萌さんの家にたどり着いた。
チャイムのボタンを押すと、音が鳴り、少し経って、音萌さんが出てきた。
「どうしたどうしたどうしたの? 変態君」
「今日も絶好調だね。音萌さん……あの、お邪魔させてもらっていいかな? 少し用事があってね」
「えと、えと、えと、ちょっとちょっとだけ、待ってね」
言うと音萌さんは慌てて家の中に入っていった。
そして数分後、出てきて、「ふぅ……変態君、連絡無し無しで急に急に来られると困るよ」と言った。
「あ、ごめんね。急な用だから、すっかり忘れていたよ」
「いやいや、良いよ」
「ありがとうね。じゃあお邪魔するよ?」
「うん」
ということで僕は、音萌さんの家に入っていった。
「親は?」
「まだ仕事」
「へえ」
そんな会話をしつつ、音萌さんの部屋がある二階まで上がっていく。
二階に上がってすぐに、音萌さんの部屋はあり、僕は中に入れてもらう。
「へぇ……音萌さんっぽい部屋だね」
可愛らしいヌイグルミやらが多く、女の子っぽい感じだ。何故か全部二つずつあるけど……。
「あはは……恥かしいな。部屋の中に男の子、入れたことないからないから」
「へぇ、そうなんだ……」
「それで……なんの用なのかな? 変態君」
「影入、どこにいるのかな?」
「え? 影入ちゃん…………え、えと、隣の空き部屋にいるけど」
「分かったよ、ありがとう。じゃあ、今日の深夜、時間で言うなら零時に僕の家に来るよう、言っておいてくれないかな?」
「え、あ、うん」
「じゃあ帰るよ」
「え⁉︎」
すると突然、音萌さんはそんな風に驚いた。
「どうしたのかな?」
「そ、それだけ? なの? 用事って……」
「そうだけど……?」
「え、両親いないよ? 二人きりだよ? 密室だよ?」
「うん……そうだね」
「もしかして、変態君って鈍感なのかな?」
「そんなことないけど?」
「…………ま、良いかな良いかな。気付いてもらうまで頑張るよ」
「ん?」
何を頑張るんだ?
「なんでもない。じゃあ、バイバイバイバイ変態君」
「うん、じゃあね。音萌さん」
言って僕は外に出た。
それにしても、音萌さん。
なぜ、僕が好きなら、好きだと言わないんだろうか?




